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![]() 最新号の短歌雑誌『HANI』(隔月刊)より抄出した、短歌と論を紹介しています。
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目 次
MICROPIC&MACROPIC
一葉さん関根さつき 〈15首詠〉 本山秀子・反町光子 時 評
ANOTHER WAYをゆくもの佐藤佳子 晶子の碑を訪ねて(13) 横田峰子 〈作品T〉 仁歩きしの・兵藤光江・福島洸・細野悦子・他 今日の一首 小原起久子・細野悦子 エッセイ 若山節子 〈3月集〉 吉田佳図子・小菅貴代子・北村トリ子・小池稔冶 〈作品U〉 小島範浩・斉藤幸子・崎田ユミ・佐藤和子・他 ONE MORE ROOM(13)
一点添削高遠淳一 〈10首詠〉 小原起久子・熊谷淑江・村石一子・横田峰子 新古今和歌集(5)
「秋の歌」(上)U時緒翔子
一羽、一頭、一杯、一匹、一尾・・・山下和夫 現代短歌作品解析(8 山下和夫 細野悦子・熊谷淑江・村石一子・横田峰子 表現の工夫 自分の課題を持つ 井上俊子 視点を変える 小原起久子 真に迫る 佐藤佳子 省略を 細野悦子 徒然抄(22) 小野関浪夫 〈題詠〉三角 十一月号作品評 細野悦子・遠藤キヨ・堀江良子・瀬川浩 現代作品解析(86)
「現在形と過去形・・・」の表現の効果山下和夫 新刊紹介 ばうんど 編集後記 表紙 若山節子
| 短歌 《15首詠》 |
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| つゆ草の藍、朝がおの青、初秋は原始の海に誘う風あり |
本山 秀子 |
| ウマオイは白磁の皿のふちに降り前足上げて一歩を捜す | 反町 光子 |
《今月の作品》 |
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| 古葱の束ひと抱え火に放つ混沌として晴れぬ梅雨そら | 仁歩 きしの |
| 前向きに行こうじゃないと老いふたり立待月がほつと明るい | 兵藤 光江 |
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半夏、昼寝の左右(そう)に散らせばまかがやく副葬品として三十一音 |
小原 起久子 |
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あかときの冷えます刻をヒーと鳴き黒き一羽が明るさ落す |
細野 悦子 |
| 雪原の中より発てる白き鳥は今宵いずこの闇に寝いるか | 堀江 良子 |
| 奥入瀬のぬかるむ道に踏まれたる紅葉錆色 秋深まれる | 牧口 静江 |
| 万人に笑みいるゆえにモナリザは男爵の芽の延びるも知らず | 宮澤 Y |
| 未生なる枇杷大木となる気配ひねもす日差し届かざる隅 | 熊谷 淑江 |
| 草原に馬駆る男になれずいて夜ふけの見せに山羊肉(マトン)食いおり | 元井 弘幸 |
| 神殿を埋めつくしたる象形文字(ヒエログリフ) 今Tシャツの胸を飾れり | 森 たま江 |
| 人の生(よ)のそびらにはいつも山があるわが大連富士 鳥海 赤城 | 矢代 康子 |
| ゆっくりとメガネを拭う手の中に見えない明日がみがかれてゆく | 浅田 隆子 |
| 蛇口をあければどこかの蛇口に水おちて月ゆらしいるや | 井上 俊子 |
| 白菜は等間隔に並びいてやわき夕陽にとろけそうなり | 江原 幸子 |
| ざっくりと口をあけたるざくろの実愚弄なことば洩らすな 風にも | 菊池 葩 |
| ぬばたまの枕詞を冠すれば艶めいてくるわが鬱病も | 佐藤 佳子 |
| 扇風機も首振りながらゆっくりと私の虚勢を聴いているなり | 鈴木 明子 |
| 黙契のごとく夕べを凋みたる朝顔にもうすぐ月光とどく | 関根 さつき |
| 魔王玲瓏と逝ける水無月 あじさいの藍雨(あいう)音なく乾坤閉ざす | 山下 和夫 |
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短歌は、五七五七七という五句、三十一音の定型を基本にもつ定型詩である。これ以外の約束は殆どない。それ故にかえって独自の見方や表現が要求される。作者はこの詩型の中に、心情や思想を込めて読者に手渡す。この手渡し方について六つの点から考えてみたい。 |
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| ○冬麗の空に染みざる黄金の柚子を長子 の手にあふれさす | 山下和夫 『錯』 |
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映像が鮮明で読者は同じ絵が描ける。冬晴れの青にも染まらない程の、黄金の柚子とは、作者の思想、信念の具体化されたものであり、それを長子に余す所なく伝えたいという抽象が具体の裏にみてとれる。 |
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◇視点を変える 小原 起久子 |
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識を覆すような、意表をついた表現で、読者を納得させられたらどんなに楽しいことだろう。それには、常に頭を柔らかく保ち、「定番」になってしまっているようなことも、独自な見方をするという訓練を、日ごろから心がけなければならないと思う。 |
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| ○掌の釘の孔もてみづからをイエスは支ふ 風の雁来紅 |
塚本邦雄『星餐図』 |
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十字架に架けられたイエスを見て、かつてこのような表現をした歌をみたことがない。イエスが十字架から落ちないように、釘にぶらさがっている。なんという、斬新な見方であろうか。またなんという、皮肉な表現であることか。また空白を置いての「風の雁来紅」は風に揺れる鶏頭のことで、鶏の鶏冠に似た、赤黒く、美しくないイメージを喚起する。この上句と下句との間の繋がりは何であろうか。エスの犠牲、贖罪、苦難などを思えば、この流れる血の色も、かなり、か黒いのではないだろうか。 上句と下句は、イメージで、みごとに繋がった「疎句」となる。 |
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