○○○○くずはたより○○○○ 晴耕雨読 先週、同志社国際中高の聖書科を教えている伝道師の先生のお話をお聞きしました。三分の二が帰国子女の学校で、規則は二つだけ、一つは靴を上履きと履き替える。他は、法律を守る。ですから、ピアスも髪を染めるのも自由。もちろん、私服です。毎日礼拝の時間がありますが、だんだん生徒は時間とともに下を向いて眠ってしまいます。中には、ゲストが来られても座ると眠る子もいるとのこと。イヤフォンで音楽を聴いている生徒もいます。聖書の授業で、次の授業が試験の時には、堂々とその勉強を始める。叱った後も平気でノートを借りるために歩き回る生徒もいるとのこと。将来の日本はどうなるのかと心配しますが、これが現実の状態で私たちが古い時代に生きているのでしょうか。 同じ週に、元首相の細川護煕さんの陶芸と書の展覧会に出席しました。毎回、彼に質問するのを目標にして出席します。今回は、どのような生き方をされていますか、目標はなにか、ということをお聞きしました。別に晴耕雨読しか考えておりませんというお答えでした。雑誌を読むと30年の政治の世界から退いて、ロクロを回し、小さな畑を手がけ、晴耕雨読の日々を過ごしていると書いておられます。聖書は読みますかと質問しました。昔は読んだが今はどうもとの答えでした。次回聖書の書があると嬉しいですと伝えて失礼をしました。 聖書を毎日聞ける環境にあって聞かない若者達、聖書を閉じて人生の目的を続いて探している求道者がいることを感じました。神の言葉を預かっている責任を感じます。 |