?一日の最後に話がしたいのは・・・

「恋人たちの予感」という映画を久しぶりに見た。
言わずと知れた、メグ・ライアンとビリー・クリスタル主役のラブコメディ。 男女間の友情はあり得るか?ということをネタに、12年間友人であり続けた1組のカップルを描いている。
ラストの台詞が絶妙。 大晦日のパーティの場面、一人で出ているメグのところにビリーがやってきて、 「愛している」と言うものの、「大晦日だから、ちょっと寂しくなっただけでしょう? またすぐに心変わりするわ」とメグ。 そこでビリーが、「You are the last parson I wanna talk to before go to sleep at night. 1日の最後に話をしたいのは君なんだ。」と言うんだな、これが。
もう、こんなこと言われたら誰でも落ちるよ。キメ台詞。 メグも当然落ちる。涙を浮かべながら「あなたはいつもそう、憎めないこというんだから」と。
でも、どうしてこれはキメ台詞なんだろう。最後に話をする人が、どうしてそんなに重要なんだろう。 私自身この台詞を聞くまでは、考えたことがなかった。でも聞いてから考えてみるとなるほど、 最後に話をしたい人は、自分にとって大切な人だった。

「彼女の隣で目覚める朝を増やしたい。」 先日婚約発表したラッセル・クロウはこんなコメントを出したそうだ。 日本でも、プロポーズの言葉として(ホントに言っている人が いるのかどうかは判らないけど)「味噌汁つくってくれないか?」というのがあるし、 ずっと一緒にいたい、あなたが好きです、ということを伝えるのに、「夜を一緒に過ごして 一緒に目覚めたい」という言葉はとても有効なようだ。
どうして、夜を一緒に過ごすということがそんなに重要なのか。 (だって、毎日お昼を一緒に過ごしていても、夜は別々のところに帰り、電話も出来なかったら さみしいじゃない?これが逆だと、ここまで寂しくないと思う。) 結局、夜って限りなく自分だけの時間が続くからじゃないかと思う。
昼間は、人と会ったり会社に行ったり、いやでも自分以外の人と時間を共有している。 だけど夜は、一人暮らしだったり、部屋にこもったりで、自分と向き合う時間が多くなる。 そんな時に一人じゃ寂しい、誰かと時間を共有したいと思ったら、間違いなくその「誰か」は、 自分にとって大切な人。
だから、相手にとって自分がどれだけ大切かがわかるから、この台詞はこんなに効力があるのだ。

一日の最後に話をする、というのは電話だってあるわけで、とすると夜を共有することには ならないけれど、これから始まる長い夜を穏やかな気持ちで過ごすことは できる。どれだけ安心できるか、が大事なのだと思う。
なんだかそう思うと、やっぱり人って弱いよねなんて思う。 どれだけ強がっても、寂しい夜は好きな人にそばにいて欲しい。 どれだけ夜遊びしても、どれだけ深夜テレビが充実しても、そんな寂しい気持ちは、 絶対に消えることはないと思う。
消えない以上、ビリーやラッセルのようなコメントは、いつまでも 女の子の言われてみたい台詞であり、 そして願わくば、こんなキメ台詞、わたしだって言われてみたい。



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