思い出上書き論

このあいだ女友達と飲んでいたとき、その子が面白いことを言った。 「恋愛ってね、思い出が上書きできるんだよね。」 どういうこと?と聞き返した私に、彼女は言った。 「例えばさ、恋人と、お互い初めての場所に遊びに行ったとするじゃない? そうすると、その場所は彼と過ごした時間と共に、記憶の中に残るのよね。 ××くんと来た場所として残るわけ。で、その彼と別れたあとにね、 別の人とその場所に行ったとするでしょ?最初は、前××くんと来たところだな、 ってしんみりしてしまうかもしれない。でも、しばらくたってその場所を 思い出した時に、今度は新しい彼と行った場所として残るんだよ。 思い出は上書きできるんだよ。」
なるほどね、と思った。自分の過去を考えただけでも、当てはまるものがいくつかある。 もう二度と行けない、と思っていたお店も、時間が過ぎたころに新しい恋人に 誘われて行った時は辛くなかったし、そのお店は、その、次の恋人との思い出の 中に、いつのまにか鎮座している。恋を忘れるには、時間と新しい恋、その言葉どおり。 そして、この法則は、特に、旅行で行くような遠い街に当てはまる気がする。 例えば温泉とか、例えばテーマパークとか。 「○○に行こう」と言われて、「前行ったことがある」とは言えずに出かけた旅の思い出は、 ちゃんと上書きされている。

かといって、全てがそう上手く行くわけじゃないことも、判っている。その女友達も、 判っていると思う。どれだけ時が経とうとも、行きたくない場所や、 聞きたくない歌や、開きたくない本や、観たくない映画もあるのだ。 今住んでいる街のなかなんて、地雷だらけだ。バス停やコンビニにまで思い出がある。 (そして、小さい頃から見慣れていて、ただ存在していただけの場所たちに、 たくさんの幸せな思い出を植え付けてくれたことには、感謝しつつも憎らしくもある。) これらを全て上書きするなんて、逆立ちしたって無理な話。

でも、本当のことを言うと、わたしには、二度と思い出したくないほど辛い 場所や歌や本や映画はない。少し胸が痛むことはあっても、一緒にそれらを楽しんだ人 のことを思い出して、懐かしいな、と思う気持ちのほうが大きい。 特に映画は、何年後かに ビデオやTVで観た時に、劇場で観た時のこと、隣にいた人のことを思い出す。 一緒に楽しい時間を過ごしたことを思い出して、少しだけしっとりした気持ちになる。 それは思い返して辛くなる思い出じゃない。懐かしくて優しくて幸せな思い出。
終わらない恋愛ならそれが一番だけれど、どうしたって終わってしまう恋もある。 そんな時、 上書きしてしまえる思い出も、上書きできないくらい大切な思い出も、ふとした時に 思い出す小さな思い出も、楽しかった恋の結晶。 いつか温かい気持ちで思い返せる、そんな思い出になればいい。 「思い出上書き論」の女友達にもきっと、胸に秘めたたくさんの思い出があるに違いない。



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