■ネットの時間

このあいだネットサーフィンをしていた時のこと。 あるサイトが閉鎖されていた。そこは、時々覗いている映画の個人サイトで、 掲示板に書き込むわけでもなく、だから管理人さんとはまったく面識が なかった。突然ですが閉鎖します、の言葉のあとには、管理人さんからの お礼のメッセージが記されていて、そのなかに「サイトを運営していた 間に見逃してきたことがたくさんあります」というような言葉があった。

わたしがネット(とメール)に費やす時間は、平均すると多分1日1〜2時間 くらい。お友達サイトを覗いて、自分の日記を書いて、 レスをつけて、メールを書いていたら1時間や2時間なんてあっという間。 でもそれって、1日24時間、会社絡みに12時間、睡眠6時間、とすると、 残った時間のうちの3分の1を占めている。 暇な休日に更新なんてしてしまうと、半日PCに向き合っていることも ある。そんなわたしに、この管理人さんの言葉は結構リアルに響いた。 なぜなら、この言葉は常々わたしが思っていたことだから。
サイトを運営している人は誰でも経験があると思うけれど、 サイトを開いて、自分の好きなことや思うことを通じていろんな人が 遊びにきてくれて、足跡を残してくれること、だんだん仲良くなれることは とても楽しい。BBSにレスをつけることにわくわくしてしまう。 自分の書いた文章に誰かが反応してくれることに喜びを感じてしまう。 だからどんどんネットの時間が増える。 最初はそれでよかったのだけれど、ある日、気付く。 ネットに依存し過ぎてるのではないかしら?と。 もちろん毎日家にこもっているわけでもなく、会社に行き友達と遊び、 今までと同じように日常生活は続いている。ネットがないと生きていけない、 とか、ネットでしか気持ちを吐露できない、とかそういうわけではないし、 たとえネットをしなかったとしても、その時間はただ何となく過ぎていき、 何か有意義なことに費やせるわけではないだろう( 余談だけれど、サイトを立ち上げるまではその時間を何に使っていたかと考えた時、 答えは仕事だった。何て色気のない答えなのでしょう・・・!)。 多分、ビデオを見るか、眠るか、本か雑誌を読んで過ごすことになる。

問題は、人と会わなくても済んでしまう、ということで、 たとえば、長く会っていない友達がいて、でもメールやネットで 頻繁にやり取りをしていたとする。そうすると、会っていなくても 会っているという錯覚に陥ってしまう。「最近あのコと会ってないな。 電話でもしてみるか」とか「手紙書こう」とか、そう思うことが なくなってしまう。それって結構重要なことではないかしら。 手紙とメールの差って、それほどないと言えばないのかもしれないし、 状況によってはメールという手段は、とても意味のあることだ。 ただ、いつでも会える距離にいるのに、会わずに済ますことができる、 そして随分会っていないことにすら気付かなくなる、というのは、 危険なことだと思う。
人と人との基本は、顔を向かい合わせることだと思っている。 そうじゃなきゃ、何も始まらない。そんな小さな基本を、忘れさせて しまうのが、ネットという世界であり、その世界はあまりにも わたしたちの日常に入り込みすぎている。

最初に書いた、サイトを閉めたオーナーさんの 「見逃してきたこと」がどんなことだったのかは知る由もないし、 わたしにはネットを通じて出来た友達もいるし、まだまだサイトを 閉める気は全然ないけれど、彼女の言葉はわたしの胸に深く残っている。 そして恐らく、自分のサイトを持っている人の何%かは、同じような気持ちを 持っていると思う。 ぼうっとしていたら過ぎていってしまう時間なわけで、 その時間をネットに費やしているだけではあるけれど、 今、自分にとって大切なことを見逃していないか、 大事なものや人を失くしかけてはいないか、それだけは いつも忘れずにいたいと思う。



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