■文章を書くということ

中学・高校の頃、毎日誰かしらに手紙を書いていた。それも何通も。
好きな男の子のこと、その日あったこと、嬉しかったこと、楽しかったこと、 腹が立ったこと、時間をかけて、何人もの相手に書いていた。
加えて、交換日記、なんてものもやっていた。 同じように、恋のこと、日々のこと、小説めいたものまで書いたりしていた。 書いた手紙は、翌日学校で配って歩くのである。 「A組のあのコには1限が終わってから。D組は、移動教室のときに・・・」なんて。 さらに、同じクラスの子にも、毎日会って話すにも関わらず、家で思ったことなんかを書いていた。
よくもまぁあんなに書くことがあったものだと思う。

文章を書くのが好きだ。
思ったことをあれこれ悩みながら書くということは結構楽しい。
わたし自身は、これといって深い内容を記すわけではないけれど、 「小説を書くことで自分の人生はなんとか成り立っているのだ」という作家の言葉はよくわかる。 そして、そういう人が人を感動させる話を書くことができるのだろうと思う。

書くことでしか人生の均衡を保つことが出来ない、というのはどういう感じだろう?
そんなあやうい感情は、今も昔もわたしの中にはない。
でも、小説家という職業は、今も昔も憧れの職業である。文才があればな、といつも思う。 自分が書いたもので人を感動させたい、共感してもらいたい、他人の人生をゆるがせてみたい、 小説を読む人は、誰でもそう思うのではないだろうか。
悲しいかな私は、あれこれ書くわりには、内容がないというか、薄っぺらくなってしまう。 だけど、こうしてホームページをつくって文章を書いていると、やっぱり楽しい。 たとえ自己満足であっても、ほんの何人かでも自分の書いた文章を読んでくれる、それってとても嬉しい。
最近のわたしは、机に座って、増えたカウンタを見て一人にんまりするのが日課となっている。

書いていることは、本当にささいな、ふと思ったことだったりするのだけれど、 それを読んで、誰かが何かを思ってくれたら、そう思ってこのエッセイのページを 綴る日々です。



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