![]() ホームへ |
|
雪虫という小さくて真っ白な美しい虫が空中を漂い始めると、札幌にもうすぐ冬がやって来くる。雪で閉ざされてしまうと、テピの好きな森や丘には行くこともできない。午後3時を過ぎると暗くなり始める冬は、楽しかった季節を忘れてしまうほど辛く感じた。
クロスカントリースキーや山スキーの存在を知らなかった私には、その方法が分からなかった。それでも分からないなりに考えて、3歳になったテピを紐で背負い、買ったばかりで一度も使っていなかったゲレンデ用のスキーを履いて雪原に走り出たのが、テピと私のクロスカントリースキーの始まりだった。
テピを背負い、ゲレンデ用のスキーを履いた私は、秋の散歩道だった丘を目指した。一歩雪原に踏み入れば、誰にも荒らされていない真っ白な世界がテピと私だけのために用意されていたような気持ちになる。しばらく歩くと、キタキツネの足跡を見つけた。足跡は広い雪原を横切り、私の視界の向こう側に伸びている。わたしは足跡をたどることにした。足跡はぐるりと回って、丘の上に続いていた。
丘を登ろうとした時、テピが突然背中で暴れ始めた。何かに怒っているようだ。どんなになだめても、テピの怒りはおさまらない。とうとう泣き叫び始めた。かんしゃくだ。「そんなに嫌なら背中から降りて自分で歩けばいいじゃないか!」疲れを覚え始めていた私は、語気を荒くしてテピにそう言うと、テピを下に降ろした。
テピは解放されて少しほっとしたようだ。もともと抱っこされたりおんぶされたりするのが嫌いな子だから、背負われていることが嫌になっていたのだろう。ここまで我慢できたのが本当は不思議なくらいだった。ほっとしたように見えたのもつかの間、テピはまた大声で泣き叫び始めた。こうなると、もう手がつけられない。一度機嫌をそこねると、なかなかかんしゃくがおさまらないのが常なのだ。広い雪原で立ち往生してしまった私は、こんなに深く雪原に入り込んだことを後悔しはじめていた。テピのかんしゃくに備えて、途中で簡単に引き返せる範囲に留めておくべきだったのだ。
背負われることを拒否するので、テピにはこの深い雪の上を歩いてもらうしかない。泣き叫ぶテピの腕を無理矢理引いて、歩き始めた時だ。「あれっ?」と私は驚きの声を上げた。テピの足が雪の中に沈まないのである。テピはキタキツネのように雪原を歩ける小さな子供だったのだ。
泣き叫ぶテピを引きずるようにして私は来た道を引き返した。テピの歩いたあとには、小さな足跡が残った。もう、うんざりだという疲労感と、これはいけるぞ、という期待とが入り交じった気分だった。
この日を境に、閉ざされた冬は終わった。私たちの冬は、広い雪原に向かって開かれたのである。とはいえ、スキーを履いた私と防寒靴を履いたテピとの雪原の散歩が順調だったわけではない。散歩の途中で、突き刺すような寒さが原因と思われる「かんしゃく」を起こすことが何度もあったし、また、途中で放心状態になり、座り込んで雪をぺろぺろとなめ続けることもあった。雪の上を歩くことも下手で、しょっちゅう転んでばかりいた。しかし、雪上散歩自体は好きになったようだ。この間、私の履くスキーはクロスカントリー用のスキーに変わっていた。
テピのクロスカントリースキー初挑戦は、小学校1年生の冬だった。「障害者歩くスキーの集い」に特学の行事として参加したのである。エントリーは1km。わたしが伴走することにした。このときのわたしは、クロスカントリースキー50kmレースを何度も経験し、トレーニングもまじめに積む(超低レベルの)しろうと選手になっていた。
テピのクロスカントリー用スキーは、担任の先生が用意してくれた。先生の子供が小さい頃使っていたものとのこと。裏に鱗状のギザギザがついていて、ワックスの必要ないタイプである。スキー板の幅がクロスカントリー用としては少し広いため安定度が高く、初心者には最適のタイプだ。このスキー板なら、トレールに板を入れて滑る限り、初挑戦のテピにも楽に歩けそうだった。
参加者は伴走者を含めて数百人で、花火の音を合図にスタートした。コース上には2組のトレールしかないので、2列に並んで前の人の背中をみながらぞろぞろと歩く。後ろからも走者がぴったりとついてくるので、テピの嫌いな集団ペースに合わせなければならない。テピはストックをしっかりと握ることができなくてブラブラさせているので、ときどき落としては行列の進行を止めてしまう。しかたがないので、ストックはわたしが持つことにした。本当はクロスカントリースキーの推進力の半分近くが腕によるものなのだが、ゆっくり歩くスキーなら特に必要もないように見えた。
ぞろぞろ歩いているうちに、1kmコース用の折り返し地点が来てしまった。このまま引き返すのでは、壮快感からはほど遠い状態でクロスカントリースキーを終えることになってしまう。テピに疲れは見られず、スキーで歩くことを嫌がっているようすでもないので、折り返し地点をやりすごして、3kmに挑戦することにした。大会運営者には迷惑な決断だったかもしれないけれど。3kmコースの最終走者となったテピとわたしは、マイペースで歩き始めた。
自分のペースで歩けるようになると、テピはときどき立ち止まっては、耳をすませる。森の中を流れる渓流沿いに作られたコースには、鳥の声、川のせせらぎ、木々を揺らす風の音が満ち溢れていた。テピの幸せそうな表情は、これらの音やきらきら光る川面、木漏れ日がもたらすものだということが、わたしには分かった。
しかし、テピの幸福は破られた。最終走者を追い立てる係員が後ろから迫って来たのである。途中で3kmに変更したわたしが悪いのだが、かれらの態度に少し腹を立てながら、テピをせかしながら歩くことになった。幸いにテピの機嫌をそこねることなく残りのコースを走破したが、これは、歩くスキーの本当の姿ではないと強く思った。わたしが毎年出場するクロスカントリースキーレースではいかに短時間に50kmを完走するか、ということが目標になるのが当然だが、歩くスキーは違うはずだ。わたしは、テピの楽しみ方を見て「歩くスキーは他人や時間と競うためのスキーではないのだ」ということをこの時初めて本当に理解したのだった。
追い立てる係員を背にしながら、テピとわたしはゴールを切ろうとする。そのとき、マイクを持ったアナウンサー風の女性が、「ぼく、よくがんばったね。お名前は?」と聞いてきた。テピがそれに答えられるわけがないので、「佐藤テピです」とわたしが代わりに答えた。マイクは会場のラウドスピーカーにつながっていて、「最終走者の佐藤テピ君がゴールしまーす。パチパチパチ。」。会場からも拍手がわきおこる。でも、こういうのは歩くスキーにはふさわしくない。
今では次男のヨピもクロスカントリースキーを楽しむようになった。天気の良い日曜日の午前中には、テピ、ヨピ、私の3人でクロカンスキーで丘を越え森の中を散策する。冬の森は驚くほど広々としており、テピは木々を見上げては嬉しそうな顔をする。陽の当たる場所で休憩をして暖かい紅茶を飲むのが、とてもぜいたくな楽しみに思えてくる。
![]() ホームへ |
|