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自閉症児の休日

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ダウンヒル・スキー

Written by Yutaka on 10 February 1996


■思い切ってスキー場に連れて行くのが一番!

 10歳以前のテピは、こちらの言うことなんか理解しないし、手本を見せてやっても模倣など絶対にしなかった(12歳現在のテピはある程度言葉を理解できるようになったし、米国に来てからの教育の効果で模倣もかなりできるようになった)。だから、スキー場に行く前に基本くらいは覚えさせようと、7才の時から近所の緩やかな斜面で練習させたが、滑り降りることはできるようになっても、止まる方法や開脚登行・階段登行法を教える術はなく、2シーズンをこれで棒にふった。結局、基本もできぬまま、リフトに乗せていきなり滑らせるという、荒療治に出たのだが、これが結果的には良かったのある。

 1)直滑降
 初めのうちは、直滑降プラス尻もち滑降だけで、一気に下まで降りてしまったが、これを繰り返しているうちに、尻をつかずに立って滑っている時間が長くなってきた。

 2)斜滑降
 次に斜滑降に挑戦。言葉での指導ができないので、片腕をつかんで無理矢理斜めに滑降させるだけの指導法だ。腕をつかむ時間を徐々に減らしていくうちに、最後には全く補助なしで斜滑降ができるようになった。ただし、回転はできないので方向転換の度に尻もちをつかせて、スキーの向きを変えさせる方法をとらせた。

 3)回転
 次に回転を教えようと思ったのだが、言葉も模倣もだめでは教えようがない。しかたなく、斜滑降を繰り返しているうちに、テピの谷側のスキーの先が偶然山側を向いて、止まった。彼はきょとんとしていたが、何かを感じたようだ。その後も何度か偶然スキーの方向が変わって止まるという経験を繰り返したのち、最後にはスキーの方向を意識的に変えることができるようになった。
 そこで、ある一定以上のスピードになると恐がって回転してスキーを止めたがるようになっていた彼の習性を利用することにした。すなわち、直滑降でスタートさせれば、スピードが出たところで彼は左右どちらかに回転してスキーを止めるだろうと考えたわけでさる。この試みは見事大成功。この成功によって、彼は直滑降からどちらにでも方向転換してスキーを止めることができるようになった。

 4)プルークボーゲン
 次に手をつないで私を中心に大きく回転させて方向転換するという方法を試みた。はじめのうちはスキー同士がからまって苦労したが、次第に適度にスキーのテールを横に滑らしながら転回できるようになった。徐々に手を離すタイミングを早くしていくうちに、完全に斜滑降からの方向転換ができるようになっていた。さらに、直滑降の状態からエッジを立ててスピード調節することも、完全に停止することもできるようになった。プルークボーゲンはこれで完成だ。

 5)スキーリゾートで
 奮発してリゾート地のスキー場へ行った。初級のゲレンデでは物足りないようだったので、初・中級のコースに連れて行った。きれいなプルークボーゲンで滑降する彼の姿はとても重度自閉症児には見えない。唯一人と変わっているのは時々ストックを逆さまに持っていることぐらいだろう。家族4人で初・中級のコースを滑ることができる日が来るなんて、夢のような出来事だった。

■リフトに1人で乗れた!

 テピは、初中級斜面をプルークボーゲンで自在に滑り降りて来れるようになっていたのだが、リフトに1人で乗るということなど、夢のまた夢だと思っていた。だから、シングルリフトしかないスキー場には行く気にもならなかったし、将来1人でリフトに乗れるようにするための指導もしていなかった。過保護とも思える補助をしていたと、今では反省している。

 1)シングルリフトしか動いていない!
 1994年末のこと。私の年末年始の休暇が始まった初日に、今シーズン初めてのスキーに出かけた。スキー場についてみると、なんと、その日午前中に降った大雪のせいで2人乗りリフトが動いていない。かろうじて1人乗りのリフトが動いているだけだ。ここで私たちは決断を迫られた。スキーを諦めてすごすごと帰るか、テピを1人乗りリフトに乗せてみるかのどちらかである。夫婦で相談して出した結論は、とにかく一回乗せて見よう、というものだった。
「こんなことになるなら、昨シーズンのうちに1人乗りを想定した指導をしておくべきだった」と後悔しても後の祭り。

 2)一人で乗れた!
 ここで、「リフトに1人で乗る」を課題分析してみよう。リフトに乗る直前の動作から始める。

(1)リフト乗り込みの位置まで進む。
(2)リフトが来るのを待つ。
(3)来たリフトに腰掛ける。
(4)リフト降り場が近づいて来たら、スキーの先端を上げる。
(5)スキーを着地させる。
(6)降りる地点に来たら立つ。
(7)リフトに押されるようにして前に滑り降りる。

 上の動作のうち、テピが1人でできると確信できていたのは、(5)だけ。従って、その他の動作にはどうしても補助が必要だった。
 そこで、まずリフト乗り場の係員に「この子は初めてリフトに乗るので、補助して下さい(うそも方便)」と頼んだ。係員は、(1)と(2)を補助して、(3)のタイミングを調節してくれる。テピは近づいて来るリフトにタイミング良く座るなどという高等技能は持っていないので、係員が近づいて来たリフトを手で押さえ、テピを座らせてからその手を離すという補助をしてくれるわけだ。
 降りる時の事を考えて、まず私が先にリフトに乗り込み、次にテピ、その後に家内、その後に次男と続く。テピのストックは私が持った。
 計画通り、係員の適切な補助によって、テピはリフトに乗り込むことができた。乗り込む時に少し恐がって「オーオー」と声を出したが、嫌がるとか恐怖にとらわれるとかいうことはなかったのが救いだ。乗っている間に彼が落ちやしないかと、気が気がではない私はずっと後ろを向いてテピの様子を見守ったが、テピは落ちついて、まんざらでもなさそうな顔をして座っていた。
 降り場が近づいたらスキーの先端を上げるという(4)の動作が必要だが、これは望みようがない。でも特にそれが問題になるような降り場でもなかったので、助かった。降り場では、先に降りた私がその場に留まり、テピが来るのを待った。でも係員が事情を察して、私が手を出さなくても済むように、テピが降りるのをうまく補助してくれた。ここで意外だったのが、テピは立つべき地点でちゃんと自分の意志で立ったということだ。その後の滑り降りもスムースにできた。これを見て、降りる動作は1人でできるな、と思った。

 3)リフト係員の協力が絶対必要
 1回だけ乗せて見ようと、ちょっと思い切ったトライをしたのだが、結果はオーライだったわけである。2回、3回と繰り返すうちに、テピも慣れ、乗り込む時だけは係員の補助は必要なものの、親の関与は全くなしで乗り降りができるようになった。
 テピが1人でリフトに乗ることができたのは、昨シーズン、私と一緒に何度も乗り降りするうちに手順を体で覚えていたことが最大の要因(機が熟していた)だと思うのだが、よき係員に恵まれたということも重要な要素だ。

 それにしても、大雪で2人乗りリフトが動かないというアクシデントがなければ、ほとんど永久的に私はテピを1人でリフトに乗せることはなかっただろう。それくらいテピの能力を過小評価していたし、信じてもいなかったということだ。この一件で、私は随分反省した。

■ストックを正しく持てた!

 1)課題
 スキーを始めてしばらくの間は、テピはストックを持ち続けることができなかった。落とさないようにと、ストックに付いている紐を手首にかけると、かえってそれに頼ってしまい、ストックを握らずにぶら下げてしまうのだ。その上、手をひらひらさせるものだから、手袋ごとストックが落ちる。これは前途多難だなあと、ストックに関しては半分諦めていた。だから、スキー場3回目くらいからは、彼にとっては文字どおり無用の長物であるストックを持たせずに滑らせていた。
 その後、ずいぶん滑りが上達したので、今度はテピにストックを持たせる練習をさせることにした。
 紐をかけるとぶらぶらさせるという癖は直りそうもなかったので、紐をかけずに持たせた。ところが、テピは「握り」の部分を持とうとせずに、その下を持ちたがる。確かに握りの下を持つ方が、握り自体が大きなストッパーになって、ストックが抜け落ちにくくなる。まあ、彼は彼なりに考えてそうしてるんだろうと思い、この点に関しては大目に見ることにした。
 彼の握り方を大目に見たおかげで、ストックを落とす頻度は大幅に減った。困るのは、テピが転んだときだ。転べば紐をかけていないストックは当然吹っ飛んでいく。その時に私がそばにいれば良いのだが、テピの数十メートルも先に降りたりしていたら、彼のストックを拾いに斜面を登るはめになるのだった。
 そんなことを繰り返しているうちに、1994年度のシーズンが終わった。

 2)1日で解決!
 1995年度のシーズンが到来し、意気込んでシーズン初のスキーに行ったのだが、なんと、テピは正しい握り方を1回教えただけで、その持ち方を覚えてしまった!
 ついでに紐を手首にまきつけてやったら、それも抵抗なく受け入れた。それだけではない。テピはどこで覚えたのか、ストックで雪面を押して前進するなどという(彼にとっては)高等技術を、その日のうちに披露してくれたのだ。我が目を疑う、といのはこのことだと思った。この日は、シングルリフトに初めて1人で乗れたという日でもあったので、驚きは倍増だった。シーズンオフの間に確実に成長し、スキーにもそれが反映されたのだろうか?

■風を切って滑走するテピ

 1)初級コースがない!
 1995年の北海道は雪が少なくて、平年より早くスキー場を閉める所が多いようだった。私たち一家はシーズンの締めくくりとして、3月中旬に温泉のあるスキー場に一泊して来た。そのスキー場は今時珍しいシングルリフトだけのスキー場だった。しかし、テピはシングルリフトを既にクリアしているから、これに動じることはない。
 シングルしかないだけあってリフト係員の補助は徹底していた。最初に、「この子、障害児で言葉も通じないけどよろしくお願いします。」とお願いしておいたら、2日間、テピには特別に目をかけてもらえた。
 リフトを降りて初めて、このスキー場には事実上、中級と上級のコースしかないことが分かった。初級コースと中級コースとでは、難易度が結構違う。テピは当然恐がった。なだめすかしながら、なんとか下まで降りてこさせたのだが、もうリフトには乗りたがらない。
 恐怖心を一度与えてしまったら、半永久的に拒否し続けるのがテピの特徴だ。こうなったら親が交代で滑るしかないと諦めて、まずは私がリフト乗り場に向かうと、どういう訳かテピも心を変えて私の後をついて来る。これは条件反射なんだろうか?それとも父親から離れるのが嫌だっただけなのだろうか?
 とにかくリフトに乗って頂上で降りて改めて冷静に見回すと、メインコースからそれた所に、狭いけれど比較的緩やかそうなコースがあるのに気が付いた。行ってみると期待通り中級よりもやや緩やかなコースだった。テピは、このコースが気に入ったようだ。ゆっくりゆっくりとだが、機嫌良く滑って降りることができた。

 2)スピードに乗ること
 さて、1995年度シーズンのスキーでテピの最後の課題は「スピードに乗ること」だと思っていた。そのためには中級に近い傾斜のコースで滑らせる必要があると思っていたのだから、今回のスキー場はまさしくうってつけのコースを用意してくれた訳である。
 ところがテピはエッジを最大限効かせて、歩くよりも遅いスピードで滑っている。これではスピードに乗るどころではない。かえって初級コースでの方がスピードに乗っていたくらいだ。
 しかし、リフト3回、4回目くらいからテピの滑りが急に変わり始めた。どんどんスピードがでてきて、ターンを繰り返しながら滑っている私と同じくらいの速さにまでなった。恵利子が後方に置いていかれるほどだ。
 スキーはスピードを楽しむスポーツでもある。スピードを恐がるうちは本当にスキーを楽しんでいることにはならない。テピは今回、生まれて初めて、スキーのスピードの快感を知ったようだ。リフトから降りると、親を置いて真っ先に滑り始めるようになった。以前なら、親のどちらか常に数メートル先を滑っていることを要求したくせに。

 テピはやみくもにスピードを出しているわけではないことが、スキー場が混んだ2日目に気が付いた。テピのスピードは一般のスキーヤーを追い越すほどになっていたのだが、追い抜くとき前後のスキーヤーの位置を考えながら、きちんとコース取りを考えて滑っていることが、後ろから追っていてよく分かった。かなり狭いところも見事に滑り抜けて行く。必要に応じてスピードコントロールもしていた。彼のスピードは、自分の意志通りにスキー板を操ることができるという自信の現れなのだろう。ここまできたら、親は後ろから見守るだけだ。

 3)風を切って滑降するテピ
 これ以上の天気はないという春を思わせる青空の下で、私たち一家は、風を切って滑走する。少し先を行くテピを見ながら、私はひとつの作品をテピといっしょに作り上げたような大きな満足感を覚えていた。



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