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バッテリー・パークからフェリーで渡って自由の女神とエリス島を巡る観光は私の関心外ではあったのだが、子供たちには楽しいかもしれないと思い、そのコースを初日に選んだ。ところが、フェリー発着場は観光客でごった返し、船を待つ長蛇の列がずっと先まで続いていた。私達はこの列の中で結局1時間半も待たされた。こんなことなら美術館巡りを優先させればよかったと後悔したが、後の祭りだ。しかし、列で待つ人々を相手に演じるストリート・パフォーマー達の達者な芸が私達のたいくつな時間を多少なりとも救ってくれた。テピはこれらの芸に関心を示すことはなかったが、列の中で大人しく待っていてくれた。フロリダのディズニーワールドで鍛えた成果かもしれない。
フェリーの最上階からは、海に浮かぶマンハッタンが手に取るように見えた。リバティ島に降り立って自由の女神を間近で見ると、彼女がかなりがっちりした体型であることが分かる。ここでは直下から彼女を見上げるだけにして、再びフェリーに乗り込んでエリス島に向かった。
エリス島は、自由の女神のすぐ隣にある小さな島だ。ここではショッキングな歴史を発見することになる。
この島には、50年前まで主にヨーロッパからの移民の審査を行っていた移民局があって、現在は資料館として保存・公開されている。
ぶらぶらと資料館を見学しているうちに、私は「知能検査の部屋」という小さな部屋を偶然見つけた。そこには型はめパズルやマッチングのモデルが展示してあって、パネルには、「言葉を使わずに知能の評価が可能なテストが考案され、実施された。これによって英語を喋ることのできない移民希望者でも標準以上の知能を有することを立証できた。」というような意味の説明がある。これを読んで私は考え込んでしまった。
「知能検査に合格しなかった移民希望者は、その後どういう運命を辿ったのだろう?」
この部屋のパネルを読みあさったが、答えは見つからなかった。しかし答えはその上の階にある医学的検査の部屋で見つかった。健康及び知能的に問題のある移民希望者は回復の見込みがないと判断された場合、母国に強制送還されたということなのだ。
この時代に、もし私がテピを連れて米国に移民するためにエリス島に来たら、テピは強制送還の対象になっていたということだ。いや、この時代だけでなくひょっとしたら今でも米国は知的障害者の移民を受け入れていないかもしれないという疑念もわき起こる。私にはこれを調べる術がないので、真相は分からない。
2階建てで上の階には屋根のないバスに乗って、マンハッタンを1周した。屋根がないということはこんなにも展望が良いものなのかと感心しながら、次から次へと現れるニューヨークらしい光景に目を奪われる。テピは大好きなバスに乗れるだけで嬉しいといった様子。
実はこのバスに乗るに当たって心配していたことがひとつあった。パトロールカー・救急車・消防車のサイレンだ。音に対して過敏感なテピは、サイレンの音を聞くだけで恐怖のどん底に突き落とされ、かんしゃくを起こすことがある。特に米国の緊急車両のサイレンは派手で音も大きいので、米国に来てからはしばしばこの音が原因でかんしゃくを起こしていた。ニューヨークともなれば、サイレンをけたましく鳴らしながら緊急車両が街を走り回っているのだろうし、それを屋外にいるのと同じ状態のダブルデッカーバスの上階で聞けば、テピは必ずかんしゃくを起こすだろうと心配していたのだ。
ところが、昼間のニューヨークは静かなものだった。遠くで鳴るサイレンが聞こえはしたのものの、テピの神経を逆撫でるほどの音ではなかった。こうして最後まで私達は安心してバスの上からの観光を続けることができたのである。
このビルは映画に何度も登場するので懐かしい気さえしてくる建物だ。「キングコング」ではキングコングがよじ登って戦闘機に撃墜され、「巡り会えたら」では、トム・ハンクスが演じるサムがメグ・ライアン演じるアニーとこのビルの屋上で出会う。「インディペンデンスデイ」ではエイリアンに真っ先に爆破されるのがこのビルだ。
最近このビルで話題になっているのは、2階にある「スカイライド」というアトラクションで、ニューヨークを空からあるいは地上すれすれから飛び回るというディズニーワールド等でお馴染みの疑似体験映画。ヨピが絶対に観ると言い張るので、観ることにしたが、ニューヨークらしい洒落たユーモアたっぷりのスカイライドは大人も十分楽しめるものだった。テピも椅子に座ったときから終わるまで大喜びの笑い声を出していた。
この日は霧がかかり、エンパイアーステートビルの屋上からの眺めは良いとは言えない状態だったが、摩天楼の間からはセントラルパークやイーストリバーがよく見えた。
ニューヨーク旅行で一番楽しみにしていたのが、ブロードウエィのミュージカルである。一流の役者の演技を一流の劇場で観ることができるのは、やはりニューヨークだと思っていたからだ。
しかし問題はテピが劇場で大人しく座っていられるかということだった。独り言や歯ぎしりだけですめば良いのだが、突然大きな奇声を発したり何かの刺激に激しく反応してかんしゃくを起こしたりされたら、即退場ということになるだろう。テピの起こす騒ぎは周囲の観客に対して迷惑なだけでなく、舞台で演じる役者にも影響しかねない。
しかし私たちは、思い切ってトライすることした。なぜならテピは、ディズニー・ワールドの映像アトラクションや旅行の先々で観たアイマックス・シアターで、映写時間が短かったとはいえ座席で大人しく座っていることができたからだ。
ブロードウエィでは、「美女と野獣」のチケットを買い求めた。子供も大人も楽しめるだろうと思ったからだ。開演までの時間を5番街などを散策して過ごし、夜になって急に華やかさを増したブロードウエィに戻ると、着飾った淑女や紳士の姿が目についた。それぞれの目的の劇場へと向かうところなのだろう。
劇場に入ると、席に案内された。オーケストラ席でまあまあの席だ。劇場は予想していたよりも古く立派なもので、歴史を感じさせる装飾が重厚さを漂わせていた。このような場所ではイブニング・ドレスなどをめかし込んでいる若い女性の姿が実によく映える。
開演のベルがなり館内の照明が落とされると、ざわついていた観客席が静まり、オーケストラの演奏が始まった。指揮者のタクトが序曲を導き終えると幕が開き、私達は華やかな世界に引き込まれていく。
テピも目の前で展開される音楽と踊りと舞台の仕掛けに心を奪われたようだ。目を見開き、乗り出すようにして熱心に観ている。ときどき興奮して奇声を発しそうになるが、そういうときには、とっさに私がテピの手をやや強く握りしめることにしている。これは「シカゴ美術館」でも紹介した方法だが、美術館だけでなく劇場でも奇声をおさえる有効な方法になっているのだ。
テピは本当に楽しんでいた。ストーリーを理解しているとは思えないのだが、音楽とステージのきらびやかさ、そして観客の楽しくて素直な反応は、テピの感性にも心地よいものなのだろう。
物語がクライマックスをむかえたときには、私はテピのことを忘れて舞台に夢中になっていた。テピの存在を再び意識したのは、物語が終わり、鳴り止まぬ拍手と歓声の中で、彼が大きな声でそれは嬉しそうに笑っていることに気がついたときだった。
ニューヨークの地下鉄が危険で汚いということはあまりにも有名である。それを覚悟の上で、私達は地下鉄を利用することにした。ホテルからメトロポリタン美術館へ移動するには、地下鉄がとても便利なのだ。それに地下鉄に乗るのが大好きなテピを喜ばせたいという願いもある。札幌にいるころは頻繁に利用していた地下鉄だが、米国に来てからは一度も乗っていなかった。
階段を降りると、意外と浅いところに改札口があって、そこからすぐにプラットホームに入ることができる。落書きだらけの壁を期待していたのだが、プラットホームはとてもきれいだった。怪しげな人物も見あたらない。
近づいてくる電車の音に、これまた落書きで全身を覆われた車体の登場を期待したのだが、ホームに入って来た電車は新しくてきれいだった。落書きなんてどこにもない。
電車の中も清潔で乗客はみな善良そうな市民に見えた。電車に揺られていると、札幌の地下鉄に乗っているような気分になってくる。
テピはホームに入ったときから大喜びで、「地下鉄だねー」と何度も繰り返して言っていた。車内でも始終ニコニコしていた。
前にも書いたように、米国3大美術館のひとつがメトロポリタン美術館だ。セントラルパークに面したこの美術館の前の通りには、たくさんの芸術家達が自分で描いた絵を売っていて、それを見ているだけでも楽しい。
美術館でのテピの行動に不安がないことは、「シカゴ美術館」で書いたとおりである。手をヒラヒラさせたり、意味のない独り言や低いうなり声を発することはあっても、他人に迷惑をかけるような大声は出さないし、展示物にむやみに触るということもない。
この美術館は巨大すぎて短時間で全部を見るのはとうてい不可能だから、シカゴ美術館のときと同様に、後期印象派の絵画とエジプト美術に的を絞って鑑賞することにした。私は初めこそテピと手をつないで部屋から部屋へと渡り歩いたが、途中から手を放して美術鑑賞することにした。手をつないでいる必要性を感じなくなったからだ。
ここで最も印象的だったのは、ゴッホが描いた花々の絵。恵利子も同様だったらしく、これらのポスターを何種類かアートショップで買ったようだ。私は前から欲しかったエジプト美術品をモデルにした猫とカバのブックマークを買い求めた。今ではこれらのポスターやブックマークを見る度に、楽しかったニューヨーク旅行を思い出す。
この後、ニューヨーク近代美術館にも行ったが、ここでは館内での写真撮影が許されているので、私達は名画を背景にしていくつかの写真を撮った。圧巻はモネの「睡蓮」の大作が壁一面を使って展示されている部屋で、テピと私は椅子に座ってしばらくこの絵を眺め続けた。
日曜日のセントラルパークは、ニューヨーク市民が思い思いの格好でくつろぐ、のんびりした雰囲気でつつまれていた。
テピは大木が大好きだ。幼い頃から、そそり立つ木々を見上げては、「き、もくむく」と嬉しげにつぶやいていたものだ。だから、大きな木々の間を歩くようにできているセントラルパークの散策路がテピの気に入らないわけがない。手をヒラヒラしたりくねらしたりしつつも、公園の雰囲気をじっくり味わうようにゆっくり歩き、ベンチが空いていればそこに座る。木製遊具のある子供の遊び場を見つけたときには、大喜びで駆け寄り30分ほどそこで遊んだ。他の子供達が5歳前後という中では、11歳のテピは大きすぎて場違いに見えてしまうが、誰もそんなことを気にしない。他人と違うをことを気にしない米国のありがたい習慣に、私達はいつも助けられる。
私達の宿泊したホテルの近くセントパトリック寺院があって、私達はこの巨大な寺院の前を何度も通りすぎてホテルへ帰ることが多かった。明日はマディソンに帰るという日曜日の夕方に、私達はこの寺院を少しだけ見学することにした。
中に入いると、教会関係者らしき人が先に進もうとする人をつかまえては、
「マスか?」
と聞いている。私達の前にいた見学者らしき人が
「ノー」
と答えると、教会の人は
「それじゃ、ここから先へは入れない」
と言う。
私達の番がきたとき、マスの意味が分からいままとりあえず「イエス」と答えたところ、奥に入ってよいと身ぶりで示された。
私はしばらく「マス」の意味が分からなかったが、奥へ進んだ人達が次々と祈祷席に座ってお祈りを始めるのを見て、「マス」とは「ミサ」のことで、カトリックではこう呼ぶことをどこかの本で読んだことを思い出した。つまりこれからミサを始めるから、見学だけが目的で来た人はご遠慮下さいということだったのだ。私達は本当は遠慮すべきだったわけである。
しかし、ミサは始まってしまった。これと似た体験をクリスマスイブの日にマディソンの教会でしたことは記憶に新しい。私達はミサに参加することにした。
荘厳なパイプオルガンの音を聴いているだけで、心が静かに落ち着いてゆく。テピも静かにステンドグラスやろうそくの揺れる光を眺めていた。賛美歌を合唱し、神父の話を聴き、声を合わせて祈りの言葉を唱える。前後左右に座っている見知らぬ人々と挨拶を交わし、握手をしたところでミサは終了した。
私達はすっきりした良い気分になって、教会を出た。夕暮れ時のニューヨークの街並みがとてもきれいに見えた。
8か月間の米国で暮らしで、私達は日本産の食材を使った和食に飢えていた。日本産の米はやはりカリフォルニア米とはひと味もふた味も違うし、日本のビールだって懐かしい。うまい刺身も食べたい。それで私達は、和食党のテピのためにも、ニューヨーク滞在中に少なくとも一度は和食レストランで夕食をとろうと決めていた。
高級そうな店を避けて、大衆的な雰囲気のある店を選んで中に入ると、
「いらっしゃいませ!」
と威勢の良い日本語が飛んできた。店内は日本そのもので、壁には日本語で書かれた品書きがかけられている。席に案内する人も日本人のようだし、注文も日本語で聞かれた。
あれを食べよう、これも食べようと、楽しみにしながらメニューを広げて驚いた。どれもこれも値段が日本の倍以上するのである。私達は4人家族全員がお腹いっぱい食べても合計20ドルですむ米国のレストランに慣れてしまっているから、驚きはなおさらだ。
天ぷら、さんまの塩焼き、刺身の盛り合わせ、焼き鳥、つくね、日本のビールなどを注文して、あたりを見回すと、客のほとんどが日本人だった。ときどき聞こえてくる会話から、彼らも米国に長期滞在している人達だということが分かる。
テピもここで和食にありつけそうだということが分かったようで嬉しそうだ。しかし、料理が出てくるのを待っている間に、次第にテピの機嫌が悪くなってきた。しまいには、もう待ちきれないとばかりに騒ぎだす。
こうなって初めて私達は、このレストランのテーブルとテーブルの間があまりにも狭いことが気になってきた。たぶん日本のレストランや食堂はこんなものなのだろうが、米国の広さとゆとりに慣れてしまった私達には、大きなプレッシャーとなって襲いかかる。テピの起こす騒ぎが周囲に容易に伝わってしまうからだ。
しかし、この騒ぎも料理が来てしまえば何事もなかったように収まる。まず刺身の盛り合わせが出てきた。8か月ぶりに味わう刺身は、飲み込んでしまうのが惜しいほど美味しかった。私一人で全部食べたかったが、4人で均等に分けることにする。出てくる料理を次々と4人で分けながら、私達は日本の味を心ゆくまで味わった。
満腹感と満足感で幸せになった私達は、これで残りの4か月間は乗り切れると感じていた。
私達はニューヨークが大好きになった。しかし気になったこともある。例えば街全体に漂うすえた匂いと、道路にちらかるゴミ。客を客だとも思わない従業員の接客態度に腹を立てたこともある。
マディソン空港に着いてからのヨピの第一声は
「マディソンってきれいな街だね!」
であった。私は私で
「駐車料金を払うとき、むこうからハーイって笑いかけてくれたぞ!」
と感激していた。
マディソンは私達の街という想いが生まれてきたのかもしれない。
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