昭和38年愛知県碧南市生まれ
昭和60年大分大学建設工学科卒業
片岡ゼミ(建築計画専攻)にて、様々な建築に対する想いが芽生えたように思います。
大分は世界的建築家のひとり磯崎新氏が活躍を始めた地でした。ゼミの企画で院生が学部生をつれて磯崎作品を見て回る機会がありました。出かける前はヒマだったのでついて行こう程度でしたが、いざ廻り始めていると既に夢中になり始めている自分がありました。
建築に想いを馳せた当初に氏の作品を実際に見ることが出来たことは今まで建築に情熱をもって接してこれたことの一つのきっかけのようにも思います。
同年(株)ホンダランド
(現鈴鹿サーキットランド)入社
建設不況のさなかの就職活動はあまり魅力あるものではありませんでした。田舎の国立大学から中央に出てこようとすることが、ライフワークを選ぶというよりはまともなところに就職するということばかりに向いてしまったのかも知れません。
会社では主に遊園地の乗物乗り場の企画に携わりました。同じ部署にはグラフィックデザイナー、インダストリアルデザイナーや技術の人がいて、様々なことを学びました。
主にプレゼンテーション主体の業務でした。その後普通の建設業界に進むのですが、ここで学んだことは同業の他の人とは少し違った観点から業務を眺めることが出来たこと、スケッチパースをさっさと書き上げるなど僕には大きな収穫でした。
昭和62年(株)ZIN設計室入社
24才になって、いよいよ建築の世界に飛び込むことになりました。ここでは様々な実務、社会での現実を学びました。ホンダランドでは実際に仕事を任せてもらえるまでには至りませんでしたが、ここでは小さな物件などどんどん仕事を任されて充実した日々であったように思います。
平成3年いろは建築工房として活動開始
バブル景気に世の中が浮かれているときに独立。とりあえず下請け業務を紹介してもらえて、まずは気楽に活動を開始しました。そして現在に至っています。

独立してしばらくして、鈴鹿山系の御在所岳にハイキングに出かけることが有りました。ひとつのことに夢中になる性質のようで、それからは仕事そっちのけで山ばかりに出かけるようになっていました。しばらくして名古屋山歩会という労山系の山岳会に入会。夏山縦走、岩登り、冬山登山。29才には、ヨーロッパアルプスのモンブランを仲間と二人で登ってきました。あまりにそれに集中したためか、何となくモチベーションが低下して山に出かけることはどんどん減っていました。ちょうどその頃パソコンのMacintoshに出会ったこともあって、今度はどっぷりパソコンに夢中になっていました。そしてそれも一段落したころ、フリークライミングを一生懸命やるようになりました。これはもう始めて10年になりますがいまだに続いています。出来ることより出来ないことの方が多いせいか、僕には向いているようです。
岩登り
碧南市大浜地区のウォーキング会にて
モンブランの山小屋にて