
インナミンカはサウス・オーストラリア北東にある小さな開拓地です。
ここはあの「恐るべき空白」にあるバーク&ウィルズ探検隊の悲劇の場所です。
1860年メルボルンから派遣された探検隊はこの地にベースキャンプを作り、
バーク隊長以下4名の先遣隊はついに初の大陸縦断に成功。
その帰路に隊員1名グレイはクンジーレイクス近くにて死亡。
残り3名はなんとかキャンプに帰り着くが、なんと同日の朝ここにとどまっているはずの
留守隊は彼らがもう死んでしまったと思い撤退していた。
精も根も尽き果てその場で倒れこんでしまうバーク、ウィルス、そしてキング。
キャンプ地の土中に埋められていたのは、瓶に入った通信文と木箱に約1ヶ月分の食料のみ。
彼らは水を求めクリークをいくつも辿りながら、南への脱出をはかるが
クリークはやがて涸れ食料もすぐに底をついてしまった。
一番若かったキングただ1人が先住民族の助けにより、なんと5ヶ月も
生き延びハウィットの救援隊に発見された。
彼らがメルボルンを出発して既に13ヶ月を経過していた。
1863年1月21日にヴィクトリア州の名士が招待され壮大なる葬儀が行われた。
その葬列を見送った人々の数は、4万にも達したとされた。
キングはその後セントキルダに住む姉のバンティングの家で、ひっそりと暮らした。
そして1871年に従姉妹と結婚した。
しかしあのクーパーズクリークでの恐ろしい体験から、体は完全に回復することなく
その翌年に肺結核で死亡している。
まだ33歳という若さだった。
人々は彼をバークとウィルズの墓のそばに埋めた。
運命の9時間の違い、その第65キャンプはインナミンカから
クーパーズクリークを45kmのぼった、ナパ・メリーという農場の近くにある。
ディグ・トゥリーという名のその木には、今でもLXV(65の意味)とナイフで幹に掘られた跡が確認できる。
その下には"DIG 3ft NW"と、土中に残された瓶と木箱の位置を示す記号も掘られていた。
しかし今それは確認できない。
インナミンカ近くにはバーク、ウィルス、そしてキングの墓がある。
1993年10月バイクツーリングで初めてその地を訪れた私は、
チェーンで囲まれた木の幹を目の前にして、ただただ感無量だった。
そして次にここにくる時には、探検隊と同じく自分だけの力で
そのルートを旅してみようと思った。
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