Waltzing Matilda ワルシングマチルダ 第2の国歌
この歌はオーストラリアで最も国民に愛されている歌であり、第2の国歌ともいえるものである。
実際に国民投票で国歌を決めるときに「Advance Australia Fair」と国歌の座を競った。
オーストラリアは建国してからまだ200年ちょっと、この歌が誕生してから100年ほど経っている。
今でもオージーの心の中にあるそのブシュの生活を歌ったこの歌の起源については不明な点が多く、論争が絶えない。
はっきり解っているのは作詞者(バンジョー・パターソン1864-1941)だけである。
シドニーオリンピックの時にはテレビからよく聞くことが出来たので記憶に残っている人も多いだろう。
パラリンピックの開会式だったか、薄暗いステージにたき火を見立てた赤いライト。そこで2人のアクブラを被った男が
ブルースハープでこの曲を演奏した。
パターソンは1885年QLD郊外に住む婚約者を訪ねた。そこで婚約者の友人クリスチーナ・マクファーソンに会いキヌーナのダグワース牧場に招待された。その時ディアマンティナ川のコンボにあるビラボンを訪ねたり、スワッグマンが羊を殺して袋に詰めたりしているという話を聞いた。
ダグワース牧場で開かれたパーティーでマクファーソンはスコットランドの恋の歌を楽器で演奏した。
この曲をパターソンは大いに気に入り、歌詞が無いことを知ると早速自ら作詩した。それがワルティングマチルダだ。
初めの歌詞では、「ビラボンに飛び込みユーカリの木の下で死んだ」となっていたが、当時ストライキ中だった羊の毛刈り職人達によって「警官などに捕まるもんか」という意味に歌い変えられた。またスワッグマンにjollyという言葉はついていなかったが
1903年ビリーティーの宣伝にこの曲が使われた時についたという。
QLDのWinton(S-22"23,E-143"02)では1995/04/06ワルティングマチルダが初めて公開の場で歌われてから100年
を記念して百周年記念祭が開かれた。1895年QLD首相が開催したパーティーでWintonの歌手ハーバード・ラムゼイが初めて
この曲を歌ったという。
またこれに対しリチャード・マゴフィンはこの歌は羊毛買い取り人のストの指導者サミュエル・ホッフマイスターが放火などの
罪で懸賞金付きになり警察に追われコンボのさらに上流のビラボンでピストル自殺をしたのをもとにしたとし、1994年9月に
Wintonの上流にあるKynuna(S-21"35,E-141"55)で百年祭を開催している。マゴフィンは図書館の資料によりラムゼイが歌った
のは7年後だと主張している。この時のストライキはオーストラリア労働党の結成のきっかけになったことで知られている。
ともに明確な証拠はないようだが、まあそんなことはどうでもいいのだろう。
歌詞も時代と共に変化していき、歌う人によっても違ってくるのだ。
Walting Matilda
Once a jolly swagman camped by a billabong
Under the shade of a coolibah tree
and he sang as he watched and waited till his billy boiled
You'll come a Waltzing Matilda with me?
Waltzing Matilda,Waltzing Matilda,You'll come a Waltzing Matilda with me?
and he sang as he watched and waited till his billy boiled
You'll come a Waltzing Matilda with me?
Up came a jumbuck to drink at the billabong
Up jumped the swagman and grabbed him with glee
and he sang as he shoved that jumbuck in his tuckerbag
You'll come a Waltzing Matilda with me?
Waltzing Matilda,Waltzing Matilda,You'll come a Waltzing Matilda with me?
and he sang as he shoved that jumbuck in his tuckerbag
You'll come a Waltzing Matilda with me?
Down came the squatter mounted on his thoroughbred
Down came the troopers, one,two,three
Where's that jolly jumback you've got in your tuckerbag?
You'll come a Waltzing Matilda with me?
Waltzing Matilda,Waltzing Matilda,You'll come a Waltzing Matilda with me?
Where's that jolly jumback you've got in your tuckerbag?
You'll come a Waltzing Matilda with me?
Up jumped the swagman sprang into the billabong
You'll never catch me alive said he
And his ghost may be heard as you pass by that billabong
You'll come a Waltzing Matilda with me?
Waltzing Matilda,Waltzing Matilda,You'll come a Waltzing Matilda with me?
And his ghost may be heard as you pass by that billabong
You'll come a Waltzing Matilda with me?
英語(米語)が出来る人でもこの歌詞を理解することは難しいだろう。
まずタイトルの意味も解らない。
| Waltzing | はワルツの進行形ではあるが、ワルツとは全く関係なく「放浪する」と意味である。 |
| Matilda | はスワッグ swag の事で、これは寝袋の表面の生地がとても丈夫で分厚い携帯用寝具で 夜になるとそのまま地面の上に広げて潜り込んで寝るのだ。脱いだ服は頭の部分に入れ枕となる。今でもオーストラリアのキャンプ用品店へ行けば購入可能である。実際にこのスワッグだけをバイクのリアシートにくくりつけて旅をしているオージーを何度か見たことがある。このマチルダを背負い牧場から牧場へと職を求めて放浪していた男達のことを「スワッグマン」「スワッギー」「ブッシュマン」と言うのだ。私がアウトバックの辺境の町インナミンカで停滞を余儀なくされていたある日のこと店のおじさんからこういわれた「おまえは立派なブッシュマンだ」と。 |
| jolly swagman | 陽気なスワッグマン。 |
| billabong | 先住民族の言葉で「死んだ水」という意味。アウトバックでは雨が降ると涸れていたクリークは濁流となり、道はその水で溢れ通行不能になる。天気が回復して水が干上がっていくと、窪んだ所や木の多いところにだけ水たまりが出来る、それがビラボンだ。なにかのブランドかも知れないがTシャツや車に貼ったステッカーでbillabongというのを見ることがある。意味がわかっていると恥ずかしくて車には貼る気にはならないのは私だけか、、。 |
| coolibah tree | その水場に生えている木がそれだ。つまりユーカリの木である。これも元は先住民族の言葉。 |
| billy boiled | スワッグマンはマチルダを肩に担ぎ、ビリーと呼ばれるブリキのやかんを持って旅をしていた。それで作るのがビリーティーと呼ばれるものだ。乾燥した内陸部での夕暮れに飲むビリーティーは身に染みる。 |
| jumbuck | 先住民族の言葉で元々はにわか雨の前に見られる白いもやのことで、これが羊の群に似ているので羊という意味。 |
| tuckerbag | tuckerは食料のことなのでこれは食料袋となる。 |
| squatter | 大牧場主のこと。スワッグマンは彼らに雇われて生活費を稼いでいた。しかし中には夕暮れ近くに牧場にやってきて夕飯とベッドを頂き朝方にはドロンする輩やただ物乞いするだけの輩もいて嫌われ者だった。また家畜を盗んで食べたりもしていたので、スワッグマンとスクウォッターの間には争いが絶えなかった。 |
J-KING的勝手に歌詞を解釈してみる。
ある日陽気なスワッグマンがビラボンのユーカリの下で野宿をしていた。
歌をうたいながらビリーティーが沸くのを待っていた。
旅をしないかい?放浪しないかい?俺と一緒にマチルダを担いで、、。
ビラボンに羊が水を飲みに来た。大喜びでジャンプしてその羊を捕まえた。
歌いながらそいつを食料袋に詰め込んだ。
旅をしないかい?放浪しないかい?俺と一緒にマチルダを担いで、、。
そこへスクウォッターが馬にまたがりやって来た。警官も3人来た。
「おまえの袋の中の羊は誰のだ?」
旅をしないかい?放浪しないかい?俺と一緒にマチルダを担いで、、。
スワッグマンはビラボンへ飛び込んだ。「お前らなんかに捕まるもんか!」と言い残して、、。
ビラボンの辺では彼の幽霊の声が聞こえるのさ。
旅をしないかい?放浪しないかい?俺と一緒にマチルダを担いで、、。
警官に捕まるくらいならビラボンへ飛び込んで死んだほうがマシだという権威に反抗する姿勢が歌われている。
今でもオーストラリアでは強い者や権力者に対しての反抗心が強いように感じる。
それはこの国の歴史が囚人の命を張った開拓から始まったことに起源するのかもしれない。
弱い者いじめを嫌い正義感が強く逞しいのがアウトバックのオージーだ。だから権力に逆らい警官と銃撃戦をおこなった
ブッシュレンジャー Ned Kelly はヒーローとなる。
たった一人自転車で大陸縦断を目指しバーク&ウィルズのルートを走っていた私にも多くの人が声をかけてくれた。
内陸の辺境の地インナミンカではこう言われた。
「ここには14人しか住んでいない。お前は15人目の住民だ。」
パブに行けば何も言わなくても好みのビールを差し出してくれる。
この時初めて私はマイトシップの本当の意味を知った。開拓者同士の強い繋がり、絆、友情、それがマイトシップだ。
Mate = Friend とは違うのだ。
ここにはオーストラリアの原風景がある。スワッグマン・ビラボン・ビリー・ジャンバック・タカバック・スクウォッター
オージー気質、風景、心情、この歌が今でも多くのオージーに愛されているのが少しは解って頂けただろうか。
アウトバックを一人旅を続けているうちにこの歌の本当の意味がわかってきた。
自分がその原風景のなかにいる。そこには今にもスワッグマンがたき火をしているようなビラボンがあった。
辺境の地を守り続けている開拓者がいた。弱い者を見つけるとほったらかしにできないやさしいオージーがいた。
またあの赤い大地を走りたい。あの無骨で格好悪い親父に逢いたい。
砂にもがき苦しみ、水や食料の心配をしながら走ったというのに、帰りたい。
なぜだろう。なぜ私はあの何もない恐るべき空白と呼ばれる乾燥だけの地に帰りたいのだろうか。
Waltzing Matilda,Waltzing Matilda,You'll come a Waltzing Matilda with me?