天高く馬肥ゆる秋。
雛見沢は季節の流れが早いという事を俺は身をもって知った。
夏が過ぎたと思ったらようやくきた秋を冬が早足で追い越そうとする。
農家はほとんどが収穫作業で手一杯になり、どこも人手が足りなくなる。
そんな中、魅音は毎日どこかの作業を手伝いに行かなきゃならないらしく部員は長い休暇を与えられているような状況だった。
だが俺たちがそんな大人しいタマか?
もちろんそんな事がないのは魅音もお見通しだった。
そしてある提案が魅音からだされたんだ。
「いやー、おじさんはまだ忙しいのが続きそうでね。ところで皆、今週末のお手伝いさんがちょーっと足りないんだよね。どう、その場を借りて久々の部活動ってのは?
もちろんバイト代は出してくれるよー!」
「部活に報酬がついてくるっていうのは珍しいな。だが得るものがあるのなら余計に燃えるってもんだぜ!なぁみんな!」
そんな俺の言葉に全員賛成。すんなりと今日の部活開催が決定されたのだった。
天まで突き抜けるような青空に心地よい日差し。
ついこの前までの気だるい暑さもいつの間にか過ぎ去った。
今日の部活で見事優勝して久々に沙都子に罰ゲームでも食らわしてやるぜーっ!
………と行きたい所だったんだが。
布団の中からしか窓の外が見れないのが口惜しい。
そう、俺はまさしく身をもって知るハメになってしまったのだった……
「まさか不参加で罰ゲームとかいってこないだろうな」
いや、あいつらもそこまで鬼じゃぁあるまい。
薄れゆく思考は最後まで罰ゲームに囚われていた 。
ビター バージン
「圭一ー!レナちゃんから電話よー!」
目が覚めると既に日は暮れていた。
母さんが気を使ってくれたのか窓はしっかりしまっていた。
そりゃそうか、昨日はそれで風邪をひいちまったんだから。
後で礼を言っておかなきゃな。
「どうなの、出れそう?」
起き上がって体を伸ばすと鉛のような重さは解消されていた。どちらかっていうと寝すぎで疲れたぐらいだ。
「今行くよー!」
下に向って大声をあげてアピールする。
階段を降りると母さんが笑ってこちらを見ていた。
「??」
「あら、来たみたい。それじゃレナちゃん、おやすみなさい」
受話器を受け取るとそこには楽しさの尾を引いたレナの声が待っていた。
「圭一くん、お風邪大丈夫なのかな。 …かな?」
「おう! ちょっと体調崩しちまっただけだからな。 部活に出ても良かったぐらいだぜ」
「くすくす。 そんなこと言って、久々の部活で体が熱くなっちゃって、窓開けて寝ちゃったとかじゃないのかな?」
「……なぁ、本当に俺の部屋にカメラとか付けてないだろうな?」
「はぅ〜〜、ひどいよ〜。 本当はさっき圭一くんのおばさんに教えてもらったの」
でも皆が想像したとおりだったんだけどね、と続くレナの言葉は聞き流す。
前言撤回。礼は取り消しだ。
「まぁそれはおいといてだ。 どうだ、楽しかったか?」
「うん! レナはなんとか最下位を防げたぐらいだったんだけどね……ところで圭一くんは明日予定あるのかな?」
「いや、特にないけど何かあるのか? まさか罰ゲームとか……」
「あはは、レナからは楽しみに待っててねとしか言えないかな。…かな」
肯定にしか捉えられない否定っていうのはなかなか辛い。
「それじゃあレナを信じて楽しみに待つとするか。 わざわざ電話してくれてありがとな、レナ。
にしても、見舞いの電話はレナからだけか。 ちょっと期待して待ってたんだけどなぁ」
「ん〜、誰からの電話を待ってたのかな、圭一くんは?」
うお。 鋭いリターンだ。 こういうところの食いつきのよさはレナの持ち味。
うかつな発言は弱点を曝すようなものだ。
うっかりとはいえ、油断してしまったのを後悔する。
何よりリビングでにやついている両親の顔を見て後悔した。
「いや、まぁ、気にするなって。とりあえず俺はもう寝るよ。おやすみ、レナ」
「うん、おやすみなさい、圭一くん」
受話器を元の位置に戻してそのまま布団に戻る。
明日は何が来るんだろうな……不安だ。
でもこのままでも何の予定もない日曜になるだけだったし、渡りに船だ。
油断して風邪がぶりかえしても困る。
目をつぶって明日を待つことにしよう。
翌朝、目が覚めたのはすっかり朝の遅くなった鳥の声でだった。
「んぅ〜、もう朝かよ」
「日が昇るのも遅くなってきましたけど、それにしてもこの時間に起床って言うのは遅すぎだと思いますよ」
……
「みおん!? いや、詩音か!?」
「はい、おはようございます圭ちゃん。夢見はどうでしたか?」
「お、おはよう、いや、ぢゃなくてだな。 どうしてここに詩音が居るんだ!?
っていうか母さんも起こしてくれよ!!」
いかん、動揺してる。
そりゃそうだ、起き抜けに部屋に女の子が居たらそりゃ動揺だってするさ。
むしろ動揺しないほうがどうかしてると思うんだが、それは置いとこう。
「私が起こさないでくれって頼んだんです。 いいお母様ですね〜。 これでどうして圭ちゃんにデリカシーが身につかないのか不思議です」
「なんかいったか、詩音?」
「いいえ、な〜んにも。 ところで圭ちゃんこそレナさんから何も聞いてないんですか?」
無言で首を左右に振る。
早く頭よ元に戻ってくれ〜!!
「まぁレナさんが予定ないって教えてくれたし大丈夫でしょう。 圭ちゃんは今日一日私に付き合ってもらいますので、宜しくお願いしますね」
渡りに船とは俺もよくいったもんだ。
覚悟を決めろというのなら、昨晩には出来てたさ。
それにしても、女装をさせられるのと女の子とデートさせられるのと、どっちがシビアなんだろうな。
この罰ゲームを決めやがったのがどこのどいつか知らないが、全員ひっくるめて罰ゲームで仕返ししてやる。
心の中で1人、そう叫んだ。 そう、心の中で……
着替えるから、と言って詩音を部屋から追い出してさっさと私服に着替える。
どこに連れて行かれるかわからないから服の選びようもなかったが、いつもと同じ動きやすい服を着てしまう。
「悪ぃ、待たせたな」
階段を駆け下りたリビングでは詩音と母さんが仲むつましげに、(多分俺にとっては最悪な話題で)盛り上がっている。
「さ、ちゃきちゃき行こうぜ詩音!」
腕を引っ張って外に連れ出す。
「あーもぅ、後少しで圭ちゃんが最後におねしょしたのがいつかきけたのに〜。 意外とケチなんですね」
「女の子にそんな事聞かれたくないに決まってるだろー!」
初めて詩音と会った時は魅音と間違えてしまったが、今でも気を抜くと気付けそうにない。
カジュアルで動きやすい服を好む魅音だが、詩音はいつも大人っぽく見える服を選んできているように見える。
「それにしても今日はどこに連れて行かれるんだ?」
「本当はたくさん買い込んで運んでもらうつもりだったんですけど、もうお昼過ぎちゃいましたからね。
見たい映画があるのでそれに付き合ってもらいます」
映画ぁ!?
なんていうか、それはまずいんじゃないか。荷物持ち程度なら覚悟の範疇だが女の子と映画なんて予想外もいいとこだ。
「一体どんな映画を見るつもりなんだ?」
「そりゃもちろんお姉じゃなくて圭ちゃんを誘ってる時点で察して欲しいんですけど、言わなきゃ、ダメですか?」
下から猫なで声で覗くな……。 口がさけてもそんなことは言うつもりはないんだが、顔に出てるだろうなぁ。
「いいよ、映画の名前聞いたって俺にはわかりそうもないしな。 それより俺はこっちの街には慣れてないから道案内はよろしく頼むぜ」
「えぇ、それなら任せちゃってください♪」
詩音が腕を絡ませてくるが振りほどくことはしなかった。
この細い腕を不利ほどこうと出来ないのは、何故?
そんな些細な疑問も新しく見る景色に薄れていく。
夏から興宮の町には度々足を運んではいたけれど、それよりも遠くに出かけたことはなかった。
電車に乗って隣町の映画館を目指す途中にも色々なものが目に入ってくる。
それは別段新鮮なものではなくて、まだ俺が都会に居たころはもっと進んだものもあった。
でも通り過ぎる景色を"元居た場所"というように捉えなくなっている自分は、少しでも雛見沢に溶け込めているっていうことなんだろうか。
駅を出て人通りがあったことに面食らってしまうぐらいだしな……。 我ながら少しばかり情けない。
詩音は時間まで数件はしごしていたが、それはそれは俺が入るのに二の足をふむような場所ばかり。
さすがにピンクピンクしたファンシーな店は避けてくれたのはせめてもの情けか。
「ここですよ、ようやく着きましたね」
「こりゃまた感じのある映画館だな。都会だったらスポットになりそうだぜ」
その映画館はなんとも古くさい外観で、隣のビルとの間には蔓がびっしりと延びきっていた。
詩音のことだからもうちょっと華やかな雰囲気のあるところを選ぶと思っていたんだが、これは意外だった。
だが中に入って詩音の選択に納得せざるを得なくなる。
「なんだ、この客層は……これじゃまるで」
「ふふふ、アベックの館ですね。 古風な感じの映画館で、気に入りましたか?」
「ぐぅ、なんでもお見通しって感じだな……」
「そんなことありませんって。 あの辺空いてますね、座りましょうか」
詩音が指定した席は回りに人も居ない隅の席だった。
腰を下ろすと程なくして映画が始まる。
内容は難しいもんじゃない。 ありきたりといってもいいんじゃないかっていうぐらいの恋愛モノ。
しかもこてこてのだ。
でも普段なら寝てしまいそうな手の映画なのに、珍しくウトウトすることはなかった。
それは、多分。
作内のキャラクター達もローカル映画だからだろうか、大衆受けするのかわからないような特徴ばかりだった。
主人公は女の子。
その女の子はクラスの男子を好きになる。 でも恋人とか以前に友人として親しくなってしまう。
恋人としての関係を求めつつも、今の位置をキープしたい。
そうこうする内に仲のいい女友達同士がその少年を好きだと表明してしまう。
(なんだか、ローカルなのが分かるな……こりゃ万人受けしそうにゃねぇ)
それにしたってなんで詩音はこの映画をわざわざ選んだのだろう。
余計な事を考えていたら集中力も途切れてしまった。
次第に思考が纏まらなくなっていく中で、ふと横に座っている女の子を見る。
詩音は、目が覚めるほどに、真剣なまなざしでスクリーンを見つめていた。
(…………)
隣の少女は一体何を真剣に見つめていたのだろう。
その焦点はスクリーンでも、作中の世界にでもなく、もっとどこか、別な気がする。
映画は一時間程度で終った。
上映が終っても部屋はさほど明るくならず、どこかぼーっとした頭で椅子に座り続けていた。
詩音もどうしてか席を立とうとはしない。 どうにも時の流れがない場所に居るような気がする。
「楽しかったか?」
視線は向けずに感想を聞く。
もともと詩音が見たかった映画なんだ。 その評価を聞くのは場違いなセリフでもない、はず。
「えぇ、まぁそれなりには。 前評判ほどではないですけどね。 圭ちゃんは楽しめました?」
「最後のキスシーンはマトモに見れなかったけど、それ以外はちゃんと起きて見てた。
普段は寝ちまうからな、楽しかった証拠だよ。 でもやっぱり詩音ならこういう選択してくるよな。 魅音ならアクションとかに連れてかれそうだぜー
」
なにか呆けた事を言っている気もする。
「へぇ〜。 どうしてまともに見れなかったんですか? 興味ありますね、それは。
もしかして、キス、したことないんですか?」
「む、まぁ確かにそれもあるんだが……ぅぉっ!」
突然頬に手を添えられて顔を引き寄せられる。
抵抗する暇もなく、おでこをぴたっと合わせられる。
あまりの事にいつもの「クールになれ」すらでてこない。
「圭ちゃんがしたことないなら、後学のためにもしてみちゃいますか」
唇が、舌が、急激に乾いてきた気がする。
期待していたわけでは決してないが、周りの空気にでも当てられているのだろうか、詩音は。
「ねぇ、圭ちゃん、主人公の女の子の事、どう思いました?」
「どうって……言われてもな」
「何も、感じませんでしたか?」
「それなら俺も聞くぞ。 どうしてわざわざこの映画を選んだんだ。 駅前の映画館なら流行の恋愛映画くらいやってるだろ。
この話は、まるで」
そう、まるで、俺が今まで直視できなかったある仲間のようで。
「質問しているのは私です。 圭ちゃんなら、どうですかね。 あんな女の子が自分の事好きだってわかったら、どう応えますか?」
矢継ぎ早にとんでくる詩音の質問は、答えが分かっているのに質問攻めをしているような息苦しいものになっていく。
「友達がいきなり恋人になんて考えられねぇし、わからねぇよ!」
「さっき、キスシーンはまともに見れなかったって言いましたよね。 それもあるん"だが"って、言いましたよね。
だったら」
私じゃ、だめ、、、かな
その一言で、背筋に金属が流し込まれたような、そんな何とも言えない感覚が全身を包み始める。
嫌な予感、最初に感じた直感。 目を背けようとした事実。
心の堤防で受け止められないほどの濁流が意識をさらう。
「お、お前、、、もしかして、、、、、魅音、なのか?」
かろうじて口から出た声はなんてひどく枯れたものだっただろう。
額から離れたその顔は胸板にストンと落ちる。
あまりに力のないその体と、押し隠せない震えが津波のよう。
「あのだな、魅音、別に、俺は……きらいじゃ」
「でも、そんなこと考えられないって言った」
その鼻にかかった声が潜めていたのは、拒絶。
「そりゃぁありえないよね、おじさんがそ〜んな少女趣味の絵空事を持ってるなんてさ。
でもね、圭ちゃん、それでもね」
続かないその後にどんな言葉が続くのか、皆目見当もつかない。
それどころか、どうしたらいいのかすら分からない状態で、俺は不用意にもその体を抱きしめてしまう。
「やめて!!!」
目まぐるしく変わる反応にさっぱりついていけない。
今この腕で抱えようとした少女はもう立ち上がっていた。
「こんなことまでしちゃってごめんね! でもね、別に同情が欲しかったわけじゃないもん!
圭ちゃんのバカ、知らない!!」
何も言えずに、追いかけることも出来ずに。
俺はただ魅音の後姿を見つめることすらも出来ずに、ただ虚空に視線をとどめる。
次の上映が始まったのか、また暗闇に包まれる。
(どうして・・・いや、なんでこんなことを・・・。 俺の大馬鹿野郎! そんなこと決まってるじゃねぇか!)
もっと、もっと深く考えてやるべきだった。
多分、今日よりもずっと前からそうするべきだったんだ。
それなのに、怠った。
映画の主人公が当てはまるのは魅音だけじゃない。 いや、寧ろ俺にこそ当てはまる。
だって、魅音は振り切ったじゃないか。
それなのに、いつまでもうじうじ悩んでるのはどこのどいつだよ。
いい加減にはっきりしろよ、冷静になれ、何をすべきか考えろよ!
「このっ、、、クソッ!!」
前のシートに思い切り額をぶつける。 むしろ叩きつける。
何事かと回りがざわめくが、そんなことどうでもよかった。
「……とりあえず、帰ろう」
ここにいつまでも居たって仕方がないのだから。
覚束ない足取りで外に出たのはいいものの、雨が泣くように降っていた。
どうでもいい。 雨に濡れて頭を冷やした方がいいのかもしれない。
そんな事を考えながら、俺は一人駅に向かう。
事が起こってしまった後ならば、どんなことだって理由は見つかる。
そりゃそうだ、だって結果が出てしまっているんだ、全てはそこに向かう。
人が賢いかどうかはどの段階で気付くかってこと。
俺はどう考えても最低の部類だ。
夏の時点で気付いていたんじゃなかったのか?
魅音だって女の子だって。
強気に振舞って居たって、本当は芯の細い女の子だって。
そんなアイツを、男友達のようにばかり思って居ちゃダメだって……!!
どうしてだろう、こんな気まずいのは初めてのはずなのに、また同じことをしてしまったようなデジャブ。
いつか誰かに教わった事を、すっかり忘れてしまっていた。
「そりゃこんなヤツに抱きしめられたって、な」
力の無い手をみつめながら、声にならない声で嗤う。
どうか、誰でもいい、何でもいいから、俺をもっと責めてくれ。 そうでもしないと何からも逃げちまうこの臆病なやつを。
ここまでわかってるのに、それでも他の何かに頼ってる。
そんな俺でも傷つけに来たのだろうか。
猛スピードで車が横を通り抜けざま、ひどいしぶきが体を打つ。
小石をなげられたような痛みが全身を貫けるが、こんなもの大したことは無い。
「だから言ったじゃあないですか、人を急がせるからですよ」
「えーっ、そこで女の子のせいにしますか、葛西。 とりあえずさっきの人、見覚えが……やっぱり、圭ちゃんじゃないですか!?
どうしちゃったんです。 雨に濡れても別段いい男になったりなんてしませんよ?」
意外にもちょっと高級そうな車から降りてきたのは詩音とお付の葛西さんだった。
「葛西さんが居るってことは、今度は本当の詩音らしいな」
「何をぶつくさ言ってるのか知りませんが、うちの葛西がぶっかけちゃったみたいですいません。
とりあえず車に乗って体を拭くか何かしましょう」
「いや、俺は」
「迷惑を掛けてしまったのはこちらですから、遠慮せずに乗ってください前原さん」
さすがにこれで断り続けるのも失礼か。
観念して後部座席に乗り込んで、受け取ったタオルで頭を拭いて、その上に座る。
「それにしても何でこんなところに圭ちゃんがいるんですか?」
「それは私もお聞きしたいですね。ここら一体は男性向けの店も少ないですし、前原さんが入るには少々早すぎるきらいがありますから」
「む……いや、その。 実は……」
釣られるようにして二人に話してしまう。
詩音が魅音だったこと、魅音を女の子扱いしなかった自分の愚かさ。
一人じゃ考えきれない重い話がどんどんと滑り出す。
「それは確かに圭ちゃんがマズイですねー。葛西はどう思います?」
「魅音さんのやり方が上手いかといわれれば何ともいえませんが、若者が経験するにはいい事だと思いますよ」
「あらあら、年寄りくさいこというようになりましたね、葛西も。 あ、ちょっとそこであったかい飲み物買ってきます。
葛西、車止めて」
車から降りた詩音は道端の自販機に向っていく。
葛西さんもやれやれと言った感じで軽くため息をついている。
「いやはや、女性が恋愛話に飛びつくのは半端じゃないですね」
「あはは、、、でも俺が情けないって話だけですから」
なんとも、顔が上げづらい。
下を向いていると不意に方を強く捕まれる。
もちろん手を伸ばしてきたのは葛西さんだ。
「前原さん、大人の小言だと思って聞いてくれても構いませんし、出すぎだとも思いますが、私からあえて言えることが一つだけあります」
サングラスの下でこの人はどんな目をしているのだろう。
少し痛いぐらいに方を掴みながら、葛西さんが俺に言ったのは、本当に唯一つ。
「ビクビクしとらんで男をあげんかい!!」
普段の温厚な喋り方とは桁外れにズレた口調に体が跳ね上がる。
忘れてたけど、この人こそは本職のおかたなんだっけ。。。
「女に勇気ださせといて男が引っ込んでられるか考えてみろや。 男を上げるときを間違えちゃいけん!」
威圧するような声のはずが、俺にはどうしてか同じ男として応援してくれる男気のようなものに突き動かされた言葉に聞こえる。
そしてこの言葉以上に俺が欲しい言葉もない、と思う。
後は押し黙ったままこちらを見る葛西さんにおれが返せたのは頷きだけ。
それでも十二分に決意を込めた、頷きを。
「はぁ〜い、お二人さんお待たせしました」
タイミング良く詩音が車に乗り込んでくる。
ホットティーを受け取って口にすると、思いのほか体が冷えていたことに気付く。
体の隅々まで暖まってきたことを実感する。
しばらくして雛見沢に入ったところで、俺は葛西さんにここで降ろしてくれと頼む。
だが葛西さんの応えはNOだった。
「どうせですからね、最後までお見送りしますよ」
「あの、家じゃなくてですね」
これも人生の先輩がつかめることなのだろうか。
最後まで言う前に曲がったのは園崎家への一本道。
後はこの道をまっすぐいけば魅音が居るはずの場所にたどり着くのだ。
「へぇ〜、葛西も気が利くじゃないですか。圭ちゃんも覚悟決めて、男をあげてくださいね」
振り返らないけど、詩音に励まされてしまう。
ちぇ、この期に及んで女の子にそう言われちゃ、ひけるわけなんざねぇだろ。
「あぁ、元々悩んで臆病になるなんて俺らしくもねぇ、ナーバスな態度だったぜ。
ガツンとぶつかってやるさ、当たって砕けろだ!!」
「えぇ、その意気です。 着きましたよ前原さん」
葛西さんが車を止めたのは園崎家の門の前。
「ありがとうございました、葛西さん。 詩音もありがとうな」
「お礼は今度た〜っぷりはずんでもらいますからさっさと行っちゃってください」
ドアを閉めて、玄関口まで走る。
体に多少の雨を受けていたのだろうか。
消えかかった心に燃え上がる炎は赤く。
魅音の元にひたすらに、、、走った。
「しかし、これでよかったんですか、詩音さん」
「葛西こそ余計な気を回す必要はなかったんですよ」
「いえいえ。ツメの甘い詩音さんをカバーするのも勤めですから」
休日だというのに、園崎家にはお手伝いさんが居た。
取次ぎをすぐに受けられたからむしろ良かった。
魅音の部屋の位置を教えてもらうと小走りに部屋の前に立つ。
「入るぞ、魅音」
「……」
ふすまを開けると部屋には布団がしいてあって、その中央が盛り上がっている。
「何か用、圭ちゃん。 オジさんの姿を笑いにでもきたのかねぇ」
鼻声の上に布団の中でしゃべられちゃなんていってるのかを聞き取るのが精一杯だ。
でもそんなことは問題じゃあない。
だって俺は魅音の話を聞きに来たんじゃないんだ。
「魅音、怒ってもいい、受け止めてくれなくてもいい。 ただ、今は俺の話を聞いてくれ」
何も言い返してこないってことは聞くだけ聞くってこと。
大きく深呼吸して布団の横に座る。
「魅音、すまない!!!」
体に障らないように、声は小さいけれど、体の震えを押し込めるように力強く口にする。
同時に額をたたみにおしつける。
震えを止めろ、俺。 今言うべきことを言わなくて、いつ言うってんだ!?
「俺は、魅音が俺と男友達みたいに親しくしてくれて、本当にありがたいと思ってる。 そのおかげで俺はもう雛見沢になじめたとすら思うよ。
でもそれなのにわすれてた。 魅音が女の子である事を無理に押し込めていた部分があるって。
そんなお前に気付いてやれないで、俺はたくさん、たくさん傷つけてきた。
まずはそれを謝らせて欲しい」
「で、私に謝ったとして、圭ちゃんは……それがなんだっていうの?」
こころなしか言葉に含まれる針が舌を突き刺すようだ。
どうにか動かしてやっとこさ続きを口にする。
「夏にな、魅音が皆を背負って前に立ったときはお前が眩しくて仕方が無かったんだ。
俺に力が……皆を背負える自信を裏付ける何かがあったら代わりに前に立ちたかった。
でもそれはあの時の俺には出来ない相談だったし、これから先も五人の前に立てる事が俺には出来ないかもしれない。
だけどそれでもいいと今では思うんだ。 四人じゃなくてもいい、俺は一人でもいいから、その人を背負えるぐらいの男になりたいと思う。
魅音 俺はお前のことが好きだ! だからこんな無神経な俺でも、信じて着いてきて欲しい。
必ず、絶対にお前を支えきってみせるから、
だから、お前を好きな俺を信じてくれ、魅音!!」
言うだけの事は言った。
額を地につけながら魅音の返事を待つ。
力なく、だけど布団を押しのけて魅音が体を起こすのが分かる。
「本当、なんだね、圭ちゃん?」
「本当だ。 流されてとか、そういうことじゃない。 考えないようにしてたのは恥ずかしいけど、正真正銘、俺はお前の事が好きだ」
「なら顔を上げて」
ゆっくりと、顔をあげたそこにあったのは瞳から雫を流す愛しい少女。
言ってしまえばそれだけのこと。
俺はこの女の子が、魅音が、ひたすら魅力であって。
今度は心の底から抱きしめた。
肩に頭をもたれかけてくる魅音を心なしか強めに、決して離さないと抱きしめる腕で示す。
「ありがとう、うれしい。 でも本当に圭ちゃんが私の事を好きだって思ってくれるんなら、ちゃんとした証明が欲しいよ……」
「あぁ、任せろ」
少しだけ顔をあげた魅音の顔に手をやる。
戸惑いなんて入り込む隙間なんてなかった。
色んな思いに絡まれていた心が開放される。
0になった二人の距離を確かめ合う。
そう、これからは存分に確かめられるんだ。
二度と、隙間に入り込む存在なんてありはしない。
そうだろ、魅音?
だって、俺とお前がこの腕を緩めることが無ければ
二人の唇はいつまでも重なったままなんだから
翌日、魅音は学校を休んでしまったので皆で見舞いに行くことになった。
本当は一人で行きたかった、なんてはやくも図々しく考えてる自分が可笑しい。
レナや沙都子、梨花ちゃんに羽入、詩音と加わり、六人で見舞いに行く。
昨日とおされたばかりの部屋にまた入るのはなんとも、気まずいというわけじゃないんだが。
気恥ずかしくてむずむずする。
だがこんなにもショックを受けるような展開が待ち受けていようとは。 その時までは露にも思わなかった。
一番最初に魅音に声を掛けたのは梨花ちゃんだった。
「魅ぃが二日も風邪で寝込むなんて初めてで、かわいそかわいそなのです。 にぱ〜〜☆」
…………
「ちょっと待て魅音。 お前昨日は何してたんだ?」
「何って、圭一さんは頭がゆだってるんじゃありませんこと? お風邪をひいたんですから一日お布団で寝てたに決まってますわ」
魅音が体を起こすのと同時に詩音も席を立とうとする。
「それはオカシイだろ。 昨日は魅音が詩音のフリをして映画に誘ってくれたんじゃないか」
「ぁぅぁぅ。圭一が何を言ってるかさっぱりです」
お茶をいれてくるとか行っている小娘を止めて、座らせる。
「給仕の人に任せておけばいいじゃないか詩音。 ところでレナ。一昨日の部活の勝者は?
罰ゲームはなんだったんだ?」
「うん、一昨日は勝者が敗者に対しての何でも券をもらえることにしようってことになったんだけど、圭一君が不戦敗あつかいになっちゃってね。
レナも圭一君にかぁいい服を着てもらおうと思ったんだけど、、、結局勝ったのは詩ぃちゃんだよ」
一瞬部屋の空気が止まる。
ふむ、なるほど。 つまりどういうことだ?
詩音のフリをして魅音が映画に誘ってくれて、でも実際は魅音は部屋で寝ていて、っていうことは昨日俺を映画に誘って、告白を誘導したのは、本当は……。
「「し〜お〜ん〜〜!!」」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ二人とも! 圭ちゃんだっておかげで素直になれたわけだし、お姉だっていい思いをしたんでしょぉ!?」
それとこれとは話は別だ。
魅音もほとんど風邪は治ってるんだろうか、顔色も良く立ち上がる。
「お礼を弾んでもらうってのはそういうことか! きっちり説明してもらうぜ、詩音!」
「そうだよ! 圭ちゃんと二人で映画なんて言語道断だね! 確かに圭ちゃんが告白してくれたのは嬉しかったけどそれは別、、、って、あれ?」
……このばか、とんでもないことを口走りやがって。
おかげで部屋はしっちゃかめっちゃかの大騒ぎになって詩音を追求するどころじゃなくなる。
沙都子は「認めませんわー!」なんてわめきたてやがるし、梨花ちゃんもやけに大人な口ぶりになって「圭一もやるものね」なんて、冗談じゃない。
レナの妄想爆走モードに羽入も浮かび上がるほどに興奮しているらしい。
さっきまで追い詰めようとしてた詩音は掌を返すように告白のセリフを聞こうと迫って来る。
もう参った、どうやらこの場から離れる術はないらしい。
いつのまにか横に座った魅音は熱がぶり返したんじゃなかろうか、顔が真っ赤だ。
「まぁ、こんなのもいいか」
雛見沢には短い秋も長い冬も喜びの春もやってくる。
でもやっぱりこの地には夏が似合ってると思う。
未だ見ぬ冬の事など考えには入らない。 だってここには冬なんてやってこない。
雛見沢は、いつまでもアツさをもった
俺達の自慢の
そして手を握り合う少女こそ
生涯をかける、最高の 。