PCMジャズ日記
7月16日(金) 感情の肌触りが衣擦れのように出る歌


 
「PCMジャズ喫茶」2004年6月12日の放送より

出演 寺島靖国店主 長澤 祥さん 岩浪洋三さん

寺島 「僕もピアノトリオでいこうと思ったんだけど、ちょっと名前を知られていない人のピアノトリオが2曲続くと、やっぱり飽きるんですよ。」
岩浪 「う〜ん。」
長澤 「はい。」
寺島 「ですから、おもいきってボーカルというところでどうですか。」
岩浪 「ああ、いいですね。」
寺島 「1950年代の長澤さんはご存知なかったけど、岩浪さんが大ファンだったらしくて、僕も実は大ファンで、」
岩浪 「あ、ホント。」
寺島 「ミンディー・カーソンを実は全部集めているんですよ。」
岩浪 「全部ったってあんまりないよ、あの人フフフフ。」
寺島 「ないんですよ、5,6枚くらいしかないんですよ(笑)だから集めやすいんですけど。」
岩浪 「あっそんなに、それでもあるんですか。」
アルバムジャケット 寺島 「ええ。だけどこの人は、これからお聴かせする、つまりは、アメリカのですね、古き良き時代の家庭婦人みたいな、楚々として、いい感じで歌う、」
岩浪 「そそそそそ。」
寺島 「そういう反面、すごくハスッパな、ポップスみたいなのも歌う人なんですよ。」
岩浪 「そう、そうそう。」
寺島 「そこは、聴かないようにして、いい面だけを耳にすればいいんですけども、」
岩浪 「うん。」
寺島 「さすがに岩浪さんでね、これ取り出したとたんにね、『あ、それはマイ・フーリッシユ・ハートだよ。SPで聴いたもんだよ。』って。」
岩浪 「ハハ。」
寺島 「僕は『マイ・メランコリー・ベイビー』でこの人にまいっちゃって。」
岩浪 「ああそう、それもいいね。」
寺島 「それはね、梅が丘に、梅が丘って駅ありますよね。」
岩浪 「うん。」
寺島 「小田急の急行が止まらない駅から歩いて5,6分のところに、『美登利寿司』っていう、うまい寿司屋があるんですけどね。」
岩浪 「ああ。」
寺島 「それは話は別として、」
長澤 「フフフフ」
寺島 「その『美登利寿司』を通り越してズンズン、ズンズン歩いていくと、左側に『ノスタルジアレコード』っていう中古屋さんがあるんですよ。」
岩浪 「いまでもあるんですか。」
寺島 「いまでもあると思いますよ。」
岩浪 「ほお。」
寺島 「そこへ僕は行ってね、漁ってたら。お客一人でね、店主の人がね、いきなりね、この『マイ・メランコリー・ベイビー』だけを選んでかけだしたんですよ。」
岩浪 「そのミンディ・カーソンの?」
寺島 「そう、ミンディ・カーソンの。それで、僕すっかり気に入っちゃって、これ何という人ですか?って言って、『これはミンディ・カーソンですよ、あなた知らないんですか』ってバカにされて、」
岩浪 「『ノスタルジア』ってくらいだから、古いのが好きなんじゃないんですか?」
寺島 「もう、大好きなんですよ。もう、聴かせどころがわかってて、僕はたちまちこのミンディ・カーソンにまいっちゃって。そのとき初めて聴いたんです。」
岩浪 「あ、そう。」
寺島 「これは、もう俺はファンになるぞって言って、当然そのLPを確かね、1万円近くしましたけど買い込んできて、それからね、すっかり、べったりなんですよ。」
岩浪 「あそ。」

♪ My Melancholy Baby
♪ My Foolish Heart
Mindy Carson / Sony Music Col-CD-7623

岩浪 「いや、いいですねぇ〜懐かしいだけじゃなくて、ハートにきます。」
寺島 「いや〜もぉ〜なんかぁ〜いやぁ〜ググッときますねェ〜。」
岩浪 「泣かせるね。」
寺島 「どう言ったらいいのかな、気持ちを本当に込めてね、もう、胸の中にあるものをね、なんかこう、吐き出すんじゃなくってね。なんかね、出し方っていうかね、その感情の起伏っていうか、感情の肌触りって言うかね、そういうものがなんかこう、衣擦れのように出てきますよね。」
岩浪 「あの、『マイ・メランコリー・ベイビー』なんかスローでグゥ〜っと引っ張ってね、」
寺島 「グゥ〜と引っ張ってね。」
岩浪 「それでいて崩れないでしょう。あれ、凄いね。」
寺島 「で、我々がこれだけよがってるのに、長澤さん・・・」

実は長澤さん、この曲で振り返りたくない青春時代の苦い想い出が蘇ってしまった。学生時代のあの苦い出来事、ありますよね、誰にでも。

長澤 「・・・思い出しだくないことがね、頭の中に出てきて、聴いていたらそのことばかり頭に出てきてね、」
岩浪 「歌どころじゃないって?」
長澤 「そう、人間が下品なんですね(笑)すいませんでした。」
寺島 「フッフフフフ。」
長澤 「いや、本当に大学生のころね、金が無くって、新宿をほっつき歩いているような、」
寺島 「我々の世代って、大学時代っていうのは、ほっ〜んとぉ〜に、貧困の極みでしたよね。」
長澤 「ええ。」
岩浪 「そう。」
寺島 「岩浪さんじゃないけど、当時ラーメンが幾らですか?35円とかっていう金額ですよね。」
長澤 「そうそう。」
寺島 「それも、喰えただけ幸せみたいな、とにかく金なかったですよね。」
長澤 「あのころね、100円持ってるでしょ、で荻窪の駅前から都電が出てたんですよ、新宿まで、」
岩浪 「そうそう。知ってる。」
寺島 「あ〜〜そぉ〜お、そぉ、そぉ。」
長澤 「それに乗って新宿行って、3本立て50円。映画みて、それで帰りの都電の電車賃とっておいて、で35円でソバを喰って、」
寺島 「ええ、35円ですよ。」
長澤 「それでとにかく1日ね、新宿でね、」
岩浪 「フフフフ、映画観て。」
寺島 「あの、早稲田はね、高田馬場から早稲田までね、学校までスクールバスが出てましたよね。」
長澤 「あ、出てましたね。」
寺島 「スクールバスがね、往復で15円なんですよ。その金が無くて、スクールバスに乗って通う奴は出世しないぞと、歩く奴が出世するんだということでね、みんなで歩きましたねぇ。」
長澤 「あのころ結構歩いた人が多かったですよ、高田馬場からね。」
寺島 「思い出しましたよ。そう言えばね、僕そのころ煙草吸ってたんだけど、早稲田の生協でね、煙草のバラ売りしてましたね。」
岩浪 「あそ。」
長澤 「ああ、ああ。」
寺島 「結局1箱買えなくて、生協の人がバラして、3本くれとかいって。凄い時代ですね、それ考えてみると。」


いま、わたしはミンディ・カーソンの『ベイビー・ベイビー・ベイビー』というアルバムを聴いています。最近聴いた彼女の歌、なのにわたしもノスタルジックな気分になります。何故なんでしょうね。長澤さんが昔の新宿を思い出してしまったのもよくわかるんですよ。お持ちの方は試しに聴いてみてください。
本当に楚々とした素晴らしい歌です。寺島さんが、『古き良き時代の家庭婦人』とおっしゃってますが、いいですよね。家庭にこういう奥さんいたら。男も変わりますよね。いいなぁ〜。

え?古き良き時代の夫のように、甲斐性があれば楚々としてやるって?・・・それも一理あるねぇ。



次の日へ  前の日へ  一覧へ