PCMジャズ日記
7月28日(水) ファンの成れの果て


 
「ジャズ道場破り」より

出演 寺島靖国さん ローヴィング・スピリッツのオーナー 冨谷正博さん

緊張感に溢れて、骨のあるインタヴューが聴けた。じゃ、さっそく。

ナレーション>互いに覚えの良くない2人が出会います。これを機会に仲良くなれればいいのですが。寺島靖国と彼のソウルメイトの対談でお送りする『ジャズ道場破り』。取り壊しの決まった六本木ピットインのある建物にやってきました。お相手は同じ建物に事務所を構えるインディーズ・レーベル、ローヴィング・スピリッツのオーナー冨谷正博さんです。

寺島 「しばらくです、どうも。」
冨谷 「いや、ご無沙汰してます。」
寺島 「いや、こちらこそ。」
・・・
寺島 「冨谷さんお1人でやっておられる、要するにレコード会社ですよね、こちらは。」
冨谷 「そうです。何もかも1人でやってます。」
寺島 「輸入レコード会社というかディストリビューターですか?」
冨谷 「いえ、輸入じゃなくてリリースしてますから。」
寺島 「リリース全般っていうか、つまりジャズのCDを出しておられるわけですけども。」
冨谷 「もう、まったく1人ですから、面白そうな輸入盤があれば、輸入もしますけど・・・ライセンスで日本盤として作ってリリースしている」
・・・
寺島 「その比重のほうが大きいですか。」
冨谷 「大半そうです。後は自分で制作して。」
寺島 「自分の制作っていうのはどのくらいの割合ですか?」
冨谷 「そうですね、この1年だと、大半じゃないですかね。ええ。」
寺島 「ほぉ〜。」
岩崎 「何枚ぐらい?」
冨谷 「何枚だっけ(笑)ほとんど売れてないから。」
寺島 「フッフッフッフ、売れてない。」
冨谷 「売れてないから」
岩崎 「ちゃんとわかるんじゃない、売れてないから(笑)」
寺島 「ヘッヘッヘ」
冨谷 「みなさん紹介してくれないから。そういうことはないか。」
寺島 「ハッハッハッハ、他人のせいにしてますね。」
冨谷 「他人のせいに(笑)」
寺島 「いいですね。」
冨谷 「日本のレコード会社の連中、他人のせいにするの得意ですから。」
寺島 「ああ、そうですか。ええ〜。」
冨谷 「そうです。もう、メジャー連中みんなそうでしょう。」
寺島 「本当ですか。何かメジャーに恨みがあるみたいですね。」
冨谷 「あります。」
寺島 「あー、ハハハ」
冨谷 「いまのジャズ界だめにしたのはメジャー連中じゃないかと、思って、自分でレーベル立ち上げて、自分でやり始めたキッカケっていうのはそうですからね。」
寺島 「あーあ、そうなんですか。それは1900何年ごろですか?」
冨谷 「98,9年ぐらい。」
寺島 「そんな最近ですか。」
冨谷 「そうです。タワーレコード辞めて、」
寺島 「あっ、タワーレコードにお勤めだった。」
冨谷 「そうです。」
寺島 「その前は何かディグとかダグとか。」
冨谷 「ダグです。ダグで、『カーメン・マクレイ・ライブ・アット・ダグ』のときに、3日前にダグ入ってますから。」
寺島 「それはお幾つのときですか?」
冨谷 「あれがね、23くらいじゃなかったかしら。」
寺島 「いまは?」
冨谷 「いまが54。」
寺島 「う〜ん。そういえば、冨谷さんね。冨谷さんのお顔つきとか、風貌とか、そういうのって、ディグ・ダグ系の」
冨谷 「(笑)何なんですか、そのディグ・ダグ系っていうのは。」
寺島 「いやいや、ディグ・ダグ系って、僕に言わせれば、」
冨谷 「吉祥寺系じゃないって(笑)」
寺島 「吉祥寺系じゃない、」
冨谷 「あー、出た!ハハハ」
寺島 「ディグ・ダグ系の、まさにディグ・ダグ系にいる人たちのワン・オブ・ゼムっていう感じで、要するに中平さん系列の店員さんを含めたまったくそのまんまの方ですよ。」
冨谷 「ハハハハ。」
寺島 「冨谷さん、いまこの目の前にある、ジェイ・トーマスとそれからシダー・ウォルトンのトリオという、こういうCD、パッと見た瞬間にね、僕はすぐ、こりゃあ800枚から1,000枚の世界だなっていうのがすぐわかるんですけど、こういうのメインに出しているんですか?」
冨谷 「いや、そういうわけでもないんですけども。メジャーが出すのは俺の仕事じゃないだろうと。」
寺島 「例えばメジャーで出すものというと、最近ではどういうのがあるんですか。」
冨谷 「メジャーはもっと売れないと会社として仕事にならないわけですから。売れるっていうのが第一目標ですね。」
寺島 「とにかく、まず売れるか売れないかで、出すか 出さないかを決めるわけですよね。」
冨谷 「そうですよね。で、例えばね、昔のブルー・ノートを立ち上げた奴等。プレステッジやコンテンポラりーを立ち上げた奴等って、売れるのを目標にはしただろうけども。」
寺島 「うん。」
冨谷 「それよりもっと前の前提として、俺の好きなジャズ出しちゃおうって、それだけの話でしょ。」
寺島 「ああ〜、なるほど、なるほど。」
冨谷 「ジャズ喫茶のオヤジもそうでしょ。俺の好きなジャズかけたいから店始めたみたいなもんでしょ。」
寺島 「うん、うん。」
冨谷 「気持ちとしちゃ、同じだと思うんですよ。」
寺島 「ああ〜つまり、そういう何ていうか、いかにも青年らしい、」
冨谷 「青年(笑)」
寺島 「そういう気持ちが、冨谷さんの中に53歳の中に、いまだに脈々と根付いているわけですね。」
冨谷 「自分も色んな音楽聴きますけど、聴くけど俺にとってジャズっていうのは、やっぱり商売としてやるんだったら自分の魂売るみたいな気持ちがありますから。」
寺島 「ええ。」
冨谷 「やっぱりお金っていうのは、後から、宝クジみたいなもんで、ついてくりゃあいい。それよりも、俺の信じるいいジャズを発売すべきだと。」
寺島 「ああー。そういう、純粋な気持ちを持ってこのレコード会社をやっている方なんですね。冨谷さんって方はね。」
冨谷 「(笑)そうですね。」
寺島 「そういう純粋な気持ちを持ってると、どうしてもメジャーのやってる売らんからのやり方が気に入らないと、いうことですよね。」
冨谷 「そうですね、そういうのが特に目につきはじめてから、これじゃ日本で発売されるジャズシーンは最悪になるだろうと。」
寺島 「うん、うん、うん。」
冨谷 「売れる、売れない、関係ないだろうけど、最悪になるだろうと思ったわけですから、じゃあ、自分一人でも飯チョロチョロでも食っていりゃあ、」
寺島 「いいだろうと思ってやっているわけですね。」
冨谷 「そうしたら、もしかしたら寺島さんなんかのお嫌いなジャズになるのかもしれないけども、」
寺島 「うん。」
冨谷 「少なくとも、俺だけは、1枚2千何がしかの金を払ってでも、俺なら買うっていうのを作ろうと思ったんです。」
寺島 「ああー、なるほどね。つまり、冨谷さんが、自分でまず出したいという気持ちが先行するわけね。」
冨谷 「そうです。」
寺島 「で、売れるか売れねえかは、その後についてくるっていうことなんですね。」
冨谷 「自分で、プロモーションやったり、まあ、金があればスイングジャーナルに広告出してと、」
寺島 「ええ。」
冨谷 「ジタバタはしますけど。」
寺島 「いま、広告出してないんですか?スイングジャーナルに?」
冨谷 「ん、金があるときは出すし、無けりゃ出せないし。」
寺島 「ああ、金があるときは出すわけですね(笑)」
冨谷 「金が、余分な、自分のポリシーに反して、つきあいで出したりすることもあるわけですね。」
寺島 「うん。」
冨谷 「まあ、こういうファンもいるからいいんじゃないと、いうものは出すことはあるんです。それがたまたま、稼げたりすることが、往往にしてある。」
寺島 「ちなみに年に何回ぐらい出すんですか、スイングジャーナルの広告は。」
冨谷 「広告は・・・」
寺島 「スイングジャーナルに広告を出すということは、大変なことなんですか?」
冨谷 「お金が大変なことでしょ。例えばこれを発売して、4,5百枚しか売れなかったとなると、スイングジャーナルのモノクロ1ページ、を出したりすると大変なことになっちゃいます。赤字になっちゃいます。」
寺島 「ああ、じゃ例えばメジャーで、カラーページで、2ページ、3ページって出してるところありますよね。」
冨谷 「ありますね。」
寺島 「あれはやっぱり何万枚と売るような勝算があって、はじめて出せるわけですよね。」
冨谷 「そうでしょうね。その1枚で言えばね。メジャーレコード会社っていうのは、何十枚も出すでしょ。トータルして帳尻が合えばいいんじゃないでしょうか?」
寺島 「冨谷さんのところは月に1枚とか、2ヶ月に1枚とか、そういう」
冨谷 「2ヶ月に1枚、2枚という感じですね。」
寺島 「はあ、はあ、はあ。」
冨谷 「だって、1人で企画やって、ミュージシャンと打ち合わせして、録音して、マスタリングまでずーっと立ち会って、デザイナーと打ち合わせする、それから、ものが出来上がったらプロモーションに動く、店への営業やる、皆1人ですからね。」
寺島 「それをね、1人でやるっていうことをね、冨谷さんが話すとね、実に大変なんだよなぁ〜っていう雰囲気が俺には伝わってくるんだけど。ちょっと言わせてください。」
冨谷 「はい。」
寺島 「実は僕はね、ジャズ喫茶のオヤジですけれども、学生時代に、ジャズが好きで、」
冨谷 「はい、はい。」
寺島 「ジャズの仕事に従事したかったんですよ。」
冨谷 「うん。」
寺島 「で、例えばスイングジャーナルの編集者とか、大レコード会社のディレクターとか、なりてぇなぁ〜って思っていたわけ。」
冨谷 「ええ、ええ。」
寺島 「結局なれずに、まあ、最終的にジャズ喫茶のオヤジになりましたけど。あのね、いま、ジャズファンでね、冨谷さんみたいなね、仕事をしたいって思っている人、いっぱいいるんですよ。本当ですよ。」
冨谷 「ああ、まあ、いるでしょうね。」
寺島 「それはね、鍋や釜売ってる人がいっぱいいるわけですから。」
冨谷 「ええ、ええ。」
寺島 「結局自分の好きなジャズの仕事をしたい人がいっぱいいるわけで、」
冨谷 「はい。」
寺島 「そういう意味でいうとね、冨谷さんの仕事ってね、いま脚光浴びているって言うかね、」
冨谷 「いや、夢のような仕事だと思います。」
寺島 「夢のような仕事ですよ。本当に、ジャズファンにとっては、レコードを輸入して、あるいは制作して、とにかく自分の好みで作って、レコード店に卸して仕事するなんてね、儲からないかもしれないけど、凄くい〜い仕事ですよ。何が言いたいかっていうとですね。」
冨谷 「ええ。」
寺島 「つまりメジャーに勤めてる社員いますよね。」
冨谷 「はい。」
寺島 「それから、冨谷さんのように1人で、あるいは2人ぐらいでやってる、つまり、メジャーとマイナーに分かれますよね。」
冨谷 「そうですね。」
寺島 「で、メジャーは、何万枚単位で売るようなものを目指し、マイナーは800枚、1,000枚の世界で、とにかく採算とれてもとれなくても、自分の好きなものを出して、まあ、自己満足と言えば、自己満足なんだけど、」
冨谷 「そうですね。少なくとも自分が満足しないものをやっちゃいけないでしょ。」
寺島 「あっ、そういう精神ね。」
冨谷 「フフフそうです。だって、もし僕がサラリーマン・プロデューサーだったとすると、たぶんね、それこそ、会社や上司と喧嘩しててしょうがないんじゃないかと思うんですね。」
寺島 「冨谷さんの性分だと、」
冨谷 「ええ。」
寺島 「たぶん一ヶ月もたないでしょうね。」
冨谷 「もたないでしょうね。ケツまくって終わりでしょうね。」
寺島 「う〜ん、でしょうね。」
冨谷 「ええ。」
寺島 「そういう気持ちの雰囲気がですね、こうやって僕の目の前にいるね、冨谷さんのね、周囲1mの間にね、凄くよく出てますよ。」
冨谷 「1人ぐらいこういうつもりでやってるやつがいないとだめですよ。」
寺島 「そうですね。」
冨谷 「日本で出るジャズがもっとだめになりますよ。」
寺島 「たぶんね、僕もね1人、2人でやっているマイナー・レーベルのオーナーを知ってますけども、冨谷さんのように何か、怒りをですね、心中に秘めてですね、メジャーで出せないものを俺達はやっているんだみたいな。そこまで思いつめてやっている人って、案外いないですよ。」
冨谷 「ああそうですか。他のかたどういうふうな考え方なんですかね。」
寺島 「いや、それぞれでしょうけども、とりあえずなんとかして売れねえかなみたいな気持ちが、やっぱり先行してますよね。」
冨谷 「僕なんかも、確かに作っているときは、お金っていうのは頭から吹っ飛んでしまっていますけれども、作り終わったら、俺がいいと思ってここまで、パッケージーングまでした、つまり売り物にした、胸張って売れるものを自分が作っちゃったわけですよね。」
寺島 「はい。」
冨谷 「パッケージングした段階で、俺が胸張って売れるものが出来たと本人は思っているわけです。ね。」
寺島 「はい。」
冨谷 「だから、人に買ってくださいっていうのは、これ、エライ簡単な話でしょう。」
寺島 「つまり、自信があるから、これ買わなきゃ損ですよみたいな。」
冨谷 「例えば、評論家や、寺島某がボロクソ言おうが、」
寺島 「ええ。」
冨谷 「少なくとも俺はいいと思って出すわけでしょ。」
寺島 「ああ、なるほど。」
冨谷 「事務所は六本木の片隅にいますけど、目の前の大通りに戸板並べて売る気持ちだけはあります。売れなかったら。」
寺島 「あっ、そう。」
冨谷 「俺がいいと思ってんだから、聴いてよって。」

話はカンヌでの全世界レコード業界のコンベンションに及んで

冨谷 「カンヌで、いま映画祭やってますね。同じ場所で、全世界のレコード業界の連中が集まるコンベンションみたいなのがあるんです。」
寺島 「ふう〜ん」
冨谷 「そこに2年に1回ぐらいエントリーしちゃあ、自分の制作したものをバックに山積みにして持っていって、俺のを買わないかってやります。」
寺島 「おおー。」
冨谷 「で、フランスやアメリカのディストリビューターが『わかった仕入れる』って言ったらそこですぐ商談ですからね。」
寺島 「おーもしろいね。」
冨谷 「で、そんときに日本のメジャーメーカーの部長だ、取締役だ、社長だっていうのも来ますよね。」
寺島 「うん、うん。」
冨谷 「来ても、その人達がどうしてるかっていうと、自分達のブースで、茶飲み話して、懇談会を日本の連中でやってるんです。」

日本制作については、

冨谷 「日本の制作ものって、70年代くらいからずっと見てますけども、おかしいと思うんですね。」
寺島 「それが、冨谷さんの根本精神だね。」
冨谷 「そうだと思います。」
寺島 「日本の制作はおかしいというのがね。」
冨谷 「要するに、アメリカのハードバップ全盛らしきものを作るでしょ。」
寺島 「うん。」
冨谷 「らしきものなら作んなくたって、アメリカ盤買えばいいじゃねえ。ヨーロッパ盤買って、今だったらピアノトリオ、いいもん一杯あるから、それでいいじゃないと。」
寺島 「うん、うん。」
冨谷 「で、俺がやるんだったら日本人のプロデューサーじゃなきゃできないものをやるべきだと思ったんです。」
寺島 「おお、例えばどんなスタイルがあります?」
冨谷 「僕が出しているものだと、島津健一は最初からずっと出し続けてますね。」

♪ 空の青 / 島津健一 (ローヴィング・スピリッツ RKCK-2009)

寺島 「僕は最近ね、日本人のジャズというのを、自分のところでライブ始めてから、結構聴きだして、」
冨谷 「うん。」
寺島 「それまではジャズはアメリカのもんで、日本人にジャズできるわけねえやくらいに思ってたんですけど。」
冨谷 「うん。」
寺島 「島津健一をですね、という人僕知らなかったんですよ。」
冨谷 「はあ、はあ。」
寺島 「つい最近、他のレーベルで申し訳ないんですが、3361BLACKの、あの伊藤さんの、ところで」
冨谷 「再発しましたよね。」
寺島 「スタン・ギルバートとのデュオで出しましたね。」
冨谷 「ええ。」
寺島 「で、あの中でね、『イースト・セントルイス・トゥードル・オー 』っていうデューク・エリントンの曲やってたんですよ。で、僕は何気なくそのCDを聴き流してて、その曲にさしかかったときに、あっ、これは凄いやと思って、これ何てぇ曲って見たらば、『イースト・セントルイス』なんですよね。」
冨谷 「うん。」
寺島 「で、僕はその『イースト・セントルイス・トゥードゥル・オー』って曲を知らなくて、」
冨谷 「はい、はい。」
寺島 「エリントンが作った曲っていうのを知らなくて、その島津健一のデュオで聴いて初めて、こんな素晴らしい曲と、こんな素晴らしい演奏があったのと思って、ちょっと開眼したんですよ。」
冨谷 「ハハ、なるほど。」
寺島 「初めて、だから僕50年ジャズ聴いてるけど、いまだにそんな風に知らないものがいっぱいあって、そういうことは自分にとって、素晴らしいことだなと思っているんですよね。」
冨谷 「うん、うん。」
寺島 「だから、知らなかったっていって、公言することはちっとも恥ずかしくないし、」
冨谷 「そうですよ。だって、世の中でジャズとして発売されているものを全部聴くなんて無理ですもの。」
寺島 「一生かかっても無理。」
冨谷 「人生2,3回必要ですもの。」
寺島 「本当にそのとおりですよ。」
冨谷 「玉石混交で、ドカスもありゃあ、素晴らしいのも一杯ある、それ全部聴けっていわれたら、2,3回人生やり直さないと。無理ですよ。」
寺島 「本当にそのとおりですね。」
冨谷 「僕ね、それ一番最初にダグに入って、レコードをコレクションして、それをお客さんに聴かせたわけでしょう。」
寺島 「はい。」
冨谷 「あの数見たときに、どこのジャズ喫茶もそうですけども、コレクションの枚数を、多さを自慢にしてたでしょう。」
寺島 「4千枚、5千枚だって言ってね。」
冨谷 「ああ、1万枚あるんだってウソ臭い話もあるけども、」
寺島 「ハッハッハ、うん。」
冨谷 「僕はジャズを唯で聴ける場所が必要だったからそういうところ入ったわけですよ。スイングジャーナルは名盤だって言うけれど、俺の名盤は違うだろうと思ったの。俺には俺がいいと思うジャズがあるだろうと思った。で、そうやってダグのレコードの数みたら、俺がダグに何年勤めりゃ聴けるんだと思った。」
寺島 「はぁ〜。」
冨谷 「そしたら、絶対不可能なわけですよね。そのときに、どんなに名盤って言われるものであろうと、俺が好きだと思ったものであろうと、極力一発勝負で決めようと思った。俺とこのレコードは一回こっきりの一期一会だと。そういうふうにしないと、数聴けないと思ったの。」
寺島 「ああ〜。」

この発想が制作に役に立ったという冨谷さん。レコーディングのテイクの良し悪しの決定は一発勝負だからだという。真剣勝負で聴くという。
これに対して寺島さんは、本を読みながら聴く、いいフレーズが出てくると、『おお〜』と思う。そういう聴き方だそうだ。これには冨谷も頷き、それは力のある音楽を見つけるひとつのスタイルだと賛同。このあたりまで、来て、本当にこのお2人覚えが良くないのだろうかと・・・
そして、最後に決定的な合流地点に至る。お題は『評論家』だ・・・

寺島 「評論家っていうのは、コルトレーンとか、マイルスは絶賛するけども、その逆に、日本人の知名度の低い者に対しては点が辛いですからね。」
冨谷 「そうですね。」
寺島 「僕は逆にしろっていいたい。」
冨谷 「逆にする必要はないと思うんだけど、僕なんかね、本当にまったく、めちゃくちゃな話に聞こえるかもしれないけど、僕、マイルス嫌いなんですよ。」
寺島 「うん。」
冨谷 「あんなもの一回聴いてりゃいいじゃねえかって。」
寺島 「めちゃくちゃじゃないですよ、普通の話ですよ。」
冨谷 「で、ケニー・ドーハムなら、しょっちゅう聴きたいなと思っちゃう。」
寺島 「うん。」
冨谷 「名盤リストとか出てくると、ケニー・ドーハムなかなか入りにくい、どうせ1枚、それも『アロン・トゥゲザー』みたいなもんなわけですよ。」
寺島 「うん。」
冨谷 「俺はマイルス何枚も入れるよりは、ケニー・ドーハムもうちょっときちっと、あの気持ち良さはちょっとないんじゃないかっていう。」
寺島 「ですからね、いま富谷さんと、僕の言ってることっていうのは、評価の定まった超有名ミュージシャンっていうのは、誰だって褒めるんですよ。」
冨谷 「そうですよね。」
寺島 「それは、だからもういいんです。そういうのを褒める暇があったらば、やっぱり無名なこれから出ていく、あるいはアンダーレイテッドな、そういうミュージシャンをすくい上げて褒めるのが評論家じゃないかと僕は思っているんですよね。」
冨谷 「うん、うん、うん。」
寺島 「そうじゃないんですよ。知名度の高いものばっかり褒めるんですよ。キース・ジャレットとか、」
冨谷 「うん。」
寺島 「そんなの、いいのは解かってるっていうんだよ。」
冨谷 「その評論家っていうのは、仕事が甘いんですよ。」
寺島 「自分に自信が無いっていうか、」
冨谷 「自信が無かったら評論家なんかやっちゃいけないと思いますよ。」
寺島 「その通りだよね。」
冨谷 「うん。あんなもん、やったって喰えやしないんだから。単にファンの成れの果てみたいな評論家いるでしょ?」
寺島 「フッフフン、ッフフフ」
冨谷 「俺、アレ凄い頭きてる、アハッハッハッハ」
寺島 「(笑)額に青筋が立ってきましたよ。」
冨谷 「アッハッハッハッハ」
寺島 「冨谷さんって怒りの人ですね。」
冨谷 「ジャズに関してはそうです。他の事ではあんまり怒らない。」
寺島 「もちろん、ジャズに関してです。」
岩崎 「(笑)ファンの成れの果てが評論家じゃダメなんですか?」
冨谷 「ダメです!命がけでやってくれないと、ヤクザと一緒で、成り上がりもだめだし、成り下がりもだめだと思う。」
岩崎 「厳しいな(笑)ええ〜?ダメですかね、ファンの成れの果てが評論家で、」
寺島 「おれもその口だから、あんまりいえないんだけどさ。(笑)」
冨谷 「単にファンなだけで、世の中にその作品のことを能書きたれちゃいけないと思う。」
寺島 「もしね、能書きたれるんだったら、自分の本当の気持ちを伝えて欲しいよね。」
冨谷 「そうですよね、商売抜きでね。」
寺島 「商売抜きで、どう思っているかっていうのを伝えて欲しいですよ。」
冨谷 「そうです!」
寺島 「それがファンの成れの果てじゃないですか。」
冨谷 「そりゃ、本当のファンの成れの果て、ホンモノのね、」
寺島 「そうそう、いい意味での」
冨谷 「いいかげんなファンの成れの果ては・・・」

ナレーション>喧嘩上手は仲直りも上手、それまで互いを冷やかに眺めていた2人が、この日意気投合しました。秋にはメグのレコードコンサートの一夜を受け持つことになり、冨谷正博さん、寺島の変化の速さにただ、驚くばかりです。ジャズ道場破り、きょうはインディーズレーベルのオーナー、冨谷正博さんでした。


冨谷さんの印象は熱血漢だった。こういう人がいるんだなと、清々しい気持ちになった。
1枚のレコードとは一発真剣勝負というのが、冨谷さんのジャズの聴き方ということ。やはり、自分にとっての良し悪しは瞬間に決まるものなのかもしれないなぁと、この話を聞いていて考えた。
最後の評論家をめぐる会話は曲がかぶってて、完全には聴き取れなかったが、高らかな笑い声が聴こえていた。きょうは緊張感のある番組だった。わたしは冨谷さんのような人からエネルギーを補給するのが好きだ。




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