PCMジャズ日記
11月27日(火) キースの鋳型


 
「PCMジャズ喫茶」2000年5月6日の放送より

出演 寺島靖国店主 安原 顕永世ゲスト

この日の冒頭は世相を斬った安原さん。政治家、官僚機構、選挙制度、教育委員制度と滅多切りでディレクターの始末書は必定。ようやく音楽に話題は至った。さて、その一枚目は一心同体の推薦盤。
寺島 「何分喋ってるの(笑)」
安原 「ッヘッヘッヘッヘ」
太田 「今日はまだ短い方です」
寺島 「(笑)俺はもう気が気じゃないよもう」
安原 「文学の話じゃないから、これが春樹の話なんかだとウワァ〜ってなるから」
寺島 「俺の振り方が悪かったね」
安原 「そう」
寺島 「ンッハハハハハ」
安原 「ッヘッヘッヘッヘ」
寺島 「これはね2枚組CDで2,800円なんですよ」
安原 「これさ!」
安原さんはCDRで聴いていた・・・
寺島 「ピーター・アースキンのアメリカン・トリオと日本ではしたんですね」
安原 「そう」
寺島 「聴いたのこれ?」
安原 「聴いた、ピアノの何とかさんてのが、知らない人だけど」
寺島 「い〜んだそのピアノが、うんそう」
安原 「い〜んだこれが!」
寺島 「そうなんですよ」
安原 「そうなの」
寺島 「アラン・パスカっていうピアノ」
安原 「そう、このピアノいいんだわ」
寺島 「いいんですよ、ちょっと線が細いんですけど、凄いメロディックでね」
安原 「そうなの!」
寺島 「いいピアノだなと思ったんですよ」
安原 「そうなの」
寺島 「デイブ・カーペンターっていう」
安原 「そう、ベースもいいんですよ」
寺島 「ただ、音は若干ね低めですよ」
安原 「低め」
寺島 「録音は小さいんですよ」
安原 「おっしゃる通り、ガーっと上げるの」
寺島 「へぇ〜全然打ち合わせも無しにピッタリ一致しましたね(笑)」
安原 「そう、是非聴かせてください」
寺島 「ええ、僕はね2CDってのは基本的に認めてないんですよ」
安原 「うん」
寺島 「今のジャズでは必要の無いものばっかりでね、れもこれは1枚目を聴いたらね、もう1枚聴いてもいいなって気持ちにさせる演奏ですよ」
安原 「そうなの」
寺島 「特にね、これからかけようとしているね、『トゥ・ラヴ・アゲイン』っていうアラン・パスカのね、オリジナルが」
安原 「うん」
寺島 「何て言うか、絶世の美旋律と言うかね」
安原 「うん」
寺島 「こんなのがジャズにあるんだなというね」
安原 「うん」
寺島 「まぁ〜メロディアスないい曲なんですよ」
安原 「うん」
寺島 「それから『ハウ・アバウト・ユー』っていうスタンダードね」
安原 「そう、これゆっくりやるんだよね」
寺島 「そうなの『ハウ・アバウト・ユー』のメロディーが出てくるまでの、つまりイントロ」
安原 「そ〜なの!」
寺島 「知ってるの?」
安原 「知ってる!」
寺島 「おぉ〜ッホホホ」
安原 「そう僕はこれユニークだなと思って印象深い」
寺島 「はぁ〜そぉ〜なんかよく合っちゃうね今日はね(笑)」
安原 「一心同体だね(笑)」
寺島 「全然打ち合わせ無しでね(笑)」

♪ To Love Again
♪ How About You
Peter Erskine American Trio Fuzzy Music PEPCD007(

) 安原 「いいねぇ〜」
寺島 「いや、いいけどね」
安原 「うん」
寺島 「ちょっとこれ2曲続けて聴くとね、甘ったるいね」
安原 「でもね、1曲目は僕、そういう風に思ったけどね」
寺島 「うん」
安原 「『ハウ・アバウト・ユー』のね、起承転結って言うか、物語って言うか」
寺島 「ええ」
安原 「これはいいです、それでね、家でもそう感じたんだけど、ちょっとキース・ジャレット風の所があるんだよね」
寺島 「そこなの」
安原 「うん」
寺島 「キースのトリオ、スタンダーズを意識してるんですよ、ね」
安原 「うん、うん、うん」
寺島 「このわけのわかんない、ピ−ター・アースキンっていうドラマーが」
安原 「うん」
寺島 「この人はジャズのドラマーじゃないですからね」
安原 「うん」
寺島 「もうほとんどフュージョンとか、ロックなんかをやっちゃう人ですからね」
安原 「うん」
寺島 「その人が急に方向転換して、完全なジャズですからね」
安原 「そうですよ」
寺島 「つまりキースに触発されて、自分もキース風なピアノトリオを作ってみようということだと思うんですよ」
安原 「うん」
寺島 「でも、そこに考えがいっちゃうとジャズ評論家になっちゃうわけですよ」
安原 「そうだね」
寺島 「そこは考えないで、メロディとハーモニーとリズムを聴くっていうのが僕のジャズの聴き方ですね」
安原 「うん、この『ハウ・アバウト・ユー』は素晴らしい」
寺島 「いいねぇ、キースもこの手法は実はスタンダーズのVOL.2か何かで、ムーン・アンド・サンドだったかな?」
安原 「うん」
寺島 「この手法を取り入れているんです」
安原 「うん」
寺島 「つまり、全然別な序の部分を持ってきて、そこで1曲作っておいて、そこでだいたいお客さんを満足させておいて」
安原 「うん」
寺島 「そこでおもむろに『ハウ・アバウト・ユー』を出してくるというね」
安原 「うん」
寺島 「でもやっぱり優れたメロディーというのはいつ聴いてもいいですね」
安原 「いいです」
寺島 「たまたま甘い2曲を取り出して聴いたんで、ちょっと聴けないという方もいらっしゃるかもしれないけど(笑)」
安原 「ヘヘヘヘ」
寺島 「全部が全部こうじゃないですからね」


小次郎
たぶん『ハウ・アバウト・ユー』を聴いた人のうち、キース・ジャレットを知っている人なら10人中9人はキース・ライクと感じたと思う。わたしもそう感じた。
これが『ムーン・アンド・サンド』で取り入れられたキースの手法だとは気付かず、へぇ〜と感心していると、評論的分析は鑑賞の妨げだぞと梯子をはずされた。

さて、そこでキース・ジャレットのムーン・アンド・サンドを聴かない手はないと、実際に聴くと実はかなり別物だと思えてくる。アラン・パスカを聴いた時にはキース・ジャレットに似ていると感じるのに、キース・ジャレットを聴けと、だいぶ違うなと思えるのが可笑しい。どうやらキース・ジャレットの印象の強さが招いた先入観のようだ。目に見えない鋳型にはめられてしまったようだ。
さて、最近はあまり聞かないが、寺島さんの「初心者幸福論」というのがある。キースを知らない初心者はこの「キースの鋳型」にはめられることなく、純粋にアラン・パスカが聴けるから幸せだという説だ。
わかり易い例えなのだが、実はこの言葉を聞く初心者には一点注意が必要だ。それは、この「初心者幸福論」は初心者に向けられた説というより、よりベテランに向けられている点だ。「初心者のように聴けたら幸せだ」そんな感じ。
。希に、「ならば、ずっと幸せでいよう」と、キースに封印をしてしまう人がいる。これは見方によっては、「キースの鋳型」の外側にはめられているようにも思えるのだがどうだろう?



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