== 関東平野・武蔵の国 == [ ★ ENGLISH ★ ]![]() ![]() LAST UPDATED : 2006年1月16日 (アップデートは「更新」で確認!) ![]() ![]() ![]() (大宮駅前SONICビルからの筑波山と関東平野)
大宮氷川大社(埼玉県)は地図上で「富士山」と「筑波山」を結んだ「一直線上に位置」し
ます。ここに古代の知恵とミステリー、ロマンスが秘められています。
江戸時代の絵画(溪斎英泉作、注1)に、大宮(さいたま市)から見た富士山、浦和(さい
たま市)から見た浅間山が描かれています。
聖武天皇の時代から「武蔵の国一ノ宮」と呼ばれるように、
この社は関東平野の中心を意味します。
縄文の海進時代 (注3) には、大宮台地は奥東京湾に臨む海岸丘陵でした。
大宮台地の東部は江戸時代の水運(注4)の大動脈の見沼(神の御沼)、南西部は荒
川。 | 付録2: 浅間山 付録3: 虹の荒川 付録4: 古利根川 付録5: 埼玉スタジアム(W杯サッカー場) 付録6: 川越ライン (荒川&入間川) 付録7: 戸田の荒川(ボートの川) 付録8: 大宮公園サッカー場(日本最古のサッカー専用施設) 付録9: 川口〜赤羽 (荒川の鉄橋) 付録10: 浦和〜秋ヶ瀬 (荒川の水門) 付録11: 北浦和〜駒場サッカー場 付録12: 両毛線 (関東平野北端〜利根川) 付録13: 元荒川 (断層が走る) (注5) 付録14: 長瀞 〜 荒川上流の名所 〜 特別掲載: 皇居前広場 (旧江戸城) (注1):江戸時代の風景画などを検索できる文化庁のサイトのリンク 下のロゴをクリック! ![]() (注2):明治22年[1889年]:正岡子規が大宮公園に来る。夏目漱石も来る。そのときの子 規の一句 『一日の旅おもしろや萩の原』 なお、野球のベーブルースも大宮公園に来たことがある。 (注3): 「5千年程前の温暖期には、平均気温で現在より1℃高かっただけで海面は今日より2〜3m高 かったと見られている。日本では「縄文海進」と呼ばれ、現在の海岸線から100キロほど内 陸まで海が侵入していた。縄文期の海進は4〜5千年かけて起きた変化であり、極地の氷が 融ける時間的な余裕が十分にあった」 −環境庁のHPより― (注4): 荒川・利根川の河川改修については、国土交通省の荒川上流河川事務所のHP(http:// www.ktr.mlit.go.jp/arajo/how/flood_con/history/edo.html)が参考になります。 また、個人のHPの(http://www33.ocn.ne.jp/~jsknakai/tizu1-3.html)の利根川・荒川流路変遷 図も貴重な資料です。 (注5): 「元荒川断層帯は,関東平野中央部,大宮台地の北東縁付近をほぼ北西−南東方向に 延びるとされる断層帯である。」 −地震調査研究推進本部のHPより― ☆ ご通知 ☆ 当サイトの写真イメージを、素材等として「営業上」のご利用を希望の方は下記まで (本サイトの著作物利用許諾について) 『EE-カメラマン』: ☆ 関連リンク ☆ 彩の国満喫 |