市販用CDと私製CD(CDに限ったことではありませんが)の録音の根本的な違いは、当然のことながら私製CDが自分ないし限られた縁故者を対象に、独自に自由な発想で(というか多くの場合何も考えずに)録音・製作されるのに対し、市販CDが不特定多数の人を対象に、また様々なオーディオ機器・環境で聴かれることを考慮して作られていることにあります。
それでは市販用CDの録音では具体的にどういう目的でどういう処理を施すのか、また関連する諸事情についてふれます。
ポピュラー音楽の録音の場合
店内放送や街頭BGM、パチンコ屋、車中等騒音の中で流される。また高品位オーディオ・システムのほか、CDラジカセやミニコンポ、ヘッドホンステレオ、カーオーディオ等で聴かれることを考慮して、作曲され、収録されます。また音楽自体も電子楽器を用いるなど、電気的な拡声を前提に作曲されています。消え入るような、音響的に微小レベルでの音楽表現はあまり用いられません。ポピュラー音楽のCDは、多くの人により様々な環境で心地よく聞いてもらえるよう、音が整えられています。大型高品位のオーディオ装置への適性よりも、ミニコンポやカーステレオで元気良く鳴る、太い音、力強い音が好まれます。
クラシック音楽の録音の場合
もとより生演奏が伝統的に本来の演奏様式であることから、演奏会場で聞こえる音をオーディオ装置で「再現」させることが、録音の基本的な目的になります。したがって、聞く側も基本的には比較的騒音の少ない場所・リスニングルームが選ばれます。しかしオーケストラをはじめ音楽表現の中で微小音量から大音量までを扱いますので、往々にしてCDのダイナミックレンジではその音楽のダイナミクスを収めきる事が出来ませんし、通常の家庭での再生環境ではCDのスペック上のダイナミックレンジ(90dB以上)を扱いきれません。ゆえにポピュラー音楽ほどではありませんが、ダイナミックレンジの抑制は行われます。
たとえば
カーオーディオで同乗者と話をしながら音楽を聴いていたとします。いい調子で会話を続けたいのですが、曲が盛り上がると会話の妨げになるのであわててボリュームを下げ、曲が静かな部分に入ると今度は種々の騒音に負けてしまって演奏が聞こえないのでボリュームを上げる。その繰り返し、のようなことを経験したことがあると思います。
クラシック音楽などではこういうことがよく起こります。サザンやユーミンでは『別に〜普通・・・』です。
これは、クラシック音楽が(比較的)静かな環境と高品位な再生システムによる「実演奏の再現」を目指して作られ、一方ポピュラー音楽はもともと騒音の多いところでも埋もれにくいようにダイナミクスを抑制(=圧縮)し、平均レベルを高く収録しているからにほかなりません。
市販目的の録音の要件
現実に大手CD会社の録音・製作現場では、あるべき音響・音楽が、録音・再生によって歪曲したり欠損したりすることをある程度見越して、なおかつその演奏者の固有の音楽・表現が「再生した時に」明確に伝わるよう、演奏の音楽的な要点をある部分で補強するような、また音楽がその音楽にふさわしい形で〜すなわちコンサートホールであるとか、ジャズクラブであるとか、その音楽が奏でられる空間の音響効果の再現も含めより自然に、心地よく聞こえるように音響処理が行われます。
また録音条件の違う曲や演奏形態の違う曲を収録したCDでは、程度の問題はありますが、違和感なく全体を通して聞けるよう音量(音圧)や音色傾向も調整されます。
これらはいずれも極めて高度に音楽的な裏付けをもった、演奏者との協調作業であり、恣意的な音響操作でなければなりません。昔から「レコード芸術」という雑誌があり、レコードファン・再生音楽の愛好者の読み物となっていますが、この「レコード芸術」という言葉は、単に録音の物理的に忠実な再生とは別次元の価値、即ち「音楽の"音楽的要素"を伝えるための」「聞こえ方をコントロールする」「芸術の領域に近いところにある音響・録音技術」があることを物語っているものと考えます。
ダイナミックレンジの変遷
放送と違い、一般的なCDの制作ではダイナミックレンジの使い方に規制はありません。創作者の表現意図、ないし制作・発売主体が基準を設けていればそれが基準ということになります。
CDの発売当初は、そのフォーマットの音響的優位性、つまり収録できるダイナミックレンジの広さを強調する傾向にありました。収録される音声の平均レベルは低く、原音のダイナミクスが忠実に収録されている事が"CDの価値"でした。そうしたCDのもっているダイナミックレンジをフルに生かした音楽を再生をするには、静かな部屋と大型高品位のステレオ装置が必要でした。つまり、高価なCDソフトとプレーヤーを普及するために、商業的な要請からも音質に要求の高いマニア層に訴求する録音方法が採用されたということです。
そしてCDが普及するにつれ、操作の手軽さがCD移行への動機の中心になりました。CDを聞くオーディオも普及品からCDラジカセまで広がりました。収録レベルの低い、ダイナミックレンジを生かしたCDは、一般的な小型のオーディオでは貧弱な音に聞こえ、商品として売りにくいため、音響的な優位性は顧みられなくなりました。また、ポピュラー音楽では90dBというダイナミックレンジをフルに使った音楽表現はもとからありませんでした。
現在は、主にその音楽が多く聞かれるであろう環境に合わせて、たとえばカーオーディオとかミニコンポ等に処理できるダイナミックレンジを見越して、そのなかで最大の音響効果を上げられるよう、調整がなされているようです。
また、近年一般家庭用のDVDオーディオ機器やカーオーディオ等において(メーカーによって表現は違いますが)「曲や盤によってばらついた音量を自動的に調整する」とか「小音量時に聴きやすくする」とか「ナレーションを聴き取りやすくする」とか、謳った機能が付加されている機器が開発されていますが、これは再生時に機械が勝手にダイナミクス調整を行うもので、音源に込められた本来有るべき抑揚を損う機能と言えます。
放送の(録)音
放送はその(公共的な)性質上、厳密に基準レベルと最大レベルがコントロールされています。
図をみてもらえば分かると思いますが、基準レベルと最大レベルの差がすなわち音量の変化による表現の範囲ということになります。テレビ放送、AM放送は狭く、衛星放送は広くなっています。たとえば、AMラジオでは極めて狭い範囲におさめなければならないため(抑揚なく鳴りっぱなし状態)音声のレベルは常に平均レベルまで引き上げられ最大レベルで頭打ちにされている状態です。BS放送では上限まで余裕があるので、ソロの演奏からオーケストラの全員合奏まで、大きな変化を放送に乗せることができます。
民間放送の目的はCMの放送にあります、音声においても並列するスポンサー同士で、自分のところのCMがいかに他を圧して視聴者の注意をひくか、競争になっています。CMになると急に音が大きくなる現象は、放送できる最大レベルの音まで使って、(自分のところの)CMを強調しようとする実に低級な手法です。CMの音声の技術者はもちろん、そういう手法の「みっともなさ」は承知しているはずですが、クライアント(広告主)側の意向でそうなってしまうのでしょう。
物理的な音量の変化を際立って感じさせずに、なお印象に残る音を打ち出したCMがあったなら、それは音声の技術・センスが優れたCMと言えると思います。