番外・懺悔の部屋
演奏での恥かきエピソード(苦しみつつ作成中)
とき ところ 恥と懺悔 97年冬 小樽某中華海鮮レストラン 師匠が定期演奏していた某中華レストランに弟子数人が連れて行かれて演奏。ピンチヒッター候補のオーディションも兼ねていた。
まず、特に名を秘す女性に頼まれて合奏をした。ところが彼女の音がどんどん外れていくので、しかたないので合わせていたら自分も外れてしまった。考えてみたら、間違いは私のほう。外れていない方が合わせるべきじゃないのだ。
ソロでは場に合わない元気な曲を弾いてしまって失敗。場の雰囲気からどんどんずれていくので、焦って演奏が走ってしまった。ああ。情けない。
終わった後の講評でプロデューサーに「音が合ってない、それからもっと一つ一つの音を大切に」と言われた。教訓は「合奏は相手を選ぶこと」と「初めてのステージでは落ち着いて弾けるゆったりした曲を選ぶこと」だ。
結局四人行って誰もピンチヒッターには選ばれなかった……。ごめんね。師匠。恥度70 反省度120
97年春 某小路イベント 某ラジオ局からの依頼で、某小路でのイベントでソロ演奏。途中まで調子よく弾いていたのだが、「茉莉花」を弾いていて、突然G調の相対音階を忘れてしまい、音が外れまくる。司会の人もちょっと困っていた。「茉莉花」は曲の途中で内弦の開放弦を使うから、狂うとごまかしがぜんぜん利かない。
あとで分析してみたら、私はどうもバイオリンをやっていたときも「D」と「G」を取るのが苦手で、体調不良時には音が取れなくなってしまうようなのだ。原因はわからないが、この二つが私の根元に関わる音なのかもしれない。ピタゴラス・カンマ(平均律と絶対音階の間にある僅かな周波の誤差。ピアノは一オクターブ上に平均して誤差をばらまき、弦楽器ではシの音を高めに演奏して辻褄を合わせる)のせいという説もある。原因はさておき、直すべき症状には違いない。
この後暫く私のなかで「茉莉花」は禁曲となる。最近は大丈夫だが、つい最近も某カフェで同じくG調の「花」を弾いていて、全く同じ音感喪失を体験。ううん。怖い。教訓は「DGに要注意」。恥度100 反省度200
97年夏 某区夏祭会場 上と同じ某ラジオ局の依頼で駅裏広場の仮設ステージでソロ演奏。前の某小路での失敗があるからチューニングが狂わないように直前まで合わせていたにも関わらず、ステージに立った途端、あがってしまって音が狂いまくる。同じステージにはアイヌ音楽の第一人者・オキさんも立っていたというのに……分不相応でした。この時からしばらく、外部からの依頼演奏はお断りするようにして、家で練習するようになったのでした……。
恥度30000 反省度150
98年初春 某市日中友好協会新年会 前年小樽へ行ったのとほぼ同じメンツがなんと本場の人々を前に演奏。もちろん師匠の引率で。外部依頼じゃないからいいか、と会場へ。
さすがにもう合奏はしなかった。が、あがってしまって音がへろへろに。なんと陰べんけいなあたし、とさすがに情けなくなった。教訓は「自信過剰もよくないが、びびるのもかっこ悪い」である。
恥度89 反省度100
98年盛夏 某社ビアガーデン
特設ステージ
別のラジオ局で、ビアガーデンイベントの出演者が足りないと聞いてのこのことエントリー。詩吟があったり、ハワイアンがあったり、なかなかアナーキーなステージだった。
前の失敗よりは少し増し。二人で演奏したのだが、お相手の方がゆったりと演奏する上手な方だったので、彼女の雰囲気にうまく呑まれることができた。
ただねえ、あっつい盛りの、真っ昼間の屋外ビアガーデンに二胡はちょっと幽玄の音色過ぎたかもしれない。正直言って、寒かった。最前列の熟年男女グループだけが熱心に聞いてくれていた……。
教訓は「演奏場所は選ぼう」。恥度60 反省度80
当時はまだ札幌の二胡弾きなんか珍しかったから許されていたんだよね〜。 いくら自称「世間より三年早い女」でも、これらは若気の至りでした。 この後、何度かのスランプを越えて、 2000年五月の清雪茶楼の「音楽的茶会」が復活の契機でした。…… 最近やっと、人に聞いて貰うのが楽しくなってきました。
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