山本美保さんの問題

失踪時の様子
山本美保さんは今からおよそ20年前の1984年6月に「図書館に行く」と家族に言い残したまま行方不明になりました。
行方がわからなくなった4日後、美保さん所有のセカンドバックが新潟県柏崎の海岸において発見されまた。
20年前の日本には「拉致」という考えはありませんした。家族は心当たりがないまま「家出した」と思わざるを得なかったそうです
事態急変
18年間、ご家族は何度も「誰かによって連れ去られたのではないか」と思ったそうです。しかし確たる証拠もないために沈黙しているしかなかったそうです。
2002年3月、有本恵子さんの北朝鮮拉致の報道、事態は急変しました。美保さんも北朝鮮に拉致されたのではないか・・・「北朝鮮による拉致が明るみになった今、声をあげなければ美保に一生会うことはできない」家族はそう思い決断して新聞社に連絡したそうです。同年9月17日小泉首相訪朝。そして山梨県警から家族に事情を聞きたいと連絡が入りました。
家族の苦しみ
山梨県在住の山本家は警察官の父のもと長男和男、そして双子の美保・美砂の5人家族で幸せに暮らしていました。最初の不幸は、和男氏をバイク事故にて亡くしたことに始まります。家族が悲しみにくれているその最中双子の姉美保の失踪がおこりました。18年の間、失踪の事を誰にも言えず家族の苦しい日々が続きました。
そして問題が表面化し、美保さんを取りかえすための様々活動の中、2003年5月脳腫瘍のため、父が他界、まさに無念の死といえます。
特定失踪者問題
蓮池さん、曽我さん達「拉致認定者」と山本美保さん達「特定失踪者」とは立場が違います。これは日本政府によって「拉致認定」されたかどうかの違いです。現在、特定失踪者問題調査会によると全国には約380人の特定失踪者がいます。山本美保さんはその中でも「特に拉致されたことが濃厚である」16人に名を列ねています。私達同級生の会ではたとえ拉致被害者の家族の帰国が実現