この頃(1995年)「静かな生活」という映画を見に行きました。この映画の監督は故伊丹十三さんで、原作者は伊丹さんの義理の兄にあたるノーベル賞作家の大江健三郎さんでした。伊丹十三さんと大江健三郎さんは同級生で昔から仲が良く、さらに伊丹さんの兄弟と大江さんが結婚されたので親族となったのです。その大江さんの息子の光くんをモチーフにしたのが「静かな生活」です。作家のパパがママとともに海外出張に行き、兄のイーヨーと妹のマーちゃん、弟のオーちゃんが残されます。兄のイーヨーが光くんのことで、脳に障害を持ちながらとても美しい音楽を作ります。両親の留守中の兄弟の生活をこの映画は描いています。 この映画はタイトルが「静かな生活」というとおり、日常が静かに淡々とかかれています。映画というのはテレビドラマよりもさらにドラマティックに作られるのが普通だと思うのですが、この映画はその正反対です。この映画は原作者が光くんのお父さんで、監督が光くんのおじさんだからできた作品ではないかと思います。障害者をモチーフにしたドラマなどを見ていると感動や衝撃の連続です。しかし障害者の生活の本質は何も変わらない日常が明日も明後日も限りなく続いていくことなのだと、この映画に教えられました。いくらドラマティックに描いてみても、当たり前のことですがそのドラマが終わると主人公は健常者に戻ります。しかし本当の障害者はテレビのスイッチをいくら消しても、障害者のままの同じ日常が続いています。その状態が変わりなく続いて行くという視点が抜けてしまうと、障害者の生活を理解することはできないのでは無いでしょうか。 |