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17)「静かな生活」

 

この頃(1995年)「静かな生活」という映画を見に行きました。この映画の監督は故伊丹十三さんで、原作者は伊丹さんの義理の兄にあたるノーベル賞作家の大江健三郎さんでした。伊丹十三さんと大江健三郎さんは同級生で昔から仲が良く、さらに伊丹さんの兄弟と大江さんが結婚されたので親族となったのです。その大江さんの息子の光くんをモチーフにしたのが「静かな生活」です。作家のパパがママとともに海外出張に行き、兄のイーヨーと妹のマーちゃん、弟のオーちゃんが残されます。兄のイーヨーが光くんのことで、脳に障害を持ちながらとても美しい音楽を作ります。両親の留守中の兄弟の生活をこの映画は描いています。

この映画はタイトルが「静かな生活」というとおり、日常が静かに淡々とかかれています。映画というのはテレビドラマよりもさらにドラマティックに作られるのが普通だと思うのですが、この映画はその正反対です。この映画は原作者が光くんのお父さんで、監督が光くんのおじさんだからできた作品ではないかと思います。障害者をモチーフにしたドラマなどを見ていると感動や衝撃の連続です。しかし障害者の生活の本質は何も変わらない日常が明日も明後日も限りなく続いていくことなのだと、この映画に教えられました。いくらドラマティックに描いてみても、当たり前のことですがそのドラマが終わると主人公は健常者に戻ります。しかし本当の障害者はテレビのスイッチをいくら消しても、障害者のままの同じ日常が続いています。その状態が変わりなく続いて行くという視点が抜けてしまうと、障害者の生活を理解することはできないのでは無いでしょうか。

 

「静かな生活」
1995年伊丹プロダクション

監督・脚本:伊丹十三
原作者:大江健三郎
音楽:大江光

出演:
 佐伯日菜子(マーちゃん)
 渡部篤郎(イーヨー)
 山崎努(パパ)
 宮本信子

 


兄さんは生まれつき右目が見えません。私も両親もたまに右目をつむってみることがあります。そこには遠近感が少なく、違和感のある風景が広がっています。そこに見えている景色は兄さんと同じものかもしれません。しかし私たちが右目をつむっただけでは、わかりえない領域があることも事実だと思います。私たちは右目を開けることができるという前提で、その安心感の中で目を閉じています。もし右目を閉じたら二度と見ることができないという可能性があれば、私は右目を閉じることは怖くてできません。兄さんの気持ちに少しでも近づきたいと右目を閉じてみても、実は全く兄さんには近づいていないのだと思います。障害の本質はそれが永遠に限りなく続いてしまうこと。もし仮に人に話せば些細な事と思われることであっても、果てしないということがどれだけ重いことか。私たちの膠原病にも少しかぶるところがあるかもしれません。

今回「静かな生活」のビデオを借りてきて見直してみました。そのビデオにはオマケとして光くんが撮影風景を見学している様子もあります。それを見ると、光くんとイーヨー役の渡部篤郎さんの感性の深さがよくわかります。機会があれば是非ご覧いただきたいと思います。ちなみに渡部篤郎さんはこの作品で日本アカデミー賞新人賞を受賞しています。現在私は障害をもった人と日常的に接しています。目の前に見えているその障害以上に、その障害の"永遠性"についてもっと考える必要があるのではないかと改めて考えさせられました。

(第17話:2004年2月8日公開)