◎PT(理学療法士)としてpt(患者)として

 メールはこちら
  

◎バックナンバー

 

1 2 3 4 5 6 7

 

8 9 10 11 12

 

13 14 15 16 17

 

18 19 20 21 22

 

23 24 25 26 27

 

28 29 30 31 32

 

33 34 35 36 37

 

38 39 40 41 42

 

43 44 45 46 47

 

48 49 50 51 52

 

53 54 55 56 57

 

33)選択

 

私は東洋紡を辞めたときのことを思い出していました。上司に家族の状態を話し「大阪で一生暮らせる仕事に就きたいと思います」と言いました。すると部長は「東洋紡の子会社で転勤の無いところに行けば大阪でずっと暮らせることができる。ただし研究職では無くて事務職となるけど」と言われました。今思うと本当にありがたいと思うのですが、私もまだ若かったせいか生意気にも"自分の居たい場所で、自分が決めた仕事をする"と、その提案を固辞しました。東洋紡を辞めた後も部長からは手紙をいただくなど、本当に温かく見守っていただいていることに感謝しています。

大好きだった東洋紡を辞めて、大学院まで行って従事していた水の研究も辞めて、ようやく理学療法士になったのに、病院での仕事はやっぱり事務職。もちろん事務職も大切な仕事であることはわかっています。東洋紡に勤めていた時も事務には本当にお世話になりました。本来なら内定を取り消して不採用にされても仕方の無い状況だったのです。私の病状を考慮して病院側は事務職を提案してくれたのです。わずか10日前は鉛筆を持てなくて悩んでいた人間が、患者さんのリハビリを行うなんて無茶なことです。いろんなことわかっているのですが、いろんなことが急に起こりすぎて自分が病気であることに納得していなかったのだと思います。私は事務職での採用を断り、リハビリスタッフの一員として就職を希望しました。やはり理学療法士としての仕事をしなければ、納得することができなかったのです。プレドニンのおかげで痛みも和らいでいたので、なんとかできると思っていましたし、どれだけできるか確かめたいと思いました。

手を使う仕事ですから、当たり前の事かも知れませんが、働きだしてすぐに手の腫れがひどくなって来ました。また朝食がのどを通りにくくなることも顕著になってきました。私は理学療法士として働きに行っているのですが、自分の診察や検査の時間も増えてきて、患者さんのリハビリどころでは無くなってきました。そして床につくと胸痛発作が起こるようになってきました。これが起こると息ができなくなり、身体も金縛り状態になってしまいます。この状態を「心臓神経症」というのだそうです。心臓自体に異常がなくても、不安から胸痛が出てくるのだそうです。病院に行っても満足に働けない、帰宅して休もうとしても発作が出てくる。膠原病とともに不安との戦いが続くことになってきました。

 

 (第33話:2004年5月30日公開)