◎PT(理学療法士)としてpt(患者)として

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57)終わりに

 

今年も11月17日が来ました。この連載の最後はこの日と最初から決めていました。彼が亡くなって満7年。この一年間は私が生きてきたなかで最もテロ報道が多い年でした。こんな時代のなかで難病になってしまった私たちはそれでも生きています。テロ報道があるたびに彼のことを思い出し、彼の冥福を祈り、自分が生きていることを確認する。そんな一年でした。(第22話参照)

私と膠原病の付き合いはまだたった6年間です。この連載では膠原病患者ではない時代の自分の生い立ちや理学療法士についても書かせていただきました。その中には今も現在進行中の問題がたくさん含まれており、連載の終わりにも結論にはほど遠い状態です。この連載を行うことによって、私は家族に多くの課題があることを認識できました。問題の発端となったそのときに戻りたくても戻れないのなら、これからを考えなければなりません。家族一人一人にとって思い描いていた未来とは掛け離れていて、到底ベストとは言えないと思いますが、この世で出会える可能性が極めて低かった我々が、どんな状態にせよ出会えたことをいつの日か"よかったね"と思い合いたいのです。現在のところ家族全員が集まる日は年に一度くらいしかありません。その一度のことでもお互いが気を使いあって、お互いを思う気持ちが空回りして、その後に体調を崩すという状態が続いています。

結婚してから10年が経ち、この間にもいろいろなことがありました。今は私が働くことができていますが、以前はクマさんしか働いていないこともありました。私が働けるときは働いて、クマさんが働けるときは働く。働ける人はできる限り働いて、休むべき人は心の底から休むことができる家族で良いと思うのです。それでも世の中は"大丈夫、休んでいいよ"ってなかなか言ってはくれませんが、そんな世の中を望んではだめでしょうか?

自分も家族もそれぞれみんな弱さを持っています。強くて世の中をうまく渡っていく人たちと比べると、私たちはなんてまどろっこしいんだろうと思います。だからと言ってすぐに強くなれるものではありませんし、この弱さこそが人間らしい自分自身であるような気もします。この弱さが今後もいろいろな問題をもたらすと思いますが、どんなことが起こっても"大丈夫やで"と信頼しあうことができたら、明日への覚悟ができると思うのです。

"よかったね"と"大丈夫"。このふたつを私の今後の命題としていきたいと思います。数学みたいにひとつの答えでは無いと思いますが、微力ながら心を込めていきたいと思います。最後に私の大切な本(「赤頭巾ちゃん気をつけて」庄司薫)より、"ぼくには、このいまぼくから生まれたばかりの決心が、それがまるで馬鹿みたいなもの、みんなに言ったらきっと笑われるような子供みたいなものであっても、それがこのぼくのもの、誰のものでもないこのぼく自身の中から生まれたものである限り、それがぼくのこれからの人生で、このぼくがぶつかるさまざまな戦い、さまざまな苦しい戦いのさ中に、必ずスレスレのところでぼくを助けぼくを支えぼくを頑張らせる大事な大事なものになるだろうということが、はっきりとはっきりと分かったように思えたのだ。"

「理学療法士として、患者として」(完)

 (第57話:2004年11月17日公開)