私は1972年(昭和47年)に大阪市立清水丘小学校に入学しました。幼稚園時代に発病した腎炎は医師からは治らないと言われたそうですが、何が効いたかはわかりませんが自然と小学校に入るときには治っていました。しかし、小学校低学年のときは未熟児の影響もまだ残っていたのか非常に病弱で、とにかくすぐに高熱が出ました。高熱の原因のひとつの扁桃腺も、腎臓への影響を考慮して切除することもできませんでした。一年間で数十日は学校を欠席していたかもしれません。そんな状況なので勉強もついていけなかったですし、ましてや、かけっこをしても球技をしても体育は散々でした。学校に行くのがいやで体温計をお湯で暖めて母に見せたこともありました。今から思えば元看護師の母をごまかせるはずも無かったのですが、母は何も言わず休ませてくれたこともありました。このとき4歳学年が上の兄さんは小学校高学年、風邪ひとつひかずに非常に元気でした。習字やそろばんなど右手を使うこともかなり上手になり、更に右手を使わずにすむ暗算では段位まで持っていました。このことからも如何に兄さんが努力の人であるかがよくわかります。 清水丘小学校の教えは"清く・正しく・美しく"でした。現在私の通勤途中の小学校には"強くて元気でくじけぬよい子"と書かれてあります。これを見ると私たち兄弟は落第生ということになります。世の中には強い子もいれば弱い子もいます。好きで病気や障害者になる子はいませんし、まわりの環境やどうしようもない状況の中でくじけてしまう子もいると思います。"強くて元気でくじけぬよい子"というスローガンを私は否定するつもりはありません。それに越したことは無いと思います。しかし現実的にはいくら頑張っても、そうではない人がいることをわかってもらうことも教育だと思うのです。ただ"弱くて病気でくじけてしまっただめな子"でも"清く・正しく・美しく"生きていくことは可能かもしれません。どういう状況になっても社会に清く、自分に正しく、心美しく生きることを目標にできるかもしれません。かつてのロバート・フルガム氏の著書にも書いているように、人生に必要な知恵は高等教育ではなく幼少のときの教えの中にあるのかもしれないと改めて感じました。 |