シネマレビュー2004 <上半期>  


2004年は09月15日現在14本観ました。(2本立ては1本として計算します) 

人事異動であっちへこっちへ部署を異動したりして、公私共に忙しく、忙しさにかまけて更新が滞っていました。<m(__)m>

しかし、あっつい日が続きますねぇ。9月だと言うのに大阪は連日30度以上です(;´Д`)

※評価は○5つが満点です。なにぶん主観で付けていますのでご了承を(笑) 基準はあいまいなのであんまり目安になんないよ^^;

BGMのうるさい人は操作パネルで調節して下さい。

 

 

 

ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還(評○○○○○)
冥王が創った邪悪な指輪を葬るため、旅を続けるフロドたちは、モルドールに入る秘密の階段へ向かう。一方、人間の国でサウロン軍と戦っていたアラゴルン一行は、アイゼンガルドでサルマンを倒したメリーらと再会を果たす。

[監][製][脚]ピーター・ジャクソン  [原]J.R.R.トールキン [出]イライジャ・ウッド ビゴ・モーテンセン イアン・マッケラン  オーランド・ブルーム リブ・タイラー 
[制作データ] 2003米/ヘラルド=松竹
[上映時間] 203分

いや〜、やっと完結しましたねぇ。
長かったですね。シリーズ通して楽しめました。
3作目は2作目と繋がっていますから、ばらばらになったフロドと仲間たちの行動をよ〜く理解して覚えておかないと、「えぇっとコイツらは何をしようとしていたんだっけ?」となりますねぇ。

しょっぱなからフロド達以外の場面から始まるので、フロドはどこ行っているだっけ?なんてね(^-^;)

3部作映画のしきたりなのか?やはり2作目の時は場面転換と中継ぎにしかならないのは致し方ありませんでした。
それでも「二つの塔」は戦闘シーンの盛り上がりは凄かった訳ですが、1作目のスケールを大きく超えてストーリーを膨らませるという役割は十分すぎるほどすばらしかったですが。

それにひきかえて「王の帰還」は戦闘シーンが昼間ですのではっきり全体が見えますし、いかんなく盛り上がります!

しっかしサム、かっこえぇぇ!いやぁ男(漢)だねぇ!

戦闘シーンを見た人のほとんどが思うであろう、「スターウォーズに似ている」という点においては、私個人的には「やはりSFの金字塔となっている映画は、どの点においても逸脱しており、後から出てくるものは模倣ばかりになってしまうのは仕方が無いことではないのかな?」と思います。

それほどまでにスターウォーズが「完成の域に達したものである」ということでしょう。
ですからあざとく真似て見せたのだと思います
スターウォーズの氷の惑星ホスでの戦闘でのAT-ATウォーカーやら、ルークの戦い振りをあえて真似ているんじゃないでしょうかね。
そんなこと考えると、スターウォーズはフォースという精神の力にまつわる話であり、ロード〜は指輪によって精神が惑わされる話ですし、根幹は似たようなものですね。


原作にあるエピソードがいくつかカットされているようですが、まぁそれは仕方の無いことでしょう。
全部入れていたらキリが無いですし。

サルマンやドワーフについてのその後の描写がないので、どうなっちゃの?と思う方も多いと思います。そのあたりは詳しく解説されている方のホームページやらBBSがありますので探してみてください。

単なる戦闘モノではなく、政治的駆け引きもあり、すごく楽しめました。特にたいまつ(のろし)が山々を越えてどんどん伝わっていくシーンはすばらしいです。

さて、フロドがあまりにも不甲斐ない!と非難される方もいると思います。しかし、なぜフロドが指輪を持つ役になっているのか?と考えると、納得がいくと思います
つまり、少しでも欲などが心にあるならば、たちまち指輪に心を奪われてしまうからです。純粋で、強欲がなく、そしてしっかりとした精神を持っていなければ、指輪を壊しに旅に出ることは出来ません。だからこそ、フロドは特別何かをするわけでもなく、火山を目指すのみであり、フロドをサポートする人が集まって支えていかねばならないのです。人を疑ったり、憎んだりする心も持っていないからゴラムの嘘に引っかかってしまったわけですね。

最後の最後、フロドは指輪のチカラに負けて指輪をはめてしまいます。しかし、幾多の困難を味わってきたフロドは決して指輪に屈することはありませんでした。
指輪は、己の強欲さで身を滅ぼしてしまいます。このあたりは古典的でありますが、それはこの物語が古典だからですね。

エピローグでの旅の記録を本に記すと言うシチュエーションは、当たり前と言えども、あぁ旅は終わったんだなぁと余韻を感じさせる良いシチュエーションですね。


壮大な旅を終えたフロド。しかし彼の体には冒険の心が刻み込まれてしまいました。もうじっとしていることは出来ないのです。それは新たな旅の始まりです。
 

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APPLESEED アップルシード (評○○△)
100年くらい先の未来の地球は、大規模な戦争が終わりほぼ壊滅状態。廃墟を彷徨っている伝説の戦士デュナン・ナッツは、突然ヘリから現れた武装兵団に「オリュンポス」に連行される。そこで全身をサイボーグ化したかつての恋人ブリアレオスと再会する。オリュンポスは、人間とバイオロイドが共存している街だが、人間の一部はバイオロイドを排除しようとクーデター計画している。

[監督] 荒牧伸志 [原作] 士郎正宗 [脚本] 半田はるか 、上代務 [音楽] Boom Boom Satellites
[声] 小林愛 、小杉十郎太 、松岡由貴
2004年/日本
103分

う〜ん。フル3DCGアニメなんですが、率直な感想ではセルアニメを超えるにまでは至っていなかった、と。

今のゲーム世代の人には見慣れたCG空間と3Dキャラ。
ただし「ファイナルファンタジー」のように徹底したリアリズムを追及したものではなく、新技術を用いてアニメを追求した世界初の試みのアニメ映画です。

ここで思うのは、「ファイナルファンタジー」も「アップルシード」も人物をモーションキャプチャーしたものを使っていますが、「ファイナルファンタジー」はあくまでもリアルさがあるため、人物の動きをそのまま描いても動作としての違和感は特に感じられませんでした。

よくあるCGアニメにありがちな大げさな身振り手振りではなく(NHKで放映していた「ゼントリックス」というフルCGアニメのキャラは身振り手振りが大げさでした)、人間そのままのCG映像ですから、人間臭い動きはOKです。

しかし、「アップルシード」は動きこそ人間そのままであっても、絵はアニメ調にしてありセル画調にシェーディングされたものとなっています。
ここで大きなギャップが生まれているのです。絵はアニメでありながらも、動きは人間臭さそのまま。かえって不自然に感じます。人間の動きには無駄な動きもありますが、それがそのままアニメキャラが動くので、動きがおかしいと感じます。
「アニメ」であるなら、アニメとしての人物の動きをする(動作の間引きを行ったり、アニメ的に誇張する)という作業が必要だと思います。

それに、「アップルシード」に対してやはり「イノセンス」は格が違いました
「一枚の絵を超える絵」を目指して作られたモノとは技術的にも、そして思想的にも違いました。

※一枚の絵を超える〜とは押井監督の言葉で、手書きされた絵をパーツに分解して3Dの絵を組み立てるという技法。たった数分の画面に1年半もの歳月が費やされ 、簡単なフルCGではなく、手の込んだことをやることにとって手で書かれた一枚の絵が命を持ち、一枚の絵を超越するというものです。
さらに「イノセンス」ではCGに如何にアニメ(漫画)的なエフェクトを掛けるかに全身全霊が 込められていましたが、前述のように「アップルシード」には思想が感じられませんでした。

きつい評価になってしまいましたが、イノセンスのような何回も観直すに耐えられるアニメか?と問われるとやはりそうではありませんね。

ストーリーに関してですが、練れていない感じが強く受けました。
「イノセンス」よろしく、黙示録からの引用など小難しい説明が出てきますが、何を伝えないのか分かりづらいですし、物語世界の下地の説明不足が否めません。

話の中心のなるものがきちんと定まっておらず、一体どのエピソードが核になるのか掴みづらいのも難点でした。
主人公のデュナンと、サイボーグとなった元彼氏(今でも彼氏かな?)のブリアレオスが核になるべきだと思いますが、ヒトミやらアテナやら周りの人物についてもそれなりにエピソードが盛り込まれているため、ぼやけてしまっていました。

それに予告編で言ってた「戦いが終わったら母になりたい」というセリフをいったいどんなシチュエーションで喋るのかと、それだけを期待して観にいったのですが、どこにもそんなシーンもシチュエーションもありませんでした。最悪〜(~_~;)

一番の核となる、題名にもなっている「アップルシード」とは何か?をもっと盛り上げて欲しかったですね。なんか、なし崩し的に主人公が巻き込まれていった感じでした。
もっと分かりやすくストーリーを整理しないと原作ファンだけのオタク向けアニメになってしまっています。
テーマをもっとしっかり持って、大人の鑑賞に耐えられるアニメを目指して欲しいです。(アメリカではアニメというだけで低俗なもの、子供向けなものという認識が強いですので、日本のアニメはしっかりしているという意識を持って作らないといけませんねぇ)

とは言え、新しいことをやっていこうという意気込みは強く感じましたダメダメアニメではありませんし、CG処理された戦闘シーンはそれなりにしっかりしています。
今後、この作品で培った技術がもっと洗練されて、これが日本産のCGアニメだ!というレベルに昇華されていくことを期待します

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名探偵コナン 銀翼の奇術師(マジシャン) (評○○○)
舞台女優・牧の宝物であるスターサファイアの指輪を、怪盗キッドから守ることになったコナン。牧の舞台公演を訪れた彼は、自分の元の姿である工藤新一に変装してきたキッドに驚きながらも犯行の証拠をつかもうとする。

[監]山本泰一郎  [原]青山剛昌  [脚]古内一成  [音]大野克夫  [歌]愛内里菜 
[声]高山みなみ  山崎和佳奈  神谷明  山口勝平  茶風林  緒方賢一  岩居由希子  高木渉  大谷育江  林原めぐみ 

[制作データ] 2004東宝
[上映時間] 107分

名探偵コナンの最新作です。

前回の迷宮の十字路(クロスロード)は私的にはとっても良く出来ていて劇場版の中では一番かと言うぐらいの印象でしたので(まぁちょっと中途半端的という指摘もありますが)、今回はちょっと不安でした。題名的にも(^-^;)

今回は怪盗キッドが絡んでくるのですが、ちょっと残念でしたねぇ。
殺人ミステリーは簡単でテレビ向けのような謎解きだったのもちょっと残念。テレビスペシャル的でありましたね(^-^;)

しかし今回の見せ場は銀翼とあるように、飛行機でのアクシデントです
今回はコナンたちの乗った飛行機が墜落しそうになってしまいます。それをいかに対処するかが今作の醍醐味です。
推理者、アクション物ではなく、エンターテイメント性の高いパニック映画という感じでしょうか。

この手の飛行機パニック映画ってのはよくありますし、最近(でもないけど)では乱気流(タービュランス)って映画もありました。
私自身見慣れている映画のタイプでしたが、子供たちにとっては飛行機パニック映画初体験??としてコナン君を題材にしてあるのでとっても良かったんじゃないでしょうか。

如何に飛行機を操作するか、北海道なんて広いからどこでも着陸できそうだけど実はそうじゃなかったり、いろいろ新鮮味がありました(^^)

前半、後半とぶった切られた展開ではなく、ちゃんと繋がっているのも良いですね。

それに遅々として進まない新一と蘭との関係も、ちょっぴり進んだかな?でも結局そうでもなかったようですが
(恒例のエンドロール後にもちょっとエピローグがありますので)

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イノセンス(評○○○○)
サイボーグ刑事のバトーは、体の全てが造り物。残されているのは、素子というひとりの女性の記憶だけだ。ある日、少女型ロボットが所有者を惨殺し、暴走する事件が発生。彼は自分の脳を攻撃するハッカーに苦しめられながら真相を追う。

監督 押井守 原作 士郎正宗 脚本 押井守 音楽 川井憲次 出演もしくは声の出演 大塚明夫 、田中敦子 、山寺宏一 、大木民夫 、仲野裕

製作年度 2004年 上映時間 99分
製作国 日本

超難解なアニメです。これぞ押井守!という感じですね。

あまりにも内容が深すぎて、ここでは語りつくせません。
ただ言えるのは、押井監督の前作「アヴァロン」と同じく、映画のストーリーだけを考えていては、作品のよさを全く理解できません

「イノセンス」の前作にあたる、「攻殻機動隊」では、人間の自我(というか、自分自身であるということ証拠・証明)とは「意識」(作中ではゴーストと表現)である、とされていました。
つまりは、自分がどんな形であろうとも、自分で自分だと考える脳なり意識・思念が自分そのものである、ということです。
人体のサイボーグ化がすすむなか、もはや自分自身のオリジナルである肉体はどんどん少なくなっていきます。しかし、頭(脳、意識、ゴースト)がある限り、自分は自分であるんだ、というのが「攻殻機動隊」のテーマでした。


それに対して、2作目となる「イノセンス」では、結局は自分であるとことは、自分の体(肉体)なんだ、という全く逆のテーマをぶつけてきています。
電脳というコンピュータの脳に自分の意識(ゴースト)を移し、体全部が機械となってでも、果たして「自分だ」と言い張ることが出来るのか?という問題提起です。

この2作の対立を考えてこそ、「イノセンス」を理解する取っ掛かりとなるのです。

やもすれば、映像美や音楽美だけが取り沙汰される「イノセンス」ですが、そんなのは二の次なのです。

それにただ単にキレイな映像を求めただけではありません。私には到底考え付かないような崇高な理念があって絵作りに心血を注がれています。

ことにこのイノセンス、いや押井守監督の作品、についての一般的な批評はあくまでも一般人の浅はかな批評に過ぎません。
オタクの意見だと罵られるかも知れませんが、一般人(アニメに造作の無い人)の感想や批評は全く信頼にかけるものです。
私は全てを把握できる人間ではないので、エラそうなことをいえる立場ではありません。しかしながら、押井守監督の意図を、映画を一目見ただけで汲み取ること出来る人は恐らくいないでしょう。

だからこそ、何回も何回も見直すことでより理解が深まる映画といえます。

最後に。
背景や車と人物の絵質とが合っていなくて浮いているとかいう批判を目にしますが、そういうひとは全然分かっていない人です。
もちろん今の技術では簡単に解消できることですが、手抜きではなく押井守監督が意図的にやっていることです。
その意図・思惑を汲み取って改めて絵作りを見てみるとそのメッセージ性がよく分かります。
(興味のある方は押井監督のインタビュー記事や書籍を探すといいでしょう。なぜあのような絵作りにしているのか、などがわかりますよ)
 

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CASSHERN  キャシャーン(評○○○)
長年にわたる戦争の末、荒れ果てた世界。人類を再生の道へと導くため、遺伝子工学の第一人者・東博士(寺尾聰)は人間のあらゆる部位を自在に造り出す“新造細胞理論”を学会で提唱する。一方、博士の息子、鉄也(伊勢谷友介)は父へ反抗心から兵士として戦争に参加するが……。


監督 紀里谷和明 原作 竜の子プロダクション 脚本 紀里谷和明 、菅正太郎 、佐藤大 
出演もしくは声の出演 伊勢谷友介 、麻生久美子 、寺尾聰 、樋口可南子 、小日向文世

製作年度 2004年
製作国 日本 上映時間 141分

製作が始まった頃から気にしていた映画です。始めの内は全く情報が入ってこなくて、古いアニメのリメイクを実写でやる、程度でしか捕らえていませんでした。
しかし、公式HPで予告編が公開されるやいなや、どうしても観に行きたいと思い、公開されるとすぐに観に行きました。

私はアニメの「キャシャーン」が大好きです。再放送でもほとんど見ましたし、今はネット配信をやっているところもあります。

さて率直な意見としては、予想以上に良かったです。
宇多田ヒカルの旦那こと紀里谷和明氏の初監督作品としては、とても健闘していると思います
キャシャーンでなくても良いのかもしれません。
しかし、悪と戦ってはいるが自分の存在について悩むヒーローとしてはキャシャーンはぴったりでしょう。このあたり原作アニメを知らないと思い入れが無いのでつらいかも知れません。

2時間を越える大作です。だらだらと続くと言う感じは受けませんでしたが、話の展開を整理すればもう少しシェイプアップされたかもしれないですね。この辺は初監督ゆえの力量の無さかも?
賛否はあるものの、確実のこのキャシャーンは日本映画の中でひとつの方向性を作り出した作品だと思います。
今の世の中よもすればハリウッド映画ばっかりになってしまいがちです。アメリカ人のワガママな、または偏見を含んだ主義主張が全世界に押し付けられているような状況です。
そのなかで、キャシャーンはテーマをはっきりと明示し、分かりやすく訴えかけています。

画像処理に凝った絵作りもちょっとやりすぎと言う感じを受けますが、現実世界ではない、アニメ的(つまりおとぎ話的)であることを表していると思います。
この映画が訴えたいテーマは普遍的なものであり、国や人種に囚われないものであるのです。

アクションシーンではアップにしすぎであったり、回想映像、セリフ、が畳み込まれるように続いたりとちょっと一般の人にはつらい部分はありました。
でも登場人物たちは心に思ったことをベラベラとしゃべりまくります(^-^;)

下手な演出がかえって分かりやすくなったと言う怪我の功名か(笑)
しかし、2時間20分と言う長丁場できちんとストーリーに決着をつけたのは良かったです。
まぁラストのやり方については好き嫌いが分かれるでしょう。アレでよかったのかと。

何が言いたいのか、言いたいことが整理できていない、という映画がよくあるなかで、うまくまとめたと思います。
この濃厚な世界観と主人公キャシャーンと、敵ブライキングボス(劇中ではブライですが名前は出てこなかった)、父の東(あずま)博士と母や恋人ルナ、そして博士をとりまく軍関係者などなど、をきちんと説明を付けて各々に決着をつけるためには、やはりこれだけの上映時間は必要だったんだと思います。

紀里谷和明氏は処女作としてこの映画を成功させたと私は思います。キャシャーンの紀里谷というレッテルは恥ずかしくないと思います。
見たことのあるような世界観、見たことのあるような機械、街並み、etc・・・・。

原作からだいぶ時間がたった今、この映画のもつメッセージは今のイラク戦争、テロ対策、人種差別、などに置き換えられています。原作での公害問題への提議も少し含んでます。
原作でのブランキングボス誕生は雷によるのですが、フランケンシュタインの要素だったのが、この映画ではもっと進んでロバード・デ・ニーロが演じたフランケンシュタインに似てきています。そしてその物語性も。
あとは、鉄也(キャシャーン)と東博士との対立はエヴァンゲリオンではありますね(^-^;)
まぁ絵的にもエヴァっぽいし、樋口真嗣(エヴァで絵コンテ担当)も戦闘シーンで協力してますしね。

ラストの仕上げも今風で、そして今の日本のアニメ界・映画界を表するものでよかったです。

ただやはり若い女性たちにはちょっとアニメっぽくて難しくてツライ映画かもしれませんね
でもイノセンスに比べたらとっても一般人向けですが(笑)

 

 

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マスター・アンド・コマンダー (評○○○)
1805年。航海中にフランス軍の武装船アケロン号の襲撃を受けた、英国海軍サプライズ号。その敗北によって闘志を燃やす艦長オーブリーは、嵐に見舞われ仲間を失いながらも圧倒的な攻撃力を誇る敵船に戦いを挑んでいく。

[監][製][脚]ピーター・ウィアー [原]パトリック・オブライアン [総]アラン・B・カーティス [出]ラッセル・クロウ  ポール・ベタニー  ビリー・ボイド ジェームズ・ダーシー 

闘う海の軍人の熱き血潮!!

私は理系人間ですが、歴史モノは大好きです。
世界史では古代ローマや古代エジプトなんか好きですが、この映画の題材となっているいわゆる「大航海時代」も好きです。

産業革命以前の帆船での航海、それは想像以上に辛いものでしょう。
この「マスター・アンド・コマンダー」は帆船、船内生活、そして海戦にとことん細部に渡ってこだわった作品作りをしています。

この映画はクライマックスというのがありません。淡々と物語りは進んでいきます。
しかし退屈させるわけではありません

ラッセル・クロウは、私の好きな「グラディエーター」で好演していましたが、今回はまた無敗のエリート軍人として恰幅のいい男として登場します。
役によってこれほど太ったりできるもんですねぇ。感心します。
現実的にこれぐらいガタイが出来ていなかったら過酷な航海と戦闘は無理だと思いますね。

さて、予告編では何やら年端も行かない可愛い水兵さんばかり写して純愛モノと勘違いするようなものでした。
「子供が戦争に参加している」という、悲劇性の高い反戦主張のドラマかと勘違いしがちですが、これはそういうお涙頂戴の映画ではありません。
そのおかげでショタ好きな女子が押し寄せてみたものの、熱い男のドラマだったもんだから「チョー最低映画」呼ばわりされてしまいました(;´`)


それにこの映画は長い長いベストセラーの小説を映画化したものです。
あえて説明臭いセリフや描写は全くありません。でも全く無視した作りではなく、それとないセリフややり取りの中で説明されています。
読解力が求められますね。

長ーい、長ーい連綿と繋がる物語の一部分をぶった切った感じです
唐突に始まり、そして終わり無き続いていきます。
こうゆう映画の作り方は昨今では珍しいですね。とてもヘタクソというのではなく、あえて説明臭くしてしまって物語のリズムがなくなるのを避けたためと思います。
私はこういう作り方大好きですね。

しかもこの時代についてのある程度の知識がなければ、なんでそんなことするのか、そうなるのか、というのが映画の中で説明が無いので分かりません。

例えば、アニメ「明日のナージャ」でもありました、ノブレス・オブリージュ(またはオブリッジ)というもの。
これは、貴族の在り方、精神、というべきもので、私財を投じて人のため国のために尽くすのが貴族としての義務、というものです。

また、なんであんな小さい男の子が戦争に参加しているのか?、船医なのになんで前線で戦うのか?という疑問をもたれる方もいると思いますが、彼らは基本的に「貴族」なのです。
だから、戦争に参加し、そして「貴族」だからこそ他の戦闘員に対して命令できるのです。
大砲をうつ人たち(砲兵)は雇われ戦闘員だから、若い水兵は士官候補生ですから地位が上なのです。
それに船医も貴族であり、剣術もたしなみとして心得ています。ホロンを演奏できるのもたしなみがあるからです。
戦闘では率先して前線に立たなくては、「腰抜けやろう」というレッテルがたちまち貼られてしまいます。
また博物学者か医者かどちらか?ですが、これも当時の貴族についての知識があれば分かることで、貴族は趣味のためにいろんな勉強をします。(なぜかって貴族は暇をもてあましているから)
これは学者ではなく、ディレッタント(dilettante)であり、学問・芸術・科学の愛好家に過ぎません。
なぜオーブリー艦長の船に乗っているかについては原作に書かれているようです。(二人は旧知の親友であり、軍医不在の自分の船に誘ったんですね)

戦争中に優雅に楽器を弾くことですが、これも貴族だから当たり前のこと。
それに艦長がいるMess Room(食堂)は他の階級と完全に分かれています。だからこそ貴族だけで楽器も弾いたりするのです。

オーブリー艦長の軍人気質がキツくてイヤっていう意見もありますが、これも当たり前のことで、当時ではあのように振舞うのが常識です。今の平和ボケした日本人のようでは、部下を統率することが出来ません。コテコテ軍人でなければ指揮できません。
それにその艦長の絶対の統率力があるからこそ、あまたの戦争をくぐり抜け戦果を上げてきて、そしてカリスマ性・信頼性があるために、みんな率先して艦長の元で働きたがるのです。

この戦いに何の意味があるのかよくわからなかった、という意見を散見しました。
これはこれで正しいのです。今の情報化の戦争と違い、大航海時代での帆船での戦闘(戦争)なんてそんなものです。

広い海に出たっきり、本国の状況も、戦況も分からない。どこにいるかも定かでない敵船を目掛けて、やっつけるまで帰国しない。
果たして「自分がやっていることとは?」とか「敵の正体は?」なんて関係ないのです。船の男たち(軍人さん)には戦いの意味なんて関係ないのです。

だからこそラストもとくになく、淡々と終わるのです。男たちの戦いは今なお続く・・・。という意味です。

私はとってもこの映画楽しめました。
海流や嵐に悩まされつついろんな土地へ行って資材や未知の物を発見したり、そして船同士の砲撃戦や白兵戦・・・。
なんか15年ぐらい昔にPC98で遊んだ光栄の大航海時代シリーズのゲームを思い出しながら映画を見ました(笑)

スピードの速い今の乗り物と違い、敵の後ろ(風上)に回ってから追いついて攻撃するまで半日かかる、ってのはまさに帆船ならではですね。
とてもスケールの大きい話だと感じましたけど(笑)

すさまじい戦争映画でありながら、貴族たちの優雅さや教育も描写し、ロマンのある映画。人が戦争で死ぬという現実をはっきり見せながら、こういうとこも見せるなんて
、戦争映画としては稀有なものです。

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ツインズ・エフェクト (評○○○)
バンパイア・スレイヤー(始末人)のリーヴは、バンパイア一族の頂点に君臨することを狙うデコテス公爵の命を奪うため、イギリスから香港へやってくる。そこでスレイヤー見習のジプシーとコンビを組むことになったリーヴは、妹のヘレンも加わり、世界存亡を賭けた壮絶な闘いに身を投じる。

[監]ダンテ・ラム ドニー・イエン [歌][出]ジャッキー・チェン [歌]Twins [出]イーキン・チェン シャーリーン・チョイ ジリアン・チョン エディソン・チャン アンソニー・ウォン  カレン・モク  

[制作データ] 2003中/コムストック
[上映時間] 107分

映画の日に1000円で観ました。
見に行った週の金曜日には終わっちゃうぐらいギリギリに観たんですが、はっきり言いまして、全くこんな映画があるとは知りませんでした。
映画の日に何観ようかなぁとネットで映画館の放映スケジュールを見ていて気づいたぐらいでした。これって全くマスコミで取り上げられていないんじゃないのかなぁ?
題名にもなっているTwinsという人気グループのファンの方たちは公開されるといち早く観に行ったり、何回も観にいった方がいるみたいですね。

えー、なんちゅーか、特撮やワイヤーアクション、カメラワークとかなり気合が入っている映画だとは感じました
着実に香港映画は技術を上げてきていますね。これは『風雲 ストームライダーズ』から特に私が感じていることなのですが。

ま、しかし、この映画の根底に流れるのはやはり【香港映画】なんだなぁ、というのが率直な感想です(^-^;)
主人公たちの役どころである、ヴァンパイア・スレイヤー(吸血鬼の始末人)の設定や、ヴァンパイア一族とその内紛についての説明がおざなりすぎて、全体像が掴みにくいのが難点ですね。
上↑のあらすじですが、映画を見る限りではこのような設定であるとはちっとも読み取れません(^_^;)
もうちょっと話を整理したら数段いい映画になったと思います。まぁアジアンテイスト、香港映画テイストといえばそうなんですが。
(「少林サッカー」でもそうだったんですが、ムダに長い本筋に関係ないシーンが続くんですよねぇ。ワザとなんだろうか?)
それでも、久しぶりにワイヤーアクションやカンフーアクションがたっぷり見れて楽しかったです。

ヴァンパイアがやられると燃えて骸骨のようになって朽ちていくのは、まんま『ブレイド』ですね。ヴァンパイアとその始末人との対立関係の描き方、ストーリーの進め方はやはりハリウッド映画ならではでしょうか『ブレイド』の方がとってもよかったです(^-^;)
音楽はちょっと『バットマン』を意識したようでしたし、カメラワークもそれっぽかったですね。
まぁ特に少なからず海外の映画は日本のアニメを参考にするのが多いですが、冒頭のアクションでのカメラワークは特にアニメぽかったです。

で、肝心の人気グループ“Twins”である、シャーリーン・チョイとジリアン・チョンのお二人さんについては全く知りませんでした(^^ゞ
というのも、日本ではこの映画で始めて公にお披露目されたということですんで、知名度はまだまだなお二人です。
アイドル物、と言い切ってしまうにはよく出来た映画ではありました。

ジャッキーチェンが友情出演しているんですが、ホントにチョイ役です。しかししっかりとアクションシーンをこなしますので、存在感は満点です。さすがジャッキー。
それにしてもジャッキーの結婚式のシーンは、果たして必要なシーンだったんだろうか?

もしも2作目が作られるのなら、そしてチョイチョイとジャッキーが出てくるのならその前説明として結婚やら妻の素性などの説明は必要なんでしょうが。
冒頭でグっと惹きつけられましたが、中盤はだらけました。終盤はアクションの連続でラストまで行きましたので、ホント中盤の余計なシーンが悔やまれます。
中盤をテンポよくして、カットした部分(エンディングでカット部分が流れます)を付け足したらよかったと思います。

さぁ人物設定がこれで済んだので、2作目で新たなヴァンパイア・スレイヤーの活躍を描くなら結構ハデに動き回れるんじゃないかな。
ぜひとも次回作を作ってもらいたいものです。


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ハリウッド的殺人事件 (評○○)
人気ラップ・グループのメンバーがクラブで殺される事件が発生。殺人課の刑事ジョーとK.C.は捜査に乗り出す。だが、ジョーは副業の不動産仲介業に行き詰まり、K.C.は俳優を目指すために日夜、演技の練習を重ねていた。

[監][製][脚]ロン・シェルトン   [総]ジョー・ロスほか [出]ハリソン・フォード ジョシュ・ハートネット  レナ・オリン  ブルース・グリーンウッド マーチン・ランドー 

[制作データ] 2003米/ブエナ・ビスタ
[上映時間] 115分 

なんだか中途半端な映画でした(´・ω・`)ショボーン

刑事モノとしては事件もその陰謀も中途半端、ギャグがところどころありますが大爆笑もできずコメディ映画としても中途半端、アクションも中途半端・・・。

前半部分がまったくおもしろくない。退屈でしかありませんでした。
中盤の、同業者の陰謀によりハリソンとジョシュが取調べを受けるシーンからはテンポが多少良くなりましたが、それでも・・・。
ハリソンさんはうまく演技していますし、なかなか良い味を出しています。これはもう大ベテランって感じです。
しかし、相棒役がパールハーバーで有名になったジョシュ・ハーネットなんですが、この男が中途半端。そのため、ハリソンさんとのコンビ自体が中途半端。
ベテラン刑事とスチャラカ刑事のコンビといえば「リーサルウェポン」ですね。
レナ・オリンさんの悪女っていうか、凄みのある熟女っていう妖艶ぶりはすごかったですね。同じような雰囲気を感じたのは、トムクルーズの「ミッション:インポッシブル(1作目)」の女マフィアですね。
しかし、レナ・オリンとハリソンさんが絡むシーンは直接描かなくても良かったのでは?老男老女のベットのカラミなんて止めてほしい(^-^;) それとない演出で十分でっせ。

ハリソンさんは立て続けに出る映画出る映画、つまらんのばっかりなんですがねぇ。
「デビル」「6デイズ7ナイツ」「ホワット・ライズ・ビニース」「ランダムハーツ」「K-19」とどれも最高だった映画じゃありません。
ここらでもう一度花咲かせないと落ち目になってしまいますね。「インディ・ジョーンズ4」の撮影に入っているそうなんで、ぜひとも成功させてほしいです。しかし年齢的・体力的に大丈夫なんかなぁ?

女装の売春婦役でルー・ダイアモンド・フィリップスがカメオ出演していますが、この人って「ラ・バンバ」で一躍有名になったもののそれ以後鳴かず飛ばず。

ハリウッド大通り名物の手形を押そうとする映画スター役で、ロバート・ワグナーが出ていましたが、これもなんだかなぁ。もっと大物いなかったのかい?
この人もイイ映画に恵まれてないですね。「オースティンパワーズ」には出てましたが。

この映画の監督ロン・シェルトンの代表作は「ティン・カップ」でして、これも中途半端。ゴルフ映画なのにゴルフについて正確に描いていなかったと言う噂(わたしゴルフやらないんで分からないですが)。たしかデビュー作がケビン・コスターの「さよならゲーム」でしたっけ。これ以後はいい作品作ってないですね。

ハリソンさんだけでもっている映画だなぁコリャ。
ハリソンさんが悪者を追いかけるシーンでは結構おもしろかったです。子供自転車をとりあげるシーンとかは良かったです。

ハリソンさんとジョシュがやっていることが事件とはズレたことばかりやってて、しかも二人の境遇の説明がヘタで、分かりにくい構成になっていました。

題名もパっとしませんしねぇ^^;
ハリウッドならではの事件と、それを取り巻く環境、そして刑事、というような描き方なら良かったと思いますが、事件も取り立てて普通だし、もっとレコード業界を取り巻く暗部を描く!ってのなら良かったと思いますが。

最後に一言。刑事は副業よりも本業に専念しなさい!(笑)

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着信アリ (評○○△)
女子大生・由美の友人たちが、携帯電話の謎めいたメッセージを聞いて次々と怪死していく事件が発生。同じような原因で妹を亡くした葬儀屋の山下と出会った由美は、事件の真相を探るが、やがて彼女自身にも死の恐怖は迫る。

[監]三池崇史  [原][企]秋元康(角川ホラー文庫) [総]大川裕  [製]黒井和男  [脚]大良美波子 [撮]山本英夫  [出]柴咲コウ  堤真一  吹石一恵  筒井真理子  松重豊  岸谷五朗  石橋蓮司  

[制作データ] 2003東宝
[上映時間] 112分

この手のホラー映画にありがちな、中途半端な終わりでちょっと残念でした

「呪怨」はなんの根拠もなく、ただ自分が殺されたからその怨みが暴走して理由もなく人を殺し続けるという不可解な内容でした。

「着信アリ」は昨今の携帯にまつわる都市伝説を取り入れた、今風の、悪く言えばパクったような内容です(笑)。
ただ、なぜ霊が殺人を繰り返すのか全く理解不可能な訳でなく、その部分に新しいテイストとして子供の虐待という要素が絡んでいたのが新鮮でした。
しかし2重に絡んだ怨念がその真実だったという訳なんですが、謎解きとしてはちょっと弱かったのが残念でした。

冒頭の大学講義の内容が実は大きな伏線だったんですが、事件の真相に迫るにつれて主人公たちが専攻している児童心理学の内容が絡んでくるというのは、主人公を取り巻く者同士で納得し合うためのややご都合過ぎる展開と感じました。
もうすこし当事者が事件を追っていく上で新たな切り口として心理学の観点で謎が解けてくる、というのなら映画を見ている方もナルホドと思えます。
しかし、登場人物同士が既知の知識で喋りあうだけでは、観客は置いてけぼりでした。

原作をだいぶ割愛&変更しているらしいので、映画では説明不足の部分が多かったです。

山下という堤真一が演じる男の役柄がはっきりしにくく、葬儀屋の人であるという説明がはっきりとなかったので(セリフや仕事仲間とのやり取りで分かるのですが)、刑事だと思ってる人が多いようですね。このへんも脚本のミスかも。

クライマックスで山下(堤真一)の妹の霊が出てきてちょっと重要なせりふを言うのですが、ナゼそこで出てくるのか、せりふの意味が分かりにくい、というのはちょっと脚本ミスでは?と思いました。
ストーリーがきちんと掴めていれば分かるのですが、前半でかなり急ぎ足で話がすすんでしまうので、山下の妹の設定が分かりにくかったです。

なお、ストーリーの核となる心理学についてここで補足します。

■ミュンヒハウゼン症候群
自分に周囲の関心を引き寄せるために自らの体を傷付けたり、病気を装ったりする症例のこと

■代理によるミュンヒハウゼン症候群
同じく自分に周囲の関心を引き寄せるためにケガや病気を捏造する症例だが、その傷付ける対象が自分自身ではなく「身近にいる代理の人間」であるケースを指す。この症例は子供を持つ母親に多く見られ、その傷付ける対象の多くは自分の子供である。この「代理によるミュンヒハウゼン症候群」の患者の約25%が、以前に「ミュンヒハウゼン症候群」を患っていたことが確認されている。

ちょっと、専門じゃない人にはとっつきにくい内容かもしれませんね。前述しましたが、観客が映画と一緒に謎を解くという感じがなく、主人公たちが勝手に「あぁミュンヒハウゼン症候群か」的にナットクしてしまったのには参りました。「何それ?」って感じだったですねぇ。

ラストがちょっと後味悪いのがなんとも。
現実問題としてあんなことしたら柴咲コウは警察に捕まると思うぞ。

「リング」から始まった和製ホラー映画の一連としては押さえておいてもよい映画だと思います。

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タイムライン (評○○△)
14世紀の地層で、行方不明の教授からの助けを求めるメモを発見した教授の息子クリスら発掘チーム。教授がハイテク企業ITCの時空間転送装置で過去へ飛んだことを知った彼らは中世に飛ぶが、途中で退路を絶たれてしまう。

[監][製]リチャード・ドナー  [原]マイケル・クライトン  [脚]ジェフ・マグワイアほか [出]ポール・ウォーカー フランシス・オコナー ジェラルド・バトラー ビリー・コノリー 

[制作データ] 2003米/ギャガ=ヒューマックス
[上映時間] 116分

「ジュラシック・パーク」でおなじみのマイケル・クライトンが原作です。

第一感想は・・・・・、う〜ん、惜しいところでB級映画になってしまっています。壮大なB級映画ですねぇ。

私は理系人間ですが、歴史は洋の東西を問わず好きです。ですので、タイムスリップもので歴史が絡んでくると言う設定はとても楽しめました。

冒頭で、歴史(過去)に興味の無い男に一人の男が、歴史の面白さ・興味深さを説明するシーンがあります。
このシーンはとてもよかったです。温故知新とか薀蓄をたれるのではなく、今発掘している領主の墓石を使って歴史へ興味を持たせるというやり口は感心しました。
しかもこのシーンが伏線になっていたのも良かったです。

発掘している修道院の立派な彫刻が壊されている理由や、過去からのメッセージとの関連性(ちょっとしたタイムパラドックス的要素)、などとてもよく出来ていて楽しめました。

でも肝心の登場人物のキャラ設定がうまく出来ておらず、みな中途半端になってしまっていました
特に出てきてすぐに殺されたフランソワ君や、ITCの社員など。

それに第一、こういうタイムマシン装置とかはいかに観客にうそをついて信じ込ませるかが大事です。
しかし、肝心のタイムマシン(本当は物質輸送装置)の理屈がまったく意味不明
へぇ〜と感心できる部分がなく、コイルや鏡というのがどのように使われて物質転送されるのか全く説明がありません。従来なら大規模なコンピュータが要る、ともいいながら、どんなコンピュータを作ったのかさえもわかりません

私はてっきり、鏡を使って時間移動するというので、4次元座標軸上で例えば2秒前の自分、1秒前の自分、今の自分、1秒後の自分、2秒後の自分、というふうに、合わせ鏡のごとくズラーっと人物が分裂したような映像が出て時間移動をするんだと思ったら、なーんにもなし!
鏡もただ周りを囲っただけで何の意味があったのかも説明無し

過去に行った瞬間は身体に激痛が走るという説明があったにもかかわらず、そんな激痛を受けたような映像は一切なし!みんなケロっとしている

マーカーというもので過去の世界でボタンを押したら、何故現在でボタンが押されたのかが分かるのか?
マーカーの動作原理はどうなってんのよ!

それに装置が壊れた時、物質移動のテストを行ったという説明があったので、転送先にあるもう一台の装置を使うんだと思ったら、なーんもなし。
大企業だと言いながら、装置が壊れた時に必死になって復旧するのは二人だけ!
だから、もう一台はどうなってんのよ!

ワームホールを通るっていうのも口で説明するだけ!なぜ何回やっても同じ年代、同じ場所に行くのかもなーんも説明無し!

マイケル・クライトンってSFな話を作る割には科学がまったくできないダメ男なのか?

人物設定が出来ていないのも、すごくマイナス。
勝手気ままに行動しているような感じでおかげで映画全体がチャランポランです。
ITC社員が過去に居残って寝返っていた社員に殺されますが、その必然性も、なぜその社員が過去に居残ったかの決意もあまり感じませんでした(もう体が時間移動についていけないというのと、どうやらアクシデントの時に仲間に見捨てられたのが原因のようですが、本当に見捨てられたのかも不明)

教授が過去に行ってしまって、取り残されたという経緯も教授自身の口からは語られませんでした。

過去の世界で散り散りになった仲間が、うまく行き過ぎた感じでみんな会えてしまいます

歴史モノとしてはいろいろな伏線がちゃんとそこかしこに効いていて楽しかったです。が、前述のように人物設定やSF設定がおざなりなため中途半端になってしまっていました。

今までの中世の騎士達の服装、装備などを大胆に見つめなおして大きな仮説のもとで中世を描くというのはよかったです。

最終的に歴史が変わっちゃうわけですが、冒頭で遺跡発掘研修生に語った歴史が現代でどうなったのかの説明がなかったのもマイナス点。

これで現代から行った人間が死なずに帰って来たんならもっと印象も良かったかも知れません

しかし、いかんせんマイケル・クライトンなんですなぁ。ジュラシック・パークにかぶるところが多く、進歩を感じられません。
いち大企業が世界的な大発明をした。
その発明に不具合が生じる。(事故がおきる)
民間人が巻き込まれ、ある特別な環境(ジュラシックでは恐竜、ライムラインでは中世)に放り込まれ、犠牲になる。
結局その大企業が多くの損害をこうむる。


こう書くと、筋立てが一緒じゃんかよ!(笑)

時間移動や空間移動装置でなら「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「コンタクト」の方がよっぽど楽しかったですね。

 


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ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS (評○○△)
1年前のゴジラとの戦いで損傷した機龍の修復に携わる整備士・中條。そんな彼の前にインファント島からモスラと共にやって来た2人の小美人が現れ、「ゴジラの骨を海に返してほしい」という謎の言葉を残して去る。

[
監][脚]手塚昌明 [製]富山省吾 [プ]山中和成 [脚]横谷昌宏 [撮]関口芳則 [音]大島ミチル [出]金子昇 吉岡美穂 虎牙光揮 長澤まさみ 大塚ちひろ  高杉亘  小泉博  中尾彬 

[制作データ] 2003東宝
[上映時間] 92分

今回のゴジラは前作の全くの続きです。
ゴジラ映画は「今までの話は無かったことにする」というのが通例でしたが、ここに来て続編です
それでも「映画の中での」前作は(去年のを除いて)「ゴジラ第一作目(白黒のやつ)」というスタンスは貫いています(^-^;)

さて、前作の全くの続きでして前作の一年後と言う設定です。
でも前作で活躍した釈由美子は今作ではアメリカへ派遣留学ということで勇退です。
う〜ん、前作では無念の敗北だったし今作でも絶対復讐するという意気込みがあったんですが、ちっとも生かされませんでしたねぇ。

今回は整備士の男が主人公なわけですが、なんで後を引き継ぐパイロットの方に主人公を持っていかなかったのかなぁ。まぁ同じ立場の人間だと新鮮味が無いからでしょうか。
やもすると留学先から急遽日本のピンチだと言うのですっ飛んできて、「やっぱり機龍は私が操らないと」とか「ゴジラへ引導を渡すのは私だ」という感じで闘うのかと期待もしたんですがねぇ。

前半部分で総理大臣が機龍を放棄(凍結)するかどうかで悩むシーンがありました。
これはこれでいいメッセージを伝える場面だったのですが、今作は最初っから最後まで戦いシーンだったのでうやむやになってしまい残念でした。
総理が機龍が危険なもの(ゴジラ細胞を使用していることでゴジラが引き寄せられる)であると分かっていながらも、ゴジラに太刀打ちできる唯一の手段である機龍を手放すことが出来ない。たとえモスラが日本を守るとしても。
これは核の必然性「核抑止力」に当てはまります。核が危険だとしても、核に対抗するには核が必要。
核を手放すのが出来るに出来ない状態・・・
せっかくいい風刺が利いた設定だったんですが、最後には機龍とゴジラはああなっちゃうわけで(ネタバレのため書けませんが)・・・
もう問題提起はボケるは、個々人の戦う理由もボケるはで、もう最悪(+_+)

まぁストーリーの流れとしては特におかしなところは感じられませんでした。
昔のモスラの時の話を絡めてきてモスラを登場させるのは良かったです。
しかしいかんせんモスラとゴジラでは勝敗は分かりきっているようなもので。ゴジラの熱線には絶対勝てっこないよなぁ。それに幼虫がいくら頑張っても糸を吐くしかないわけで。見ていて可哀想でした(/_;)
それにしてもモスラってどの映画でも出てきたら絶対死ぬよなぁ・・・。
な〜んか、なぜモスラが日本を必死になって守ろうとしているのかよく分からんしぃ。幼虫なんてわざわざ海渡ってきてナゼそこまで体を張ってゴジラに立ち向かわにゃならんの?って、もう可哀想で可哀想で
あれで蛾じゃなかったらもちっと感情移入できたものなんだけど(笑)

所詮、悪名高き平成モスラの監督さんですから・・・。あぁ、金子監督のゴジラは良かったなぁ。

ま、しかしねぇズ〜っと戦闘シーンだったんで子供たちにはまだマシだったかもしれませんね。
子供たちはハム太郎でもうお腹いっぱいだろうし(笑)、落ち着きの無い近頃のガキはちょっとシリアスな静かなシーンになったら退屈しだしてうめき出すからねぇ。
ったく、私が初めて映画館に連れて行ってもらったのは5歳ぐらいでしたが、当時はモスラと一緒にトラック野郎なんて子供向きじゃないものと一緒にやってたけど、ちゃんと最後まで見ましたよ。
それに小学校に上がる前にはスーパーマン1作目(字幕)を見に行きましたし。

ま、脱線はここまでとして(^^ゞ
なんでこんなに中途半端な続編を作ったかというと、どうやら来年はゴジラ生誕50周年でかなり気合いの入ったものを計画中だからです。
海外配給を視野に入れたGODZILLAというタイトルを使ったものにするかもしれないと言うことです。
だから今回はこんな続編で茶を濁したわけですね(ーー;)

見ていてくだらねぇってほど駄作じゃありませんでした。
もう少し人物関係のドラマを盛り込んでほしかったです。せっかく新女性隊員が主人公に気があるようなところを見せていたんですが。
それと冒頭の社会的メッセージを終盤でもう少し明確にして欲しかったです。
マンネリかもしれませんがやはりゴジラ映画は反核をイメージさせるべきだと思います。それが日本の使命だと感じます。


今作のゴジラは前作の170万人動員、興行収入19億円には到底及ばないという結果となっています。

ハム太郎はすでにピークを過ぎていて客を呼べないのか、とも言われております。
まぁブーム以前にもちっと感動する話にして欲しいところですが。ハム太郎は1作目がよかったなぁ。

2本上映では1本の時間が限られますので、ゴジラ1本で復活して欲しいところです。

さて来年で50周年記念作品となるわけですが、気合を入れてほしいですね。

劇場版とっとこハム太郎 ハムハムグランプリン オーロラ谷の奇跡 リボンちゃん危機一髪! (評○○△)
街に大雪が降ったある日。リボンちゃんが見知らぬハムスターとどこかへ行こうとしているのを見たハム太郎と仲間たちは、彼らを追いかけて幻の村にたどり着く。ところが、リボンちゃんが海賊たちにさらわれてしまう。

[監]出崎統 [原]河井リツ子 [脚]金春智子 [声]間宮くるみ  池澤春菜  愛河里花子  伊藤健太郎  村井かずさ  佐久間レイ  杉本ゆう  鈴木千尋 

[制作データ] 2003東宝
[上映時間] 55分

今回もハム太郎が先に上映です。
今回も出崎監督が続投です。画面に斜めに色の濃い影が掛かる手法は出崎監督の持ち味ですね。
OVA版のブラックジャックを思い出しました。

しかしハム太郎の上映のときは席を外していてゴジラは始まるときに席に戻ってくる人や、ハム太郎の上映中寝ている人が相変わらず多いですね。

なんでハム太郎も見ないのかねぇ。
ハム太郎=マンガ=子供のもの=低俗なもの、くだらないもの、とでも決め付けているのでしょうか??
それなら大の男がゴジラを観に来ていること自体、別の人から見ればオタクとも受け止められかねません。
せっかく同じ値段でハム太郎も見れるんだからねぇ。
あんたは子供ん時はマンガ見なかったのかよ、と突っ込みたいですね。
それにココだけの話、ゴジラでは涙腺ウルウルこなかったけど、ハム太郎ではちょっとウルウルしましたよ(^^ゞ マンガだと侮る無かれ。
このお話で感動を感じないような大人は心が荒(すさ)んでいるんでしょうな(゚-゚) もちろんハム太郎を見る気もない大人なんてそれ以下だと思います。(あくまでもせっかく金払って見に来ていてゴジラとハム太郎があるんだからちゃんと見るべき、という意味です。ハム太郎が最高っていう意味じゃありません)

それはさておき^^;、今回は割と話がトントン拍子で進んで今までよりかは幾分スムーズな話の展開でした。
まぁ今まで通りガチャガチャして忙しいったらありゃしないんですが。
ハムクック船長の設定がとくに凝ってないので、その分本筋の展開の方に時間が使えたのが良かったんじゃないでしょうか。

始終、ハム太郎とハムクックのレースに終わってしまい、ストーリーとしてはちょっとパワーダウンした感じでした。

それにしても犬夜叉でもそうですが、あとからうまい具合に取って付けたように設定を考えますなぁ
リボンちゃんだけが白くて長い毛だから、というキャラ設定を膨らませて今回のお話を考えたんだと思いますが、うまいですねぇ。
ま、結局スノーホワイトはなんだったんだという感じですが^^;
それにしてもリボンちゃんって割り切った性格の女の子(?)ですね。今時の子っていう感じでしょうか。

しかし、なんで妖精ハムが途中途中で萌えキャラのようになったのかよくわかりませんでした(笑)
あれはあれで萌え萌えなキャラでよかったかも(笑)

ミニハムず、もう出さなくていいよと思うんですがねぇ。
だんだん存在意義がないし、必然性がないと思います。
それに今回はゲッツハムも出てきていますが、もういいって。
オーロラ谷の場所にミニハムずなんかが来る設定付けが出来なくなってます。

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ファインディング・ニモ(日本語吹替版) (評○○○○)
妻を亡くしてから神経質な性格になってしまったマーリンは、息子のニモに対して過保護になる。ある日、ニモをダイバーにさらわれてしまった彼は、捜索中に出会ったもの忘れの激しいドリーと共にニモ探しの旅に出る。

[監][案][脚]アンドリュー・スタントン [監]リー・アンクリッチ [総]ジョン・ラセター [声]木梨憲武  室井滋 宮谷恵多 山路和弘  津田寛治  乃村健次 

[制作データ] 2003米/ブエナ・ビスタ
[上映時間] 101分

この手の映画はセリフが肝心なので日本語吹き替え版を見に行きました。
とんねるずの木梨がニモの父親(マーリン)の声を吹き替えているんですが、すっごくうまかったです。
全編通してしゃべりっぱなしってのも凄かったです。おそらくぶっとい台本だったんだろうなぁ(゚゚;)
しかしこの映画の題名はニモってよりかはマーリンだよなぁ。

さてストーリーですが、これはもう最初から最後まで涙しっぱなしでしたよ。
オープニングからいきなりズガーンと来ましたよ。もうお陰で冒頭のマーリンのニモに対する過保護さ(過敏さ)が痛いように感じます。

ニモの小さなヒレで父とタッチするってのは、例え障害があっても明るく行こうありのままの自分でいこう、というイメージでしょうか。うまいですね。

ちなみに私はドリーのようなキャラはアニメとしては許容できますが、現実問題としてあんな人間は大っ嫌いですね(笑) はじめてマーリンが出会ったときに、マーリンが冷めた目で「あんたおかしいよ」って言ったセリフがツボにはまりました(^-^)
実際に本人に向ってあんなセリフはけるなんてやっぱりマーリン大人!

しかしまぁなんですな。
もう少し自然に対してのメッセージ色が強かったほうが良かったと思います。
カクレクマノミが大人気で世界中で乱獲されているっていうのも、もう少しメッセージが強かったらこんなことにならなかったんではと思います。
どうしてニモを見た後で熱帯魚を飼ってみたいと思えるんでしょうか。まったく映画を見た価値がありませんよねぇ。

それに、熱帯魚をトイレに流す子供が続出したそうですな。かの国では。
どう考えたらあんな周りに海の無い陸地ばかりのばかデカイ国で下水が海につながっていると思えるんだろうか。日本ならまだしも。

なんてまぁ知能レベルの低い民族だこと。そんな国が世界に対してエラそうにして、戦争おっぱじめるんだもんなぁ。
補足トリビアですが、どうもアメリカ人ってのは飼っていた金魚が死んだら普通にトイレに流すんだそうですね。
留学した人からも聞きましたし、別の映画でもそういうシーンは普通に描かれているそうです。
映画ではおそらくそのアンチテーゼかどうか分かりませんが、下水に逃げるっていうのは良くないですね。真水だし(^-^;
アメリカ人は動物の死に対しての思いやりってのがない民族なんですねぇ。そう考えると、日本では子供は死んだ金魚を土に埋めたりするのがよくありますが、やはり仏教の影響か、死というものに対して非常に敬意を払う国だなぁと感じます。

もひとつ補足トリビア。
サメたちが会議をやっていたのは禁酒者の会(というか禁酒者のためのセラピー)のパロディですね。酒のせいで失敗した体験談を壇上で皆に話して、皆苦労してきたんだ一緒に酒をやめようって誓い合う会ですね。
実際、セラピーは何段階にもステップが合って、自分が酒に酔って迷惑をかけた人をその場に連れてくるという難関があるそうです。
あ、それにサメはあんな小さな熱帯魚は元から食べないと思いますよ。

多分に話がご都合過ぎる展開魚が文字が読めたり人語を解したり)、というのはありますが、ストーリーは良かったです。偶然過ぎておかしいだろっていう不快感はとくに感じませんでした。

マーリンとドリーが必死に頑張って様々な魚たちなどと出会って行く過程でのご都合的展開という上での許容範囲ではないかな?
(TVの探偵ナイトスクープのように人や物を探す上で様々な人やネットワークを通じて調査が急展開していくという感じでしょうか)

この映画は子供にとっても、親にとっても凄くメッセージ性があると思います
しかしながら、自分に子供がいない人にとっては(まぁ私も独身ですが)、ご都合的な展開ばかりに目が奪われて、絵がきれいなだけの映画だと思ってしまうでしょう。

親にとって子供の安全ばかりに気にしすぎることがあるでしょう。
道路を歩いていても、公園に行っても、「行っちゃダメ」「こっちにいなさい」と子供の袖を引っ張ってばかりしてしまいがちです。
子供にとってはそんな親に対して反抗心を持ってしまいます。もっと自分を人扱いして欲しいと子供ながら思うでしょう。

親は「言い過ぎた」「過保護にしすぎた」と思うし、子供は「言うことを聞くべきだった」と双方にとって反省することがあると思います。

この映画を見て親子どうし、考え直してみたらどうでしょうか。

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犬夜叉 天下覇道の剣 (評○○○)
日暮神社で、冥界を開くという剣・叢雲牙(そううんが)が見つかった。剣に触った犬夜叉は、剣の力により右手が離れなくなってしまう。その状態のまま戦国時代に戻った彼は、剣の力に魅せられた兄・殺生丸と戦うことに。

[監]篠原俊哉 [原]高橋留美子 [プ]諏訪道彦ほか [脚]隅沢克之 [音]和田薫 [歌]安室奈美恵 [声]山口勝平 雪野五月 成田剣  辻谷耕史  桑島法子  渡辺久美子  緒方賢一  八奈見乗児  井上喜久子

[制作データ] 2003東宝
[上映時間] 98分

犬夜叉の映画も3作目となりました。
1作目の勾玉、2作目の鏡、そして3作目で剣、とこれで三種の神器について描かれました。

じゃあ4作目は何を題材にするのかなぁ?楽しみですな。

原作コミックでも描かれていなかった、犬夜叉と兄・殺生丸、そして父、それぞれが持つ3つの剣。
よくもまぁこれだけの設定を後から考えますねぇ。
それともバックストーリーとしてあらかじめあったのかなぁ?シナリオには原作者の高橋留美子さんも参加しているということですし、原作とリンクする内容だけにかなりリキの入った作品です。
3作の中で1番の出来だと思います。

犬夜叉出生の秘密父親の死にまつわるエピソードも盛り込まれています。
それに原作にも無かった、妖怪の父がはじめて人の姿で登場するだけでなく、犬夜叉の母までもが登場します。

父のもつ最強の魔剣をかけて犬夜叉と殺生丸が闘います。

ナゼそのような最強の魔剣を残したのか。
やもすると後から取ってつけただけのストーリーになりがちなのを、きちんと最後で父の思惑を絡めて収束させます。うまいストーリー運びだと感じました。


それに殺生丸が犬夜叉を憎んでいる理由付けもきちんと描かれていました。

今回の戦いの中で、父が殺生丸に残した「何のために戦うのか」「守るべきものはあるか」という言葉に殺生丸がその答えに何か気づき始めました。

りんちゃんという女の子をいつもなぜ連れているのか、殺生丸本人も心では分かっているようでも頭では分かっていないようですね。
でも実際のところ、なんでりんちゃんを連れてるのかな^^; あんな小さな子が好きってわけじゃなさそうだけど。
無邪気な無償の愛情にちょっとだけある善の心が目覚めだしているのかもしれません。

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