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いや〜、やっと完結しましたねぇ。
長かったですね。シリーズ通して楽しめました。
3作目は2作目と繋がっていますから、ばらばらになったフロドと仲間たちの行動をよ〜く理解して覚えておかないと、「えぇっとコイツらは何をしようとしていたんだっけ?」となりますねぇ。
しょっぱなからフロド達以外の場面から始まるので、フロドはどこ行っているだっけ?なんてね(^-^;)
3部作映画のしきたりなのか?やはり2作目の時は場面転換と中継ぎにしかならないのは致し方ありませんでした。
それでも「二つの塔」は戦闘シーンの盛り上がりは凄かった訳ですが、1作目のスケールを大きく超えてストーリーを膨らませるという役割は十分すぎるほどすばらしかったですが。
それにひきかえて「王の帰還」は戦闘シーンが昼間ですのではっきり全体が見えますし、いかんなく盛り上がります!
しっかしサム、かっこえぇぇ!いやぁ男(漢)だねぇ!
戦闘シーンを見た人のほとんどが思うであろう、「スターウォーズに似ている」という点においては、私個人的には「やはりSFの金字塔となっている映画は、どの点においても逸脱しており、後から出てくるものは模倣ばかりになってしまうのは仕方が無いことではないのかな?」と思います。
それほどまでにスターウォーズが「完成の域に達したものである」ということでしょう。
ですからあざとく真似て見せたのだと思います。
スターウォーズの氷の惑星ホスでの戦闘でのAT-ATウォーカーやら、ルークの戦い振りをあえて真似ているんじゃないでしょうかね。
そんなこと考えると、スターウォーズはフォースという精神の力にまつわる話であり、ロード〜は指輪によって精神が惑わされる話ですし、根幹は似たようなものですね。
原作にあるエピソードがいくつかカットされているようですが、まぁそれは仕方の無いことでしょう。
全部入れていたらキリが無いですし。
サルマンやドワーフについてのその後の描写がないので、どうなっちゃの?と思う方も多いと思います。そのあたりは詳しく解説されている方のホームページやらBBSがありますので探してみてください。
単なる戦闘モノではなく、政治的駆け引きもあり、すごく楽しめました。特にたいまつ(のろし)が山々を越えてどんどん伝わっていくシーンはすばらしいです。
さて、フロドがあまりにも不甲斐ない!と非難される方もいると思います。しかし、なぜフロドが指輪を持つ役になっているのか?と考えると、納得がいくと思います。
つまり、少しでも欲などが心にあるならば、たちまち指輪に心を奪われてしまうからです。純粋で、強欲がなく、そしてしっかりとした精神を持っていなければ、指輪を壊しに旅に出ることは出来ません。だからこそ、フロドは特別何かをするわけでもなく、火山を目指すのみであり、フロドをサポートする人が集まって支えていかねばならないのです。人を疑ったり、憎んだりする心も持っていないからゴラムの嘘に引っかかってしまったわけですね。
最後の最後、フロドは指輪のチカラに負けて指輪をはめてしまいます。しかし、幾多の困難を味わってきたフロドは決して指輪に屈することはありませんでした。
指輪は、己の強欲さで身を滅ぼしてしまいます。このあたりは古典的でありますが、それはこの物語が古典だからですね。
エピローグでの旅の記録を本に記すと言うシチュエーションは、当たり前と言えども、あぁ旅は終わったんだなぁと余韻を感じさせる良いシチュエーションですね。
壮大な旅を終えたフロド。しかし彼の体には冒険の心が刻み込まれてしまいました。もうじっとしていることは出来ないのです。それは新たな旅の始まりです。
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