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期待の大友克洋監督の「スチームボーイ」見てきました。
当初は秋公開の予定だったんですが、夏にやる予定の宮崎駿の「ハウル〜」が延期になってしまったため、急遽夏公開に持ってきたらしいですね。
おかげで製作現場では必死だったようですが。
今年はアニメ映画の当たり年で、世界的に注目されています。
「イノセンス」を筆頭に、「アップルシード」、「スチームボーイ」、そして「ハウル〜」と日本を代表する巨匠たちのアニメ映画が一堂に会する、なんてもう今後は二度と無いはずです。
というわけでご多分に漏れず私もこれらをすべてみるわけで(笑)、「スチームボーイ」見てきました。
「イノセンス」ほどマスコミが騒いでいないのであまり知名度は低いようですが、それでも公開直前にはTVCMも流れ、私の職場でもそれなりに知名度はありました。(あくまでも映画の題名としての認知度ですが)
さて製作に9年もかかっただけありまして、絵の緻密度や描写はとてつもなくすばらしく、一切の妥協も無いと感じました。あらゆる画面にこだわりを感じられました。
これは「イノセンス」でもそうですが、製作ラインそのものまでも変革させて作り上げられた作品ですので、今ある技術やラインを使った他の作品とは一線を画します。
んで、肝心のストーリーの方なんですが・・・。ん〜(^ー^;)、悪くはありませんよ。話が破綻しているわけではありませんし。
この映画は、強いて言えば「アンチ宮崎アニメ」とでも言えばよいでしょうか。つまり、よくあるアニメとは全てにおいて逆に作られています。
コチラが入れ込もうとして構えていると、そのたびに「ひょいっ」と矛先をかわされるような感じが随所に有ります。「漫画家・大友」
のイメージですね。
主人公が親父と祖父に振り回されているだけ、っていう印象なのと、女の子(スカーレット)の性格や行動にも共感しにくいです。
ぱっとした印象では宮崎駿の「ラピュタ」っぽい感じを受けますが、あちらの方がだいぶ男の子と女の子の行動がはっきりしています。
対して「スチーム〜」では、主人公レイの行動目的がわかりません。スカーレットもただ単に争いに巻き込まれただけですし、第一、争いごとを目の当たりにしても一向に今までの考え方を変えようという感じを受けませんでした。
え!今まで私たちがやってきたことって・・?!っていう転換があるのと思っていましたがありませんでした。
それに誰一人主要人物が死にません。悪そうなやつが最後までぴんぴんしています。
ストーリーでの疑問点をいくつか挙げてみますと、
1)だいたい小さなボールに高密度で高圧を閉じ込めてある、ってことはとてつもなく重いんじゃないの?軽々と片手で持っているけど・・・。
2)題名であるスチームボーイってのが釈然としませんねぇ。話の根幹は先のスチームボールであって、少年がわざわざスチームボーイって呼ばれるのも分かりません。それに祖父がただ単に孫に対して「行け、スチームボーイ!」って叫ぶだけで、なんで??って感じ^^;
3)スチームボール3つで巨大なスチーム城を動かすわけですが、ドでかいスチーム上の機械はただ単に動力を伝えるもののみ、という説明があります。
しかしながら如何にスチームボールに超高圧でエネルギーが閉じ込められているとしても、それってただ消費するだけで、エネルギーを生み出そうという考えがありません。
そもそもスチームボールを作り出すのが超難関な技術だったわけで、おいそれと換わりのスチームボールを持ってくるという感じではなさそうでした。
4)スチームボールにとてつもないエネルギーが閉じ込められているという描写があまりなくて残念でした。前半でバルブが緩んでしまい高圧蒸気によって家が切られるというシーンがありますが、力不足ですね。もっと小さな村が吹き飛んで消滅するぐらいのシーンがいるのでは?
5)で結局、スチーム城で何がしたかったのかなぁ?とくに武器があるわけでもなかったし。
蒸気で浮かんだだけっちゅう感じがどうも。このあたりは祖父と親父の確執があったため、中途半端な作りになってしまったのかなぁ。それにしても祖父は遊園地が作りたかっただけなのか?国家予算に相当するような金を企業から融資してもらっておきながらだまって遊園地を作ろうとしたのか?
6)親父はなぜ人が変わってしまったのか、その心境がよく分かりません。事故で蒸気を浴びた時に思い知ったというくだりがありますが、それだけ?
科学についての善悪説が大きなテーマとなっているわけですが、結論は出されていません。
というよりも答えが出せないからではないでしょうか。
あえて「科学とは?」の答えをこの映画を見た人へ委ねたのだと思います。
結局そういうわけで、どうもわざと支離滅裂?な結論が出ないストーリーとなっているのでしょう。
そしてそれの訳は、純真な心をもっている主人公の目でストーリーが進むからで、まだ善悪についてはっきり判断できない子供が大人たちの言い分に振り回されているという視点だからだと思います。
誰が悪人で、誰が善人なんか、今の世の中でもはっきりしません。みんな己(おの)が信念に沿って生きているだけなのです。だから、この映画でも結論は出ないですし、はっきりと善悪がつかないのです。
というわけで、いたるところで評価真っ二つの激論が繰り広げられていますな(゚-゚)
この手の作品、「イノセンス」の時もそうですが、普段アニメを見ない人、そしてその監督のほかの作品を見たことが無い人に限って、「意味がわからん」「イマイチ」という評価をしがちです。
それはなにも、私が「アニメファン以外は見るな」と言いたいのではなく、その作品にはその作品にあった見方がある、ということです。
分かりやすく言うと、ポップミュージックしか聞かない人が、クラシックを聞いて「眠たい音楽だ」と批評するのが全くナンセンスであるのと同じです。
トレンディードラマしか見ない人は実写ものの映像の見方しか出来ません。アニメにはアニメの見方が存在するということを理解する必要があるのです。
ですので、「スチームボーイ」が全くの駄作だと評価する人もいれば、「すばらしい」と評価する人もいるのです。繰り返しになりますがここで、「アニメオタクだけが喜んでいる」と批判するのは全く間違ったものの考え方であり、アニメを理解できない自分を戒める必要があるのです。
とかく日本ではこのような風潮が強く、対して海外ではアニメの見方を心得ている人が多いので、日本ではヒットしない・評価に低い作品が、海外で高く評価されるのです。
またAKIRAの大友監督の最新作、という触れ込みも間違っていますね。これではスチームボーイもAKIRAと同じような物語だと思われてしまいます。
事実、大友らしくない、とか、AKIRAの方が良かった、という批判が目に付きます。そんなことをいう人自身が、AKIRAに捕らわれ過ぎていると思わざるを得ませんね。
なぜ19世紀イギリスなのか?
それは産業革命が勃発し、世界の強者となろうとする勢いがあったからです。だから錬金術のようなマヤカシを脱却し、科学に猛進した時代です。
だからこそ、その科学の使い方にみんながみんな(世界中)が分かっていないのです。
万能の力があったとき、どう使っていくのか?結局、現実のわれわれの歴史がそうなのです。
だれも公害病を起こそうとして工場を建てたわけではありません。結果として公害病が発生し、過ちに人類が気付いたのです。
このスチームボーイの世界ではまだ誰も過ちを犯すことに気付いていません。だから誰が悪人か善人かはっきりしないのです。
純真な心をもつ主人公の目に移ったありのままを描いているからこそ、中途半端に我々が感じるのです。
おじいさんがスチームボールを託したのも、自分の目で判断せよという為です。主人公以外、スチームボールを使うことへの怖さに気付いていないのです。
スカーレットも然り。
自分(財団)のやっていることの是非なんて考えてもいません。
おそらくこのスチーム城の事件を体験したあとで、見つめなおすでしょう。だからこの作品ではどっちにも荷担することなく時代の渦に流されていくだけなのです。
そう、それはまるで今の我々のように。
戦争が起ころうが、政治問題が起ころうが、我々はただただ見つめるだけなのです。流れを変えようと運動しようにも、それは大きな川(歴史)の流れに飲み込まれて消えて行くのです(~_~;)
科学とは?という結論を我々観客に大友氏は委ねられたのです。
エンディングのスタッフロールでの絵が印象的でした。
まるで我々の歴史の過ちを諭すかのようで。
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