シネマレビュー99

今年は何本見れるかな? ちなみに去年見た映画の数は、30本でした(2本立ては1本の映画と数えてます)。

今年も後2ヶ月を切りました。しかし11月だというのに、めちゃ寒いわけではありませんねぇ。

一部のご要望に応え(笑)、かーんたんなあらすじを載せる事にしました。(どっかに載っているのを写しただけですが)

もどる

 

ワイルド・ワイルド・ウエスト (評 ○○)
西部開拓時代”流血将軍”の異名を取るマグラス将軍を追う連邦特別捜査官のウエストは、風変わりな捜査官ゴードンに出会う。その後、二人は合衆国大統領の命令で、将軍の背後にいるラブレス博士を逮捕するため、コンビを組まされる。博士は実験中の事故で上半身が人間、下半身が機械の姿になり、その腹いせに合衆国征服を企んでいた。何とか二人は博士を追い詰めるが、彼はとんでもないハイテク戦車で攻撃を始め・・・。
監督:バリー・ソネンフェルド/主演:ウィル・スミス、ケビン・クライン、ケネス・ブラナー、サルマ・ハエック、バイ・リン、テッド・レビン
バカバカ単純お笑い西部劇映画です。でももうちょっと一押し足りないのが残念。所々は面白いのに。

「メン・イン・ブラック(MIB)」の監督が、またウィル・スミスと組んだ映画なのですが、MIBでもそうでしたが、小物や設定に懲りすぎて脚本がおざなりになってしまっています。ウィル・スミスはスリス・タッカーほどアクが強いわけでもなく何か飛び出たところが感じられません。普通の役者なのかなぁ。もうちょっと、頑張って欲しい。
いや、彼をもっと際立たせるのが監督の務めのはず。もっとこう、射撃の名手とか、無鉄砲だけど頼りになるやつといった設定ぐらいありゃいいのに。(エディ・マーフィーぐらいにさ) それらしい事はしてるつもりでしょうがヘタクソです。例えば、舞踏会でみんなを相手に口八丁手八丁で難を逃れようとするけど空振り。相棒が急に出てきてその場を逃れてお茶を濁します。
MIBでも、諸々の設定(銃や車や組織や宇宙人)は良かったのですが、チョロチョロとしか画面に出ず、設定を生かしきれていませんでした。
今回(ワイルド・ワイルド・ウエストなのでWWWか?)も同様です。いろんな発明品が出てきますが、それだけ。

配役は良いのですが、活かし切れず。せっかくのデコボココンビ(死後かな?)なのに・・。黒人と白人であり、行動派と理論派のふたり。
定石で言うと、そりが合わずいがみあっている仲だけど最後は意気投合して力を合わす、となるのが普通でしょうが、なーんもなし。
お互いのキャラ説明もほとんど無し。どんな人物で何をしてきたかもさっぱり要点を掴めず。勝手にコンビを組んでやってました(ーー;)
相棒の方も、変装とか発明といった特技の設定があるのに、全然活かされていません。
なんか全然MIBの頃と進化してませんねぇ(苦笑)

画面上に出てくるギミックは良く出来てるのに、ストーリーに反映されていません(~_~メ)。もっとがんばってほしいですね。ストーリーも一本調子だし。
まあ、面白くないだろうと腹をくくってるとそれなりに楽しめます(苦笑)

もどる

WHO AM I ? (評 ○○○)
フリカの奥地で行われたある極秘任務。だが終了後、帰還用ヘリが墜落し特殊工作員のジャッキーは記憶を失う。
原住民に救われた彼は「WHO AM I ?(僕は誰?)」を連発するため「フーアムアイ」と呼ばれるようになる。そんな時、ラリー途中の故障車を見つけた彼は、怪我をした日本人ドライバーを救い、代わりに運転してなんと優勝する。だがマスコミの注目を集めだした彼の命を、謎の巨大組織が狙っていた!
監督:ジャッキー・チェン/主演:ジャッキー・チェン、ミシェル・フィレ、山本未来、ロン・スメルチャク、エド・ネルソン
ジャッキーはやってくれます。ハリウッドに進出したりしてますが、やっぱりジャッキーの真骨頂は自国での映画でしょう。
ジャッキーの映画を全て観尽くしているわけではありませんが、「プロジェクトA」に続く傑作と思います。
監督・脚本・主演・武術指導・主題歌と大忙しのジャッキーですが、どれもうまくこなしています。

ストーリーの展開もジャッキーの記憶の断片を追っていくうちに真相が見えてきて、そして渦巻く陰謀が見え隠れ、とうまくできていました。
前半はジャッキーは記憶喪失&重症なので派手なアクションはありませんが、それでも笑わせてくれます。段々とジャッキー映画節が展開されていきます。
カーチェイスシーンはとっても面白かったです。おぉっ!という歓声が思わず観客から漏れました(^.^) 圧巻はスピンターンでの車庫入れと、ひっくり返ってもへこたれず復帰して逃げるシーンですね。
やはり見所のカンフーシーンもあります。特殊工作員ってカンフーも出来るんですね(笑) でも昔のジャッキー映画(酔拳とか)と違ってカンフーで殺人をしないのはいいですね。あくまでも護身術なのかな? 暗殺拳とかにしてしまうとセガールみたいに”絶対負けない”となってしまうのでメリハリが無くなると思います。
ラストでも黒幕をカンフーでやっつけて終わりじゃなく、けっこう絵的にも楽しめました。

ジャッキー映画は緊迫した戦いの中にも”おいおい”とか”観ているこっちが痛そう”ってゆうのがあって、ちょっと違う雰囲気ですね。
そうそうこの映画、年配者のお客が多かったです。ジャッキーの成せる技か。それに映画が終わった後に拍手をする観客が数人いたのも印象的でした。それほど良く出来ているということでしょうか。

もどる

地獄 (評 ○○)
石井輝男監督が、連続幼女誘拐殺人、オウム事件、毒入りカレー事件など、世間を騒がせた実際の犯罪を映画化!犯罪者たちを地獄の世界で裁く映画です。

リカは16歳の美しい少女。彼女はちょっとした好奇心からヨガの教室に通ったが、じつはそこは新興宗教が信徒集めに開いた囮教室だった。言葉巧みに誘われたリカはしだいに教団の看板娘として利用されるようになっていた。だが、教祖・瘡原(かさはら)と女性信徒をめぐる数々のスキャンダルや怪しげな教義を聞くにつれ、懐疑の念は日ごとに深まるばかり。ある日、リカは老婦人(閻魔の仮の姿)から声をかけられた。「あなたの人生は破滅寸前です。そこから逃れる方法はただ一つ。真の恐怖を体験する事、つまり地獄を見聞する事です。あなたにその特権を与えましょう」 かくしてリカは地獄に行き、様々な地獄を見る事になる・・。」
あまりにも内容がきつすぎて上映できる映画館が限られている映画です。作りは非常に低予算でB級ですが、内容はふざけてはいるけど大まじめな映画です。
もし上映館が近くにあったりしてこの映画を観る機会があれば、まよわず観に行ってください。

宮崎勤事件や、オウム事件、毒カレー事件などを扱っていますが、大半はオウム事件についてです。今までオウムを扱ったものはありましたが、映画としてここまできちんと真正面から扱った物はなかったでしょう。そして被害者の立場から見ている面についてもよくできていました。
”ああ、そうそう。こんなんあったなぁ”と結構前の話題だと感じてしまったのは、それだけみんなの記憶からオウムが薄れているという事なのでしょう。ですが、被害者やその遺族にとってはけっして終わっていない事件です。この映画はそういった遺族たちの苛立たしさを代弁しているのじゃないでしょうか。
地獄の底で決して終わる事の無い罰を受け続けさせる、石井監督が見事にやってくれています。(でも作りはちーぷですが)

主人公の女の子が始まってすぐに裸にさせられたり、エンディングで女の子たちが次々と脱いでいったりと、意外なとこでびっくりしました(笑)

もどる

将軍の娘 エリザベス・キャンベル (評 ○○)
ジョージア州陸軍マッカラム基地内で、女性の全裸死体が発見される。そして、さらに驚くべき事実が明らかになる。殺された女性エリザベスは、基地でも人望の厚いキャンベル将軍の娘だったのだ。事件を担当する犯罪捜査官、ポールとサラは、軍の名誉のため、そして将軍のためにも事件の早期解決を目指して捜査を始める。ところが捜査を進める内に、エリザベスの「もう一つの顔」が明らかになり始める・・・。
監督:サイモン・ウェスト/主演:ジョン・トラボルタ、マデリーン・ストウ、ジェームズ・ウッズ、ジェームズ・クロムウェル、ティモシー・ハットン
公開日早々に観に行ったのですが、なかなかレビューを書けませんでした。というのも、非常に評価しにくいなぁと感じたからでした。

軍隊という組織の映像化としても、トラボルタの演技も、まずいところはなく良かったのですが、ストーリーが暗いというのが難点でした。
「だれが将軍の娘を殺したのか」という推理ものではなく、「なぜ殺したのか」というのでもなかったです。推理ものでもなく、サスペンスものでもない、そして誰も救われていないような映画でした。

なぜ将軍の娘が殺されたのかを追いかけていくうちに、事件の真相が明かされていくわけですが、結局のところそれで娘(エリザベス)は救われるものでもなかった。
悲しい過去の事が明かされて、犯人もわかるけど、実際に事件が起こった原因は複雑に人間関係が絡んでいて、”犯人がわかった。あぁよかった”じゃ済まされないというところに、観終わった後の不完全燃焼感が残りました。

軍の内部の事を扱っているだけに、映画では表現しにくいだろうと思います。とくにアメリカ映画だし。
そういったなかでは、最後にきちんと一応の事件のけりはつけたし、この映画の問題提起でもあるレイプや女性の軍での立場、といった面ではよく作っていたと思います。
トラボルタは捜査官としての警察の面と、軍人としての面をもち、それでも軍内部の不祥事についてケリをつけたというエンディングは良かったです。
日本の官僚なども見習ってもらいたいですなぁ。

事件の究明にトラボルタは女性捜査官と共に仕事をするわけだが、トラボルタだけでも良かったんじゃないの?と思うぐらいパートナーとしての仕事振りがなかったです。
最終的な犯人(複雑に人間関係が絡んでるが、とりあえず直接犯行をした人)が最後に出てきますが、それもちょっと強引だったかな?それにあの最後はちょっとねぇ、と思えてしまいました。

楽しんで観る映画じゃないので○は2つにしました。とくにカップルで観るもんじゃないよねぇ。気分が暗くなるだけですよ(^_^;)

もどる

シックス・センス (評 ○○○)
アメリカで最も古い街並みの残る街、フィラデルフィア。
マルコム・クロムは気鋭の児童精神分析医だった。自身満々で多くの子供の心を癒してきた。一人の子供を救うことが出来ず死なせてしまうまでは…。
その“事故”があってからというものマルコムはすっかり自信を喪失し、妻との会話もなくなり、いまや彼はかつての彼ではなかった。そんなマルコムが出逢った一人の少年、コール・シアー、8才。
母親と2人暮しの少年はしじゅう何かに怯え、かたくなに心を閉ざして一人ぼっちだった。マルコムは何とか少年の心を開こうと必死の努力を重ねる。
そしてマルコムが自分の弱さをさらけ出して少年に向き合ったとき、少年は初めてマルコムに秘密を打ち明ける・・・「僕には死んだ人の姿が見えるんだ・・・。」
やがてコールを救う為に全力を尽くすマルコムの前に科学では説明のつかない「何か・・・」の存在が次第にその全貌を明らかにしていくのだった・・・。
「シックス・センス」、第6の感覚、つまり「霊感」のある少年についての映画です。
といっても、キャーというような恐い映画ではありません。映画を全て観終わってから、ゾーっと後から恐くなってくる映画です。
映画が始まる前に「この映画には”ある秘密”があります。映画をご覧になった皆様は、その秘密をまだご覧になっていない方には決してお話にならないようお願いします」というブルース・ウィルスからのメッセージが表れます。

アメリカではリピーター続出のため、5週連続1位という成績でした。さて、日本ではどこまで伸びるのでしょうか?
あまり一般的には認知されていないようで、初日に観に行きましたが空席が目立ちました。拡大ロードショーまでするこの映画、後はいかに口コミが広がるかですね。
一部の映画館では先行、先々行オールナイトまでしていました。「秘密」がロードショー前にばれてしまっていないか心配ですね(^_^;)

この映画はその秘密をばらしてしまっては面白くありませんので、ここではストーリーに関する事はあえて書きません。
サイコ・ホラー映画という分類に入ると思いますが、感動で泣けてくる映画です
この映画にはとんでもない秘密が隠されています。しかし、ストーリーにのめりこんでいくうちにそのことはすっかり忘れてしまっています。
観客にその「?」な部分を感じさせない、そしてちょっと興味津々ハラハラドキドキ、といううまい作りの映画です。
そして、最後でその秘密がわかったとき、ちょっと「?」だったところが氷解するように謎がとけます。そして、”もう一回観てみたい!”となるのです。

私が観終わって感じたこと、それは「イヤな事から目を背けたり逃げたりせず、向き合って行こう」ということでした。
霊が見える少年は全てを受け入れて、そして成長していく事でしょう。

そうそう、ブルース・ウィルスがいい味だしています。まさに適役じゃないでしょうか。

エンドテロップ最後に出るパスワードはシックスセンスの公式HPでのレアプレゼントの応募に使用します。その前に提携HPで関連パスワードを調べておかなければなりません。詳しくは公式HPへ(エンドテロップ最後に一緒にURLが出ます)。

もどる

ホーンティング (評 ○○△)
ヤン・デ・ボン監督の久しぶりの新作。
不眠症の研究という名目で、ヒル・ハウスと呼ばれる古い豪邸で男女3人が呼ばれる。しかし、この研究の本来の目的は、閉鎖された環境の中で人間の恐怖心がどのように育成されるかの探求だった。恐怖心を与えるために恐い昔話を博士は被験者にするのだが・・・。
「スピード2」でスピードを上げるどころかあわや失速してしまったヤン・デ・ボン監督(笑)の最新作。しかし今回はドリームワークス製作で、最新技術を盛りだくさんしての復帰です。今回の映画は1963年の「たたり」という映画のリメイクです。(原題はどちらも同じになっています)
この映画は最新音響技術の「ドルビーデジタルEX」をしており、それゆえ「音」が非常にウェイトが高いです。つまり、音響設備の悪い環境ではこの映画の楽しさは半減(いや、それ以下かも)してしまいます。

ホーティングというのは”霊が棲み付いた”という意味合いです。ディズニーランドのアトラクションで”ホーンテッドマンション”という立体CGなどを使った幽霊屋敷がありますね。

さて、この映画は新しい恐怖映画のスタンスを作ろうとしているのか?、全然恐くない恐怖映画でありながら、観終わった後スタッフロールが流れてから、「あぁ恐かった」となる珍しい映画でした。それに、ちっとも人が死んでいかない恐怖映画です(笑)。いや、これが新しい恐怖映画のスタンスなのか、ヤン・デ・ボン節なのでしょうか。
この映画は強いて言えば、「楽しめる恐怖映画」と言えるのかも。
どんな展開になるかはあらかじめ予想がつきます。それでも前半は、”本当に霊が存在するのか?”という恐怖がありますが、霊が出現してからの後半は最新技術のオンパレードで滑らかに彫刻が動き出したりするのですが、ちっとも恐くありません。「音」に非常にウェイトが置かれており、視覚と聴覚によって迫力あるシーンが続きます。この映画の醍醐味ですが、恐怖感は反比例していきます。リアルにすればするほど、派手にすればするほど「恐さ」は減っていくのですね。逆に「文字だけの恐い話」がゾーっとするように、技術と恐怖(または面白さ)は必ずしも比例しないというのがよく感じられました。
ヤン・デ・ボンの映画なのでやはり突っ込むつころは多々あります。クライマックスでの「審判の扉」では、なぜそんな事が可能なのか、ちょっとわかりませんでした。
たぶん、バックストーリー的になにかあるんかなぁと思いますが(ヤン・デ・ボンのことなので何にも考えてなかったりするかも(笑))。もっと建物自体の歴史や宗教的な話があったらなぁと感じましたが、まぁどうでもいいか(笑)。

ですが、この映画はちっとも面白くないのかと問われると、そうではありません。適度に恐くそして楽しめるいい映画と思います。”恐怖映画を観に行こう”というのでは肩透かしを食らうかもしれませんが。

この映画で使われた最新技術で特筆すべきは、カーテン、ベッドシーツ、枕カバーに子供の霊の形が浮かび上がるシーンです。ここでは「布」自体がCGという「クロス・シミュレーション」という最新技術が使われており、同様に髪の毛が霊によって掻き分けられるシーンでは髪の毛全体がCGで描かれております。
また、気づきにくいですが、霊の出現によって場が寒くなり吐息が急に白くなるのもCG処理です。

そうそう、この映画にはキャサリン・ゼタ=ジョーンズが出演していますが、単なる脇役にすぎません。しかしながら、今作で映画2回目に過ぎないのにもかかわらず「あのキャサリン・ゼタ=ジョーンズが」という感じでいろいろなマスコミに書かれていますね。すごい人気ですね。今回もホントにめっちゃ美人ですよ(笑)

もどる

ディープ・ブルー (評 ○○○)
なぜサメが”ガンにならない”、”ボケない”のかの研究で、サメの脳内のあるたんぱく質が脳細胞を再生する力がある事が分かった。そのたんぱく質を使った薬が出来るとアルツハイマー病の特効薬となる。その研究を行う海上研究施設で飼育中のサメが逃げ出す事件が起こった。元来、多額の資金をつぎ込んでいるために投資家たちは研究の打ち切りを博士に告げる。投資家を納得させるため投資家リーダーを施設に呼び公開実験をする事になったが、期日が迫っているためサメの発育を早めるため禁断の遺伝子操作を行う。その結果、脳が異常に発達したサメは知能が高くなり、施設内の人を襲うようになった・・・。
さて、サメといえば言わずもがな「ジョーズ」が有名ですが、二番煎じにならずうまくストーリーが組み立てられていました。ちなみに「R指定」の映画です。
この映画も近頃の映画のようにいろんな映画のオマージュがありますが、マニアックなものでもなくストーリーにうまく絡めてありました。
R指定という事もあり、人がサメに食われるシーンは残虐です。

レニー・ハーリン監督は「雑い」作りで有名ですが(オイオイ)、結構うまく作られているようでやっぱり”雑い”でした(笑)
冷静に考えてみると「そりゃおかしいやろ」ってのが多いです。数え上げればきりがありませんが、”フェンスが低くてサメが逃げるならさっさと高くしとけ” ”嵐の中、救助ヘリはどっから来たんや” ”チタンの網や鋼鉄の扉を突き破るサメがなぜオーブンレンジを壊せないのか” などなど 前半だけでも突っ込むところばかり。
最後はそんなことどうでもいいぐらいに、恐くて面白い映画でした。

でも、もうちょっと伏線的な話を活かして欲しかったです。コックが途中で遺言ビデオを撮るんですが、あとからでてこなかったし。どうせなら助かったときに「これは要らないや」と海に捨てて欲しかったなぁ。実験データの入ったディスクが焦げちゃうんだけど、最後にもちょっと出てきて欲しかったなぁ。
そういうのも含めて、結構観客の裏をかくストーリーで”オイオイ”ってゆうのが多かったです。クライマックスなんか特にそうでした。あれほど今まで助けようとしていた人が死んでもめっちゃアッサリ。

サメの描写はうまくできており、満足行く出来でした。しかし、なかなか人が死なないのでやきもきしてしまいましたね(笑)
つっこむところの多い映画ですが、見ていてつまらないこともなくお勧めできる映画です。

「ジョーズ」は自然の脅威であり、”穏やかな海でも危険が潜んでいる”ですが、「ディープ・ブルー」は人為的に作られたサメによる恐怖であり、”あくまでも舞台の中だけでの恐怖”です。似ているようで違うものですね。

もどる

マトリックス (評 ○○○)
観て来ました。「マトリックス」!!
観終わった感想としては、面白くよく出来ていましたが、みんなが言うほどじゃあなかったかな?
でも、私は映画館ではじめて予告を見たとき、「今までのSF映画とは違うな!」「(予告での印象だけど)たぶん世界設定などは難しいだろう。そんな映画ができたというのはすごい事じゃないのか」と思いわくわくしました。

次第に世間で騒がれ始め、私の予想は大体あたっていた事もあり、はやく観たくてしょうがありませんでした。
「難解な設定」などと評価してあるものありましたが、私個人としてはそうは思いませんでした。
というのもこの映画の監督が日本アニメが好きであり、その手法を使っているからで、アニメの好きな私には「どこかで観たような」設定だったりするからです
一般の方にとっては仮想現実をモチーフにしたこの映画の設定は難しいかもしれませんね。
でもこういった話題性の映画を一般の方がたくさん見てくれることで「サイバーパンクSF」が認知され、受け入れる土台が出来ていく(と期待してます)のは大変いいことだと思います。

先ほども言いましたが「(日本のアニメをモチーフにしたので)よくある話」かもしれません。
「実は本当の時代は今より未来」 「地球は人の住めるような状態じゃない(人類は滅亡、もしくはそれに近い」 「コンピューターが支配」 「現実の人間は夢を見せられている」 などなど。

以前にも引き合いに出しましたが、アニメ「メガゾーン23(ツースリー)」もこんなもんですね。
本当の時代は500年未来で、地球は滅んでいて、街は実は宇宙船で、市民はみんな騙されている。海外旅行などは全て夢(この時はまだバーチャルという言葉はなかったですね)という設定でした。
メガゾーン23の設定が独自のものか、なにかを参考にしたものかは私は知りませんが。

さてさて、いろいろ言われているみたいに難解でもなかったし、どっちが本当の世界か分かりにくい、なんてことは私はありませんでした。
もっと、観客にも分からないようなもの例えば「ゲーム」みたいものかと思ってました。

日本のアニメ、特に「攻殻機動隊」が参考にされているようで、至るところのシーンでよく似たシーンがあります。
どこがどうなのかは、ここでは割愛しますが、ほんと「あぁ、似てるなぁ」です(^_^;)
でもここで「パクリだ!」というのではなくオマージュとして思えばいいじゃないでしょうか。
よく言えば「ここまでアニメが世界に認識されているんだ」といえると思います。
アニメ界のいろんなひとが「やられた!!」と悔しがったそうです。それぐらいアニメ的な映画であり、日本がアニメでやってもおかしくないものを、巨大な資本力でCGをつかって映画化した事に悔しい思いをした人が多いそうです。でも、「ちゃんとアニメを参考にした」、といっているんだからいいじゃないですか。

ストーリーにバーチャルリアリティの設定を持ってきたので「なんでもあり」ですがうまく活かされていました。
普通の人の主人公がどうやってヒーローになっていくのか疑問でしたが、「バーチャル」だからよく言えば「なんでもできる」んですね(^_^;)
でも、誰でも出来るのではなく主人公だけが最終的に出来ます(=選ばれた人、救世主だから)
ネタバレになりますが、この「世界がバーチャルなものだからなんでもできる」というのを理解できる(=一切の物理現象は既成概念である。つまり現実と認識しているのを「嘘」と理解する)というのがキーになってきます。
主人公はそれを最後で会得できたからこそ救世主になれたんだ、と。(私はそう理解しました)


さて、超話題のこの映画、はやくも3作目までが決定して、2作目と3作目を同時製作しているそうです。2作目を公開して、それば終わると間髪いれずに3作目を公開して話題が冷めるのを防ぐやり方ですね。バック・トゥ・ザ・フィーチャーがやってましたね。

もどる

オースティン・パワーズ・デラックス (評 ○○)
なにが一体「デラックス」なんでしょうね(笑) (^_^;) こういう邦題は理解に苦しみます(笑) でも原題のままの邦題にしてしまうのは無理でしょうけど(下品な言葉なので)

さて、この映画は好き嫌いがはっきりするんじゃないでしょうか。なんか全体の感じ(ギャグのセンスとか絵的にというか)が「マーズアタック」に似ているように感じました。
マーズアタックが”めちゃおもろい!”っていう人ならこの「オースティン〜」も面白く感じられたでしょう。

それに劇場内で声を出して笑えるタイプの人でなければ面白く感じられないでしょう。声を出して笑えるというのはそれだけ映画の世界にはいれることなので、この映画の場合は「ハハハ!」と笑えないとだめです。つまりあまりのバカバカしさにちょっと冷めた目で見てしまうと全然楽しめません。

冒頭で素っ裸のオースティンがホテル内をうろつくシーンがありますが、ここでこの映画の世界に入って声を出して笑えないと後々ずーっと笑えないんじゃないでしょうか(^_^;)

結構ギャグの連発ですが誰にも受けるギャグじゃないので、見る人を選べますねぇ(苦笑)
肝心のギャグはスラングといわれる「俗語」を使っているので、アメリカ人にも分かりづらいものがあるそうです。訳は意訳になっていますすので、口語や俗語に精通していないと楽しみが少ないですね。
また、いろんな映画のパロディが含まれていますので、そういった知識もあったほうがより楽しめます。

バカバカしいもの、くだらない物、下品なものを本気で楽しめる人ならホントに面白くて楽しい映画です。
冷めて観ている人と、馬鹿笑いして観ている人と劇場内でも分かれてました(^_^;)

もどる

金田一少年の事件簿2 殺戮のディープブルー (評 ○○)
暑さでだらけている金田一で物語は幕開けます。前作と一緒ですね(笑) 多分ねらって作ったんでしょう。

今回は金田一達が事件に巻き込まれ人質にされるというお話。事件の発端をそばで見ている今までとはちょっと立場が違うのでややストーリーの膨らみに乏しかったかなぁ?

犯人の謎解きも簡単でしたね。まぁ、今までの金田一シリーズを周到していると言えばそうなんですが。ちょっとした言葉の端々に「おや?」っと思える部分があるので真犯人はすぐ分かってしまいました。もうちょっと練って欲しかったですねぇ。

新しい試みとして橋や警察署内をCGで描いた部分がありましたが、「うーんもうちょっとだなぁ」という感じでした。もう少し頑張って欲しかったです。CGの背景にセル画のキャラが浮いてしまっていました^^;

真犯人の動機と、「MIKOTO」という女の子の犯人との関係なども分かりづらかったです。

全体的に今一歩って言うところでしょうか(^_^;)  前作の劇場版が良かったために残念ですね。

明智警視の活躍があんまりなかったのもファンの子には残念だったようです。
でも「さぁ、金田一くんが待っています」のセリフには”キャー”って言ってました。(私にはよく分からんけど^_^;)

もどる

劇場版 カードキャプターさくら (評 ○○○)
カードキャプターさくらの初の劇場版。ということで作画も丁寧で良く出来ていました。
いつものカードキャプターの話とは違い、福引で当てた香港旅行で起こる事件のお話。
いやはや、笑いの部分も良く出来ておりおもしろかったです。ケロちゃんのドアップは必見(笑)。
話の核となるのは女魔道士のちょっと悲しいお話。後半のシリアスな部分をカバーするために、前半はケロちゃんがいろいろと笑わせてくれます。
さくらちゃんはこの女魔道士と出会った事で、どう成長していくのでしょうか。
魔道士との戦いのシーンは、音響効果もあいまって迫力ありました。水が龍になって襲ってきたりとTV版とは違い、派手な演出が見物です。
水ではありませんがちょっと「幻魔大戦」っぽいですね(古いなぁ。幻魔大戦は溶岩が龍になって襲ってきましたね)。ビルの屋上から水が溢れるシーンもよく描かれて今した。
香港を舞台に駆け巡る戦いのシーンは、現地での取材の賜物ですね。

同時上映の「CLOVER」は6分間しかなく、多分に実験映画的であり、「??」な内容でした(^_^;)

観に行った日は舞台挨拶があるというので朝早くから劇場に行きました。
浅香監督、丹下桜さん、久川綾さん、そしてCLAMPの4人の先生方と豪華なメンバーでした(^。^)

もどる

エントラップメント (評 ○○○)
マンガ的なテンポ・展開が続く、B級とはいえ、痛快な大人の方も楽しめる泥棒アクション映画でした。
ただし、観終わった後の感想といえば「・・?」となってしましい、キャサリン・ゼタ=ジョーンズだけが印象に残ってしまっている(笑)。
キャサリンは急に実力を着け有名になってきまして、ついにはマイケル=ダグラスと結婚もしてしまったという、ある意味キャサリンが泥棒か?(笑)

ショーン・コネリー扮する世紀の大泥棒マックは、どこかしらルパン三世を髣髴させました。謎の大泥棒の割には本名も、顔写真も、アジトも分かっているのに捕まらない、という設定辺りが何かルパンですね(^_^;) 泥棒のテクニックや騙し合いや場面の展開(どんどん場所が変わる)のもアニメ的と感じました。
中盤の黄金のマスクを盗むシーンは泥棒の定番シーンですが、ハラハラして楽しめました。
そしてクライマックスの最後の大勝負。今までに無い「盗み」だと思います。(ほんとルパン的かな?)コンピュータールームに忍び込んでの盗みのシーンはおもしろかったです。
最後の最後もニヤリとして心地良くエンディングを迎えられました。

しっかし、キャサリンが美人だこと。キャサリンのシーンばっかり思い浮かびますね。ショーンコネリーが霞んじゃいますよ。
世紀の大泥棒のマックはとにかくシブイ。用心深く盗みをするのも、キャサリンに手を出さないのもシブイですね。まぁ、歳が歳だけに無理なのも分かりますが(笑)
キャサリンとはよいコンビでやっていけるんじゃないでしょうか。

この映画は、盗みじゃありませんがミッションシンポッシブルなんかに通じますね。ミッション〜の2は作られているので、3あたりはこの映画のスタッフにやってもらいたいですねぇ。

もどる

少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録 (評 ○○)/アキハバラ電脳組 2010年の夏休み (評 ○○○)
ウテナは見終わって開口一番「なんじゃこりゃ!?」(^_^;) 押井守か?」とも思ってしまいました。
ウテナのほうは、私はTV版も見た事が無く予備知識ゼロでした。しかし、今までの設定を全く無視した別物だったようですね。
はーさっぱり、さっぱり。なんかよく分かりませんでした(^_^;)。
うーん、「運命は与えられるものじゃない」 というか 「(人生の)道は自分の後ろに出来る」ということを表現したかったんだと思いますが、いかんせん元もとのアニメに思い入れが無いために感情移入が出来ませんでした。

原作そのものもよく分からない設定だったそうですが(薔薇の花嫁とか、その人物の体内から剣が出てくるとか)、輪をかけてよく分かりませんでした。
後味は悪くなく、なんか”これでいいのかな?”と思えるけどハッピーエンドなんですねぇ。

初めに「押井守か?」と書きましたが、後半は正にそんな感じでした。「うる星やつら/ビューティフルドリーマー」かはたまた「トゥルーマンショー」か。いろんな映画のエッセンスをごちゃ混ぜにした感じで一気にエンディングへまっしぐら。
しかし、これほど異性・同性の愛を表現したアニメが堂々と劇場で公開できるようになったというのは時代が変わりましたねぇ。同性愛(レズ?)をアニメで表現してもよいというのはホントに時代が変わりましたね。よくこんな映画を作れましたねと讃美したいです。


うってかわって、アキハバラ電脳組はめっちゃハイテンションのギャグの応酬! ウテナでシーンとしていた劇場内が笑いの渦に!
冒頭からとどまるところ知らずのギャグの連発。しかも外れ無し。「人の重さ人形」まで出てくるし(笑)←分かる人には分かる。
シリアスな話があるにはあるんだけど、なんかおまけ的要素で最後でパッパと片付いちゃいます。
馬鹿笑いできるおもしろいアニメ映画でした。

そうそう、つばめちゃんの髪の色が青に変わって、ますますルリルリに(爆) TVのときはあまりにも似ているので赤(ピンク)に変えてたそうだけど、やっともとに戻りました(笑)

もどる

パラサイト (評 ○○)
スクリームやラストサマーの脚本家ケビン・ウィリアムソンの新作恐怖映画です。今までの持ち味を生かしつつ新分野の恐怖映画である、学園SFスリラーです。

全体の感想ですが、ちょっとオーソドックスかな?でした。悪いところはありませんでしたが、今までと違う恐怖感でもないし、意外な展開もありませんでした。l
まあ、これも過去の映画のオマージュであるためだと思います。オリジナルでこの出来ですと「?」ですが、スクリームなどであったように過去の(SF)映画や小説についての話が出てきます。これはこれらの作品に敬意を表しているからです。また映画の所々にも他の映画のオマージュがちりばめられています。とくに「遊星からの物体X」を思わせるシーンは多いですね。
そういった点で見ると過去のSFスリラーを周到しつつ話を展開させているので面白みが出てきます。

のっけから学校内で殺人が行われるのですが、このへんの演出はスクリームなんかに似てますね。ニヤッとできました。
ちょっと「?」なのがエイリアン(パラサイト)を倒す方法ですかねぇ。そんなもので倒せるの?です。それにボスを倒せば他のも全部死んで人は助かる、ってのもねぇ。
まぁ、後味は悪くなかったのでとっても良かったです。最後の最後にいやーな感じがするのはすっきりしませんから。

邦題は分かりやすく「パラサイト」ですが、原題は「THE FACULTY」です。どういう意味かな?「機能・能力」というのが一般的かなと思うのですが、「(大学の)全教職員」という意味もあるみたいですね(新英和中辞典より)。たしかに学校の教師がみんな寄生されていってますからね。
まあ日本ではパラサイトという言葉が浸透してますのでうったえやすいとは思えますが、なんか安直ですねぇ(^_^;)

あれほどの脚本家と監督が手を組んで、折角ここまでいろいろなことが出来るのですから、もっと飛躍して今までに無い新たな恐怖を生み出して欲しかったですね。

もどる

スターウォーズ・エピソード1 ファントム・メナス (評 ○○○)
待ちに待ったスターウォーズの新作「エピソード1」 前3部作が終わってから、「今度作られるのはオビ=ワンが若い頃の話になるそうだ」とか「CGが使われるそうだ」といろんな噂が広まっていました。
おりしもCGというものが映画に使われるのが分かり始めた頃であの「トロン」のCGに胸躍らせた時代でした。(今から見ればゲーム機のムービーより劣りますが)

映画の感想ですが、”いよいよ待ちに待った新作”とわくわくしながらのオープニング、あの音楽でのスタートです。するといつものようにあらすじの字が飛んでいきます。しかも結構な文の量です。エピソード1が全ての始まりだと思っていたので、あらすじがあったのは意外でした。
でも後で考えてみればそれほど物語りの下地がしっかりしているということなんですね。膨大なバックストーリー(またはアナザーストーリー)があるみたいです。
パンフをみれば結構細かいことまで書かれていましたし。

前作でのルーク達の物語だけが宇宙での出来事の全てでなく、脈々とある宇宙での歴史の一部分にしか過ぎなかったんだと思いました。ですから、エピソード1もそのように宇宙のある一部分での出来事に過ぎないような気がします。

さて、ストーリーですが今回はざっと登場人物の紹介が主なためこれといって予想を越えたストーリーではありませんでした。本当のスターウォーズの話に展開していくのはエピソード2からですね。ですから、はじめはホントに淡々と話が流れていきます。

ポッドレースの話が終わるまではちょっと退屈でした。
「宇宙船が故障→近くの星に行く→中古パーツを探す→アナキンと出会う→パーツ代がない→アナキンはレースに出たい→アナキンを出場させる→優勝してパーツを買う」なんてホント一本調子で足かせだらけのRPGみたいでちょっと嫌でしたね。
ここらへんのとき、本当に話に決着がつくんかいな?と心配になりました。
後半はあらゆる事が同時進行していきハイテンションに話が進み一気にエンディングに向かっていきます。このへんは楽しかったです。

見終わった直後の感想、それは「スターウォーズって実は悲しい物語なんだな」でした。別にエピソード1が悲しいわけではありません。しかし、アナキンはこの後暗黒面に引かれてダースベーダーとなり、師匠であるオビ=ワンを殺し、そして実の息子との対決。師弟、親子の骨肉の争いになっていきます。
アナキンが言っていた「奴隷を開放するんだ」という「夢」。純真なアナキン少年の瞳を見ていると、涙が出てきそうになりました。「夢」は最終的には自分で皇帝を殺すことによって成し遂げられます・・。
そういえば副題の「ファントム・メナス」ですが、はじめはダース・モールなどのダーク・シディアス(フォースの暗黒面の者達)かなと思ったのですが、映画を見ているともしかしてパルパティーン議長のことでは・・?と思えてきました。
今後、彼は皇帝にまでなっていきます。そしてアナキンを暗黒面へと引き込んでいきます。あれほど元老院のみんなに支持され、「全ての汚職をなくす」と言っていた人が元老院を解散させ、帝国を興して恐怖による統制を行っていきます。

いろいろと書きたいことは山ほどあるのですが、長くなるのでやめますが、エッセンスはギュッと詰め込んでありました。R2-D2やC-3POやジャバザハットなど。なるほど、こうやってエピソード4以降に繋がるのかとうなずけられました。

ちょっとCGを多用し過ぎかな。食傷気味になりますね。取りたてて新技術を使っているわけでもなさそうだし、集大成って感じでした。
意見の分かれるCGキャラ、ジャージャー・ビンクスですが、あれはいわゆる「うっかり八兵衛」と思ったら嫌味も薄れると思います。むかつくけどそんなに気にならないうっかり八兵衛的な存在だと思います。
また、ジャージャー達グンカン人の河の底の秘密村はどことなくナウシカの原作に出てくる腐海に住む人(名前忘れました)の家に共通するところがありました。
ダースモールやアミダラ王女の風貌といい日本の文化にだいぶ影響されたみたいですね。

なんにせよ、予想していたよりは面白かったです。エピソード2が待ち遠しいですね。(まだ気が早いかな)

そうそう、ヨーダがアナキンの将来について危惧するシーンでは音楽がダースベーダーの曲に変わります。将来を暗示させるいい演出でした。

もどる

ホーホケキョ となりの山田くん (評 ○○○○)
まったくのいい意味で裏切られました。こんなに面白いなんて!
朝一番の回に行ったんですが、親子連れが多かったです。しょっぱなから笑いの連続で、親子そろってゲラゲラと笑いっぱなしでした。正直、こんなに面白いものとは思ってもいませんでした。
4コマ漫画が元なため、ショートギャグの連続です。しかし、単なるギャグの連続だけに終わらないのがジブリ作品だと思いました。

オープニングで山田家の結婚式の様子があり、スピーチが流れるのですが、これはホントによく出来ていました。結婚している人、これから結婚する人みんなに聞いてもらいたいスピーチでした。

単なる「動く水彩画」だとか「お金をかけてまでする映像か」という悪評がなかにはあるようですが、そういった言葉を口にする人はこの映画の本質を見ていないと思います。
コンピュータを使い巨費を投じたのは「手段」に過ぎないと私は思います。
たしかに一見何の変哲も無い水彩画ですが、コンピュータを使わなければ絶対無理だろうシーンがちりばめられていますが、それが全てではありませんでした。

単なるギャグの連続でなく、その中にちりばめられたこの映画を見ている大人達へのメッセージがしっかりと息づいています。サラリーマンの悩み、家族の悩み、病気の悩み、大人の哀愁などなど、ギャグのオブラートで包まれていましたが、現実の家族が抱えているだろうエッセンスが詰め込まれていました。最後に歌とナレーションがあって締めくくられますが、これも全国民への強いメッセージだと思います。

さすがと思ったのが、登場人物たちのしぐさが非常に丁寧に細かく描写されていたことです。一見いいかげんそうな画風ですがきっちりと描き込まれていました。
真剣にギャグを考えて作ったらここまで出来る、という将来のお手本になるんじゃないでしょうか。
コンピュータを使った今回の作画も将来のためになると思います。

もどる

交渉人 (評 ○○○)
ノンストップ頭脳戦、とでもいうべきかな?
あまり知られていない、犯人をなだめる”交渉人”という仕事をする人が主人公です。

この映画は中だるみが無く、ホントにノンストップでした。観終わった後、「あぁ、やっと終わった」という感じでした(もちろんいい意味ですよ)。
犯人を怒らさせる事無く、事件を解決に向かわせる根気の要る「交渉」という役割。いかに口が回るかが大切ですね。こんな仕事の人と口喧嘩になったら、まず言い負かされてしまいますね(^_^;)

「交渉人」としてトップレベルの主人公が、とある事件の犯人に仕立て上げられてしまう。すると、今まで仲良かった仲間が手を返したようにそっぽを向く。ほんと、実際によくある事でしょう。
主人公が自分の無罪を主張するために、他の地域の交渉人を呼び寄せてこう言います。「仲間が信用できない以上、信じられるのは他人であるお前だけだ」。まさに、他人だから信用できる。今の世の中、いつこうなってもおかしくないのでは無いでしょうか?

さて、お互いきちんとした「交渉人」どうしですから、ある意味正攻法による頭脳プレーでした。
これが”お互いに殺人犯かどうかわからない状況での心理戦”、なんかだったらもっとすごいウソと誠の入り混じった「のるか、そるか」の頭脳戦で、観ている方も巻きこまれてのすごい話になったんじゃないでしょうか。
でも、そんな話になってしまうと実際の交渉人の遣り方とは違いますから、できれば続編などでやってもらいたいものですねぇ。

映画の中で描かれていましたが、誇張だとは思いたいんですが、アメリカの警官って銃社会だからかもしれませんが、すぐに相手を撃って解決しようとしてたのは、観ていてイヤでした
自分の言いたい事を主張したいがために人質を取ったりして立てこもっている人物を、撃ってひるんだ隙に捕まえたり、まして撃ち殺してしまったんでは、その人が何を言いたかったのか、言っていることがホントに正しいのかも分からずに、「解決」してしまいますね。なんか、アメリカの遣り方ってヤですね(ーー;)

しっかし映画に出てきたやつらって血の気の多いってのか、なんちゅうか・・・。
命令を無視してでも撃ち殺そうとするやつらばっかり。事件の真相がばれてしまう前に主人公を殺してしまえ、っていう思惑もあるとは思いますが、でもアメリカ人ってああなの?って思ってしまいました。

肝心の事件の真相の解明は、ちょっと急ぎすぎたかなぁって感じでした。
あれだけだれが真犯人かわからんかったのに、スルって分かっちゃったのは「アレレ?」って思いました。
でも最後の真犯人をひっかける「交渉」のやり取りは良かったです。
どうやって事件が解決するのか、主人公がもうひとりの交渉人を説得して自分は無実だと認めさせるのか、観ていて後半不安になったんですが、話としてはうまい遣り方でした。

もどる

ハムナプトラ/失われた砂漠の都 (評 ○○○)
1932年作品「ミイラ再生」のリメイク版です。リメイクに当たって、昔のホラー映画の良さを残して作っていました。
オープニングはILMの圧倒的な技術力で古代エジプトの町並みが描かれます。巨大なピラミッドや像が建ち並び、人々は行き交い、日は暮れていく。
長々とは描写されませんが、まるでロケをしてきたかのような映像でした。言い換えてみれば、スターウォーズのリメイク版でCGで町並みが書き加えられましたが、あの感じですね。

CG技術は凄まじいのですが、クライマックスでのミイラとの戦いは滑稽さがあります。
これは、なにもヘタクソじゃなくて(^_^;)、昔の映画に良くあった骸骨軍団のようなもののオマージュであり、意図的にしています。だからちっとも恐くない(笑)
ということもあり、全然恐くない映画であり冒険活劇かな? 時代を現代ではなく、1923年という時代設定にしています。
(現代にしてしまうとそれこそインディージョーンズみたいになってしまうし、現代ならそれ相当のヒーローでなければいけなくなるので、無理が来ない設定だと思います)

さて、オープニングでの古代エジプトでの話が終わると一転して3000年後の1920年代になります。そこでは砂漠で壮絶な騎馬戦が繰り広げられています。
このシーンはよかったです。CGをつかったこのようなシーンはよく見ましたが、実写でやっていたのは良かったです。「ムーラン」での騎馬戦も感動しましたが、登場人数では勝らないものの、実写での騎馬戦は迫力あって良かったです。「アラビアのロレンス」風かな。

全体的にのんびりしたテンポであり、ストーリー性はあまりありませんでした。出てくる人間もみんなのんびりしていたし。
大体、ミイラを誤って復活させてしまった女学者が全然悪気が無いって言うのもなんだかなぁ(^_^;)
ミイラ復活による”10の呪い”とか言ってたわりには、よくわからんかった。虫の大群やら火の玉が振って来たり、伝染病とかでしたが、数あってたのかな?

ミイラの作り方や保存などきちんと描かれていていました。エジプトブームがまた起きたらいいなぁ。
全体として、悪い点は(ドラマ性が無い点を抜けば)良くできており、明るい感じの冒険活劇で楽しく気楽に観られました。

最後の神官ミイラを倒すシーンがイマイチだったかな?でも、”ああそうきたか”ってな倒し方でした。私はまた、死者の本に対する黄金の本で、主人公が魔術を使うか、ピラミッドのパワーとかを使うのかなと思いましたが、”なるほどね”って思いました。

この映画、原題は「THE MUMMY」であり、そのものずばり「ミイラ」(笑)。まだ、邦題の方が良かったですが、しかしインディージョーンズぽいロゴだし、副題もそれっぽいし。そんなにしなくてもいいんじゃないのかな?
監督は元々は、「ゾンビ」で有名なジョージ・A・ロメロ監督だったらしいですが、経緯は分かりませんが、スティーブン・ソマーズ監督に代わりました。
ソマーズ監督はつい最近、「ザ・グリード」というバカバカ恐怖映画作ってましたね(^_^;)

もどる

ソルジャー (評 ○○○)
はじめに断っておきますが、これは”B級バカ映画”です。ここで言うバカというのは、バカバカしくおもしろいという意味です。

さて、話が古臭いというのが気になりましたが、仕方ないのかな?
映画化されたのが原作が書かれてからかなり年月が経ってますから。脚本家のデイビッド・ウェブ・ピープルズがこの原作を書いたのが、「ブレードランナー」と「許されざる者」との間というのでかなり昔ですね。
ということで映画の内容的にもちょうどその間ぐらいになってます。つまり、近未来+西部という具合ですね。

話が古臭いというのは、「スターシップ・トゥルーパーズ」でもそうでした(これも原作は古いですので)が、強靭な兵士を作って武器は手で持つ重火器のみ、という点が「?」でしたね。それだけの未来ならもっとすごい武器が出来ているので兵士なんか要らないんじゃないのかなぁ。ターミネーターみたいな完璧ロボット兵士ぐらいになるんじゃないかなぁ。(当時ではそんな考えが社会的にもなかったのかもしれません。今でこそ当たり前となっている近未来世界もブレードランナーが元になっていることだし)

物語の導入部分はテンポよく良かったです。赤ん坊の頃から徹底的に感情を排除された軍隊教育を受けた子供の成長過程は小気味良かったですが、いきなり40歳まで飛ぶことないだろ(^_^;)。おもわずツッコミを入れたくなるほどのはしょぎかたでした。
遺伝子操作で作られた新しいソルジャーとのテストに敗れた主人公は廃棄処分のための惑星に捨てられますが、そこで知り合った人達との交流にうまく行かず集落を追い出された時にはじめて涙するという演出は古臭いですが、ホロリとしてしまいました。
途中、平和な街の中での自分の居所が掴めず、無心にそして無理にトレーニングしている主人公の姿にちょっとジーンとしてしまいました。

惑星に着いた直後に砂嵐が来ますが、はじめは単に「CGが見せ付けたかったのか?」と思いましたが、人を(多分)初めて助けるシーンや、敵をやっつけるシーンでも砂嵐が出てきたのでちょっとホッとしました(笑) 単なるCG技術の自慢に走らなくて良かった良かった。

中盤以降はちょっとだらけてしまったかな?
人間性を取り戻していくというのもややインパクトが足りなかったかな。子供との交流を交えた方が良かったかもしれませんが、そうするとターミネーターのシュワちゃんと同じになってしまうしねぇ。

主人公以外のソルジャーまでも軍を裏切ったのは、主人公が他のソルジャーより階級が上だったからでしょうか(主人公に敬礼してたしねぇ)。

なんにせよ、「ソルジャー」は”最高のバカ映画”として楽しめました。べたべたな展開で全然観客を裏切らないのはB級らしさが出ています(^^ゞ

#最後に街の人たちを生まれ故郷の星に送っていきますが、故郷に着いたところでうまくやっていけるのかがちょっと心配になりましたねぇ(^_^;)

もどる

ペイバック (評 ○○○)
宮崎駿の「紅の豚」の”かっこいいいとは、こういうことさ”というキャッチコピーをおもわず思い出してしまいました。
この映画でメル・ギブソン演じる主人公はまさにそういう男でした。一匹狼だが、完璧に強い男でもない。久しぶりにそんな男を見ました。

映画自体は観ていて不思議な感覚でした。一言で言えば「おもしろい」ですが、みょうなテイストがある「面白み」でした。
パンフにも書かれていましたが、あえて時代設定が無いのです。そして、どこの街が舞台かも分かりません。でも現実的でした。
撮影監督さんは時代が分かるものを極力削ぎ落としています。町並みの描写から、衣服や車まで。
いつの時代でもどこの場所かもわからないけれど、それが受け入れられる。とてもおもしろかったです(うまく表現できませんが)
だからこそ、メル・ギブソンの役が新鮮味があり現実味があったのでしょう。
また、メル・ギブソンを取り巻く連中が妙にクセのある人たちばかりで、非常に良かったです。適役な人たちでした。

メル・ギブソン演じる主人公ポーターは今までのヒーロー的な男のように無敵な男ではありません。
妻と相棒の三人で泥棒(強盗)をやっていたが、彼らに裏切られてから復讐に燃えます。盗られた7万ドルを執拗に追いかけます。
そして、きちっと仕事(?)をやっていきます。多分、以前の泥棒のときもそういった仕事振りだったのでしょう。コソコソと卑怯な手を使うので無く、目的に向かって自分流できちっとこなす。そんな仕事振りの片鱗を復讐を進めていく中で垣間見る事が出来ました。

ただうまく描かれておらず残念だったのが、妻に対しての想いが無かった事でした。妻は麻薬で死んでしまいますが、ポーターはあっさりしていました。(自分を捨てた元妻に対してはそれほど未練が無かったのでしょうか)
逆に話に関わってくる娼婦への想いがそれほど感じられなかったのも「?」でした。なぜそんなにその娼婦を想うのかな?という感じでした。

そうそう、この映画、監督は「L.A.コンフィデンシャル」のヘルゲランドですが、メル・ギブソンは彼をこの映画の制作途中でクビにしたそうで(^_^;)
後半からはメル・ギブソン自らが製作の指揮をとったそうです。うぅーん(^_^;)

もどる

天地無用! in LOVE2 遥かなる想い (評 ○○○)
OVAで始まったアニメ「天地無用!」の劇場版第3弾。これで完結編ということらしいですね。(後から知った(笑))
今回は「切ないラブストーリー」でした。ちょっとホロリとする所がありました。

物語の主人公の祖父がその昔の若い頃、ひとりの女性と永遠の愛を誓い合う。しかし彼女の「死」でそれは断ち切られる。でもその彼女の「想い」は現代になっても残っていて、パラレルワールドを作り、そこに愛した祖父の孫(主人公)を引き込んでしまう。SF的要素を加えた「叶うはずのない悲しい恋の物語」です。

悲しいお話でした。主人公の祖父が彼女との思い出のために植えた木を刀で切り裂くシーンがありましたが、思いを断ち切るというのはつらいでしょう。でも彼女の事は今を生きる上で断ち切らないといけない時が来るのです。

死んだ人のことを想ってその人の遺品などを大事にしすぎていると、かえってその「念」がその人を成仏させなくなってしまう、ということがあります。
死んだ人の事でいつまでもグジグジ泣いていてはいけない。つらいけど事実は事実としてはっきりしなければいけない時が来るのです。
映画を観ながらそんな事を考えてしまいました。


この映画でも主人公はそのことを学んで大人になったんじゃないでしょうか。

ちょっとHな描写があるためか今回は単館系ロードショーということで、大阪では小さな映画館ひとつでしか上映されていません。地方の人がかわいそうですね。

この主人公(天地)は今まで優柔不断みたいな男でしたが、これで一人の女性を選ぶんでしょうか?
今回の映画では主人公の活躍もなく、今までの天地無用のSFらしさもなく、趣が変わっていて面白かったです。現代の描写とパラレルワールドの世界の描写が絵のタッチが違っていたのもよく出来ていました。

ま、でも天地無用のファン以外は多分観ないでしょうね(^_^;) なにぶん上映館も少ないし。

もどる

8mm (評 ○○○)
今回のニコラス・ケイジは「藤田まこと」か!?  そんな印象を受けました(^^ゞ

映画の内容としては非常にある意味冒険的でありました。
今のハリウッドに代表される華やかな映画産業が「光」であるとすれば、一般の人は触れない「影」の映画産業が存在します。アングラ(アンダーグラウンド)と呼ばれるそういった映画たちは、ポルノが代表的です。映画産業が発展してきた陰には、ポルノなどがあったのです。
今30才代以上の人達なら、若い頃ブルーフィルムといわれていたポルノ物を見たこともあるでしょう。
あまり好ましい事ではありませんがやはりそういった歴史は事実なことです。
他の分野では、例えばこれほどまでにパソコン(Winマシン)が流行ったのも、やはり(合法ですが)HなCD−ROMがたくさんあったからです。
またビデオではVHSが主権を取ったのも、Hなビデオがたくさんあったからです。(これは非合法なものが今も存在しますが)

今の映画業界の人なら言いたくないことでしょうが、この映画は真っ向からこのことに立ち向かっています。
ポルノが強調されていて快く思わない人もいるでしょうが、やはりそういったアングラな部分が存在するということに目を背けてはいけないのだと思います。

ストーリーとしては「ミイラ取りがミイラになる」的な展開です。アングラな映画(ビデオ)が存在するのを知って調査することでその世界に段々と引き込まれていく。ありふれた展開ですが、扱っている内容が内容だけに映画を作るほうとしても難しかったんじゃないでしょうか。

アングラなフィルムの調査が目的であったはずが、最後には目的がすりかわっていきます。
そのところの描写がちょっと甘いのでは?と感じました。
ニコラス・ケイジは人間の内面の心情を表現するのがうまい役者だと私は思います。今までの彼の出演作ではどれもよく演技していました。しかし、そのニコラス・ケイジをもってしてでも今回の主人公の心情は表現が難しかったんだと思います。
主人公の目的がすりかわるにはストーリーの流れではちょっとインパクトが薄かったと思いましたが、もしかしたらこれぐらがギリギリのラインだったのかな?とも思いました。
もっとアングラな世界を描く事も出来たはずです。もっと主人公がその世界にはまっていき、そして怒りを感じさせる事も出来たはずです。ですが、そこまでは映画人としては描かれなかったのかな?自分で自分の首をしめることになってしまうのでは?と勘ぐってしまいました。
つまり今の映画産業は「光」と「影」が表裏一体です。そのことを強く描くということは出来なかったのでは??

私としては「よくここまでできたな」と感心しました。

余談ですが、題名の書き方が原題は「8MM」としっかりした字なのに、日本ではホラー的な自体で「8mm」となっていたのは、やはり脚本が「セブン」のアンドリュー・ケビン・ウォーカーだからでしょうか?
いいかげん、日本の映画産業もセブンから脱却しないといけませんなぁ。
そうそう、監督の日本語表記もコロコロとよくかわりますね。前はジョエル・シュマッカーだったのに、ジョエル・シューマーカーに変わっていました。シュマッハーと書かれていたのもありますし、統一して欲しいですね。

もどる

エネミー・オブ・アメリカ (評 ○○○)
ちょっと映画のタイトルはおかしいんじゃないのかなぁ。
単に主人公がアメリカ国家の敵になって追われるという印象のタイトルだっただけに、映画を観終わった後では「男が国家の敵になったんじゃなく、国家が男(=国民)の敵になる」という映画だったんだなぁと思いました
#逆説的な表現なのでしょうか?(こんな事考えたのは私だけ??)

さてストーリーですが、主人公の仕事・人柄を説明する導入部分のお話がうまくストーリーに絡んでいったのに感心しました。
単なる説明的な本筋に関係ない部分でなく、クライマックスで「そうきたか!」っと頷ける展開でした(^。^)

話はどんどん大きくなって大風呂敷になっていきます。しかしそれを「こう片付けたか!」と感心しました。ややもすれば、結局は国家の陰謀(というか現状)から逃げれないという結末や、これから立ち向かっていくぞという結末になりがちな、この種の話を綺麗にまとめていたと思います。
話の中でも今後この問題が出てくるぞ、という表現だったのはいい方法だと思いました。
まあ、最後の最後はちょっと後味が悪いですが。

難を挙げると、ちょっと人物面の描写が足らなかったかな?盗聴などに前知識のある人にはちょっと映画の中で出てくる技術はよく使われている方法であり、新鮮味がないといえばないものです。情報に固められた日常で「自分の」情報がなくなったときの「自分が自分である」ことの証明の難しさにもっと登場人物が悩んで欲しかったです。今の世の中、「自分」が「自分」であることを証明する方法は…? 社会的に個人を抹殺(抹消)されてしまったら…。クレジットカードが使えなくなるという話が出てきますが、そんなに真剣に考えていないようでしたし…。

この映画の中に出てくる盗聴・追跡などの技術はなにも絵空事ではなく、事実であり、しかも「もう数年前の技術である」ということが重要なのです。

細かい事言うと誇張している部分もあります。軌道衛星は自由に動けないなど。
主人公を追いかけるスパイ衛星だけがクローズアップされていましたが、もっとたくさんの数を映して欲しかったですね。
「これほどの数の(一般人の知らない)衛星が、地上を見下ろしているんだ」という恐怖感を演出して欲しかったです。
そういった点でも、一つの衛星を動かして監視する演出よりも、様々な衛星を連携して個人を追いかけるといった方が良かったのでは?
#それにしてもスパイ衛星なのにカメラが無いようでしたが。(私の想像ですが、かなりの高精度な望遠カメラのようなものがついているはずでは?)

ちょっと残念なのは、「個人情報の洩れ」「盗聴」という危険性を観客に警鐘するという形ではありましたが(私がそう思っているだけかな?)、結局は主人公を追いかけるためにそれらの国家の技術が使われているだけのような印象が強かったです。
つまり、見ている観客は「映画の中のお話」と受け取ってしまうきらいがありました。


今の世の中、実際問題として「電話番号1つ」だけで、本人・両親の住所氏名はのみならず、どんな経歴か、どんなものを購入しているか、今までの彼氏彼女は誰かなどいとも簡単にわかってしまいます。レンタルビデオで借りたタイトルまでも分かってしまいます。ちょっとアンケートや懸賞などに住所氏名を書いただけで、それは「どこの誰がどんなものが欲しいのか等の個人情報」として活用されています。もっといえば、(パンフでも書かれていましたが)自動車のナンバーを読み取るNシステムのように個人の監視が可能になりうる国家システムとして非常に問題を抱えたものまで事実日本にも存在します。このように一般人は安全だと思っている(思わされている)普段何気ないことが実は個人の監視に利用できるという危険性を訴える演出がなかったのが、とっても残念でなりませんでした

※全くの余談ですが、途中、主人公が旧友から何を受け取ったかを調査するシーンがありますが、映画ではロスト・イン・スペースで初めて使われた「タイムスライス」という技術を使っています。静止した映像の中をカメラ視点があたかも3DゲームやCADソフトのように動き回るものです。ほんのちょっとしか出てきませんが、今後この技術は増えてくるんじゃないでしょうか。

もどる

隣人は静かに笑う (評 ○○○○)
おっと、勢い余って○4つだ!(^^ゞ つまりそれぐらい良かった映画です。○4つは私は本気です。

ちょっと宣伝も余りされていなくてマイナー的な映画ですが、すばらしい映画でした。正直私自身、映画館での宣伝で知ったぐらいですが、宣伝を見た瞬間に”これは観なくちゃ”と思っちゃいました(^^ゞ

えー、よくこの映画の宣伝で「セブン」が引き合いにされるのですが、あれとはまた違った「恐さ、不気味さ」のある映画でした。余談ですが、何故「セブン」が引き合いにされるかといえば、ただ単に「セブン」のオープニングタイトルを作ったカイル・クーパーが参加しているだけです。(単なる映画会社の宣伝戦略ですな

 マイナー系なので、ちょっとストーリー紹介を。
大学教授のマイケルは、ある日、道の真ん中で血だらけになった少年を病院に運ぶ。彼は隣に越してきたラング一家の息子だった。それが縁で、設計技師をしているラング家のオリバーと温かい友情が芽生える。ところが、ある郵便をきっかけにマイケルはオリバーに疑惑を抱くようになり、やがて彼の意外な秘密にたどりつく…
という感じです。

簡単に言えば、「隣の家の人すら知らない」日常の恐怖です。マンション住まいでなくても、お隣さんを知らないというのは、「当たり前」になってきています。「郵便受けに名前を書かない」というのも「当たり前」になってきていますね。そんな現状に警鐘を鳴らすような映画でした。

さて、衝撃のラストはまさに度肝を抜かれました。賛否をかもし出す結末ですね。

しかも、最後の最後の女の人のセリフはホントある意味恐かったです。(ネタバレになるので書けませんが)
すごく反語的な表現(??)といいましょうか(^_^;)

あんまり書くと観たときの面白みがなくなるので書けませんが、ほんとに今の人間は何にでも人身御供(ヒトミゴクウ)を欲しているのではないでしょうか。「犯人がつかまって、あぁ良かった良かった」で満足(安心)してしまうのでは? 「何故そんな事件が起きたか」は二の次では?
学校で不良が暴れたら「自宅謹慎」(または「退学」)にしたら「解決」と思ってしまうのが現実ではないでしょうか?


ラストは衝撃的でしたが、そのラストに至るまでがほんとは衝撃的なのです。
そしてその衝撃は、私たちが生活している間ズーっと続くのです。


後味が悪いといえば悪い映画ですが、これは問題提起しているいい映画だと思います。
こういった、観客に問題提起する映画で良かったのは「トゥルーマン・ショー」がありますね!
「見えている」ものが本当に「真実」か? どっちにも当てはまるテーマだと思います。 

前半はちょっとたよりなかったと思う人が多いかもしれませんが、そういった人は私に言わせれば「映画の楽しみを知らないつまらない人」ですね。主人公の片鱗を追っていき、徐々に主人公の素性(過去)もわかっていき、そして隣人(お向かいさんなんですがね)の核心に迫っていくストーリーの流れはうまく出来ていたと思います。
それを、「淡々としていてつまらん」などと評価する人が劇場に多かったのは残念でした。「あんたらはパッパッと話がすすまんと意味がワカランのか!」と心の中で叫んでしまいました(^_^;)
ほんとに監督の意図するところを汲み取って映画を楽しめないのかねぇ。

あ、そうそうこの映画の音楽は良く出来ていましたよ。中盤の車の追跡シーンなどの音楽は非常に心理的にうまく出来ていました。それもそのはず、「ツイン・ピークス」を担当した作曲家でした。

もどる

シン・レッド・ライン (評 △△△)
いやはや、「疲れた〜」というのが観終わった直後の感想でした。2時間51分、まだ終わらないの?と観ながら思ってしまいました。

うわさ・前評判に違わず、デキはいい映画でした。えぇ(^_^;) ○3つにするべきでしょうが、あえて△3つにしました。評価に苦しんだからです。
「すばらしい戦争映画だ」と言われています。その観点から見ると、たしかにすばらしかったです。戦争の状況を誰の視点でも無くありのままに伝える、という点ではの話です。
そう、この映画に「つくられた」ストーリーはありませんでした。あえて言うなら、ただ戦争の最前線での人間模様などを観客は「ただ眺めているだけ」なのです。
『神の視点』とでもいいましょうか。そしてすごく『詩的』な映画です。

「プライベートライアン」はあまりにも「アメリカ万歳」的であり私は辟易しました。アメリカであの映画が公開されるやいなや、アメリカの退役軍人たちのトーク番組が盛んに出来たと言われています。それほどまでにアメリカ寄りの映画でした。
それに比べると、淡々と流れる「シン・レッド・ライン」は良く出来ています。でもそれだけでした。この映画を作った人には感謝します。多分、いや必ず、この映画は歴史に残るでしょう。ある意味、良くやったなぁ、と思いました。

・・・ですが、わたしは大変退屈に感じてしまいました(残念)。

この映画は「戦争」を描きました。戦争「映画」ではなく、「戦争」を描いたのです。だからストーリーは無い(に等しい)のです。
これに当てはまる映画は?と、ふと、思ったんですが、黒沢監督の「夢」や、江戸川乱歩を描いた「RAMPO」に似ているのかな??
「夢」は一人の少年の「夢」を描いていました。”夢の話”ではなく、「夢」でした。ちょっと表現しにくいですが、そんな映画でした。
そして、「RAMPO」は”江戸川乱歩の書いたお話”ではなく、「江戸川乱歩そのもの」を描いたものでした。どっちも「ストーリは無きにしもあらず」という映画でした。でも私はこの2映画が、「よくこんな映画を作ったなぁ」と感心しましたし、好きでした。どっちもほんとに意欲的・革新的な映画だと私は思っています。
「シン・レッド・ライン」もこの分類に入るんじゃないでしょうか?

繰り返し言います。「戦争」を描いた映画です。「戦争とは何か?」「戦争の愚かさ」「誰のための戦争か」という哲学的な領域まで到達しようと試みた映画です。戦争映画を作る上でもっとも立ちはだかる問題に立ち向かった作品といえるでしょう。完璧な方法では無いかもしれませんが。
私が「プライベート・ライアン」でして欲しかった表現をこの映画はしてくれたと思います。
実際に、この映画を見て自分で判断してください。「戦争」というものへの問いかけが感じられたか。感じられなかったら「駄作、つまらない映画」と感じる事でしょう

長々と書きました。この映画の表現しようとした事、それが感じられるかは観たひと次第です。

もどる

ガメラ3 邪神<イリス>覚醒 (評 ○○○)
ガメラ三部作の最後、ですが、「終わってやないやんけ!」でしたね。
樋口監督が庵野秀明と友達という事もあり一部で、エンディングがエヴァの最後と似ていると言われてました。
”魂のルフランが聞こえてきそう”といわれていたのも頷けました。

色んな所で、人物が多すぎて消化しきれていない、イリスの存在意義が薄い、綾奈(前田愛)のガメラへの憎しみが薄い、など言われていますが、その通りでしたね(^_^;)

でも私としましてはプラスの目で見ますが、前2作の科学的観点による考察が入った事が良かったです。特に「マナ」という地球のエネルギーの存在などを絡めていたのは興味深かったです。(こじつけといえばこじつけなんですが)
ギャオスとガメラの存在意義、そして2作目でのガメラの技の説明など理由付けは良かったのですがそのために人物を多く絡めすぎたのでは?と、ちょっと残念でした。
イリスはギャオスの進化形ということですが、ちょっとインパクト弱かったかな?イリス(=柳星張)の存在(祠で封じてある等)がご都合主義でした。
”ガメラは地球の生態系を守るためのもの”であるため、渋谷で所構わず火炎を吹くガメラという描写は、今までの怪獣映画には無い演出で面白かったです。欲を言えばもっと悲惨さやガメラに対する敵対心を抱く人たちを描いて欲しかったです。
綾奈一人の憎しみでイリスを動かすのはちょっと無理があったのでは? 2作目では自衛隊が協力してレギオンを戦ったのに、今回渋谷でガメラが暴れた事により、政府としてもガメラを敵対心して攻撃する、しかしガメラは使命のためギャオス(イリス)と戦う、でも人々はガメラを応援しない・・・と絡めていったらストーリーに厚みが出たのではないでしょうか?

1作目空中技、2作目で飛び技、そして3作目で取っ組み合い、と同じガメラを違う角度で描いてきましたが、もっと今回でも暴れて欲しかったです。ガメラの見せ場がもっと欲しかったし、最後の対決でももっと派手にして欲しかったです。なんか結局、京都駅の中でしか暴れていなかったような印象でした。せっかく作りこんだ京都の町並みを活用し尽くして欲しかったです。

辛口の意見になってしまいましたが「ガメラが好きだから」という結論になってしまいますね(^_^;)

もどる

スネーク・アイズ (評 ○○○)
ブライアン・デ・パルマ(監督)の手腕発揮の映画です。
ストーリー云々の前にこの
映像美そして話の組み立て方を評価しましょう!
「犯人が当たり前過ぎてオモシロ無いわ」という人は、この映画の本質を見ていません。
#本当にこのごろ、こういった上辺しか見ない・感じない人が多く、心が傷みます。

まずなんといっても凄いのがオープニングからの事件が起こるまでの長回し撮影!!
手持ちカメラでニコラス・ケイジを追いかけてどんどん話が進んでいく。カメラが切り替わる事無くすすんでいくそのシーンは13分間。出演者はちょっとのミスも出来ない。

そして事件が起こるまでと起こってからのストーリー展開。よくある推理ものでは時間が経つにつれて真相が分っていきます。時系列に並んでいますね。スネーク・アイズでは(物理的に時間は経っては行きますが)、事件が起こる前、起こる直前、直後について色んな人からの回想シーンで、多角的に検証されていきます。それも全て人の回想シーンで、です。つまり決定的なシーンを観客が見て真相が分るのではなく、あくまでのその当事者たちの回顧録でつづられていきます。それも時系列ではなく。見ている観客にとっても分らないのです。
同じシーンが複数の人間の回想から構成され、最初は「本当は何が起きたのか」分かりにくい仕組みになっています。
事件が起こるまで、ボクシング試合を(映画の)観客に一切見せないという方法ははじめじれったいですが、監督の意図する事があとでわかってきます。

このあたり、「ミッション・インポッシブル」に通ずるところがありますね。つまり事件が起こるところを観客が見るのではなく、トムクルーズの想像によるシーンで「こう考えらる」「いや、こうかもしれない」と謎を解いていくシーンです。あれと同じ手法ですね。

また、カメラが壁や天井を超えて滑らかに画面が流れる撮り方もデ・パルマならでこそでしょう。
人物の視点でのカメラワークが頻繁に出てくるのも、やはりデ・パルマならでは。

目撃者1万4000人の中の犯行ということですが、観ていくうちにこの映画を観ている自分自身が目撃者1万4001人目になっているのです。

そして、ストーリーですが「犯人がわかってやっつけられて終わり」ではありません。
この映画で問われる事は、「自分に無いものを人に求める」ということは「いけない」のではないか、ということです。このことがこの映画で一番いいたかった事だと思います。
物語の中心になる二人(ゲイリー・シニーズとニコラス・ケイジ)。お互い自分以外の部分を相手に感じていました。しかし、それは夢に終わります。犯人が確信でき落胆し、そして対面したときのニコラス・ケイジの表情。そしてクライマックスでニコラス・ケイジが「俺は傷ついた」というシーンでは本当に心にジーンと来ます。
犯人がつかまって終わりで無く、後日談が描かれている事が面白かったですね。

そして最後のエンドクレジットの謎、わかりましたか? まぁ、パンフレットには書いてあったんですが。
パンフを持っていない人には、あのルビーの指輪をしていた人は?とだけ答えておきましょう。

そうそう、悪役の多いゲイリー・シニーズですが、とある雑誌で「演じるには、キャラクターの行動の裏にある論理・理由ということを見極めることが大事。そういった個人の論理・理由に対して、僕は善悪をつける事はできないので、いい役悪い役は関係ない。」と述べておりました。役者としての言葉ですねぇ。

この映画、細かいところを挙げるときりがありませんが「映像トリック」映画として大変いい出来だと思いました。

もどる

ランナウェイ (評 ○○○)
映画好調の時期のせいか、家の近くでは梅田の三番街シネマ2でした。狭いんだよねぇ、しかも椅子の背もたれが低いし。

今注目のクリス・タッカーですが、この「ランナウェイ」で映画初出演でして、「ラッシュアワー」の方があとなんです。(監督も同じです)
「ランナウェイ」を見たジャッキーがクリス・タッカーとの共演をやると言い出したぐらいですから、「ランナウェイ」の方がクリス・タッカーのパワー爆発です。
「ラッシュ・アワー」ではクリスはジャッキーを立てる役でしたが、こっちではクリスがでしゃばっていきます。
黒人と白人のコンピ映画ですが、ちょっとストーリーも趣向が凝らしてあり面白かったです。きちんとした相棒同士でもなく、チャーリー・シーンはクビになりそうな頼りない役。クリスは濡れ衣で殺人犯扱いされる始末。

今回もクリスの役が引き立ちます。日本ではラッシュアワーと続けざまに公開されましたが、うまく演じきっていました。このまま映画ごとにちょっと違う役作りでいってほしいですね。やもすると、クリスのようなキャラはどんな映画に出ても同じになりがちなので、これからの活躍を注目したいですね。

さて、面白かったシーンは車のオークションのシーンですね。劇場内でもおもわず大声で笑ってしまう人が結構いました。
また、クリスの友人の武器商人役の人が、寡黙でありながらもいい味出していました。

こきみよい笑いのテンポと話の展開であきることなく楽しめました。クリス側の視点でストーリーが進んでいくのは良かったです。よく両方(いい方と悪い方)の視点で進んでいき、観客はどちらの動きもわかってしまうと言うのが多い中、好感が持てました。
ただ、ちょっとツメが甘いなぁというのは結局は身内に内通者がいたということですね。「おいおいそりゃないぜ」という感じでした。お決まりのパターンですなぁ。
まあ、話の核になるブツが麻薬とか兵器などではなかったのが、ちょっとよかったです。

変にCGや特撮を使わずに正攻法で映像を撮って行く監督さんの姿勢は好感が持てました。
そんなところにお金をかけなくてもいいのがつくれるという風習が広まればいいですね。
#そういやこの映画、原題は「マネートーク」なんですね。ちょっとストーリーに合わないかなぁ。でもお金が絡んでくる話だしねぇ。

もどる

ワイルド・シングス (評 ○○○)
なかなかよかったです。王道といっては王道的なストーリー展開です。ですからB級に分類されるでしょうが楽しめました
話の展開が早く、どんでん返しのラッシュと言えます。観に行く予定のある方はストーリーは知らない方が楽しめますよ。
すごい心理戦が展開されるわけではありませんが、ストーリーの裏をかくという観ていて楽しい点では、あまり真剣に考えずに”こうかな?”と推理しながら見ると楽しめます。”あぁ、やっぱりそうか”と予想が当たったときは素直に喜ぶ心構えで行きましょう。”ちぇっ、つまんねぇ”という態度ではある意味当たり前過ぎる展開で楽しめません。

さてこの監督さん、かなりHというかマニアックですね。途中途中でのHの描写が見事(^_^;)
車を洗う美女二人のシーンなんて、執拗にHさが表現されていました。
ストーリーにバイセクシャルの女性をからめてくるのもツボというか、なんというか(笑)
これでもかというどんでん返しの連続で、もう少し観ながら「ん??」という余韻が欲しかったです。「あれっ」と思った次には「ああ、そうだったんか」という具合です。
この映画の場合は変に勘ぐらずに、素直に観て楽しんだら良いと思います。

エンドクレジットで全ての謎が明かされる、というのがこの映画のふれこみですので、最後まで席を立たずに観ましょう。でも私はもうちょっと凝って欲しかったかなぁという印象でした。
要するに、本編中に出てこない部分であり、観客が想像する部分なのですが、そのシーンをきちんと作って見せるというのちょっと残念(?)な手法でしたね。
ちょとこういった観客が推理する映画の初心者さん向きって感じがしました。

ケビン・ベーコンは私は「激流」という映画で初めて知った(印象に残った)のですが、今回もいい感じで演じてくれています。
「激流」では好青年と思いきや犯罪者だったという演技がうまかったのですが、今回も・・・(と、言わないでおきましょう)

もどる

ラッシュアワー (評 ○○)
私は久しぶりにスクリーンでジャッキーを観ました。なんか凄く活き活きしていて若々しかったです。
クリス・タッカーは「フィフス・エレメント」で日本人に多く知られたわけで、ラッシュ・アワーでのあの喋りをやってくれました。
しかも今回はたまにマジな顔になったり、アクションもやったりと一味違いました。

香港人のジャッキーと黒人のクリスの組み合わせ、どちらも正反対という役柄で無くちょっと変わっている者同士。ストーリーの中でもどちらも嫌われ者。ちょっと今まで違ったコンビですね。

もうすこし二人の演技を盛り上げて欲しかったと思いますねぇ。
映画観ていて、二人のやり取りが面白いなぁと思いつつ、どういう終わりになるのかなぁと考えていた矢先に組織のボスが出てきてそのままストーリーは終わりへ・・
ボスの死に方はちょっと物足りなかったかなぁ。せっかく逃走用のヘリが来ていたんだから、ここはヘリごと爆死!でしょう。(スピード2みたいに)
ラストの盛り上げがやや足りなかったと思います。
結局は急にボスが登場して、今回の事件の原因となる恨みを暴露してしまうというお決まりのパターンでした。もうちょっとひねりなさい!まだノック・オフのストーリ展開の方が面白かったですねぇ。
「ラッシュアワー」という題の意味もちょっとイマイチ・・のような。口語か俗語的な意味合いがあるのでしょうか??

バンダムがどんどんカンフーアクションに進み、香港映画っぽくなるのと対照的なジャッキー。
ここは一発、本場のカンフーをもっと見せて欲しかったですね。

ジャッキーの今作で本当にハリウッド映画に進出(出演)になったわけで、ますます活躍してもらいたいですね。
本場のしかもクリス・タッカーの喋りについていくのに非常に苦労した見たいですね。しかもクリスはアドリブばっかりだから相当苦労したようです。

もどる

リング2/死国 (評 ○○○)
さあ、あの多くの人を恐怖させたリングの全くの続編です。(「らせん」とは違う続編ですね)
しっかし、公開直後とは言えすっごい人でした。日曜日の最終を見たのですが超満員! こうやって映画館へ足を運んでくれる人が多くなるのはいいことですね

まず先に「死国」の方が始まってびっくり(というわけでもありませんが)しました。でも先に「リング2」を見てしまっていたら「死国」はちょっとインパクトにかけたと思います。
それもそのはず、「死国」は怪奇ロマンというかラブストーリー的な映画でした

よく話は練られていました。映像もよくできており、古くなった家や、東京で働いていた主人公とずっと田舎で暮らしていた同級生との対比などよくできていました。
ストーリーとしても男女の三角関係を奥深いものに描いていました。

ちょっと感心したのが登場人物の音声(声)を生録りしていたことです(多分そうだと思います) 普通、映画は声は後録り(つまりアフレコ)ですが、「死国」では一緒に録音していました。何故分るかというと、人が喋るときになると「シー」というノイズが大きくなるのです。黙っているときはマイクを切っておき、録音するときにマイクを入れる(感度を上げる)からそうなるのですが、監督のこだわりを感じました


さて、「リング2」ですが、前作同様直接的に恐いシーンはあまり無くググっと恐さを感じる映画でした。
「らせん」のように呪いを違う形で表現するのではなく、あくまでも”怨念”としての表現。ある意味非常に分りやすかったです。
精神患者の病棟のシーンではホントにそういった人かと思えるぐらいでした。ちょっと「12モンキーズ」でした。でも本当の精神病患者と倉橋雅美(役名)の恐怖体験・呪いによる精神異常との違いなど、なにげないところでうまく演出できていました。男の子(陽一くん:役名)は演技うまかったです。恐い表情をよく作っていました。

されさて、貞子の呪いは開放できたものの新たな呪いが…。こりゃ製作されるといわれている「リング3」に期待ですね。
ラスト近くの恐いシーンでは、劇場内ワーワー、ギャーギャー騒ぐ騒ぐ(^_^;)
お陰でなにか重要なセリフが聞こえませんでした(-_-;)
 ※後日、職場の人からそのセリフを教えてもらいました。結構ぞっとする恐いセリフですね。

映画が終わって幕が閉じたときの観客の騒がしいこと(^_^;) もうめいめい感想を言いまくり状態。さっき見たシーンを身振り手振りで話しているし。
すぐ近くにいた男性は「これヤバっすよー」とか言ってるし、女の子は「世紀末の今にふさわしい映画やなぁ」とか言っていました(笑)

もどる

Xファイル/ザ・ムービー (評 ○○)
えぇと、初めに断っときますが、XファイルはTVで一度も見たことがありません(^_^;)
ですから、基礎知識は全くと言ってほどありません。(なんか変にウソくさい番組のような気がして見る気が無かったんです)
それにこの映画にしても、大体予想はつく内容だったので正月過ぎて観客も減ってから行きました。実際、開演30分前に劇場には行ったのですがガラガラでした(梅田スカラ座にて)。

ストーリーの流れとしては、ひょんな事件から陰謀へつながっていくさまはよくできていました。
こきみよいテンポで見ていて退屈はしなかったです。
しかし、陰謀が宇宙人に関する事とはありがち過ぎるのでは?
都市伝説を追うのがTV版の趣旨だったと思っていますが(なにぶん見てませんが)、UFOの話になるのはアメリカ的というか・・・。見ていたほうもそれを期待していたのでしょうか。
作り手としては大衆受けするので作りやすいとは思いますが。

事件を隠蔽させる方法としてはちょっと面白みに欠けました。「ゲーム」ぐらいの観客にも分らない方法を観ていて期待したのですが、ちょっと物足りませんでした。”真相を知る人物による告白”というのは古すぎる手法です。
でも首謀者がアメリカ政府ではなくイギリス貴族というはちょっとマニアックですな(^。^) その手の話が好きな人は「おぉ」と思うことでしょう。

評価できる点としては、私のような全くの初心者でもなんなく物語に入り込める作り方がよかったです
主人公たちがどんな人かも、どんな仕事をしてきたのかも、うまく表現できていました。
それと、TVシリーズからの流れだと思いますが、最後まで二人の関係が一線を超えないのはよかったです
大きな事件が終わって好きになるというのではなかったのがTVからのファンのためだなと感じました。

結論の無い終わりになってしまって釈然としない人も入ると思いますが、これは仕方が無いと思います。あえて(というか絶対に)話が大きくなりすぎたので結論(決着)はつけれなかったのでしょう。
「今そこにある危機」のように政府や国家的な陰謀や癒着については結論できず、”主人公が目前の事件ではなく、本当に核心に迫ってこれからやっていくぞ”という期待を込めた最後になってしまうのでしょう。

こういった手法は必然的であり、そうしか結論できない物語(映画)は観る前から「またそうか」と思えてしまい、あまり感心しませんねぇ。
しかし、TVの新シリーズへの橋渡し的なもの、というらしいのでよかったのでしょうか。

まあ、元からXファイルには思い入れが無いので辛口になってしまいました。
#それに世の中にはXファイル信者というか信奉者がいるのでちょっと嫌厭してまして(^_^;)
#「Xファイルのことは本当の事だ」と信じて疑わない人が会社にもいて辟易してます。「そういう番組だっちゅうの!」(^_^;)

ウルトラQや怪奇大作戦がまた見たくなりますねぇ(^。^)

もどる

6デイズ7ナイツ (評 ○)
出ました正月の無人島浮気映画「6泊7日」(笑) まあ、なんとも中途半端な映画だこと(^_^;)
(あ、正確には7ナイツだから夜が多いのね。つまり7泊6日が正しいんですが)

監督が監督なだけに、おバカ映画でした。無人島での遭難も全然緊迫感無し。命が狙われるのも「海賊」(笑)
ハリソンと恋に落ちる女性の彼氏は全くうかばれず(^_^;) かわいそうだねぇ。
なんかあんまり書くことないや(爆) それほどアホらしい映画でした。
凄いサスペンスでも無く、アクションも無く、ラブロマンスも中途半端。

まあ、さすがハリソンさん。演技はうまかったです。
エア・フォース・ワンの時のきりりとした言動と打って変わって、自信の無い頼りない男、でもちょっと惹かれる男っていうのをうまく演技していました。なんか、オンボロの飛行機に乗る頼りない男というと、ちょっとスターウォーズの時のハン・ソロみたいな役ですな。

もどる

トゥルーマン・ショー (評 ○○○○)
元旦に1000円で見てきました(^.^)
ホントは去年のうちに見に行きたかったけど、なかなか都合がつかず新年に見ることになりました。

さて、非常に面白かったので私は珍しく○4つをつけましたが、しかしこの映画なんか結局のところ「(主人公が)全然救われていない」映画ですね(^_^;)
映画の設定自体「んな、アホな」ってわけですが、そこをうそ臭く無くうまくできていました。

街中がセットで主人公は決められたストーリー(脚本)の中で生きて(いや、生かされて)いる。
なんか、現代の風刺に繋がるのではないのでしょうか?
今の世の中、結局は政治家や企業に動かされているのでは?
自分が気に入って買った商品も、企業の手の内に躍らされて買ったしまっていたり、世の中の事も結局は一部の政治家の手で操作されているのでは…?


映画を見終わって、ふとそんな事を考えてしまいました。
本当に色々と現代のことを考えさせられる、単なるコメディーには収まりきらない映画でした。

そうそう、クライマックスで主人公が乗るヨットの名前がサンタマリア号でしたね。これはコロンブスが新大陸発見のときに乗った船の名前ですが、主人公が新しい世界(=本当の現実)を見つけに行くのにぴったりでした。

ちょっと、「メガゾーン23」というアニメを思い出しました。(実は地球は戦争で500年前に滅んでいて、自分たちは巨大な宇宙船の中に生活しており、海外旅行などの経験は全て催眠術によって行われていた。宇宙人による攻撃は全て諸外国との戦争と偽り、徴兵制を強行して兵士を集めていく。というアニメです)

もどる