バッテラ由来記

大阪でポピュラーなお寿し「バッテラ」  バッテラの上には薄い昆布(白板昆布といいます)がのっていますね。

では、いつごろバッテラができて、なぜ昆布がのっているのでしょうか。

とある文献に載っていましたので、ここに書いてみます。

 


 

世に「京の着倒れ、大阪の食い倒れ」と浪速っ子が自慢するだけあって、大阪にはおいしい名物がたくさんある。
その中でも押し鯖の上に、きちんと白板昆布を着せられた「バッテラ寿し」は大阪を象徴する食べ物として広く庶民に親しまれている。

ところで一体、バッテラ寿しになぜ白板昆布が使われるようになったか、商売人の都といわれる大阪らしいエピソードが秘められている。

明治27〜28年頃のことという。大阪・心斎橋の料亭「矢倉」の板場をつとめたある職人が、多年修行のかいあって、やがて順慶町の井戸ケ辻辺りに念願かなって、「鮓常」という暖簾を構えるようになったのだが、「何か店の看板になるような名物寿しダネはないものか」と日夜思案を重ねていた。

ふとしたことから、安価で、たやすく手に入るコノシロに目をつけて、二枚おろしにした生きの良いコノシロをネタに使ったところ、たいそう評判となったそうだ。

銀シャリの上で、ピーンと尻尾を振るコノシロのさまを見たひいき客の一人が、その姿からバッテラ(オランダ語でボートの意)という仇名をつけたのが始まりという。

その後、コノシロの値上がりで、より値の安い鯖が材料に使われるようになり、その生臭さを消すために昆布を上にのせた。

やがて白板昆布を使うことで寿しの体裁を整えたようだが、昆布に含まれるグルタミン酸ソーダ、マンニットなどの呈味成分が、うまい具合に鯖肉のエキスとの相乗効果となり、味にまろやかな風味を添えて一層おいしさを引き立てたばかりか、ネタの表面をかぶって、魚の臭みを消すとともに、乾燥防止の役目を果たし、見た目にもみずみずしさを保つのに役立つといった一石数鳥の効果をもたらし、今では大阪を代表する「松前寿し」となって、広く一般大衆に好まれる食べ物となっている。

(社)日本昆布協会発行の10周年記念誌「昆布」より抜粋

 

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