戦時中の昆布産業
モノが無い戦時中、昆布は重要な資源でした。
昭和12年の日中戦争を契機に、政府は物資統制令により自給自足に対処しました。もちろん昆布も統制品となりましたが、一方これまで輸入に頼っていましたヨードやカリが医薬品や光学兵器に必要なことから、海藻灰工業が軍事工業として一役を担い、カリの増産対策に応じました。
工業用カリ塩類は苦汁(にがり)および海藻灰を原料としなければなりませんでした。
海藻類ことに褐藻類は純度が高く、例えば苦汁中の塩化カリは2.0〜2.5%に過ぎませんが、褐藻類には10〜20%含有されています。またカリにしても、当時千葉県の天然ガスかん水からヨードを抽出していましたが、歩留りが悪いため海藻に頼らざるを得ない状況でした。
この海藻灰工業の原料として使われるのは、主として褐藻類ですが、なかでも昆布科と馬尾藻(マオモ)科がよかったそうです。コンブ科にはコンブ類、カジメ、アラメ、またマオモ科にはオオバクモ、ホンダワラ、ヒバツノマタ、ウガノモク等が含まれます。
海藻灰(ケルプ)をつくるには、採取または打ち上げられた海藻(漂着した海藻は、漂着するまでにヨード分が失われるので歩留りが悪い)を十分乾燥して焼きますが、燃やしてはいけません。
そのため風の方向を良く見定めて幅1m、長さ10m位に細く薪を組み、風上から点火します。燃え上がったころを見計らって海藻をかぶしていきます。燃えるとヨードが逃げますので炎が上がらないように注意しながら次々
とのせていきます。
こうして燃焼したのがケルプで、このケルプから浸出法、発酵法、炭火法などによってカリが抽出されます。
たいへん原始的な工法ですが、物資不足の戦時中には未利用資源の開発として、花形的存在だったと伝えれています。