昆布漁のいま・むかし(3)

 

時代は流れ、昆布の採取業は江戸時代に飛躍的に発展したと言われています。

村上島之丞寛政12年(1800年)に『蝦夷島奇観(えぞしまきかん)』を著しました。

これには当時の蝦夷風俗や、蝦夷での昆布漁について記されております。

蝦夷島奇観

「昆布は東夷地に産する西夷地絶てなし。6月土用より8月15日迄採れり(以下略)。」とあります。

この頃から夏の土用から漁を開始していたことがうかがえます。

 

文化5年(1808年)頃には、小林という人が鉈(なた)を改良した山刀(方言でクチという)を使用し、そのご鎌を作ったとされています。

さらに天保8、9年(1837、38年)頃、熊谷という人が鎌をノコギリの刃にして、普及します。

後年、さまざまな道具が作られていきます。

一方、宝暦安永の頃(1751〜1780年)、箱館住吉町に住むある人が、ねじり竿を発明したとされています。また、亀田地方にいた金沢福松という人が、二又棒(ふたまたぼう)を発明しました。

昆布採りの道具と日本山海名産名物図会

カマは長さ40cm、直径3cmくらい。

ねじり竿は長さ6mくらい。なげかぎは長さ50cmくらいで、ロープをつけてあります。

 

 

『日本山海名産名物図会』には、むかしのコンブ採り風景が次のように記されています。

「是は六月土用中にして常に採ることなし。(中略)小舟に乗り鎌を持ち水中に暫くありて、昆布を抱(かかえ)是につられて浮む。皆海底の石に生いて長さ二四尺より十間許にして根自ら離る。」

 

一見のんびりそうですが、忙しい書き入れ時だったようです。

 


 

戻る すすむ

 

もどる