<礼拝> 毎週日曜午前10:30から12:30ごろまでです。 みことばの説教は、旧約聖書・諸書(五巻の巻物)の講解説教です。 (クリスチャン生活の実際的手引きです) The Sabbath Morning Worship am10:30 ================= ここをスクロールすると予定や祈祷題のまとめがご覧になれます
<週間礼拝> 聖書研究・祈祷会 毎週水曜午後7:30からです。 (マタイの福音書の連続メッセージ)
<子供礼拝> 毎週日曜午前9:30から礼拝、分級は9:50ごろからです。
<集い:Come to the Lunch Fellowship!!> Take your family member or friends to the church !! 第二第四安息日の礼拝後、教会で昼食の交わりを致します。2:30頃までです。 初代・中世キリスト教会の信仰の先輩の歴史のお話もあります。
<婦人会> 毎週火曜日11:00−1:00 聖書にでてくる家庭の学び (新約聖書26家庭を学びます) パンとスープの軽い昼食の交わり (学期ごとに食費の任意の献金をします) 夏休み・冬休み・春休みがあります。
<2008年度 教会行事予定> 1/01 新年礼拝 am10:30-11:30 茶菓 1/14 互助リサイクル(am8搬入 10-11) 1/17 13周年震災記念祈祷会(am5:30) 1/27 会員会議 2/11 信仰の自由の集会(神戸聖書教会 3/09年間標語一日修養会(大崎牧師) 1 3/23 教会学校卵探し 3/23 イースター集会(pm2:30) 3/30 教会学校進級式 4/02準備礼拝(pm7:30-) 遠藤牧師 4/04準備礼拝(pm7:30-) 滝浦牧師 4/06聖礼典 (pm2:00-) 4/29 教会リトリート or BBQ 5/10 大掃除(am9:00-11:00) 5/11 春の伝道礼拝(ペンテコステ:ケン・スミス牧師) 6/08 FEBC礼拝中継 6/29 慈善献金日
<こども教育プログラム> 1)こども英語バイブルクラス 母と子のクラス 水曜午後5:00−5:45 こども上級クラス 水曜午後5:45−6:30 英単語・会話基礎文型・歌・聖書物語 担当:滝浦 滋牧師他
2)Junior English Club 登録制の中高生のクラブです。 メールやいろいろなイベントで、聖書と英語を中心に活動します。 ミーティングの基準日は第四土曜午後5:30−7:00です。 担当:Dr.Patricia Boyle 宣教師(USC言語学博士・神戸大・神戸女子大講師)
3)ナーサリー保育 ご希望の方はご連絡ください。078−452−5310
聖書の教えに基づき、お母さんたちと共に、神のかたちをもっている尊いこどもたち一人一人を、その性格と立場と発達段階とに応じて、感謝し、愛し、理解するようにつとめて、愛のうちに、母親の下から、一歩社会へ踏み出していく課程を見守り、支援するために、このナーサリーを致します。子供と両親に、聖書の神さまとその御心、また、人間として知るべき自分の罪の悔改めと救い主キリストへの信仰を知らせることが、究極の祈りです。
毎週火曜日 午前9:45−10:00 礼拝・オリエンテーション 午前10:00−11:00 新約聖書物語にもとづく遊びや制作 基礎英単語200・歌・ジュース 午前11:00−12:00 ナーサリー自由遊び 午前11:15−12:00 お母さんの聖書の学び 午前12:00−1:00 親子でお昼ごはん(パン主体一品持ち寄り)・オリエンテーション・後片付け
経費は、月2000円を袋で集めます。テキスト・遠足費用・夏期費用は別途です。 行事は、隔週金曜日の午前10:00から行います。 遠足・外出昼食・プール遊び・パーティー・夏期米国大学生プログラム・蒜山キャンプ・収穫・クリスマス劇・餅つき・お別れ遠足・修了式 など
<メッセージ> 教会の中にたっておられる主イエス・キリストについて 信仰生活は、必ず祝福です。
まことの神様の道ですから当たり前ですが、この地上の旅路は様々な理由で試練が置かれているので、いつも必ず信仰生活が祝福となることを、たえず見つめていかねばなりません。
特に私たちが教会生活をしていくことは、信仰の道場のようなものである教会に、罪びとである私たち自身が、お互いにきよめられるために、置かれているということです。
4月2日の安息日、岡本では黙示録の講解を始めましたが、1章で、教会の中に立ちたもうイエス・キリストの見えないみ姿を、黙示で見せていただきました。
キリストが、永遠の方として、私たちを聖めずにおかない燃えるまなざしをもって、揺るがずかたく立っておられます。すべてを揺り動かす力のみ言葉を発しつつ、目に見えないみ使いたちや目に見える働き人を掌握して支えさせて、鋭いみ言葉をもって人々の心をえぐり、ご栄光をもってすべてを圧倒していかれます。
かつてスピア先生に先生に思い描かれるキリストの姿をご質問したとき、この黙示録1章の圧倒的なキリストだ、と言われました。
それがようやく理解できる気がします。
この恐ろしいほどの栄光と権威に満ちた方が、見えざる姿で教会のなかに立っておられることは事実です。
それを様々なときにみ言葉から聞き、またいろいろな機会に学びますが、キリストのご臨在のこのようなリアリティーを、この黙示録1章で、私たちは一挙に目の当たりにします。
しかも、実になんとその方が、私たちの上にご自身の右の手を優しくお置きくださって、「恐れるな」と言っておられます。
「私は生きている者である。私は一度死んだが、見よとこしえに生きている。」と。死とハデスの門を打ち開いて、私たちをとこしえの命へ救い出す鍵を持っておられると、宣言してくださいます。
主は、私たち教会を滅ぼすためではなく、愛するために立っておられます。
私たちを、罪と死から救い、キリストのしみも傷もない花嫁となるようにきよめようとして、立っておられるのです。
地上の教会は、どんな試練にあっても、そのようなキリストがそこに立ってくださっている、私たちのための信仰と聖化の道場なのです。
それぞれの歩みへの主の導きと祝福を祈ります。
瀧浦 滋
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