![]() |
改革長老教会関係のリンクです。
|
| HOME|案内報告|教会の風景|教会の地図|リンク集|礼拝説教|STMT/Live|RP日本中会|Audioボード(準備中) |
![]() |
| リンクの一覧は、アイルランド報告の下にあります |
アイルランド改革長老教会滞在報告 03年8月9日 みなさまへ ご無沙汰、申し訳ありません。(インターネットをつなぐためのプラグがあわず、なかなかメールを再開できませんでした) ピッツバーグを出て、7月29日、ようやく北アイルランド北部のコレライン(Coleraine)に着きました。お祈り、お励ましをくださっている方々に本当に感謝します。おかげさまでみんな元気です。 <町のようす> ベルファストから車で約一時間でコレラインです。窓から見える景色の美しさに息をのみました。一面緑の牧草地に牛、馬、羊たちが群れています。森が点々、川がきらめいています。 そして、到着したコレラインは、駅の近くは大学街らしい賑わいにあふれていて、ちょっと横道に入ると、牧場といったところです。にぎやかといっても、人も車も比較的少なく、治安もいいそうです。ゆったりと散歩している高齢の人たち、ジョギングしている若者の姿をよく見かけます。道ですれちがうと、ほとんどの人がにこやかに「ハロー」と声をかけてこられます。夕方になると、シティー・ホールからだと思われますが、アイルランド民謡らしき音楽が流れてきます。 <住居> 遠藤がこちらで「教会インターン」と神学校での聴講をさせていただくために6ヶ月間コレラインに滞在する道が開かれました。その間、この受け入れのために尽力くださったマッカラム牧師先生のお母様の家に住ませていただけることになりました。(お母様は現在息子さんのお宅で静養されています)北アイルランドの典型的な家とのことで高齢者の生活への配慮のゆきとどいたかわいらしい住まいです。(お風呂や玄関の段の手すり、カーペットやヒーターの状態。コンパクトな冷蔵庫とたくさんストックのできる冷凍庫など) 庭にはよく手入れされていると見える花壇に色とりどりの花、緑鮮やかな芝生にもびっくりしました。こんな立派な庭の手入れをする責任があるのかと、私は震え上がりましたが、雨の多いこの地域では水やりは不要、週に一度芝刈りをするだけでいいとのことで、ほっとしました。今週、私は生まれて初めて芝刈り機というものを使って芝刈りをしました。力のいるいい運動です。諒と契は芝生で転げまわって遊ぶようになりました。 <人々> 教会関係の方々、また両隣の方々にもたいへんお世話になっています。 私達が着いてすぐ生活しやすいように家をきれいにし、食べ物を備え、子供のおもちゃも用意してくださっていた方々の温かい配慮にまず感激しました。それからも毎日のようにいろんな方たちが訪ねてくださり、こちらでの必要なことを教え、助けてくださっています。アイルランドの人たちは陽気だと聞いていましたが、ほんとにそうです。ユーモラスでありながら、大人っぽく、礼儀正しい人が多いと感じます。英国のいい伝統、信仰が根づいているのかと思います。身長の高い人たちに囲まれていることもあって、私などは、どこに行っても自分を小さく感じます。 こちらに着いたばかりの時、諒は英語がアメリカとあまりにも違うのを知り、「違う英語、いやだ」とさかんに言っていました。が、数日のうちにお友達を作り、フットボール(サッカー)をし、はしゃぎまわるようになりました。私にとって、アイルランドの英語は予想以上に聞きにくく、恐縮しながら何度も聞き返してばかりいる毎日です。けれど、5歳の諒は、ちっともコミュニケーションに困っていないようで、こちらの発音をまねはじめました。 <寒い!> 夏なのに、ヒーターが入っている部屋で、今これを書いています。ヒーターをつけないとシンシンと冷えてきます。温度計がないので室温は正確にわかりませんが、日が暮れると急に寒くなり、たぶん15度前後になるのでは思われます。また、ヒーターをつけないとお湯がでません。冬のための家だと思いました。荷物を減らすために冬服をほとんど持ってこなかった私たちは、焦りました。 教会の方が、急場しのぎに服を持ってきてくださり、助かりました。 <アジア人は珍しい! 長い夜> 私たちが半年間お世話になることになったバリークラバー教会は設立130年ほどの「新しい」教会です。日本人(それも研修のための神学生)を受け入れるのは初めてだそうです。日本のことはほとんどご存知ない方が多いのがわかってきました。 こちらに来てから毎日近所を歩き回っていますが、めったにアジア系の人に出会うことがなく日本人らしき人には会ったことがありません。ここに住む方たちにとって、日本が遠い国に感じられるのも無理ありません。今回私たちが行かせていただいたことによって、教会の人たちの関心がアジアにも向けられつつある、いいことだなどと、いろんな方に言われます。多少プレッシャーをかけられているような感じがしますが・・・ありがたいことです。 いろんな家族の方々が到着まもなくから、夕食に、ランチにと招いてくださり、教会でも歓迎パーティーをしてくださいました。そのパーティーは夜の8時からでした。(と、言ってもまだ太陽がサンサンと照っていました)バーベキューと重たいデザートの夕食を終え、ゲームですよと椅子を片付け始めたのはもう9時半近く。ゲームに興じてから、賛美と礼拝・・・あっと言う間に10時をまわりました。私なんかはとっくに眠たくなってきていたのですが、小さい子供や赤ちゃんまで元気いっぱい、ノリにのっています。流れ解散なのでさすがに10時半をすぎると帰っていく人達もいましたが、私たちは帰るわけにいきませんでした。 週報には、集会の時間が載っていますが、「朝」の礼拝は正午12時からです。(牛の世話をしなくてはならない人が多いから遅く始めるのだと聞かされました)夜の集会はほとんどが8時からです。今は夏、午後10時ごろでもけっこう明るいので、集まると夜中まででも楽しむということでいいのかもしれませんが、冬も同じようにするのでしょうか。夜型の生活にもついていける体力が必要なのを知りました。 ピッツバーグでもそうでしたが、こちらに来てからはさらに「恵み」を受ける一方の毎日です。これをあたりまえのように思ってしまうことなく、いつも感謝し、できるだけたくさんのことを学んで来年1月日本に帰りたいと願っています。 お読みくださり、ありがとうございました。 山本優子(遠藤克則神学生夫人・当教会員) |
![]() |
| 北アイルランドの小学校 |
一、教育システム 北アイルランドのコレライン(こちらの発音ではコールレインに近いのですが、『地球の歩きかた』に載っているカタカナの書き方ではこうなっています)に住み始め、学校のあり方が日本とは大分違いそうだなと思いました。ちゃんと教えてもらっておこうと思い、公立図書館で司書の方にたずねてみると、こちらの教育に関する本を出してきて説明してくださいました。 まず、こちらではkindergarten(幼稚園)がなく、小学校就学年齢は、日本の幼稚園の年齢にあたる四〜五歳です。これ以前にたいていは、生後数ヶ月目から主に各地域の教会で持たれている”Parents and Toddlers’ Group”(親子グループ)に参加します。(長女契の一歳半検診の時、診療所で参加を強く勧められ、今、週三日通っています。これについては別の機会に書きたいと思います)もちろん保護者が仕事をするため子供を預けたい場合、保育所にあたる”Child Care”もあります。両親のどちらかが専業主婦(夫)であっても、三歳になると”Play Group”(ナーサリー・保育所)に入る子供が多いそうです。 こうして三歳以前から集団に慣れ、四〜五歳で”Primary School”(プライマリー・スクール・小学校)に入学というわけですが、学年の最終日までに満五歳になる子供が一年生(プライマリー・ワン)のクラスに入るということです。こちらは普通九月一日に新学年が始まり、六月終りまでが一学年となりますから、六月生まれの子供は四歳のまま小学校一年生をするということになります。けれど、保護者の判断で入学を一年のばすことはできるそうです。(うちの長男諒は九八年七月二十二日生まれで、五歳児として一年生に入りました) 小学校は七年生まで続きます。そこで一斉に学力テストを受けます。そして、成績のいい子供はグラマー・スクールへ、達しなかった子供はセカンダリー・スクールに入ります。どちらも五年間です。(中学高校)グラマー・スクールに入った子供は大学に進むことを前提に勉強します。セカンダリーの子供は、もっと他の方面での才能をゆっくりのばしていく余裕があるということです。小学生の時は勉強ができなくてセカンダリー・スクールに入ったけれど、大学に行きたくなったという子も、努力次第で大学に進学できます。十一歳そこそこで振り分けられてかわいそう・・・という感覚はこちらの人にはあまりないようです。学校の成績がいいことや大学に進むことを誇る感覚は日本とは違うように感じます。これは酪農に誇りをもつ住民の多いこの地域だからで、ベルファストなどに行けばまた違うかもしれませんが。私たちがいつもお世話になっているある家族は三人の息子さんのうち二人はグラマー・スクールに行っていて、一人はセカンダリー・スクールに行っていますが、本人も親 もその点に何のこだわりもないようです。高校生の息子さんも小学生の息子さんも、家業の酪農を手伝っています。 「義務教育」というのは、十六歳までで、そこでまた試験を受けなくてはなりません。それは、義務教育を修了していいかどうかの目安というもので、たいていはそのまま残りの二年間高校生活を送り、その後は進学なり、就職なりと選択した道を進むことになります。 公立学校に入る子供が多いとのことですが、なんと北アイルランド内のどの公立学校を選んでもいいというのです。中にはものすごく遠い学校を選ぶ場合もあるとのことです。(アイルランド島全体は北海道くらい、北アイルランドは福島県くらいの広さということです) うちの場合は住ませていただくことになった家のすぐそばに公立小学校がありましたから、何の迷いもなくそこを希望しました。でも、この学校にも、片道一時間くらいかかるところから親の運転する車で来ているという子供たちがいるそうです。理由はやはり学校差、地域差でしょうか。「荒れている学校」も多いと聞きました。わたしはまだあまりあちこち行ったことがありませんが、中心都市ベルファストと、酪農と大学の街コレラインでは、街の様子も非常に違います。外国人の私にもわかるくらい方言が違います。ですからどの地域の学校に通うかで、子供の関心の方向や生活習慣もずいぶん違ってくると思われます。また、英国では公立学校は全てキリスト教主義で、チャプレンが配属されていて、礼拝がもたれています。(私立学校にはキリスト教主義でないものもあります)そのキリスト教教育(religious education)が国教会の教区によってかなり違うということも学校選びのポイントになるかもしれません。 それなら人気の高い学校にばかり生徒が殺到するのでは? と思われます。確かにそういう面はあるそうです。けれど、それぞれの学校の特徴があるので、小学校は三〇人定員でどこもそこそこ生徒が集まっているそうです。また、転校も比較的自由にできるようです。うちの場合はこちらの教会の牧師先生の紹介でアメリカから入学希望をメールで申し入れ、現地に到着してから校長先生に家族全員でお会いし、(雑談と学校案内)入れていただけることに決まりました。その学校は結構評判がよく四百五十人を超える子供を抱えています。気さくな女性の校長先生(head mistress/principal)は、一人一人の子供と家族のことをよく知ろうとされていて、スタッフたちのことも尊敬をこめて話しておられ、いい教育がされていそうだなと感じました。外国人で英語が不充分な子供には特別な授業も受けられると言われました。 しばらくの間でも異国の学校に通うのは、諒にはすばらしい経験に違いありません。私自身も、できるだけたくさんそこから学ばせてもらおうと思いました。 二、学校生活を見学させてもらって 校長先生に見学をさせてほしいと申し入れたところ、快く一日見学の機会を与えてくださいました。できることなら何日間かかけてじっくり「取材」をしたかったのですが、それは無理なようでした。以下のことはたった一日のしかも限られたクラスでの表面的な学校生活の一部ですが、私にとって学ばされることが多かったので、記録してみました。 九月二十三日火曜日、いつものように九時前に諒を教室まで送っていって、そのままノート片手に見学に入りました。この日は、こんな具合です。 【八時四五分〜九時】始業前の時間 子供たちは教室に入ってきて、思い思いに遊びます。テーブルの上は、パズル、お絵かきの道具、文字遊びの道具などでいっぱい。 【九時〜九時十五分】ホールへ移動 九時に始業のベルが鳴りました。担任の先生が”head” ”shoulder” “knees”などと号令をかけて子供たちに身体の各部を触らせて集中させ、静かになりました。それから、男女別に教室の壁にそって並ばせ、“Follow me, please!”(先生は指示する時必ずプリーズをつけます)の号令でアッセンブリー・ホール(講堂)に移動開始です。男の子、女の子一人ずつ手をつないで廊下に出ていきます。火曜日は一年生から三年生までの子供たちの礼拝です。(低学年、中学年、高学年、それぞれ礼拝の曜日が決まっており、諒たち低学年は火曜日と金曜日です) 移動中に遅刻してきた子供が二人ほどいましたが、何食わぬ顔で賑やかな廊下で列に加わりました。 【九時十五分〜九時四十五分】礼拝 ホール前方のステージにはマイクやOHPがありました。(低学年にはOHPは使用せず)子供たちは、ステージに向いて並び、男の子も女の子も「あぐら」の姿勢で床に座りました。先生たちは両側の椅子に腰かけます。 礼拝、と言ってもとてもラフな楽しい時間と言えます。前に立った先生、ミセス・キースのリードで上手なピアノ伴奏に合わせ、振り付け歌が始まりました。 ”My God is so strong” “Praise Him” ”Jesus, Oh, how wonderful He is” ”One must plant” の四曲でしたが日本語でなじんできたメロディーのもありました。歌詞が前に提示してあるわけではなく、歌集を見ることもなく、先生を真似て手話とふりつけつきで次々に子供たちは歌っていました。新しい歌らしいのも一つ、少しずつ区切って教えていました。リードの仕方がとても上手です。 そのあと、大きな子供用の聖書を抱えた先生が前に立ちました。アダムとエバのストーリーを本から読むような方法でしたが、子供たちをしっかり見つめながら、見事な語りかけです。ガサガサしている子供も見えましたが、大体はちゃんと前を向いて聞いていました。 そのあと、もう一曲ふりをつけて歌い、別の先生が前に出てきて、お祈りをしました。公立学校でお祈りをするというのも国教会のもとにある国、地域の学校という前提ですから、ここの人たちには自然なことなのかもしれません。 そして、連絡事項のアナウンスメントが少しあり、小さい学年から並んで退出です。少数ですが、聖書を抱えている子供もいて、ほほえましく思いました。 キリスト教主義学校に長年関わってきた私には学校でのキリスト教教育への抵抗や懸念があるのですが、この礼拝の様子を見せてもらって、かなり安心しました。 【十時〜十時半ごろ】三年生(六、七歳)のクラス 教室に入ると、それぞれの机の上にはペンケースだけのっていて、だれも教科書やノートをおいていません。 担任の先生がお当番の子供たちに、ノートを配らせました。それぞれかわいいイラスト付のカバーをつけています。 まずは宿題のチェックでした。先生が単語を発音し、カードを見せて正しく書けているか自分で確かめさせます。英語の授業かと思っていたら、それはすぐに終わって足し算の練習が始まりました。”Nine add two・・・”などと先生が言いかけると、もういっせいに人差し指をたてて、子供たちは手をあげています。 指名されて正しく答えると、子供たちはいっせいに「シェイ」と、叫んでいました。それが終わると、またそのノートはお当番が回収し始めました。その間にも先生は前のボードに何やら書き始めました。 どうやら今日することを一つ一つ書いていくようです。 “What day is today?” “Tuesday!” 子供たちが元気よく答えます。指名された子が前に出て行って”Tuesday”と、正しく書くと先生は”Excellent!”と、ほめていました。 書き終わると、グループごとに絵本が配られ、音読するように指示されました。顔を寄せ合ってとつとつと読んでいる間、一人ずつ先生に呼ばれ宿題のノートを個別に直してもらっています。 低学年は時間割通りに算数や英語を勉強するといった方法ではないそうです。また、一、二年生の間は特に教科書を使いません。絵本やカードなどの教材はたくさん教室においてありますが。三年生のこのクラスでも、それぞれの本(教科書)は学校において帰るとのことで、子供たちの机についている収納かごには本類が入っているのが見えました。 【十時半ごろから十一時すぎ】二年生のクラス 学年が一つ違うだけで、こちらは幼稚園の雰囲気です。 先生が”My home” ”My favorite”を描きなさいと指示し、子供たちはクレヨンや色鉛筆を持ってプリントに向かっていました。完成した子は先生のところに見せに行き、そのあと学校で出されるミルクびんをもらって、思い思いの場所でスナックを食べ始めます。バナナやリンゴ、オレンジなどを持ってきている子、クッキーやチョコバーの子もいました。こちらでは何をしていても午前、午後、ティータイムを持つということですが、学校でもそうです。 この教室には、アシスタントとして七年生の女の子が二人加わっていました。彼女たちは、二年生の子たちが絵を描くのを見てほめたり、個別にノートを見てあげたりしていました。あとで彼女達に自分のクラスは? と、尋ねると、自分の勉強の一環としてこの時間、低学年の世話をする仕事を与えられていると答えてくれました。 ベルが鳴ると、子供たちは教室を飛び出していきました。校庭で遊ぶ時間です。その間、先生たちはティー・ブレイクということです。見張り役は、さっきの七年生の女の子たちで黄色い帽子をかぶって子供たちといっしょに駆け回っていました。校庭には、鉄棒もジャングルジムもブランコも、つまり何もありません。アスファルト敷きで、鬼ごっこの陣地になるような輪などが少し書かれているだけのあまり広くない運動場です。そこで一〜三年生の子供たちがひしめき合ってひたすら追いかけっこをしているのは不思議な光景に思われました。ぶつかって転んだらケガをするだろうにと思っていると、案の定転んですりむいた、鼻血が出たと泣き出して(多分保健室に)黄色い帽子のお姉さんに連れて行かれた子供がいました。 ベルがなりました。走り回っていた子供たちがバネじかけのようにいっせいに整列したのにはびっくりしました。クラスごとに並んだようですが、男女ごちゃまぜで、身長順ではありません。 前に立った先生がビートルズの歌を歌いながら手をたたいたり、リズムにのって身体をその場でうごかしたりして子供たちを集中させたあと、列ごとに教室に向かいました。 【十一時すぎから十二時】一年生の年少組 一年生は二クラスあり、誕生月によって年少と年長のクラスに大体分けられています。二十九人に担任とアシスタント担任、二人の先生がつきます。この時間は、グループごとに違うことをしていました。大半の子達は自分の机の前で「ぬりえ」を始めましたが、コンピューターの前に座った子供もいれば、アシスタントの先生と校庭に出て行った子供たちのグループもありました。(発見したものをデジカメで撮るため)教室の片隅はライブラリーと呼ばれていて絵本がたくさんあるのですが、(学級文庫)そこのカーペットの上に座って本をめくる子もいました。担任の先生はそれぞれの間をまわって言葉がけをしてほめたり、できあがったぬりえにスタンプを押したりしていきます。 そのうちに先生は、CDで音楽をかけました。おかたづけの時間になったことを知らせたようです。子供たちは、クレヨンや本を片づけていきました。 その後、アシスタントの先生が特大絵本を子供たちに見えるように置き、読み聞かせを始めました。子供たちは先生を囲んで座り、食い入るように聴いていました。その間に担任の先生は子供たち一人一人のリュックサックに連絡のお手紙などを入れたファイルをしまっていきます。 終わるとそれぞれジャケットを着、リュックサックを背負い、椅子を机の上に持ち上げて置きました。うまくできなくてガラガラ落としてしまった子もいました。(掃除当番はありません) |
| 北アイルランドの小学校 2 |
(つづき) 最後に音楽にあわせてリズム・ダンスをしながら教室の壁際に整列、そして退室です。校舎の玄関には、保護者たちが迎えにきています。近所の友達の保護者に連れて帰ってもらう子供はいますが、どんなに家が近くても低学年の子供だけで歩いて帰ってはいけないことになっています。 三、午後の活動 最初の三週間、一年生は十二時で家に帰ります。それからは、お昼をはさんで二時まで学校ですごすことになります。学年が進むと三時までの日がふえ、クラブ活動もできるようになります。一年生にも少しずつ放課後のクラブが開かれていきます。まずは、十月から毎週火曜日の二時から三時まで、フランス語のクラブが始まりました。もちろん歌や遊びが主体で、楽しく外国語に触れるというものだそうです。諒も参加し始めました。ピアノやスピーチ・レッスン、スイミングや器械体操など、おけいこごとは盛んなのだそうです。学校の施設をおけいこごとを指導する人たちに用いてもらって放課後の活動として行っている場合がよくあります。 四、ランチ・タイム 九月二十九日から、一年生もランチタイムが始まりました。学校には広いカフェテリアがあり、低学年、高学年と時間をずらして全員がそこで食事をとることになっています。家からランチボックスを持ってくる子が多いそうですが、カフェテリアで用意されるものを食べてもいいし、四十分の昼食と休憩の時間に家に帰って食べてもいいということになっています。 諒にはランチボックスを持たせることにしました。日本のようにお弁当箱にごはんやおかずをきっちり詰めるというのとは大違いです。大き目のプラスチックのボックスの中にサンドイッチやポテトチップスの袋、クッキー、パック入りジュース、リンゴなどを入れるというのです。ここにいる間だけは友達がするようにさせてやろうと思い、こちらのやり方をまねて、スーパーで一番安かったランチボックスを買い、それにシールをはって友達のものとの区別がつくようにしました。子供たちは登校すると教室に行く前にこのランチボックスをカフェテリアの所定の場所に置きに行くことになっています。 初日にランチタイムを少し見学させてもらいました。学年ごと、ランチ持参組みとカフェテリア組みのテーブルが分かれています。ボランティアのおばさんたちが赤いエプロンをつけて低学年の子供たちのテーブルにつき、ポテトチップス類の袋をやぶるのを手伝ったり、ちゃんと座って食べるようにさせたりと世話を焼いていました。ランチボックスの中身は、ジャンク・フードに偏ったものが多いのが気になり、ゴミがたくさん出るのも困ったものと思われましたが、子供も世話をしている大人も実に楽しそうにその時間をすごしていました。 カフェテリアのものを食べる場合は、保護者があらかじめ配られているメニュー・リストから食べさせるものを選んで記入した封筒に、代金を入れて持たせることになっています。子供が世話係のおばさんにその袋を渡すと、注文どおりの食べ物をトレイに取り分けてくれます。低学年の子供たちには量が多すぎるように見えましたが、ラザニアとサラダ、ポテトフライ、デザートなど、温かいものが出されていて、おいしそうです。 明るくきれいな食堂で楽しく食事できるようにし、地域の人たち(保護者)にお手伝いをしてもらい、学校を開かれたものにしていることなど、こちらのスクール・ランチからも学べる点が多々あると思います。 五、ユニフォーム 北アイルランドの公立学校ではユニフォームを着ることになっています。この学校のものは、男の子はグレイのズボン、女の子はグレイのジャンパースカート、赤いシャツにライト・グレイのトレーナー風ジャケットというのが基本ですが、夏、中間、冬とバリエーションがあり、いく通りかの組み合わせができます。何月何日からは一斉に夏服、といった「衣替え」はありません。どう組み合わせて着るかは、自由です。ジャケットには、校章がついています。”D. H. Christie memorial School/God direct us”(DHクリスティー記念小学校・神の導きがあるように)と、校章には書かれています。 私たちは、短期間の滞在ということで、学校からユニフォームを貸していただけることになりました。家庭の事情によってお古のユニフォームを貸し与えてくれるというのは、とてもありがたいことです。 諒は、ユニフォームが気にいっているようです。一着しかないのを必ず汚してくるので毎日洗っています。こちらの人にそれを言うと、週末だけ洗うとか、汚れたところだけ洗って暖房機の前にかけておくだけでいいでしょう、と笑われました。が、やっぱり日本の習慣が抜けないわたしには、汗とドロのついた服を翌日また着せるというのに抵抗があって、洗ってしまいます。 六、学校との連絡 学校と保護者とのコミュニケーションのためにファイルがあり、それを毎日持っていって、持って帰るということになっています。連絡事項のお手紙や、子供の描いた絵などが入って戻ってきます。水曜日に学校全体のニュース・レターが入りますが、それ以外にも、こまごました連絡事項はよく入っています。 十月に入って一年生の保護者会が週日の夜ありました。諒たちの世話を遠藤が引き受け、私ひとりで出席してきました。自由に交わるティー・タイムの後、現状報告や今後の予定について先生たちのお話、スライドなど、とてもおもしろいものでした。大勢集まり、しかもほとんどの参加者が夫婦同伴で先生たちの説明に熱心に耳を傾けていたことが印象的でした。 七、諒にとっての学校 現在学校で諒は、ただ一人両親ともアジア系という生徒のようです。送り迎えの時、よくいろんな方から中国から? などとたずねられてきました。五歳で英語と日本語の両方ができるなんてすばらしいとほめられたりします。(こちらの人はとてもほめ上手です)諒は二年間ピッツバーグのプリスクールに通っていたおかげで英語でそこそこコミュニケーションできますが、同年代の子供と比べると、言葉に関してはできないのが明らかです。(日本語もへんです) こちらに着いて耳にした英語がアメリカとはあまりにも違うのがわかった彼は、「違う英語、いや。学校行かない」と、しぶっていました。一ヶ月こちらで生活し、教会で子供たちと遊び、いくらかはこの地域の英語になれてから九月の新学期になりましたが、初日は家を出ようとしません。とうとう父親が肩車で運び、むりやり教室に押し込むということになってしまいました。迎えにいくと、しがみついてきてなかなかはなれませんでした。こんな状態が三日続きましたが、近所のクラスメートと仲良くなり、それからは自分から行くようになりました。いまだに「シャイになっちゃうから、行きたくない」と言ったりもしますが、心配するほどの不適応を起こしているようではありません。先生は、「とても楽しんでいる」と、言ってくださいます。学校でしたことをちゃんと話してくれることはまれですが、時々、お友達のだれそれがどうしたとか、何かを見たとかいう話をしてくれます。また、礼拝で習った歌を口ずさんでいることがあります。本人は歌詞を正確に聞き取れていないのでだいぶんいい加減ですが。 こういったことすべてを通して成長しつつあるのを覚え、感謝するばかりです。 諒が充分とは言えないまでも、適応できるようになってきたのには、この学校の先生たちが子供それぞれの違う点をすばらしい個性ととらえ、よいところばかりを見つけてほめまくってくださっているからだと感じています。これはアメリカのプリスクールでもそうでしたが、子供の短所を個性としてほめられることがよくありました。もちろん友達をいじめるといったことがあった場合は厳しく注意されますが、他の子と同じようにできないとか、違っているといったことは、むしろ個性としてよい方に伸ばせるものとされているようです。 この小学校では個性を重んじ、自由な点が多い一方で伝統を大切にし、規則は必ず守らせるという点で厳しいと感じます。保護者や親に従わせるという方針もしっかりしていると思います。 諒の教育については、諸事情から帰国後はホーム・スクールにするのがいいのではないかと検討中です。その準備のためにも、私たち自身が残された期間、こちらの教育のあり方、学校から多々学ばせていただけたらと願っています。 2003年10月 |
| 2003 STMT record |
![]() |
1)Keiyaku Mt.Hiruzen Camp There was a big Typhoon No.10 which came directly to the Kobe area. Thankfully there was no serious damage to this area. During this stong wind and storm, We were safely in Mt.Hiruzen. Twenty Keiyaku RPC's people spent two days for studying about Christ's Kingship and Covenant fulfilled in the Gospel of Matthew, with prayer, sharing and psalm singing. We had good rest, much talk, and playing a lot, too. This beautiful camp site is of Norway Lutheran Mission. We came to Mt.Hiruzen by a chartered bus. Matthew Wright presided the opening service and Shohei Takiura interpreted. Three members of the STMT team witnessed about three different delight of the faith. In the night after kids went bed, we had the sharing time. Mrs.Yoshiko Yamashita, who is preparing for baptism, said that she had been greatly encouraged by STMT last year and this year. She said that she began to pray with her kids everyday at home, but people around her looks her attending the church every week with her three kids as if she were a heresy of the society. So she feels STMT's fellowship has been really encouragement. Her three kids had a really good time at the Hiruzen camp. We had also Kyoko and Haidi at the camp, who recently come to the church. 2)Youth Conference of Japan Presbytery finished the blessing. 32 poeple gathered. Three good lectures about Biblical Covenant by Pastors Matsuda(KTH teacher: Consistency of various Biblical covenants), Pennington (Covenant as the source of Confidence/Vision of the church and its mission) , and Kanamori(Both Creation and Gracious Covenant gives deep root for our marital relationship as the image of God ). Four hours were spent for congregational reading through the Epistle to Ephesians, with brief commentaries of its strusture and application by Pastor Takiura. Pastor Sakai led discussion about the Covenantal world view, specially its societal aspect. Especially our youth discussed about societal (not merely individualistic) aspect of the 4th commandment. There was a rich spiritual fellowship. Please pray for our youth's calling, dedication, further theological training and making christian homes. |
リンク集 |
改革長老教会日本中会 |
改革長老教会の日本の諸教会と神戸神学館のページです。いろいろな教派の行事の案内は、ここに掲載されます。 |
RPC Japan Presbytery/English |
改革長老教会日本中会の英文サイトです。大会へ報告する公式の住所録や統計などものっています。 |
Reformed Presbyterian Church of North America |
北米改革長老教会のシノッド(大会)のページです。改革長老教会関係への、いろいろなリンクも可能です。 |
Reformed Presbyterian Church of Ireland |
アイルランド改革長老教会は南北アイルランド双方にまたがる教会です。そのサイトからは、世界の関係教会へリンクできます。 |
改革長老教会の歴史 |
遠藤克則神学生の説教免許論文です。スコットランドにおける改革長老教会の成立までの歴史と、その精神が簡潔にまとめられています。 |
カベナンター書店 |
神戸にあるカベナンター書店のホーム・ページです。 聖書・詩篇抄集・キリスト教書籍・教会学校教材・グッズなどが注文でき、改革長老教会の各教会で受け取れます。宅急便で全国に発送できます。新しい詩篇賛美CDが試聴できます。 |
改革長老教会の憲法(信条と規定) |
改革長老教会の憲法は、ウエストミンスター信仰告白およびその各章に付加されている改革長老教会証言書(1980改訂)、ウエストミンスター大小教理問答書、政治指針、礼拝指針、訓練書、書式、誓約文、1871年契約などからなっています。ここからご覧になれます。 |
改革長老武庫之荘教会 |
兄弟教会のサイトです。金森宏之先生の説教が聴けます。 |
![]() |
| HOME|案内報告|教会の風景|教会の地図|リンク集|礼拝説教|STMT/Live|RP日本中会|Audioボード(準備中) |
|