特別ストーリー「奇跡と、その代償」

☆「須摩子の苛立ち」の真相

それはいつもの光景だった。

ばす!ばす!……

須摩子:「もう!もう!……」

大宮の自治医大医療センターのホスピス病棟の一室で、
隆道の叔母の須摩子が「いつものように」布団を叩いていた。

須摩子:「もう!もう!……」

そこに、須摩子の夫が入室する。

がちゃ。

叔父:「……須摩子。」
須摩子:「あなた、……未だ現れないのね?」

叔父は黙ってうなづく。「何が未だ現れないか」は二人にとって暗黙の了解である、
……ドナーだ。

須摩子:「ああ!外国だったらこんな苦労もしなくていいのに!」
叔父:「…………。」

叔父は黙っているしかない。叔父にも、そしてここでは余談だが、加奈の両親にも、
「どうしても海外に行くことのできない事情」というものがあった。

須摩子:「日本国内でも一日の死者は一人や二人じゃない!
そして、その中には意思さえあれば臓器提供できる人も何人かは……!」
叔父:「…………。」

それは、自分の夫にしか見せたことのない須摩子の「本当の顔」だった。
しかし、須摩子がどんな暴言を吐こうが叔父は黙ってそれを見ているしかない。

……娘の香奈も姪の加奈も、臓器移植という手段を用いなければ決して完治(腎臓に関しては
「完治」という表現は適切ではない)しないし、臓器移植は「人の死」が前提になっているのだから……。

須摩子:「私がもし癌でなかったら、少なくとも私の腎臓は加奈ちゃんにあげられるのに……!」
叔父:「…………。」

血液型の検査の結果、香奈と加奈は奇跡的にもHLAが六ヶ所のうち一ヶ所異なるだけだった。
そして、香奈の母親である須摩子と加奈は奇跡的にもHLAが三ヶ所異なるだけであり、
HLAの状況は親子間の腎臓移植とほとんど変わらない。
しかし、「臓器移植」という発想は加奈と香奈、そして隆道には教えていない。
少なくとも、加奈については本来加奈の「身内」に誰一人としてHLAが適合するはずもなく、
つまり、「加奈が実は養女である」ということを加奈と隆道に知られてしまうから……。

叔父:「……だから香奈に君の死ぬ光景を見せる。……そうなんだろう?」
須摩子:「ええ。」

叔父は「香奈に須摩子の死をあらかじめ知らせること」には反対だった。
しかし、現実はそんなに甘くはない。現実は「ドナーなど決して現れない、
香奈の死もそう遠い未来の出来事ではない」のだ……。

叔父:「しかし、万が一の場合は、香奈の移植希望だけはしておく。」
須摩子:「ええ……。」

……この数週間後、須摩子は癌で亡くなった。
もし、須摩子が「癌」ではなかったら……。

☆奇跡と……

十月も差し迫ったある日、その出来事は起こった。
それは現代社会ではあまり珍しくない光景だった。

キキーッ!

どん!

……ピーポーピーポー……。

つまり、ある女性が自動車にはねられたのだ。
そして、その数時間後の大宮の自治医大医療センターにて……。

隆道:「父さん、加奈のことで話があるって……、加奈に何かあったのか?」
父:「隆道か、まあ、そこに座りなさい。」

その部屋には、隆道の両親と叔父がいた。
そして、もう一人、見知らぬ女性……。

女性:「藤堂加奈さんの兄の隆道さんですね?はじめまして、
私は臓器移植コーディネーターの……。」

正確には「レシピエントコーディネーター」と呼ばれる移植コーディネーターである。

移植コーディネーター:「……つまり、ネットワークの登録者中、
藤堂加奈さんにつきましては唯一人、血液型、HLA六ヶ所が完全に一致、
霧原香奈さんにつきましてはHLA不一致が一ヶ所のみ、
さらに手術の緊急度や臓器のサイズ等を検討した結果肝臓移植のレシピエントに
霧原香奈さんが選ばれた、ということです。」
隆道:「え?」

隆道は耳を疑った。

移植コーディネーター:「よって、臓器移植の最終的な決定を確認しに参ったわけです。」
隆道:「か、加奈と香奈が治るんですか……?」

そして、加奈の腎臓移植と香奈の肝臓移植は行われた。

☆……その代償

それから数週間後、手術は成功し、加奈と香奈は無事退院した。
無論、隆道に「加奈は養女である」という事実が知られることは無かった。

隆道は「恋人」の夕美と加奈の出迎えに来ていた。
そして、加奈は例の日記を持っていた。
移植コーディネーターの女性の勧めで清書後本にするのだという。

夕美:「加奈ちゃん、おめでとう。」
加奈:「鹿島さん、ありがとうございます。
……お兄ちゃん、鹿島さんって本当にいい人だね。私、本当に安心した……。」
隆道:「そ、そうか……?」
加奈:「……うん。」

隆道と加奈は、ドナーになった女性の母親から掛けられた言葉を思い出していた。

女性の母:『……娘は自分の意思でドナーになったのです。
だから、今後は娘の意思を無駄にしないようにあなたがたが生きていってくだされば、
私はそれでいいのです……。』

加奈:「お兄ちゃん、私、高校卒業したら啓皇大学に入って分子生物学専攻するんだ。」
隆道:「え?啓皇大学!?……あそこはちょっとレベル高いぞ?」
加奈:「いくら時間が掛っても、行きたいと思ってる。だって……。」

加奈は一呼吸し……

加奈:「……時間、いっぱいあるから!」

……と、微笑んで言った。

戻る