姫と王子

☆「姫」と「王子」誕生

あの忌まわしい「例の事件」からあまり日が経ってない頃……

この日、五年三組のホームルームで秋の学芸会の配役を決めることになった。
手元には、担任の先生が作ったと思われる台本が既に配られている。

学級委員:「それでは、『姫A』は鹿島さんでいいですね?鹿島さん、よろしく。」
夕美:「はい。」
女子達:「まあ、当然よね。」

……これは「いやみ」でも何でもなく、実際鹿島は女子からも人気があるのだ。

学級委員:「次に、『王子A』ですが……。」
雅俊:「はい!はーい!!」

普段のホームルームでは全く無関心でいる雅俊が、珍しく挙手する。

学級委員:「はい、下田君。」
雅俊:「そりゃ、隆道に決まってるじゃねーか!」
隆道:「はあ!?」

どっ!
わははは……!!

学級委員:「他に候補がいないようなので……、『王子A』の役は藤堂君でいいですね?」
大勢:「異議なーし!」
学級委員:「それでは、多数決により藤堂君に決まりました。藤堂君、よろしく。」
隆道:「…………。」

……文字どおり、あっという間の出来事だった。

得てして、「学芸会の配役」というやつは真面目に決まることはほとんどない。
特に、「今年注目のカップル」は面白半分に役に当てられることが多い。

……余談だが、もしこの劇に「夫婦役」というものが存在したら
きっと俺と鹿島がその役になっていたに違いない……。

…………。

キーンコーンカーンコーン……

雅俊:「良かったなあ、隆道。『王子A』の役をゲットできて。
俺なんか『馬Aの後ろ足』だぜ。」
育郎:「僕は『馬Aの前足』だよ。何か楽そうだし。」
智樹:「まあ、隆道も気にするなよ。出番なんかほんのちょっとなんだから。」
隆道:「……『ほんのちょっと』だって?」

「御者A」の智樹の言うとおり、「全員参加」が原則の小学校の学芸会は
人数の都合上同じ役を何人もが分担して演じるようになっている。
この劇の主人公たる「姫」や準主人公たる「王子」も鹿島や俺以外にも
それぞれ数人が演じることになっていて、確かに俺の出番はほんのちょっとしかない。

しかし、俺にとってはその「ほんのちょっと」が問題で、つまり……

…………。

(王子A、御者Aと馬Aを連れて上手から現れる、姫Aは王子Aを見ている)

王子A:「おや?姫様ではありませんか。」
姫A:「…………。」(姫Aは王子Aとは反対の方向を向く)
王子A:「やれやれ、無視ですか。」
姫A:「そうよ、無視してるの。わかってるならさっさと向こうに行って!」
王子A:「は、はい、申し訳ありませんでした、姫様。」

(王子A、御者Aと馬Aを連れて下手へ退場)

…………。

……こんな場面をやらせようというのだ。しかも「王子」と「姫」が直接会話する場面はここだけ。
まさに「悪意に満ちた配役」としか考えられない。
時間にしたら数分もないかもしれないが、しかし、このために何度も練習するのだ。
そう、あの鹿島と一緒に……。

雅俊:「そう心配すんな、俺達がついてるから。げへへ……。」
隆道:「…………。」

俺は心の中で祈った。

「どうか、来年は鹿島と別々のクラスになれますように……」

☆練習

その翌日から練習が始まった。

…………。

(王子A、御者Aと馬Aを連れて上手から現れる、姫Aは王子Aを見ている)

隆道(王子A):「おや?姫様ではありませんか。」
夕美(姫A):「…………。」(姫Aは王子Aとは反対の方向を向く)
王子A:「やれやれ、無視ですか。」
姫A:「そうよ、無視してるの。わかってるならさっさと向こうに行って!」
王子A:「は、はい、申し訳ありませんでした、姫様。」

(王子A、御者Aと馬Aを連れて下手へ退場)

…………。

どっ!
わははは……!!

たぶん俺が思いっきり棒読みなのも、笑われる一因になっているのだろう。
俺としては仕方が無い。鹿島のことは一生無視しようと誓ったのだから……。

そして、何度もこんなことを続けるうち……

夕美:「……あの、藤堂君。」

……鹿島が俺に話し掛けてきた。

夕美:「あの、……『劇の役』くらいはちゃんとやってね。
劇の始めの大切な場面なんだから。」
隆道:「…………。」

傍から見ればはっきり言ってくだらないこだわりだったが、
そのときも俺は鹿島の方を見ていなかった。
だから、鹿島がそのときどんな表情をしていたのか、俺にはわからなかった。

☆姫と王子

学芸会当日、加奈は病院から直接学校に来た。
当然加奈は自分のクラスの劇に出ることは出来ず、見ていくだけだ。

一方、相変わらず俺の「思いっきり棒読み」は直らず……、
そのまま本番を迎えることになった。

本番が近づき、俺達は衣装を着替える。

雅俊:「おお!かっちょいいーっ!!」
隆道:「…………。」

俺のは白っぽいスーツ上下にフリルとかを付けた衣装だ。

そして、俺の「共演者」たる鹿島は……

女子:「わあ、すっごーい!」
夕美:「へへへ……。」

……白いブラウスにピンクのロングスカート、そしてあちこちに
豪勢な飾り付けをしていた……。

隆道:「…………。」

…………。

本番が始まった。俺の出番はすぐだ。
既に舞台には鹿島……ではなく「姫A」がいる。

…………。

(王子A、御者Aと馬Aを連れて上手から現れる、姫Aは王子Aを見ている)

俺は鹿島を見ながら登場した。そして……

隆道(王子A):「おや?姫様ではありませんか。」

……いつもと違う雰囲気、ライトがこうこうとあたっているせいだろうか。
「思いっきり棒読み」ではない、普通の言葉が出てきた。

夕美(姫A):「……え?」

そして、俺の言葉に意外そうな様子の鹿島は俺のほうを見たままだ。
……しかし、鹿島は思い出したように、俺と反対の方向を向いた。

姫A:「…………。」
王子A:「やれやれ、無視ですか。」
姫A:「……そうよ、無視してるの。わかってるならさっさと向こうに行って!」
王子A:「は、はい、申し訳ありませんでした、姫様。」

(王子A、御者Aと馬Aを連れて下手へ退場)

…………。

結局劇は滞りなく終わり、拍手のうちに幕が下りたが、
……これが、俺と鹿島が交した五年生最後の「会話」になった。

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