修学旅行の思い出
☆出発前日
その日、俺は加奈の病室にいた。そして、加奈を説得していた。
実は、明日から三日間、俺は小学校六年生の修学旅行で
奈良、京都へ二泊三日の旅行に行くことになっている。
……つまり、その間加奈を見舞いに来れなくなるんだ。
藤堂加奈……俺の妹。
壊れそうな、本当に壊れてしまうのではないかと思うくらいもろい妹だ。
実は、以前俺はそんな妹の加奈を疎ましく思っていたけど、去年の例の
「森での一件」以来、俺は加奈を「守るべき大切な存在」として
扱うようになっていた。……俺の父の、
「隆道、強い男になりなさい」という言葉を思い出しながら。
美樹:「加奈ちゃーん、隆道君は、三日、三日来なくなるだけなんだからあ。」
加奈:「……(ふるふる)」
美樹:「ふう……。」
隆道:「美樹さん、どうしよっか……。」
近藤美樹……加奈の入院している病院の看護婦さん。
美樹さんは新人の頃から加奈を担当していて、今では加奈を
自分の妹のように思っている。そして、さしずめ俺は弟だ。
三日間俺が来ないということでいつまでもぐずる加奈に業を煮やしたのか、
美樹さんは声を上げて宣言した。
美樹:「んー、もう、わかったわよお。私が婦長さんに頼んで、
明日から三日間、加奈ちゃんの専属看護婦になってあげる。
……それでいいでしょ?」
加奈:「……え?」
美樹:「朝から晩まで加奈ちゃんと一緒にいてあげるってこと。
……わかった?」
加奈:「あ……。」
隆道:「美樹さん……。」
美樹:「はいはい、加奈ちゃんは『お姉さん』に任せて、
隆道君は全力で『青春』を謳歌してきなさい!」
隆道:「は……はい。」
美樹さんはたまによくわからないことを言う。
隆道:「それじゃ、加奈、行ってくるよ。お土産楽しみにしてろよ。」
加奈は、少し遅れて……
加奈:「……(こく)」
……と、小さくうなずいた。
その日の夜、俺はブタの貯金箱をカナヅチで叩き割った。
陶器の破片に混ざって、例の「森での一件」以来約一年間、
この時のために小遣いの無駄遣いを極力省き
(親友曰く「ケチって」)貯金しておいたお金が転がっていた。
これだけあれば、加奈へのお土産にそこそこの物が買えるだろう。
わざわざふたの無い貯金箱を使うなんて少し大袈裟かもしれないけど、
意思が弱い俺では、これくらいのことをしなければ駄目なんだ。
それにしても、今回が生まれて初めての修学旅行なんだ。
隆道:(旅行……、二泊三日……、奈良、京都かあ……。楽しみだなあ……。)
期待に胸膨らませつつ、俺は眠りについた。
☆出発の日
翌朝、集合場所の学校にて……
智樹:「しかし、『腐れ縁』っていうのは恐ろしいよな。」
育郎:「うんうん。四人とも同じクラスで、
しかもまさか修学旅行の班も一緒になるなんてね。」
雅俊:「ま、いいんじゃないか?深く考えなくても。このほうが楽しくていいや。」
隆道:「そうだな。」
長瀬智樹、船津育郎、下田雅俊……俺の親友。
詳しいことは言えないが、とにかく俺の数少ない親友だ。
ちなみに、この三人に俺を合わせた四人を、みんなは「四天王」と呼んでいる。
智樹:「あれ?あそこに一人でいるの、鹿島じゃないか?」
育郎:「あ、うん、そうだね。こっち見てるみたいだけど。」
雅俊:「何か、隆道を見てるみたいだな。」
雅俊の言う通りだった。だから……
隆道:「くそ……。」
……俺が鹿島を睨み付けると……
鹿島:「あ……。」
……鹿島はあわてて目をそらした。
鹿島夕美……俺の同級生。
実は俺の初恋の相手だった。過去形なのは、もし「こと」が上手く運べば
「俺のガールフレンド」になったはずの女子で、
それが去年の例の「事件」ですべて御破算になったわけで……。
……早い話が俺は鹿島に振られたんだ。それも鹿島はさんざん俺を笑い者にして。
だから、以来俺は鹿島を無視するようにしている。
ちなみに、鹿島とは去年は同じクラスだったけど、
六年生で運良く別のクラスになれた。
ピーッ!
担任:「おーい!集合しろーっ!」
隆道:「集合だってよ、行こうぜ。」
三人:「ああ。」
俺は……何故か鹿島のいた方を見た。
鹿島は……俺の方を見ていた。
隆道:「くそ……!」
鹿島:「…………。」
……二泊三日の修学旅行が始まった。
☆真夜中の失態
その日の夜、俺達一行は奈良の旅館に泊まった。
ちなみに一日目は大した所を廻らなかった。
奈良のメインは二日目、京都のメインは三日目だ。
……。
…………。
………………。
……………………。
……俺は夢を見ていた。しかし、それは目が覚めた後にわかったことで、
当然このときの俺にそんな自覚はない。
加奈:『お兄ちゃん、待ってよ。』
隆道:「え?」
加奈:『ふふふ、修学旅行って楽しいね。』
「加奈がこんなに自分の気持ちを素直に表現できる子だったろうか?」
という疑問より先に……。
隆道:「加奈!何でこんな所にいるんだよ!?」
加奈:『私の学年がお兄ちゃんに追いつくまで
お兄ちゃんが待っててくれたの、忘れたの?』
隆道:「!?」
加奈:『そんなことはどうでもいいから、ちょっと待っててよ!』
隆道:「加奈!そんなに走ったら……!」
加奈:『え?……きゃ!』
……俺の注意が遅かったか、加奈は俺の目の前まで来て
足をもつれさせたようで、転びそうになった。
隆道:「加奈……!」
俺は……迷わず加奈に手を伸ばし……。
雅俊:「……隆道、何やってんだよ?」
隆道:「え?……わあ!」
……俺は「雅俊」を抱き止めていたあ!?
隆道:「お、お前こそ!何やってんだよ!!」
雅俊:「何かニヤけたツラして寝てっからよ、ちょっとよ……。」
隆道:「ちょっとって……何だよ?」
雅俊:「ま、簡単に言えば?隆道の布団に俺が潜り込んじまったのは『修学旅行で
浮ついたから』……だけど、……隆道が俺に抱き付いたのはどういうわけだよ?」
隆道:「知るか。夢のことなんか、ショックで忘れた!」
雅俊:「そうかあ?鹿島の夢でも見てたんじゃないのか?」
隆道:「!?……。」
俺は……黙って冷静を装った。
か、鹿島の夢だって!?そ、そんなもの……。
……だいたい俺が、何で鹿島に手を伸ばさなきゃならないんだ……。
雅俊:「ちぇ、図星か。ま、せいぜいパンツに染み作らないように
『いい夢』見ろよ?」
この年頃の少年……と言うか、こいつがマセ過ぎなのか、
お約束の「捨てぜりふ」を吐いて自分の寝床に戻っていった。
隆道:「……ふう。」
俺は安堵の溜め息をついた。雅俊のやつ、勝手に勘違いしてくれた。
……と言うより、実は俺も本当に夢のことは忘れてしまっていた。
ただ、転びそうになった人間を抱き止めようとしたのは確かなようだ。
しかし、それは絶対に鹿島ではない。俺が鹿島にそんなことするはずないんだ!
だとしたら、やっぱり……。
……こうして、俺はそのまま……
隆道:(神様、どうか夢の続きが見れますように……。)
……夢の世界に入っていった。
☆奈良にて
奈良……と言えば大仏。
……とは断言しないけど、とにかく翌日、俺達は東大寺に来ていた。
智樹:「で、大仏はそもそも……。」
智樹はさっきから説明を続けている。智樹の秀才には、とにかく驚かされるんだ。
きゃっ、きゃっ……。
……女子のはしゃぐ声が聞こえてきた。
違うクラスの女子グループが近くにいて、女子は鹿とたわむれていた。
公園の鹿は角を切られているということもあるのか、とにかく大人しい。
隆道:「え?」
絶対偶然だ!その女子グループに鹿島がいた。
鹿島は……いつかのように笑っていた。
しかし、俺に向かって最後に微笑んだのは、もう一年くらい以前になる。
たぶんもう二度と無いと思う。……第一、俺がそうさせるはずがない。
そうこうして、俺達は「本命」の大仏殿に入った。
智樹:「この大仏の顔、まさにクールメン(冷静な面)だな。」
隆道:「あ、ああ。」
俺達は大仏の大きさに圧倒されていた。
そして……、当然のように鹿島のグループが近くにいた。
鹿島は……?
鹿島:「…………。」
……またか、鹿島は俺の方を見ている。
智樹:「で、次はだな……って、隆道、
お前、ここまで来て女子眺めて喜んでるのか?」
隆道:「え?……な、何だよ?」
智樹:「わかった。隆道にはこれから試験を出す。
答えられなければ帰ってから俺達におごること。」
隆道:「え?こんな所で試験!?勘弁してくれよ。」
智樹:「冗談だよ。たまにお前は熱くなるな。」
「俺は智樹ほど『クール』じゃないよ」と言いかけたけど、やめた。
きっと本人も自覚しているから。
今日は鹿島とよく会う……というか、
何故俺は鹿島にこだわっているんだろう……。
☆お土産
そうこうして、お土産を買うことになった。
お土産というのはだいたい「定番」があるので、両親に買うものは特に迷わない。
問題は加奈へのお土産だ。
俺の好みで決めていいのか、それとも……。
「女子の好み」をうかつに男子には聞けない。
かと言って、女子に聞くのも……。
育郎:「隆道、どうしたんだよ?」
隆道:「あ。」
ここは一つ「幼なじみ」の育郎に聞くか。
四天王の中でも温厚なやつだから、俺も何かと相談しやすいんだ。
隆道:「育郎、ちょっと聞くけど、女子の好みってわかるか?」
育郎:「え?何だよ、急に。」
隆道:「いや、実は俺の妹にお土産を買おうと……。」
育郎:「妹?……あ、『あの時の子』のこと?」
隆道:「ああ。」
育郎:「うーん……。」
育郎は一応考えてくれる。しかし……。
育郎:「うーん、それってやっぱり一人一人『好み』があるからなあ。」
隆道:「やっぱり、そうだよなあ……。」
育郎:「でも、二年後には妹も修学旅行来るんだろ?」
隆道:「え?……あ、ああ。」
育郎:「だったら、そんなに悩まなくていいんじゃないの?
適当に買っとけば。」
隆道:「あ……。」
確かに育郎の言う通りだ。
しかし、俺は別のことを考えていた。
隆道:(もしかしたら、加奈は修学旅行に行くなんてこと、
できないんじゃないのか……?)
育郎:「あ、隆道、みんな行っちゃうよ。俺達も行こう。」
隆道:「あ、ああ。」
隆道:(まさか、そんなはずないよな……。)
俺は自問自答しつつ、最終的には女子グループの行動を見つつ加奈のお土産を
買うことにし、結局自分の分は資金不足のためほとんど買えなかった。
☆帰路
そして、いつのまにか俺達は帰路についていた。
あれからあと、俺達は京都に行き、そして三日目は京都見物をした……はずだった。
しかし、俺の頭には特に記憶に残っていない。
実は、俺は奈良でお土産を買っている間からずっと……加奈のことを考えていたんだ。
帰りの電車の中、俺達はおやつを賭けて定番のカードゲームをやっていた。
育郎:「ほら、隆道の番だよ。」
隆道:「あ、ああ……。」
智樹:「え?隆道、そんなもん出していいのか?」
隆道:「あ……。」
雅俊:「『待った』は無しだからな。」
結局、このロスが祟り……
育郎:「ほら、隆道の負けだよ。おやつおやつ。」
雅俊:「隆道の奴、いいカモだな。」
隆道:「くそ!こ、今度こそ!」
智樹:「おい、クールになれよ、クールマン藤堂。」
……そして、まだしばらくは加奈のことが俺の頭から離れなかったけど……
隆道:(でも、ま、お土産だけはたくさん買ってきたし……。)
隆道:「ほら、俺の勝ちだ!」
智樹:「や、やられた!」
育郎:「え!?智樹が負けるなんて……。」
雅俊:「……う、嘘だろ?」
……結局、子供心にそう楽観視することになってしまった。
☆修学旅行の思い出
修学旅行の翌日は当然「代休」で学校は休みだ。
しかし、平日なので、両親は仕事に行く。
朝早く、まず父が仕事に行き……。
母:「隆道、今日はうちでゆっくりしてるのよ。」
隆道:「はーい。わかってるよ。」
……母も続いて行った。
そして、当然俺も出かけた。……お土産を持って、病院へ。
途中、俺は「鬼が島から宝を持って帰ってきた桃太郎」のような
気分で……とにかく、意気揚々と病院に向かっていた。
病院に着くと、俺は512号室に行った。
がちゃ。
隆道:「加奈、ただいま。」
加奈:「あ……。……(こく)」
隆道:「美樹さん、優しくしてくれたか?」
加奈:「……(こく)」
隆道:「それじゃ、俺がいなくても楽しかっただろ?」
加奈:「……(ふるふる)」
隆道:「え?……ま、いいか。」
そして、そこには、いつもの「もろい加奈」がいた。
……が、俺は修学旅行の気分が残っていて、そんな加奈に気づかない。
それでさっそく、俺はお土産を加奈のベッドの上に並べていった。
隆道:「加奈、……これ、いいだろう?」
加奈:「……(ふるふる)」
隆道:「え?……それじゃ、これは?」
加奈:「……(ふるふる)」
隆道:「え、えっと……。」
しかし、加奈は気に入らないのか、にこりともしない。
加奈:「……(ふるふる)」
せっかく、俺が自分の分の予算を切りつめて
加奈の喜びそうなものをたくさん買ってきたというのに……。
首を横に振り続ける加奈の態度に腹を立てた俺は、ついにブチ切れて……
隆道:「加奈、……それじゃ何がいいんだよ!」
加奈:「……(びくっ!)」
隆道:「あ……。」
加奈:「うう……。」
……昔からの癖で、つい加奈に怒鳴ってしまった。
「加奈は自分の意思で何かを決めることもできない」ということを、
実はこのとき初めて知ったんだ。
案の定、加奈の目には涙が溜まっている。
俺は、今度は出来る限り優しく問い掛けた。
こういう時、俺はいつも罪悪感にとらわれる。
……そして、それが当然だと思ってしまう……。
隆道:「……ごめん、加奈。加奈の好きそうなやつ買ってこなくて。
……今更何だけど、それじゃ、加奈は何が欲しかったんだい?
次の修学旅行の時にはなるべく買ってこれるように努力するから。」
加奈:「…………。」
加奈は俺を見つめて何か小声で言ったようだけど、よく聞き取れない。
隆道:「ん?どうした?」
加奈:「……お兄ちゃんがいい。」
隆道:「え?」
一瞬、意味が理解できなかった。
加奈:「おみやげ、『優しいお兄ちゃん』がいい。私、大切にするから、
……ずっとそばにいてほしいから。だから、いじめちゃやだよ……。」
隆道:「あ……。」
……加奈の目から大粒の涙がこぼれた……。
俺は……
バサッ!ドサドサッ!!
ぎゅ。
……そして、お土産の絵葉書やらがベッドの上から落ちたりひしゃげたり
するのも顧みず、加奈を思いっきり抱きしめていた。
加奈:「お兄ちゃん……苦しいよ……。」
隆道:「ご、ごめん……。」
俺は加奈に謝ったけど、加奈を抱きしめる腕の力を弱めるだけにした。
そして……
隆道:「それじゃ、加奈、修学旅行の『この』お土産、もらってくれるか?
加奈の気持ちもわからないような駄目な兄貴だけど、
加奈のこと、これからずっと優しくする、約束するよ。
だから大切に加奈のそばに置いといてくれるか?」
加奈:「……(こくこく)」
きゅ。
……加奈の小さな手が俺の背中に回ったのを感じた。
隆道:「本当に……もらってくれるのか?」
加奈:「……うれしい。」
隆道:「よかった……。」
俺と加奈はこのまま抱きしめ合っていた。
このまま誰も部屋に入ってこなければ、たぶん、いや、
きっと永久に抱きしめ合っていたに違いないけど、当然そんなはずもなく……
がちゃ。
?:「あれ?……あんた達、何やってんのよう。」
びくっ!
……反射的に、俺は加奈から離れた。
美樹:「いくら仲が良いからって、真っ昼間から抱擁しちゃって。
それに、これ、お土産でしょ?……あーあ、ちらかしちゃって……。」
俺は、何故かどぎまぎして弁解する。
隆道:「あ、あの、……そ、そう、俺が修学旅行から帰ってきて、
加奈との再会の喜びを体全体で表現していて……。」
美樹:「はあ?」
美樹さんはすっとんきょうな声を上げた。
そして……
美樹:「ふふふ、大袈裟ねえ。生き別れの兄妹が
数十年ぶりに再会したみたいに……。」
隆道:「ははは……。」
加奈:「ふふふ……。」
美樹さんは笑って言った。俺も笑っていた。そして、加奈も。
「きょうだい」三人みんなで、恐らく違う理由で笑っていた。
……結局、二泊三日の修学旅行の一番の思い出は、この瞬間だったんだ。
布教用ショートストーリー「修学旅行の思い出」・FIN