父と娘と
その日、俺は久しぶりに夕美の自宅に行くことにした。
鹿島先生……いや、「夕美の父親」に会うためだ。
「今日伺う」という話は以前からしてあり、鹿島先生も俺を待っている。
隆道:「おはようございます。」
俺も夕美のことは言えない、……俺も数日前から「予行演習」をしていたからだ。
客間に通され、鹿島先生とさっそく二人っきりになる。
……夕美はどこにいるのだろうか、夕美の姿を未だ見ていない。
夕美の父:「……こうやって君と会うのは、初めてだったな、隆道君。」
隆道:「あ、はい。病院では以前お会いしましたが……。」
夕美の父:「それは、例の手術の直前のことだったな。」
隆道:「……はい。」
鹿島先生と俺の共通の話題は、やはり加奈のことだ。
夕美の父:「君が加奈くんのことを誰よりも、
……そう、私の娘よりも大切に想っていたことは、看護婦の近藤君から聞いている。
そして、その結果君が夕美に対してどのようなことをしたのかも、夕美から聞いている。」
隆道:「…………。」
俺は返答できない。加奈を想うあまり夕美に対して酷いことをしていた、という自覚はある。
しかし、「当時」は無かったんだ、そんな感情……。
夕美の父:「君が本心でどう想っているか知らないが、あれでも夕美は私の大切な娘だ。
その点では、加奈くんのことを想っていた君の気持ちに負けないつもりでいる。」
隆道:「…………。」
夕美の父:「そこで、私からの提案だが、……どうだろうか、隆道君。
君の『誰かを大切に想う、優しさ』を、これからはこの夕美だけに向ける、
ということはできないだろうか?」
隆道:「……え?」
ある意味意外だった。しかし、この質問に対して、このときの俺は明確な回答を持っていた。
確かに以前「加奈と夕美の二人ががけから落ちた時、俺はどちらを助けるのか」と
本気で考えたことはあった。
しかし、結局俺は、加奈と一緒にがけから落ちそうになるところを夕美に助けられたんだ。
隆道:「はい、もちろんです。今日はそのことでお伺いしたのですから。」
夕美の父:「ほう。」
隆道:「確かに私は誰よりも加奈のことを大切に想っていました。
そのことで夕美さんを苦しめたこともわかっています。
しかし、それでも夕美さんが私を選んでくれるなら、
これからは夕美さんのことを守っていきます。」
夕美の父:「それは、加奈くんがこの世にいなくなったから……か?」
隆道:「いえ、私にとって夕美さんは『妹』の加奈よりも大切な人だとわかったからです。」
言い終わると、俺の頭は自然に下がった。
夕美の父:「ほう……。」
数秒の沈黙が流れた。
夕美の父:「……ということだ、夕美。お前の男を見る目は確かだったようだな。」
夕美:「はい。当然です、お父さん。」
がら。
隆道:「え?」
夕美は隣りの部屋にいた。
こうして改めて見ると、夕美もけっこういいとこのお嬢さんだ……。
夕美:「ありがとう、隆道君。」
夕美の父:「『夕美にはしかるべき男を……』と思って君を追い払うつもりだったが、
……これではそうはいかなくなったな。」
鹿島先生は、俺の気のせいか、寂しそうに笑った。
夕美の父:「さあ、隆道君、飲もう。……君も知っていると思うが、
夕美もけっこういけるほうなんだ。……なあ、夕美。」
夕美:「お、お父さん……。」
隆道:「は、……はあ。」
俺は苦笑するしかない。
夕美の父:「母さん!ビールか何か持ってきてくれないか?」
夕美の母:「はいはい、ちゃんと用意してあります。」
それから俺は鹿島先生と、そして夕美と少々飲んだ。
俺が「夕美の父親」のことを「お義父さん」と呼ぶのも、そう遠い日ではないだろう。
コメント:夕美の幸福の夕美の告白のシーン直後と考えてくださればいいです。
あと、誰かを大切に想う、優しさというのは(初回版)パッケージの裏に書いてある言葉です。