改善事例紹介

 

このページでは、私のホームページを見られて、癌代替医療補助用の高品質版糖鎖アラビノキシラン(=Oryzalose)や治療補助用酵素を飲まれて、症状が改善された方、完全に完治された方のご紹介を致します(順次増やしていきたいと思います!)。ご参考にして頂けたらと思います。本当におめでとう御座いました!!!

※末期癌を克服・改善されました方々からの原稿を募集しております。公開しても良いと思われる方は是非原稿をメールにてお送り下さいませ!勿論、公開する原稿は匿名でも結構です。沢山の原稿をお待ちしております。

 

@同級生の悪性リンパ腫からの生還報告(大阪府 はーさん 当時29歳)

私の同級生が、私の父が闘病している頃とほぼ同時期の96年頃、職場の健康診断でひっかかり即入院・治療となりました(2−3年前から胸部レントゲンに影があったにも関わらず医者の見落とし)。胸腺部付近と肩付近に影があり、彼は大阪大学医学部付属病院へ入院しました。精密検査により「悪性リンパ腫」と診断されました。発見が遅れたためかなり進行していたようです。そのためすぐに手術となり、胸腺部は切除を行ったとの事です。ただ、肩の小さい影は手術が大変という事と大きさが非常に小さいという事で、抗癌剤治療をしながら経過観察をすることになったようです。手術して1週間ほどで彼は病院から「次の患者がベッドが空くのを待っているから」との理由で即退院させられ、通院による検査及び抗癌剤治療を受けていたのですが、退院から僅か2ヶ月ほどで肩の一部が腫れ上がり、「再発」と診断されたようです。この肩部の手術は、通常とても 複雑で危険な治療(一時的に心肺停止をしての手術)をしなければならないという事で、彼は手術するかどうか非常に悩んでいたようです。リスクが非常に高く、手術中に生命を落とす可能性も高いと主治医から説明があったそうです。彼の子供はこの時点で保育園児と赤ちゃんの 女の子二人、どうしても死ぬわけにはいかないと思うのは当然のことです。

この時点で彼から久しぶりに連絡があり「久々に会って話がしたい」との事で、父の経過も順調だったこともあり、彼の自宅へ息抜きのつもりで遊びに行きました。私の気楽な気持ちとは裏腹に、彼も彼の奥さん(奥さんも同級生)は非常に落ち込んでいる様子でした。「どうした?」と聞くと彼は初めて闘病中であること、そして再発したことを話し始め大変驚きました。全身の力が抜ける感覚でした。彼とは高校では同じバレーボール部で、病気をしたなんて一度も聞いたこともないとても元気だった彼がそのような大病をしているとは到底信じられませんでした。しかし胸腺部の手術痕を見ると現実なのだと分かり、かなりショックを受けたことを今でも鮮明に覚えています。その時に、実は私の父も咽頭癌+舌癌で闘病中であることを話し、父の経過がとても順調に進んでいる事を希望に感じてくれたようです。彼は私と会うまでずっと手術すべきかどうか悩んでいたようですが、結果「一か八か」のハイリスクな手術は拒否することに決め、私の父と同じ治療法、つまり糖鎖アラビノキシラン-Oryzalose(当時は第3世代のアラビノキシラン for medical doctors:現在廃盤)を服用して、免疫力強化や体力強化、そして生活改善(生活リズムや食生活)などに取り組み、自然治癒力アップのプログラムに取り組むことを決めました。そして彼は98年の春頃から服用を開始しました。治療補助用酵素も併用し、「日に日に身体に良い変化を感じる」と言っていたのをよく覚えています。手術を拒否したことで入院しての抗癌剤治療は少し行いましたが、病院ではもう何もできない(医者が匙を投げました)との事で98年10月18日に退院しました。しばらくオリザロースOryzaloseを飲みながら自宅療養し、見るみる肩部の腫れが引いていくのを希望にして半年間の自宅集中療養を終えました。そして99年ゴールデンウィーク前には検査で異常なしと診断され、ゴールデンウィーク明けからは職場復帰できるようにまで快復しました。

そして現在も彼はピンピンしていて「あれからずっと血液データは全て正常値で推移している。肩部の影も全くない!もう数年前に再発・転移をする心配はしなくて良い、と主治医に太鼓判を押されているから安心してや」との事です。当時、肩部のレモン大くらいあった影が何と完全に消えて現在に至ります。99年春頃に一度肺に影が映ってヒヤッとした事もありましたが、それも暫くして完全にきれいに消えています。数年前からママさんバレーのコーチを週1回していて、私よりも元気に走り回っています。頭は現在もまだ坊主のままですが、抗癌剤などの副作用ではなく、手入れが楽なのでそのまま坊主にしていると言っています。坊主頭はさすがにちょっと、見た目が怖い感じなのですが・・・でも彼は一日一日を大切にして、前向きに元気に生きています。彼には、このままずっと元気でいて欲しいと心から願っています。

A義父様の肺がんからの生還報告(横浜市 徳永富士雄様)

私は横浜市在住の徳永富士雄(41)と申します。仕事は宇宙開発のエンジニアリングを担当している技術者です。このページのお父上の闘病に関するホームページを見せていただき、自分の考え方と同じ方がいらして、なおかつそれを実行し成功された例として心強く思い、自分の家族にもその対応を実践しました。以下に私の家族が体験した肺がん宣告とそれに対する対応の記録を紹介します。

B悪性リンパ腫(ホジキン病)からの生還報告(匿名希望H.T様)

私は悪性リンパ腫(ホジキン病)と診断され、99年GW連休明けから入院しましたH.T.と申します。年齢は37歳、妻も子供もあります。何とか治したいと思い、インターネットで情報を収集している時に偶然、このホームページ「難病からの生還」に出会いました。いわゆる健康食品というものは、数多く存在しますが、その効果については良くわからないというのが、実情だと思います。しかし、このホームページでは、病気発生のメカニズムや アラビノキシランの開発経緯、効果、また、お父様の実例などが詳しく紹介さており、病気に罹った身としては勇気づけられるとともに、大変勉強となりました。

C乳がん(末期)+全身転移からの生還報告(匿名希望 茶暮れ様)

2000年4月上旬、妻から、妻のお母さんが乳がんであることを突然知らされました。妻は少し動揺しているようでしたが、努めて冷静を装っていました。そのころ、ちょうどインターネットを始めたばかりの私は、手探りの状態で何か有益な情報はないものかと、探し始めました。数多くの癌関連情報の中から、一番信頼できそうな、また癌に効きそうな情報が掲載されているホームページを探しました。それが「難病からの生還」ホームページでした。

早々メールでコンタクトを取らせていただき、 癌代替医療補助用のドクター向けアラビノキシランを紹介して頂ました。精神的に厳しかった私どもを、暖かく励ましていただいたSarah様には、本当に感謝いたしております。その後、 アラビノキシランを飲みだした母は、余命3ヶ月と言われたにもかかわらず、順調に快復し、今では、乳がんこそ消滅していないものの、全身に転移していたがんは、レントゲンでは確認できないほどに、また乳がんの方も活動を停止しているという状態まで快復しております。まだ、定期的に病院にて抗がん治療を必要としますが、ここまで快復できたのも、 アラビノキシラン、そしてSarah様のご支援のお陰だと思っています。以下に詳しい経過報告を紹介いたします。

D卵巣がん(ステージ3以降)+肝臓転移の症状改善報告(匿名希望 ペコ様)

薬などの治療はまったくせず、 アラビノキシランを一日3回ずつ飲んでいただけなのですが、それだけで、腫瘍マーカーの値が下がり続けているのです。さすがにこれには主治医もびっくりしているようです。母から電話で「お前が持ってきてくれた アラビノキシランが凄く効いてるよ」と、元気な声で連絡をもらって嬉しいです。

このままいけば、手術できなかったほどの癌が、本当に治ってしまいそうです。あとどれくらいしたら癌が消滅するのか、楽しみで仕方がありません。

E食道がん末期(余命3ヶ月)+肺転移からの生還報告(北海道 鈴木様)

平凡な人生を一変して地獄に変えてしまうもの、その多くの原因は難病だと思います。今、癌保険のCMが多いのも、やはり多くの人々が年々それらの病気に侵されているせいだと思います。「自分達だけは絶対に大丈夫」そう過信するのが一番危険なのです。今回の件で私は大切な家族を失いかけ、身を以ってその事を思い知らされました。丈夫なだけが取り柄だった父が侵された病名、それは私達が今まで他人事の様に見てきた「癌」だったのです。

昔から不治の病でそれに侵されたら最後、あとは死を待つばかり…。そう概念を持っていた私にとって、それは正に地獄以上の恐怖でしかありませんでした。医学が進化した現在でも早期発見は別として、完全な治療法は無いとされています。母と私は信じられない事実に打ちのめされ、出口の無い暗闇の中を彷徨い続けていました。しかし、一筋の光が私達の暗闇を照らしてくれたのです。『奇跡』という名の光りが…。

『奇跡』よく耳にする言葉ではありますが、リアルさに欠け非現実的だと思っていました、今までは。しかし、それを信じないわけにはいかない出来事が次々と私達に起こりました。こうして、私が今まで体験してきたことを体験談という形で書き記すことが出来るのも、その『奇跡』のお陰です。この素晴らしいホームページ『難病からの生還』を目にした時から、私達の奇跡は始まったのです。そして、このホームページに私のような者の体験談を載せて頂ける事をとても光栄に嬉しく思います。

未熟で至らない文章の数々ですが、私の体験談を読んで少しでも同じような苦しみを抱えている方々の勇気と励みになればと思っています。

F肺がん末期(余命2ヶ月)からの生還報告(奈良県 匿名希望 ウー様)

義父、昭和3年生まれ、昭和56年に胃を3分の2切除。酒タバコ甘い物好き。平成4年肝炎で入院、以後酒を止める(時々飲んでいた)。平成12年、初期の糖尿病と診断。食事制限で甘い物も止める(時々内緒で食べる)。

そして平成13年6月、肺線がん、それもかなりの勢いで増殖する悪質な物との結果。水がたまって肺が溺れてる状態で、その上心臓にも負担が掛かりがんで命を落すよりも先に心臓が機能しなくなる恐れもあると聞かされました。不幸中の幸いは転移が無かった事ぐらい。余命は2ヶ月、「お盆までもつかどうか」医師から当時そう宣告されました。

しかし病院治療とアラビノキシランによる免疫療法で、平成13年10月、レントゲン検査では影は完全に消え、翌月見事退院。退院の時、主治医が「ここまで完治して退院した患者は始めてだ」と義父を抱きしめ喜んでくれました。

義父は運が良かったのでしょうか。決してそうじゃないと思います。「自己治癒力」漠然とした物ですがケガをしたらカサブタが出来て治っていきます。癌だって自分で治す力が備わっているんです。その力を100%発揮できるように今までの生活を見直す事も大切だと思いました。

これを読んでくださった方、余命2ヶ月といわれても十分間に合いましたよ。このHPとSarahさん、応援してくださった皆様に感謝します。そして今病と闘ってる皆様、生きる力を信じて頑張って下さい。

G母(63歳)胃がん(余命3ヶ月と宣告)+腹膜、リンパ節転移からの生還報告(京都府 宮村真由美様)

嬉しい報告です!なんと、母の癌が消えました。先日、内視鏡の検査があり、10cmもあった癌が、きれいに消えていたのです。念のためにとった細胞にもがん細胞は発見されませんでした。

とにかく、癌が消えたのです。信じられません。末期と言われ、余命3ヶ月と言われていたのに、こんなに元気に生活しているのですから・・・。治療補助向けアラビノキシランに出会えて本当に良かったです。ありがとうございました。母のような癌に苦しんでいる人に、希望をもってほしいと思います。癌は治るのですね・・・。

この母の体験が一人でも多くの方に希望を与える事ができるのならば、皆さんにお伝えしたいと考えていました。ただ、文章を書くのが苦手なので未熟な内容ですが、宜しければ改善事例詳細をご覧下さい。

H母(70歳)悪性リンパ腫(余命3ヶ月と宣告)からの生還報告(愛知県 中本克樹様)

おかげさまで母の病気が治り、03年12月に退院できました。最近は体力も回復してきて、普段どおりの生活に戻っています。これもSarah様がホームページでアラビノキシラン等に関する幅広い情報を公開してくださったこと、入手先を教えてくださったことのおかげと心から感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

お礼とご報告が遅くなってしまい、申し訳ありません。母の事例が少しでも、病気と戦っている方や、ご家族の励みになればと思い、経過を記しました。ご一読いただければ幸いです。

I父(68歳)胃がん(余命数ヶ月と宣告)からの改善報告(小島由佳様)

2004年9月に、胃がんのオペをした父が、末期だったことがわかり、こちらのサイトにたどり着き、色々教えていただきました小島です。その節は、ご親切に色々励ましのメールを送っていただき、本当にありがとうございました。おかげさまで、父のがんはオペ後6ヶ月の時点では変化なしでしたが、6ヶ月後は一回り小さくなりました。顔色もよく、痩せることもなく、本当にがん患者?とおもう程元気にしております。私が、サイトを拝見した際、やはり体験談が沢山読みたかったというのがありました。もしよろしければ、私のようにどん底の気持ちでいる方を少しでも勇気付けることができるのであれば、体験談を載せていただきたいと思います。

J末期乳がん(余命3〜4ヶ月)からの改善報告(YK様 40歳)

2005年6月の末、私は左首に大きな腫瘍(グレープルーツ大)、そして左胸と左脇にも大きな腫瘍をもったまま、病院に駆け込みました。明らかに末期の転移性乳がんであり、余命宣告は3〜4ヶ月でした。しかし延命の可能性をかけて、抗がん剤の治療が始まりました。ほぼ同時期にこのサイトにたどりつき、サラさんのアドバイスをいただいて、 ドクター向けアラビノキシラン+ 治療補助酵素の服用がスタート。目を見張るほどの腫瘍は約2ヶ月でほとんどわからないほどになり、仕事への復帰ができました。現在でも腫瘍は残っており、抗がん剤は続いてますが、ますます小さくなる腫瘍に、医者も喜んでくれています。絶望一色だった私にとって、サラさんや他の患者さんの体験談がとても励みになったので、少しでも他の患者さんの力になれたらと、現在までの途中経過を報告させていただきます。

K父(56歳)直径6cm深さ9cmの進行胃がん・ステージ4からの生還報告(栄ちゃん&ひろし様)

肝転移、膵臓に腹水、大腸・腹膜・リンパ節など体中にバラバラと転移あり。手術不可。胃の上部外側に大きく膨らんでいるめずらしい胃がんで、それが食道をふさぎ、痛みを伴って物理的にも食事ができなくなっている。医師の診断…手術は不可能なので、まずは放射線で食道をふさいでいる癌を小さくし、後は化学療法で癌の進行を食い止めるしか方法がない。今後癌が小さくなることは絶対にない。化学療法でも効果はなんとも言えず、仮に食い止められたとしても、いつかはまた癌が広がる。つまり、あくまでも延命治療でしかない。どこの病院へ行っても同じ結果だろう。現代医学では根治は不可能。進行が早いので、余命はもってあと1年、悪ければ3ヶ月。

当初そんな状況だった父の最終のCT結果がでました。残っていた癌は、CT画像上、きれいに消えました!!本当にありがとうございました。これも、Sarah様が教えてくださった、 高品質版第4世代・糖鎖アラビノキシラン&酵素、そして様々な癌に対する知識のお陰にほかなりません。心から御礼申し上げます。そして、私の経験も、癌で苦しむ方々のお役に立てたいと思いますので、是非、Sarah様のHPに記載して下さい!お忙しい中とは思いますが宜しくお願い申し上げます。


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余命3ヶ月の末期がんと宣告されながら、
僅か4ヶ月で癌を完全消滅させた
私の父の奇跡の闘病記も是非お読み下さい。
末期がんの進行を食い止め、
消滅させるためのヒントがあるかも知れませんので。


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