関連領域重要文献紹介:ポピュラー音楽と著作権

Popular Music and Copyright

増田聡

MASUDA Satoshi

『ポピュラー音楽研究』第8号(2004)掲載
(実際の掲載稿とは若干相違があります。引用などの場合、必ず原文を参照してください)

はじめに

 著作権をめぐる問題や諸事件がここ数年頻発しており、音楽著作権制度やそれと関連する音楽産業に対する関心もまた高まってきている。本稿ではポピュラー音楽研究に関して有益と思われる著作権関連文献の紹介を行うが、筆者は正統的な法学教育を受けてきた者ではなく、その選択・解説は美学、文化社会学、音楽産業論、メディア論などの非法学的観点からなされたものであることを了承いただきたい。故に本稿が目指すのは、法学的な見地とは異なるところからなされた著作権論が増加しつつある昨今の状況を、より広い文化論的文脈に位置づける作業、ということになる。

 また、著作権制度は1886年のベルヌ条約(文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約)以来、国際的な制度調和が行われているが、具体的な法制度の構造や思想的基盤、音楽文化との関わり方は国によって様々に異なる。よってここでは、主に日本において生じている諸問題を考える上で有益な文献を中心にしながら、関連する国外の著作権関連文献を併せて紹介する。また、学術的な文献に留まらず、今後の著作権論に影響を与える可能性が強い一般書も取り上げ、現時点での日本における音楽著作権論の状況を示すこととする。

1.著作権概説

 著作権研究は当然ながら、制度的な法学における基礎的な概説書を踏まえるところから始められなければなるまい。日本の著作権法学を永らくリードしてきた半田正夫の諸作は、著作権法の体系的理解からその思想的背景に至るまで、現行制度を前提する立場から分かりやすく解説してくれる。『著作権法の研究』(一粒社、1971)は、財産権的側面と人格権的側面を併せ持つ著作権の特殊な性質を、各国法との比較ならびに歴史的・思想的経緯を踏まえて統一的に理解する道筋を示した研究。『著作権法概説(第11版)』(法学書院、2003)は法改正の度に改訂を重ねる標準的な概説書。『著作物の利用形態と権利保護』(一粒社、1989)、『転機にさしかかった著作権制度』(一粒社、1994)なども参照。

 加戸守行『著作権法逐条講義(四訂新版)』(著作権情報センター、2003)は、現行著作権法を実際に起草した元文化庁著作権課長による法解説。この分野における第一級の参考図書として、講学上のみならず実務上も必須文献とされている。その他、法学分野で定評ある概説書として知られているものには、田村善之『著作権法概説(第2版)』(有斐閣、2001)、金井重彦・小倉秀夫編著『著作権法コンメンタール上巻 1条〜74条』(東京布井出版、2000)、同『著作権法コンメンタール下巻 75条〜124条』(東京布井出版、2002)、作花文雄『詳解著作権法(第3版)』(ぎょうせい、2004)、斉藤博『著作権法(第2版)』(有斐閣、2004)などがある。特に田村書は、現代的な諸問題に対して新たな法解釈のアプローチを打ち出したものとして評価が高い。作花書は平成16年国会での改正も反映された最新版。

 著作権法令研究会編『著作権関係法令集』(著作権情報センター)、日本音楽著作権協会『著作権関係法令・諸規定集』(日本音楽著作権協会)は毎年刊行されている関係法令集。インターネットでも関係法令は確認することが可能だが、手元にあると何かと便利である。

 外国法に関してはやや注意が必要となる。各国の著作権法は大きく大陸法系のものと英米法系のものに大別され、ドイツ法の影響の元に各種法制度を整備してきた日本の著作権法は大陸法系に分類される。一方、国際的なポピュラー音楽市場において大きな影響力を持つアメリカ・イギリスは英米法系に分類される。無方式主義(権利発生に創作の事実だけがあれば足り、なんらの手続きを必要としない)・人格権(同一性保持権・氏名表示権などの、著作者の人格的利益に関する権利)重視の傾向を持つ大陸法に対して、方式主義(これは最近では廃れたが)・財産権重視を特徴とする英米法は、思想的・制度的な様々な水準で食い違いを見せる。例えば、英米での著作権は"copyright"、すなわち複製行為に伴う経済的権利の帰趨をめぐる権利概念として観念されるが、日本を含む大陸法諸国では「(著)作者の権利」という語で示され、作品を創作した作者が保持する人格的・財産的権利をいかに規定するか、という観点から権利概念が構成されることとなる。さらに著作権に関する国際条約であるベルヌ条約は、大陸法フランスの主導で作られた、「作者の権利」としての色彩が強い制度設計に由来するものであり、こんにちの国際的な著作権保護におけるさまざまな概念的摩擦の一因ともなっている。よって、特にポピュラー音楽研究の立場からは、各国毎の法制度・法思想の差異に留意しつつ著作権にアプローチすることが肝要となろう。

 フランス著作権法の概説とその思想的背景については、クロード・コロンベ『著作権と隣接権』(宮澤溥明訳、第一書房、1990)、ドイツ著作権思想については(やや古くなったが)ハインリッヒ・フーブマン『著作権法の理論』(久々湊伸一訳、中央大学出版部、1967)が参考となろう。一方、アメリカ著作権法については昨今詳細な概説が増加する傾向にあるが、手頃なガイドとして山本隆司『アメリカ著作権法の基礎知識』(太田出版、2004)を挙げておく。さらに、小泉直樹『アメリカ著作権制度–原理と政策』(弘文堂、1996)と併読するならば、日本法との構造の違いが明確になるだろう。イギリス法についてはマイケル・F・フリント、クライブ・D・ソーン『イギリス著作権法』(内藤篤監修・高橋典博訳、木鐸社、1999)に詳しい。また、IASPM系の研究者が中心となって編纂された初のポピュラー音楽研究大事典である、Shepherd, Horn, Laing, Oliver, Wicke(eds.) ,'Continuum Encyclopedia of Popular Music of the World' [Continuum, 2003-]の第一巻、Media, Industry and Societyでは、第9章が 'Copyright' に当てられており、17項目にわたってポピュラー音楽研究の立場から概観された著作権制度のありようが解説されている。参考文献も多数挙げられており、これも有用であろう。

 これら錯綜する著作権思想の布置を包括的に整理する視点を近年精力的に開拓しつつあるのが白田秀彰である。「著作権の原理と現代著作権理論」(比較法史学会関東部会(一九九八年一月三一日)での研究発表、http://orion.mt.tama.hosei.ac.jp/hideaki/theory.htmに掲載)は、原理的な視点から大陸法と英米法の相違をエレガントに整理しており、必読に値する。

2.著作権史

 著作権制度は、グーテンベルクの活版印刷術の発明を受け勃興した印刷産業が、その経済的利権を確保するために王や領主に対して出版の独占を求め、権力側も書物の検閲の目的もあって特許を与えたことから始まる。これを印刷特許(出版特許)と呼ぶ。阿部浩二「著作権法前史(一)」(『岡山大学法経学会雑誌』28号、pp.65-84、1959)、「著作権法前史(二)」(『岡山大学法経学会雑誌』31号、pp.71-85、1959)はヨーロッパ各国の印刷特許制度の歴史をまとめた論文。

 出版者の特権として始まった印刷特許は、その後のギルド的な出版業者たちの権利を巡る争いなどを経て、やがて著作者の権利が認められていく。1710年にイギリスで成立したアン法(Statute of Anne)は、出版者と並んで著作者にも出版物の経済的権利が存在することを初めて明文で規定し、近代的著作権法の始まりとされる。このイギリスで成立し、のちにアメリカに引き継がれたコピーライト制度発達の全貌を、重厚な資料調査によって明らかにした必読の研究が白田秀彰『コピーライトの史的展開』(信山社、1998)である。

 コピーライトはさらに、18世紀ヨーロッパ大陸に発達した近代芸術思想の影響で、天才的作者が作品に対して持つ天賦の所有権と見なされるようになる。この傾向がもっとも先鋭的にあらわれたのが、大革命を経たフランスであり、そこでは作者の人格的利益を重視する大陸法的な著作権制度が形作られていく。さらに、ビクトル・ユゴーらが主導した国際文芸協会の尽力により、19世紀半ばになると国際的な著作権保護の条約が模索され、1886年に締結されたベルヌ条約となって結実する。フィリップ・パレス『音楽著作権の歴史』(第一書房、宮澤溥明訳、1988)、宮澤溥明『著作権の誕生–フランス著作権史』(太田出版、1998)にその経緯は詳しい。関連して、渡辺裕「著作権意識の成立と音楽の『近代化』」(『ポリフォーン』vol.11、pp.90-99、1992)は著作権思想の転換期にあった18世紀末の作曲家たちの著作権意識を検討しており興味深い。

 日本の著作権制度は、江戸時代からの板株制度などと断絶した形で、幕末の不平等条約改正のためにベルヌ条約加盟を義務づけられたことから始まる。1899年の旧著作権法成立とその前後の経緯については、倉田喜弘『著作権史話』(千人社、1980)、阿部浩二『著作権とその周辺』(日本評論社、1983)、吉村保『発掘日本著作権史』(第一書房、1993)、大家重夫『著作権を確立した人々』(成文堂、2003)などに詳しい。ベルヌ条約の前提する著作権概念がいかに日本の文化概念の中に翻訳されていったかについては、拙稿「音楽『著作権』の誕生–近代日本における概念の成立と流用」(『鳴門教育大学研究紀要(芸術編)』第17巻、pp.37-46、2002)で論じた。日本音楽著作権協会(編)『日本音楽著作権史(上)』『日本音楽著作権史(下)』(日本音楽著作権協会、1990)は、音楽著作権制度の成立とその影響、裁判や事件などについて、明治から1980年代の貸レコード店問題にいたるまで、関連する一次文献を広範に収集した必携の労作である。細川修一「著作権制度とメディアの編制」(『ソシオロゴス』27号、pp.249-268、2003)は、桃中軒雲右衛門事件とプラーゲ旋風という、近代日本の音楽著作権史上の重要事件について、メディア論・音楽産業論の見地から検討した論考であり、文化研究としての著作権研究のモデルケースを示している。

3.著作権と音楽産業

 こんにちの著作権制度は、単に文化創作と受容を律する法というよりも、文化産業の経済構造を規定しその実践と利益を調整する法制度として機能している。故に、音楽著作権研究は音楽産業研究と密接に結びついており、音楽産業の現状についての知識と考察は欠かせない。

 音楽産業の実務の中で、著作権制度がどのような形で機能しているかを把握するには、安藤和宏による一連のハウツーシリーズが最も役に立つ。『よくわかる音楽著作権ビジネス』(リットーミュージック、1995)から始まった本シリーズは、法改正に伴い修正を加え、『よくわかる音楽著作権ビジネス1(基礎編)』『よくわかる音楽著作権ビジネス2(実践編)』(リットーミュージック、1998)へと発展した。最新刊は『よくわかる音楽著作権ビジネス基礎編(2nd Edition)』『同実践編』(リットーミュージック、2002)。ネット配信やCCCD問題、アジアにおけるJポップの展開まで見据え、豊富な実務経験と法知識を背景にした解説は他の類書の追随を許さず、実務現場でも定評ある基本文献の地位を獲得している。

 同様の役割をアメリカで(より包括的に)果たしてきたのがシドニー・シェメル&ウィリアム・クラシロフスキー『ミュージック・ビジネス』(内藤篤・浅尾敦則訳、リットーミュージック、1997)であろう。訳書では千頁を越える大著ではあるが、アメリカの音楽産業実務の必携文献として知られており、音楽ビジネスに関係する法規や契約実務、税制に至るまでを詳細に解説した、まさにバイブル的存在である。

 プロジェクトタイムマシン『萌える法律読本–ディジタル時代の法律篇』(毎日コミュニケーションズ、2004)は、オタク系マーケットに照準を定めた装丁が異色な一般書だが、外見に似合わず硬派な内容を持つ。音楽著作権について多くの頁が割かれており、違法コピー問題や違法ファイル流通問題などの近年の音楽著作権問題についても、単にその法侵犯を論難するのではなく、音楽流通と消費の構造変容として捉えつつ著作権デザインの改善へと目を向けており、一読に値する。

 日本の音楽産業、とりわけレコード産業研究に関しては、生明俊雄『ポピュラー音楽は誰が作るのか–音楽産業の政治学』(勁草書房、2004)が必読。また、倉田喜弘『日本レコード文化史』(東京書籍、1979。現在では記述を簡素化した1992年の新装版が入手可能)は、近代芸能史の第一人者らしく、豊富なエピソードでこの産業の発展過程を跡づける。 阿部浩二(編著)『音楽・映像著作権の研究』(学際図書出版、1998)は著作権法学者と実務家との対談によって、音楽産業内の法的な諸問題に光を当てる。

 欧米あるいは国際的な音楽産業に関しては多くの研究が存在する。古典ともいえるSimon Frith, 'Sound Effects: Youth,Leisure, and the Politics of Rock'n'roll' [Pantheon,1981](サイモン・フリス『サウンドの力–若者・余暇・ロックの政治学』細川周平・竹田賢一訳、晶文社、1991)を筆頭に、Robert Burnett, 'The Global Jukebox: The International Music Industry' [Routledge, 1996]、Roger Wallis & Krister Malm, 'Big Sounds from Small Peoples: The Music Industry in Small Countries' [Constable,1984](ウォリス&マルム『小さな人々の大きな音楽–小国の音楽文化と音楽産業』岩村沢也他訳、現代企画室、1996)など枚挙にいとまがない。近年の重要な研究はDavid Hesmondhalgh, 'The Cultural Industries'(Sage, 2002)か。Keith Negus, 'Popular Music in Theory: An Introduction' [Wesleyan University Press, 1996](キース・ニーガス『ポピュラー音楽理論入門』安田昌弘訳、水声社、2004)にも音楽産業についての重要な議論がある。音楽産業史として、ローランド・ジェラット『レコードの歴史–エディソンからビートルズまで』(石坂範一郎訳、音楽之友社、1981)、クルト・リース『レコードの文化史』(佐藤牧夫訳、音楽之友社、1969)を、欧米のレコード産業の形成過程を追った通史として挙げておきたい。

 Simon Frith(ed.),'Music and Copyright' [Edinburgh University Press, 1993] は世界主要各国の音楽産業と著作権の関係について正面からアプローチした重要な論文集。つい最近新版が刊行されたばかり(Simon Frith, Lee Marshall(eds.), 'Music and Copyright' [Edinburgh University Press, 2004])だが、旧版の構成を全面的に改訂し、著作権と音楽産業の理論・思想・創作・受容・技術・流通などの側面をポピュラー音楽研究の立場から包括的に検討する内容となっており、注目に値する。

4.著作権思想と音楽テクノロジー

 著作権制度は印刷という情報複製手段の出現によって生じた法制度である。近年の情報複製テクノロジーの著しい発達と多様化は、その制度が前提するさまざまな思想的基盤に影響を与えずにはおかない。複製芸術論や音楽の存在論をめぐる諸論考もまた、音楽著作権の理解とその再構想のために欠かせない文献となる。

 ヴァルター・ベンヤミン「複製技術の時代における芸術作品」(『ボードレール』所収、野村修訳、岩波書店、1994)に端を発する複製芸術論の重要性は言を待たないが、作品一般の美学的な存在論として、Roland Barthes, "La mort de auteur" [1968], "De l'oeuvre au texte" [1971]('oeuvres completes, Tome II 1966-1973' [Seuil, 1994] に所収。邦訳は「作者の死」「作品からテクストへ」。いずれもロラン・バルト『物語の構造分析』花輪光訳、みすず書房、1979に所収)および、Michel Foucault, "Qu'est-ce qu'un auteur?" [‘Bulletin de la Societe francaise de Philosophie’, 63e Annee. No.3, Juillet-Septembre, pp.73-104, 1969] (ミシェル・フーコー「作者とは何か?」、『作者とは何か?』清水徹+豊崎光一訳、哲学書房、1990に所収)の三つの論考は、著作権制度と作者性、作品の存在論の関係を原理的に再考する上で、こんにちでもその重要性を失っていない。これらフランス構造主義の思考とベンヤミンの視点は、いまなお示唆的な大著、細川周平『レコードの美学』(勁草書房、1990)によってポピュラー音楽研究と接続されるだろう。関連して現代的な芸術作品概念の傾向を論じたウンベルト・エーコ『開かれた作品』(篠原資明・和田忠彦訳、青土社、1997)、音楽作品概念の思想史を試みたLydia Goehr, 'The Imaginary Museum of Musical Works' [Oxford University Press, 1992] も踏まえておきたい。Michael Talbot(ed.), 'The Musical Work: Reality or Invention?' [Liverpool University Press, 2000] は、このリディア・ゲーアの書によって英米美学界で高まった音楽作品概念の再考の機運を捉えた論文集。Philip Tagg、Richard Middleton、David Hornらポピュラー音楽研究の分野で活躍中の研究者たちも論考を寄せている。

 著作権それ自体に思想史的にアプローチし、その基盤を再検討する試みも盛んになってきている。Christopher Aide, "A More Comprehensive Soul: Romantic Conceptions of Authorship and the Copyright Doctrine of Moral Right" [‘University of Toronto Faculty of Law review’, 48, pp.211-228, 1990 ]、小田部胤久「近代的『所有権』思想と『芸術』概念––近代美学の政治学への序章」(『批評空間』II-12、pp.51-66、1997)、Mark Rose, 'Authors and Owners: The Invention of Copyright' [Harvard University Press, 1993] などは、近代芸術思想と著作権思想の関連について幾多の興味深い論点を提示する。この文脈では、Jane M. Gaunes, 'Contested Culture: the Image, the Voice, and the Law' [The University of North Carolina Press, 1991] と、Martha Woodmansee and Peter Jaszi (eds.), 'The Construction of Authorship: Textual Appropriation in Law and Literature' [Duke University Press, 1994] の二冊が重要だろう。音楽に限られないが、著作権制度の批判的検討を目指す上で欠かせない論集だ。

 音楽とテクノロジーをめぐる諸研究からも著作権制度は再検討の俎上に載せられる。Steve Jones, 'Rock Formation: Music, Technology, and Mass Communication' [Sage, 1992] はその早期の例。Paul ThÈberge, 'Any Sound You Can Imagine: Making Music/Consuming Technology' [Wesleyan University Press, 1997] はより近年の音楽テクノロジーの発展を視野におさめた議論を展開する。ポピュラー音楽とテクノロジーの関係を論じた古典的批評である、Chris Cutler, 'File Under Popular: Theoretical and Critical Writings on Music' [November Books, 1985] 及び "Plunderphonics" [in 'Sounding Off!: Music as Subversion / Resistance / Revolution,' Ron Sakolsky and Fred Wei-han Ho (eds.), Automedia, pp.67-86, 1995](共に、クリス・カトラー『ファイル・アンダー・ポピュラー–ポピュラー音楽を巡る文化研究』小林善美訳、水声社、1996に所収)は、こんにちのポピュラー音楽におけるテクノロジー使用のあり方が、著作権制度が前提する(19世紀クラシック音楽的な)音楽観と著しい齟齬をきたしている状況について、標準的な見解を示している。ジャック・アタリ『音楽/貨幣/雑音』(現在では『ノイズ』に改題、金塚貞文訳、東京:みすず書房、1985)は音楽と経済の関係を論じた異色の文化史だが、音楽著作権の文化的意味を考える上で有益な示唆を多く含む。

5.近年の諸問題

 ナップスター問題、CCCD問題、CD輸入権問題、Winny作者逮捕など、とりわけ音楽についての著作権問題は近年多発している。個別具体的な事情を捨象してこれらを原理的に見るならば、音楽産業が主力商品とする録音音楽は、著作権制度上は「作曲者と作詞者」「演奏者」「録音者」など多数の関係者が各々独立した権利を重層的に及ぼしているものであり、それらの権利関係の帰属と分配について争いが起きやすい構造を持っている。さらに、音楽は他のジャンルの著作物に比べて容易に媒体と独立してその消費対象となる質を流用できる(例えば、絵画のような物質的な支持体を持たず、映画よりもその十全なコピーが容易である)性質を持つために、権利者と消費者の間で権利と使用との衝突が起きやすいことが要因としてあげられる。さらに、そのように複雑に重層化している音楽の著作権構造の現状はなかなか把握しがたく、そのために消費者の遵法意識も阻害されるという悪循環に陥っているように思える。

 岡本薫『著作権の考え方』(岩波書店、2003)はそのような状況下で、解きほぐしがたく絡まった著作権制度のあり方を概観するのに役立つ啓発書であるが、同じ著者の『社会教育関係者のためのマルチメディア時代の著作権–「人権」を守るために』(全日本社会教育連合会、1997)に色濃く見られるように、人権、すなわち自然権的なものとして著作権を把握する傾向が顕著であり、実質的には情報流通とその経済構造を司る法制度として機能している昨今の著作権法のガイドブックとしては、ややもすれば誤解を一層広げる結果に陥っているかもしれない。自然権的な著作権概念に基づいて、著作物からの収益増大を当然の施策として要求する権利者サイドと、音楽受容に課せられる制約に対して反発する消費者との争いを報告するレポートとして、ジョセフ・メン『ナップスター狂騒曲』(合原弘子+ガリレオ翻訳チーム訳、ソフトバンク、2003)、津田大介『だれが「音楽」を殺すのか?』(翔泳社、2004)など。特に後者は、昨今の音楽著作権問題と音楽産業の構造変化の最前線について的確かつ包括的な見通しを与えてくれる。

 デジタル著作権を考える会『デジタル著作権』(ソフトバンク、2002)と青弓社編集部(編)『情報は誰のものか?』(青弓社、2004)は、そのような状況下で、現在の著作権制度が抱える法的・制度的問題について多角的に検討し解決策を模索した論文集(より正統的な法解釈学の立場から行われた同種の議論として、苗村憲司・小宮山宏之『マルチメディア社会の著作権』(慶應義塾大学出版会、1997)などを参照)だが、両者の問題意識の背景にあるのはインターネットというテクノロジーが著作権にもたらした多大な影響である。これまでの著作権制度が想定してきた複製テクノロジーは、(1)オリジナルを複製すると、なんらかの形でコピーは劣化し、オリジナルとコピーの区別が無用となるほどの高度な複製技術(印刷機械やレコードプレス工場)は権利者側の人々だけが所有していた(2)複製技術はその伝達技術と別のものであり、著作物をもっぱら伝達する技術は、放送のように様々な法制度によって制約されごく限られた人々しか利用できなかった、という二つの制約の元にあった。だが、インターネットは(1)については著作物のデジタル化によって、一般消費者が容易にオリジナルと区別できないコピーを生産することを可能にし、(2)についてはネットワーク化により、瞬時に世界のどこにでもその著作物を送り届けることができるようになった。この事から起因する諸問題の解決のためには、サイバースペースという空間の位置づけを哲学的に再考することが要請されるだろう。デヴィッド・R・ケプセル『ネット空間と知的財産権–サイバースペースの存在論』(田端暁生訳、青土社、2003)はそれを試みたものだが、十全に問題の全貌を捉えているとは言い難い読後感が残る。

6.未来像の模索

 インターネットによってもたらされる著作権の動揺を解消するために、権利者側はそのような原理的な思考を進め新たな法制度を提案するよりも、既存の権利を及ぼす範囲を拡大する方針をとり、著作物に対する法的なコントロールをより強める方向で対処しようとしている。サイバースペースを把握する原理的な思考を進めることは重要だが、この権利闘争の渦中で対抗的な観点を打ち出していくことの方がむしろ急務なのかもしれない。話題になったローレンス・レッシグ『CODE:インターネットの合法・違法・プライバシー』(山形浩生・柏木亮二訳、翔泳社、2001)、『コモンズ:ネット上の所有権強化は技術革新を殺す』(山形浩生訳、翔泳社、2002)、『フリー・カルチャー:いかに巨大メディアが法をつかって創造性や文化をコントロールするか』(山形浩生・守岡桜訳、翔泳社、2004)の三部作は、そういったスタンスからなされたプラグマティックな著作権論と言えよう。レッシグはサイバースペースにおける情報流通の構造について、法・規範・市場・アーキテクチャの四つの制約因を指摘し、法的な水準からなされる情報流通の制約が強まる傾向に警鐘を鳴らす。彼が主導する、創作活動のリソースを保全し、著作物の自由使用を拡大することを目論むクリエイティヴ・コモンズ運動(クリエイティヴ・コモンズ・ジャパンhttp://creativecommons.jp/でその概要を知ることができる)はアメリカや日本、ヨーロッパに徐々に浸透しつつあり、音楽著作権制度の将来を模索する試みとして興味深い。

 エンジニア出身の異色の法学者、名和小太郎は早くから技術と法の関係について卓抜な見解を提出し続けてきた。著作権制度について、テクノロジーの発展と文化経済の関係をどうデザインするかという問題意識からアプローチした著作に『サイバースペースの著作権』(中央公論社、1996)、『デジタル・ミレニアムの到来』(丸善、1999)、『変わりゆく情報基盤–走る技術・追う制度』(関西大学出版部、2000)などがある。特に、最近刊行された『ディジタル著作権』(みすず書房、2004)は、名和の著作権論の集大成ともいえる必須文献。名和は法制度と規範、文化意識の昨今の変動から、将来の著作権制度は(1)「標準的著作権像」(2)「強い著作権像」(3)「弱い著作権像」の三つへと実質的に分化していくだろう、と予測する。それぞれを体現する具体的提案として名和が挙げる例は、(1)コピーマート構想:北川善太郎『コピーマート–情報社会の法基盤』(有斐閣、2003)、(2)超流通システム:森亮一「超流通:知的財産処理のための電子技術」(『情報処理』第37巻第2号、pp.155-160、1996)、(3)クリエイティヴ・コモンズ(前述)、となる。

 著作権法をめぐる議論の中で最近目立つ傾向は、法解釈学に留まらず、経済学と法学の境界領域である「法と経済学」の観点から著作権制度を検討するというものだ。そこでは著作物は人格の発露というよりも、(英米法的に)実体を持たない経済財である情報財として捉えられ、物理的基盤を持たない情報財の経済分析と同等の観点から、最適な制度設計が検討される。林紘一郎「情報財の取引と権利保護–著作権をめぐる『法と経済学』的アプローチ」、奥野正寛・池田信夫(編著)『情報化と経済システムの転換』(東洋経済新報社、2001)、pp.171-204はそのアプローチをもっともエレガントに提示し、著作権制度の将来像を考える上で必要となる論点を示唆する。林紘一郎(編)『著作権の法と経済学』(勁草書房、2004)は、日本における「法と経済学」学派が、著作権制度を様々な観点から検討した論文集であり、著作権論の新たな方向を模索している。


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