Local Event Information SERVICE
MECHANICON・LE I・Web
LEIの成り立ちについて ・ ・ ・
○LE Iの成立期
LocalEventInformationは、元々メカニコンの母体サークルであるM.A.C.MUSIS・FORCEの会報「メカモドキ」の1コーナーという形で成立しました。
時に、1983〜4年ごろのことです。
これは本来、それ以前から地元の同人誌即売会の開催情報を個人的に利用するために整理していたものを会の発行物に掲載したものです。
メカニコンの活動目的は“オリジナル・メカデザインの創造と研究”と言うものでした。
これに対してその発想の源となる素材の追及や、参考にすべき先人や類例活動をいち早く見いだすためにそのような場の情報を提供するのがまあ、表向きの理由です。
この当時、SFメカニック系の漫画同人のサークルは数多く、「ヤマト」「ガンダム」「マクロス」と言った作品ごとに雨後の筍のごとくサークルが現れては消えていきました。
(まあ、この辺の状況と言うやつは今も昔も変わりません。)
それらのサークルも多くは同人誌を発行し、この手の同人誌即売会の場に出てきていたのです。ですので、各会員にはそのような環境を自ら探究し、己の作品の糧として欲しかったのです。
その意味ではこの段階ではまったくの会内向きのイベント情報でしかありません。
でもまあ、実際にはそんな理由はあまり理解されていなかったので、これはほんの独り善がりでしかなかったかも知れませんね。
しかし、その姿勢と言うのはメカニコンの本体活動(現在無期休止中)が継続されている間貫徹され、現在にも至るわけです。
その間、その本来の目的よりも純粋なイベント情報としての価値が見いだされていきます。まあ、当然でしょうか。
そのきっかけは「MECHULTURE・CLUB(メカルチャ倶楽部)」と言うメカニコンのPR誌の発行が契機となります。
○初期一般配布 ・ 「メカルチャ倶楽部」時代
メカルチャ倶楽部というPR用小冊子は、当時流行始めのB7ミニ本を型どったもので、今でいうペーパーとしての機能をポケット版の小誌にコメントやカットを載せ、サークル情報を無料配布して告知していたものです。
当然ながら、86年よりこのメカルチャ倶楽部にもLE I情報が掲載されます。この後メカニコンは現在の盟友であるS.S.KultEggersとの共同活動へと入っていきます。
しだいにメカニコンとしての独自活動は停止していき、80年台末からはS.S.KultEggersの協力サークルという形で同人誌即売会(主に神戸のコミックストリートを中心)への参加のみとなっていきます。
メカルチャ倶楽部はそのような同人誌即売会のサークルスペースの場を中心に90年台半ばまで配布されました。
この時期、メカルチャ倶楽部は3ヶ月に1回の季刊、発行部数は毎回200定数でしたが、内部使用もあるので毎号100〜150部程度が当時同人誌即売会の会場にて配布されていました。
B7版で少ない時は8P、多いときは特別版で40P。主な内容はメカニコンとS.S.KultEggersの活動情報で、巻末の4Pとか8PとかがLE Iのページとして充てられていました。
目印は表紙の10ミリ高のヘルベチカ・ミディウムの書体に、私が毎回「マンネリだー!!」といいながら描いていたメカのペン画でした。
この状態がしばらくは続くのですが、そんなに長いものではありません。
まあ、メカルチャ倶楽部の配布はコミストがちらしサイズをB5版のみに規制するまでチラシ置き場でもするようになっていましたし、
当時あまりこのような形の活動は見かけられなかったのでやはりけっこう重宝なもののようでした。
しかし、外的要因にてその安定状態が破られるときが来ます。90年代に入り、LE Iとして対象とするイベントそのものが増えていくのです。
○イベント情報ペーパーとしてのニーズ
今から改めてLE Iの年間リストを見ると、91年から明らかにファイルサイズが増えます。この年から急速にイベント数そのものが多くなっていくのです。
すると、メカルチャ倶楽部に一つの問題が持ち上がってきました。紙面の圧迫です。
ここで、私はメカルチャ倶楽部の発行者としてジレンマにぶち当たることになります。
メカルチャ倶楽部はメカニコンとS.S.KultEggersの活動PR誌です。本来はメカや軍装関係の案内や活動を知ってもらうのが目的です。
ですが、その時点でメカルチャ倶楽部が手にとられる実際の目的はLE Iのイベント情報であるのは明白でした。
ですが、だからといってこれ以上本文に関係なくメカルチャ倶楽部のページが増えるのはやはり本意ではありません。
これ以上LE Iのイベント情報を載せるのはページ数的にも本末転倒になりかねないところまできていました。
そこで、私は決断をしなければならなくなります。LE I部分のだけの独立です。
実際、メカルチャ倶楽部は3ヶ月ごとの季刊ペースでしかないのに、イベント情報のほうはどんどん数が増えて、到底3ヶ月分なんかをそのまま紙面に載せるのは困難な状態になっていました。
そこでLE Iだけを別刷りにし、季刊ペースのメカルチャ倶楽部はそのままに別刷りの独立LE Iのみをそのときそのときで差し替えて渡す、という方法で対処することを考えました。
で、メカルチャ倶楽部には同人誌イベント以外の部分を残します。それならば3ヶ月分掲載しても支障は出ないからです。
このとき、別刷りの形態をどうするのか? が当然のこととして問題になりました。当初はメカルチャ倶楽部と同じ版型にLE Iだけを載せたものも考えました。
が、しかしLE Iリストはそれ単独でも使用可能な形態をとるほうが望ましいだろう、という考え方に立つことにしました。
LE Iリストのニーズから考慮すればそれ形態の継承性云々よりも機能性の問題を突き詰めるほうが必然だと判断したからです。
それで思い当たったのが、「メカニコンオリジナル手帳」という企画です。実際に現行のLE Iリフィル版が発行されるのは92年からですが、この別冊化のリサーチは90〜91年ごろの話です。
○企画 ・ メカニコンオリジナル手帳
メカニコンオリジナル手帳というのは文字通りメカニコンの内部用としてメンバー専用の情報手帳を作って持つ、と言うものです。
80年代半ばから90年ごろまではまだメカニコンの本体活動が活発だった時期で、内部のメンバーも多方面に渡る活動をしていたので、どこかでそれを統括し周知する機能が必要でした。
まだ今のように誰でもがPCを持っている時代ではありませんでしたし、当然メールやネットに上げておけば告知がすむわけではありません。それで紙に記したもので渡す必要がありました。
そのために専用の手帳は作れないものか?と言う発義によるものです。
当初はもちろん手帳そのものを作る前提でこの企画の下調べを始めました。時期的に80年台の後半です。
ですが、手帳自体は日常的に携帯して利用するものですし、造りとしてかなりしっかりしたものでなければ実際の役には立たない点がしだいにはっきりしてきます。
最終的にはそれで断念したのですが、手帳そのものを作ろうとすると合成にしろ天然ものにしろ皮革加工の技術が取り入れられないと耐久性のある手帳など望むべくもないと判断されました。
この部分の問題が解決できるめどが立ちそうになかったのでほとんどメカニコンオリジナル手帳の企画は事実上ついえました。
ただし、その過程のなかでリサーチ中にシステム手帳の存在に行き当たります。80年代末から90年代初頭と言うのは、ビジネスシーンでシステム手帳が流行始めて日本でも普及し始めた時期に当たります。
ちょうど今、できるビジネスマンならモバイル端末・PDAが有効に使えて当たり前というように、有能なビジネスマンならシステム手帳でデータ管理、出来て当然と言う時代でした。
実はメカニコンオリジナル手帳もこのシステム手帳を使うことを最終案として固めていました。
それなら、リフィル(システム手帳の交換式用紙)形式でデータを供給するだけでメンバーはデータのストック・更新ができるわけですから、これが一番手っ取り早いと言う結論です。
しかし、それでもこの企画は流れました。最大の問題は、メンバーがみんなシステム手帳のバインダーを新規購入しなければならない、からです。おそらく、今の若い人ならそれくらい何でもない、と考えるでしょう。
ですが、当時のメカニコン・メンバーにとってはたとえば¥3,000なり¥4,000なりのシステム手帳バインダーは高額な出費だったのです。
私もこれをメンバーに強制することはできませんでした。だから、この企画はその段階でお流れになってしまったのです。
○別刷メカルチャ倶楽部 ・ LE Iリスト/システム手帳リフィル版
私はLE Iの別刷りにこのメカニコンオリジナル手帳の企画案をそのまま当て込むことにしました。
それならばこちらはリフィルのペーパーの形で手渡すだけでいいわけですし、システム手帳リフィルならばそれ単独を独立して使うことも容易になるからです。
そうして、LE Iリスト・リフィル版の現在の形態が生まれました。
なお、その当時はシステム手帳なんて使うのは出来るサラリーマンか、物好きな酔狂くらいでした。当然主流はビジネスシーンメインのバイブル版。
当然LE Iリフィルもこの一番利用が多かったバイブル版で作成することにしました。当時は今流行のポケットサイズと言うもの自体がまだ存在していません。(そのちょっと後から出て来るのよ)
だもんで、一般公式配布を開始するまでLE Iリフィルはバイブル版のままでも何の支障はありませんでした。
もちろん、いきなり今の通りの形が最初からできていたわけではありません。書式の構成や、ページ数なんかは最初の頃はコロコロ変わっていました。
データも当初は判っている範囲全てを掲載していました。それでも6〜8Pくらいで収まっていましたから、当時は4〜5ケ月先のデータも見ることが出来ました。
そのうち、8P形式で定形化します。B4の表裏1枚で収まるからです。当初はリスト情報のみ掲載されていましたが、しだいに注意書きが増えていきます。
そのうちそれに1P丸々あてるようになり、その範囲でやりくりするのがしんどいのが現状。
最近は何だかすっかり自主開催イベントが多くなり、そちらもしっかりサポートしていると10P構成にもかかわらず2ケ月分を掲載するのでさえかつかつになってしまいました、本意ではないのですが…。
増ページをするか、小フォントを使用してページフォーマットを改変するか、いずれにせよ何らかの解決策が必要な状態です。
ここらでまた一度全面的に切り替えを考えなければならない節目が来ているのかも知れません。
○LE Iイベント情報リスト ・ 現在までの主な流れ
・ 1983〜4年ごろ:会報「メカモドキ」にLE Iのコーナー成立
・ 1986年:メカルチャ倶楽部にLE Iのページが設けられる。以後LE Iの本流となる
・ 1992年:メカルチャ倶楽部からLE Iリフィル・スタンダード版、別刷独立
・ 1997年:関西模型倶楽部連絡会の活動開始に伴い、LE Iリフィル・モデラーズクラブ版を分離創設
・ 1998年:S.S.KultEggersが基本的にコミケのみのサークル参加にシフト。リフィルの配布方法を再考せざるおえず
・ 2001年:LE Iリフィル・スタンダード版の公式一般配布開始する
脱稿 : 2001年 4月 14日
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