猪瀬直樹(作家)
猪瀬です。メディアと経済思想史という研究会、これから有意義ではないかと思います。卑近な例でいいますと、たとえばTVに「ここがヘンだよ日本人」という面白い番組がありますよね。普通われわれは、アメリカやヨーロッパとか、あるいは韓国、中国しか見ていませんけれども、あの番組にはアフリカの人たちがいっぱいでてくる。そうするとアフリカにおける経済思想とはなんなのだろう、というふうに考えてしまいますよね。たとえば韓国や中国の人たちは、日本をいつまでも追及する。戦前の行為をもって追及するわけですが、アフリカの人たちは、われわれはヨーロッパに対して追及したことはない、どうしていつまでも追及するんだというわけです。
そういう風に、それだけ世界中の色々な考え方は、だいぶわれわれの固定観念とちがうわけです。あの番組にはオリンピックの参加の数だけ外国人が来ているわけですが、そういう意味で経済というものも、結局人間にもとづいて経済活動があるわけですから、あの番組のように、ワールドワイドに考えると、実に色々な人間、民族、そして様々な思想が存在し、経済活動のあり方も多様性をもっているといえます。
われわれのいままでの経済思想史の研究というものは欧米中心で考えてきたわけですけれども、欧米の経済思想では、たとえば日本の場合を考えても、アジアの果てで経済成長して、世界で1,2位を争う経済大国になってしまった、これを経済学的に説明するのは難しいことだと思われます。そんなことをつらつら考えています。
たまたま最近『マガジン青春譜』という本を書きました。これは明治の終わりから大正時代を中心に活躍した大宅壮一、川端康成、菊池寛の物語です。題名のマガジンとは雑誌のことです。たとえば僕は作家ですが、雑誌があってはじめて作家という活動が成り立つ。しかし、いままでの既存の文学史ですと、原稿料がいくらであったかさえもよく書かれていない。そのような面と、作家が制作する上でのモチベーションがどう関係するのか、ということを考えています。
雑誌の歴史を調べると、明治時代に博文館という大きな出版社が登場する。実は尾崎紅葉の『金色夜叉』にでてくるお宮と寛一ですが、お宮は他の金持ちの男、富山唯継と結婚するわけです。「富の山を、ただで継ぐ」というわけです。この富山唯継のモデルになったのが、博文館の二代目でした。富山唯継は、三百円の金剛石(ダイヤモンド)の指輪をしているわけですが、それだけ当時の出版産業が儲かったことを、『金色夜叉』は教えてくれます。そんなことを考えると、今のインターネット時代の意味もみえてくる。かって新聞というメディアに対して雑誌というメディアが新しく登場してきた。雑誌は、読者を獲得するために、雑誌に投稿欄を設ける。だいたい誌面の三分の一くらい投稿欄で占められていたわけです。そして当時旧制中学の学生であった大宅壮一や川端康成らたくさんの投稿少年らがいて、非常に人気を博して、雑誌の経営が成り立っていったわけです。
博文館は『太陽』という雑誌を出していましたが、その他に『文章世界』、『少年世界』、『中学世界』、『女学世界』という誌面の三分の一を投稿で埋める雑誌群がありました。そのうちの『文章世界』の編集長が田山花袋です。この『文章世界』の投稿者の中に女学生がいて、弟子にしてくれと手紙を書いてきた。田山花袋は手紙の片隅に、写真送れとか書いたりします。この弟子になった女学生を、『蒲団』という小説の中に書くわけですが、この女学生は恋人ができて、田山花袋のところから逃げていく。花袋は、女の使った蒲団の匂いをかいで、「ああ、おれは淋しい」とかいって泣くわけです。なさけない話ですが、こういった形で自然主義文学が誕生します。その流れが日本の純文学といわれるものなのですね。
このことは、出版文化のひとつのあり方と非常に大きくからんでくる。今申し上げたのは、新聞に対してそういう双方向性をもつ雑誌というメディアが登場することによって文学というものが始まっていく。さらに大正から昭和になると、円本ブームがあって、普通の家にもたくさん本が入っていく。大正十五年の終わりに、若い大宅壮一は、「文壇ギルドの解体期」という論文を、雑誌『新潮』に発表するんですが、その中で文壇は市場化の波に洗われていくんだよ、ということを予言して、実際にそうなっていく。
この新聞一雑誌のアナロジーは、放送一インターネットにもあてはまります。放送というメディアは、民間放送でも公共の電波の利権をもらっているわけですから、ある種の特殊法人としてやっているわけです。そういう放送というものが、近頃、通信、特にインターネットというメディアに吸収されていく可能性がでてくるわけですね。インターネットとという世界から新しいビジネスチャンスがでてくる、メディアが新しいビジネスをつくっていくことがあるわけです。新聞から雑誌に移る過程に文学の発生があったわけで、放送から通信、インターネットに移行していく過程で、新しいメディア現象、ビジネスチャンスが生れてくるということが考えられます。そう考えていくと、アナロジーでとらえられるところもあるし、未知の世界が待ち構えているといえるんじゃないかと思います。
そもそも今日僕がここに来ているのは、そういったわけでいろいろ雑誌メディアを調べていて、昭和初期に『サラリーマン』という雑誌ができたことを知ったわけです。みなさんサラリーマンという用語をあたりまえのように使っているわけですが、サラリーマンは和製英語です。Salaried man ですからね。サラリーマンが日本の高度経済成長を支えたとしたら、サラリーマンとはなんぞや、と考えたわけです。終身雇用制、年功序列制というひとつの日本最大の宗教ですが、それが崩壊しかけているわけですが、そういうサラリーマンとはなんぞやという問題を持ったわけです。
その昭和初期の『サラリーマン』に非常に興味があって、その戦前の版元だった出版杜に問い合わせて、偶然、田中秀臣さんと知りあって、いろいろ人間関係をつくるうちに今日こういう会に出席することになったのです。今後この分野はさらに広がっていくと思います。これから皆さんと一緒に勉強していきたいと思います。(拍手)。
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