HPを開設して8ヶ月が過ぎました。HPを持って、以前には考えられなかったほどの多様な方々・多くの方々との出会いをいただきました。深く感謝いたします。
さて、私はHPを持つ前も持ってからも、職業上とはいえ様々な困難を持った少なからぬ方々の「生きざま」「死にざま」に関わらせていただいてきました。時には私の行なった援助でご本人さま・ご家族さまに少しでも喜んでいただき、そんな時には私自身も大きな喜びを感じることができました。また、それ以上に「あの時こうしていれば・・」という強い後悔の念にかられることもありましたし、時には私たち援助者の気持ちどころかご家族さま・ご本人さまの希望にも関わらず、事態はどんどん悪い方向に流れてしまい、残念な結果になってしまうこともありました。あるいは立場により見解・ご希望が食い違い、事態がなかなか収集しないということもあります。
そのような時、私にできることは「祈る」ことだけだったように思います。自分ではどうしようもない自分自身の至らなさをだけではなく、絶対的な運命や自然(人の体も自然の一部ですね)に対しては、ただ祈るような気持ちになることしかできなかったように思います。それはきちんとした「宗教」といったものではなく、極めて素朴な感情の働き・動きだったように思います。
そして昨年1月21日、私は初めて近しい肉親の死を極めて突然に経験しました。それはまったく初めて経験する感情でした。「神仏なんてあるものか!」というような怒り、「こうしてあげればよかった、あんなことをしてしまった」という強い後悔、それはまったく想像もできなかった感情でした。「祈る」なんて余裕はとてもありませんでした。
やがて私は不抜けたようになり、お経の口語訳なんてやったりチベットの死者の書とその解説本なんてのを読みふけったりするうちに、いつしか春になりました。(今でも不抜けてる、という回りの声もあり・・(^_^; )
晩春からはHP制作やインターネット掲示板への参加を始めました。ポッカリ空いた心と時間の穴を埋めるように熱中し、今日に至りました。それはそれで、今はとても「良かった・・」と思っています。
でもそんな毎日の中で、ふと立ち止まりそんな自分自身を見つめ直し、改めて「祈る」ということに思いを馳せることになったHPとの出会いがありました。それがリンクのコーナーに新しくご紹介したGoshinさんの「自分探しの仏教入門」であり、中原さんの「愛する人を失った人への100の言葉」でした。
私のHPはあくまで「老人介護」についてのHPではありますが、家庭介護で最後に問題となるのはやはり「いつまで続くのか・・何のために・・どうして私が・・」といった精神的な問題だと思います。私自身はそういうお悩みに的確にお答えし少しでも支えとなれるような器量はとても持ってはおりません。ご紹介する2つのHPは、そんな悩みや自分自身のことを考えてみるのに大変に良いヒントを与えてくれると思います。よろしければお訪ねください。
そして、肉親の死をきっかけにして始まったようなこのHPも、もはやまったく私個人の楽しみという範疇を超え、多くの方々がくり返し訪ねてくださる場となっているようです。であるならば、お訪ねくださる皆さまのご期待に少しでも沿うように努力を怠るわけにはいかないと思います。1周忌を迎えるにあたり、自分自身の中で思いを新たにする次第です。本来ならば、このような私事はHPの内容とは全く関係ないことでもあり、あえておおやけにする必要もないことなのですが、2つのHPさんを新しくご紹介するにあたりその理由として掲載する次第です。
これからもよろしくお願いします。