老人介護についての個人的HP-5 思索 - (16) 介護支援専門員さんの悩み
'99,4,7
ご無沙汰してます。
大渕さんにメールする気持ちになれない鬱な毎日が続いていました。
あれから(介護支援専門員資格を取得してから)少し勉強しなくてはと色々なかたの介護保険に関するHPを開き続けていたのですが、ますます、すっきりしないというかもやもやとしたものが胸に溢れてきてしまうのです。
・・・・
現在私の勤務する病院でも、ケアプランの実行に向けて、少しずつ動きが出始めました。ケアマネジャーになった看護士、彼は看護長(婦長の男性版)で今度私の病棟の看護長となった方ですが、なんとなく彼の介護支援専門員としてのやりかたというか、進め方についての姿勢に同調できずにいるのです。・・とても企業の膨らましに迎合しているようなやり方を強引に押しつけてこられることに嫌悪感を感じてしまうのです。
それが世間というもの、世渡りというもの、今の立場じゃ仕方ないじゃないか、そんなふうに自分に言い聞かせ仕事してます。
お年寄りのことをもっと考えてケアプランを持っていきたいと思うのですが、どうしても自分たちの業務優先のように、偏ったサービス計画に向かってしまっているように感じてしまうのです。
きれい事ではすまない現実に失望、いえ、わたしにどうすることもできないことに、自分に失望です。・・・
『さっちゃんのこちら介護部』 http://www.amitaj.or.jp/~angata
'99,4,8
安形さん、こんにちは!
・・お手紙から私が感じたことを遠慮なく書かせてもらいますね。ただ、私自身、介護保険についての理解不十分なところ・勘違いしているところがあるかもしれません。その時は、ご遠慮なくご指摘くださいね。
※2種類の「ケアプラン」
まず私が基本として考えていることは、「より良いケアの実践としてのアセスメント〜ケアプラン」と「介護保険制度におけるアセスメント〜ケアプラン」とは、「似て非なるもの」である、ということです。
介護保険におけるアセスメントはあくまでも要介護度判定のためのアセスメントであって、ご本人ご家族の抱えるニーズをできる限り浮きぼりにしよう、というものではありません。もちろんそういう面もありますが、私の目から見ても極めて不十分なものです。また介護保険サービスとしてのケアプランというのも、私にはほとんど単なる「週間予定表」にしか見えません。申し訳程度にサービスごとの目的なりが添えられるようですが・・。それにしても、プラン全体の一貫性やケアマネージメントとしての機能は低いように思われます。
それに対して「施設内処遇におけるケアプラン」は、本来は「より良いケアの実践としての・・」というものでなければいけない、と思います。ところが実際には「三団体版」なんかを見ても分かる通り、保険制度ににじり寄った形になっています。まぁ施設サービス利用もあくまで介護保険サービスとしての、という訳だから、その中での評価・プランも保険制度全体と親和性の高い形式で・・ということになったのでしょう。
私自身が昨年度、「ケアマネ受験はしない!」と決めたのは、この「三団体板」アセスメント表やケアプラン表を見た時です。「(より良いケアの実践のために)学べるものは何もないなぁ・・」というのが、当時も今も偽らざる心境です。その後、最新版がどうなっているか?も知りません。知らなくちゃいけない、と思いつつも、正直言って興味が湧きません。
もちろんそれは私の「尊大」であって、「色々なサービス制度のことも良くは知らなかった」とおっしゃる安形さんにとっては、多くの知識吸収に役だったことと思いますし、何より、色んな職種の方々と同席できたこと自体が得がたい経験になったはずですね。
ですから、施設内ケアをより良いものにしていこう、という場合に、ケアマネ資格が必須である、とは私には思えません。安形さんが良く知らなかったという諸サービスのことも、その気になれば調べ学ぶことはできますし、反対に「より良いケアの実践のための知識」は、教科書的な講習で学べることではありません。介護の現場も知らないままに、オムツ交換も入浴介助もしたこともないままに、知識と資格だけ得ても、それは単に「介護保険制度の歯車の一つになる」ということ以上になんの意味もありません。(むしろ、現場を知らない方がプランをたてるということでの“弊害”が出てくるでしょうね・・)
こんなふうに書いてくると、せっかく資格をとった安形さんの立場がありませんね。フォローはこれからですから、メールをごみ箱に捨てたりしないでね。(^_^;
さて、以上を基本的な立場として安形さんのお手紙を読んでみます。
『現在私の勤務する病院でも、ケアプランの実行に向けて、少しずつ動きが出始めました。』
これは、上記の「2種類のケアプラン」のうち、どちらの作業でしょうか?もちろん白黒ハッキリ分けられるものではありませんが・・、
「介護保険サービス施設ではケアプランの策定と実施が義務づけられているのだから、それを満たしてサービス施設として制度的に生き残るためのケアプランであって、当然保険制度と親和性の高い内容(三団体版など)で行ないだしている。」という面が強いのならば、安形さんがお感じの・・
『企業の膨らましに迎合しているようなやり方を強引に押しつけてこられることに嫌悪感を感じてしまうのです。・・どうしても自分たちの業務優先のように、偏ったサービス計画に向かってしまっているように感じてしまうのです。』
・・というのは至極もっともですね。そうしていくための(介護保険制度を回していくための)ケアプラン策定ですもの。(^_^;
反対に安形さんの・・
『お年寄りのことをもっと考えてケアプランを持っていきたいと思う・・』
・・というお気持ち。これは文字通り「より良いケア実践としてのケアプラン」ということですよね。当然、プランの中には介護保険に乗っからない部分も沢山出てきて当然です。「不穏の時はじっと手を握って目を見てゆっくりお話をする」「3日排便が無かったら、朝食後にトイレ誘導してみる」なんて施設内処遇についてのプランは、大枠の保険制度サービスには乗っからなくて当然ではありますが、上記のような姿勢で施設内ケアプラン策定している以上、このようなきめこまかなプランは策定されにくいでしょうね。
直接介護業務されない方々はさておいて、ケアプラン資格を取得した直接介護業務をされる方々(介護職さんと看護職さんが中心)が、この「2種類のケアプランの違い」に気づき、その違いを意識して取り組んでいらっしゃるか?大変に心配です。安形さんところの「看護長さん」はいかがでしょう?「講習会で学んだケアプラン内容・手法をそのまま施設内で実践することが、より良いケアの実現につながる」なんて、無意識のうちにも考えているんじゃないでしょうね?安形さんご自身はいかがですか?ゆっくり考えてみてください。
これは安形さんがお書きの『それが世間というもの、世渡りというもの、きれい事ではすまない現実に失望』ということとはちょっと違うと思うんです。もともとは完全に個別であるべきアセスメント〜ケアプランを、同一書式・同じ判定方法で同一基準に区分しようという仕組みの、機能的な違い故の「限界」ということだと思います。
ですから最近、私自身は逆転の発想で、アセスメント〜ケアプラン策定作業(事務仕事)に忙しい介護職さんに向っては、「そんなの行政が満足する程度(監査を通る程度)に適当にまとめて、この人に今本当に必要な援助は何か、皆でゆっくり考えようよ!」という言い方をすることが多いです。(^_^;
もちろん、それ用のアセスメント表やケアプラン表がある訳ではないです。形式的なアセスメント表やケアプラン表を埋めていくと、「どうも違うよな〜」という気持ちになりませんか?じゃぁそこをどう補えば自分の気持ちがスッキリするか?それを具体化してみればいいんですね。それが、お上の準備してくれた「アセスメント表・ケアプラン表」の一番正しい使い方だと思います。(^_^;
※介護支援専門員資格を仕事にどう活かすか?
これではまだ資格を取った安形さんのお立場は救われないから、資格をどう活かすか?それを考えてみますね。
まず1点目、お相手が看護長であろうと医師であろうと同じ「介護支援専門員!」保険制度上での資格はあくまで同格!これは大きいです。安形さんは現場を身体で知っているだけ「より強い!」と思います。まぁ院内では組織図上、看護長さんが「上」であることには変わりありませんが、ケアプラン策定作業の時などには「同じ専門員の立場として言わせてもらいますが・・」とブちましょう。そんな時は目一杯「建前」を押し出して構わないですよ。「そのプランは真にご本人さんのためになっているのでしょうか?サービス提供施設としてのウチの施設にとって都合よいだけなのではないですか?私が専門員講習で学んだのは、介護保険はあくまでご本人様のためのものであるということだったと思いますが・・?」とですね。これは同じ専門員資格を持つ安形さんでなければ言えないことですよ。まぁ、↑はかなり極端ですけどね、そんな気構えでいましょうよ。
それから2点目、これは日々の業務など直接に影響することではない、大きな抽象的な事柄なのですが、「専門的思考・科学的思考」と言われるものを身につけると同時に、その限界も思い知ること、かと思います。
介護保険でも、@評価アセスメント A分析 B目標設定 C対策の立案 D対策の実行 E再評価 という思考の流れをしますよね?実はこれは、お医者さんの診察と治療・PT/OTの機能訓練・看護婦さんの看護計画なんかでも全く同じ流れですし、そもそも医療福祉に限らず、自然科学全般における研究や経済社会におけるビジネス作業も同じことですね。つまりは「科学的・近代的な思考パターン」である、と言えます。(400年前の、デカルトさんベーコンさんに始まるそうです)やはり正直言って、これまでの「介護」にはそういうものの見方が不足していたのではないか?と思います。分かりやすくいうと、行き当たりばったりの仕事、ということですね。そうではなくて一つ一つのケアの具体的な方法の「根拠」ということを考えながら仕事をしていくということ。そういう、仕事をよりグレードアップするための一手段として、今回学んだことが大いに役立つのではないでしょうか?
ただ、本当は「高齢者ケア」の世界では、そういう方法論だけは限界がある、ということも、すでに明白になっています。だって、こういう科学的・近代的な思考パターンというのは、絶えず前進・絶えず改善、それを目指す価値観の世界でしょう?例えば施設に入りたてならしばらくは、そういうアプローチ方法も通用する場面があるかもしれませんが、むしろ日々衰えていくのが「老人」です。問題点は山ほどあって、その多くは改善不可能なことがらです。そうすると、目の前の老人が「改善不能の問題点の集合体」に見えてきて、積極的なアプローチ対象としての価値はないかのような錯覚に陥りがちです。(だから、医療の世界では“老人”は不人気分野です。)そういう(従来の)医療看護リハビリの思考パターンを介護さんが真似をする必要はないと思うし、それだけになるとかえって問題です。はっきり言って、これまでの医療・看護・リハビリは、「老人」へのアプローチに失敗してきた、というべきだと思います。だから「今は介護」なのです。かつて失敗した手法を一生懸命真似ることはありません。もちろん、これまでの介護のように「行き当たりばったり」のままで良い、ということでもありません。
ではどうするか?私が個人的にお勧めしたいのは、伝統的な思考パターンに加えて「目的志向型思考」を身につけることです。これについてはね・・、書くとまた長いんだな。(^_^; HPにもぜひ1ページ割こうと思っているのですが・・。
「目的志向型思考」の具体的な例だけあげておきましょうか?
ある組立工場で、組み立て部品に不良品が多いことが問題となり、改善できないか?というお話になりました。
従来の「問題志向型チーム」のたどった方法・・
@現状把握:部品倉庫搬入〜搬出の時に部品を痛めている。
A分 析:手作業で搬送していて乱暴に扱うのが原因である。
B対策立案:搬送作業のロボット化、もしくは職員の増員。
→ これには、経費が○○かかります。
ところが「目的志向型チーム」のたどった方法は・・
@現状把握:部品倉庫搬入〜搬出の時に部品を痛めている。
Aこの作業の目的は「部品損傷を無くすこと」である、としっかり認識する。
(搬送時に部品を傷つけない、というのは“小さな目的”である。より大きな目的は、組み立て時に不良部品がなくなることである。)
Bならば、部品を傷つける場である「倉庫」を無くせば良い。
C倉庫を無くすために、部品工場と組立工場を一体化する。または、必要な時に必要なだけ部品を作って、部品在庫は持たない。
→ 倉庫が不要になって、経費も浮きました。
これが良く語られる「目的志向型思考」の具体例で「実話」です。このような生産方式を「トヨタ方式」と言うんだそうです。今はトヨタに限らず、世界中の製造メーカーに広がっているそうですけどね。
こんな、従来とは根本的に異なる発想・思考パターンが「改善不能な問題点の集合体」のような方々を相手にしていく介護の世界でも必要ではないか?と思っています。
ちょっとお話が介護支援専門員からはなれてきていますので、今日はこの辺で。目的志向型思考については、改めて別メールにするか?いっそのこと面倒くさがらずにHPのページとしてまとめてしまおうか?と、思います。
では、また!(^o^)/