老人介護についての個人的HP-5 思索 - (22) 「介護予防」について

介護って何でしょう2〜
介護保険がらみの“介護予防”について

 いよいよ介護保険の要介護認定が始まり「これまでサービスを受けていたのに“自立”と判定されるケース」が具体的に生じるようになって、『“自立”だからと、サービス打ち切り・サービス無しで良いのか?』という戸惑い・疑問とともに、『介護予防』ということが言われるようになっています。

 つまり現状では“自立”だけれども、これから先もできるだけ長く要介護状態に陥らないようにしていってもらうための様々な施策を!ということですね。そうだな〜拙HPの内容から引っ張り出せば、「膝痛・腰痛者さんへの生活指導」とか「安全な床への立ち座り動作の方法と環境」とか「出入りしやすい浴槽環境」とかを、ある程度健常な方々相手に実技入りの“勉強会”みたいにするとかのイメージが湧きます。

 うん、それはそれで良いこと、どんどん進めていっていただきたいものです。でも同時に、『“介護予防”はそれだけじゃないぞ!』という気も強くいたします。

 それは『介護予防は自立者だけが対象じゃない!』ということにつきます。

 つまり、『自立の方には(上記のような)自立の方向けの、要介護度1の方には要介護度1なりの、はたまた最重度の5の方には要介護度5なりの“介護予防”というものがあるんじゃないの?!』ということです。

 介護というものを、一方的・保護的に行なわれるものというイメージで捉えてしまうと、途端に介護は流れ作業的な発展性のないものになってしまいます。本当はそうじゃないですね。障害があってある程度の介護を要する方が、主体的に暮らしていくために行なわれる援助が介護であってほしいと思います。

 主体性というものを、老人介護“教科書”に書いてあるような「高齢者の主体性を尊重して…」というような抽象的象徴的・空念仏的なものではなく、例えば拙HPで取り上げているように「徹底して使いやすいADL環境や徹底して身動きしやすい起居動作環境」を考えぬき、できる限り実現していく、そんな具体的な作業とする時、「介護」というのは一方的・保護的なものではなくておのずと「介護予防」的なものにもなるし「リハビリ的?」なものにもなるはずだ、と思います。

 結局、介護の一分野として「介護予防サービス」がある訳ではなく、同じく介護の一分野として「リハビリテーション介護?」なるものがある訳でもありません。本来、介護というのは、極めて「予防的」であり「リハビリ的?」なものだと思うのです。だから、『“被自立判定者”だけが介護予防対象者じゃない!』んですよね。

 『そんなこと言ったって、意識も無いようなカチカチの植物状態のような方には、“主体性”もクソもないじゃないか?!』そうですね、“主体性”という言葉をキーワードにするとそういうことになってしまいます。
 でも…突然テーマは飛びますが、ここに書いたような介護を徹底して実現する=精一杯の“生への応援”作業をしてきて、その結果としてのターミナル期の問題であるならば、その時、私たちは初めて「尊厳死」や「安楽死」といったことを考えてみる資格を手にすることができるのではないでしょうか?尊厳死や安楽死が、“老いや障害への拒否”という思考ベクトルの延長としてのものだとしたら、あまりに悲しすぎるような気がします。

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