老人介護についての個人的HP-5 思索 - (24) 介護現場における“敬語”と“ちゃん付け”

介護現場における“敬語”と“〜ちゃんづけ”の是非

Yさんからのお手紙

私は痴呆療養専門病棟に勤める者です。

 私の働いている病院では「患者様に対し敬語を使いなさい!」ということになっています。しかし、なまりの強い患者様とは、つい地元の方言が出てしまいます。

 私は老人福祉系の学校を出ていないので、不安なことがあります。敬語での対応についてどのような考えをお持ちですか?よろしければ教えていただきたいのです。

私の返信

それは流行の管理者さんですね。(^_^;

 NHKの番組で、介護保険時代を迎えてこれからの介護保険施設サービスが真の生活の場として機能していくために、どうしていくのか?特養・老健・療養型病床の各スタッフさんが車座になってディスカッションする、という番組があったそうです。
 その中で、療養型の看護婦さん、『これからは絶えず患者様に対して敬語で接します。』とのご発言。特養の施設長さんが思わず絶句する、という場面があったそうです。残念ながら、私自身は未見なのですが…。何でもその施設長さん、開き直って「(こんなん)だから、医療機関を介護保険サービス施設に位置付けるのは問題ではないか?」と発言されたそうですが、以上のやり取りの中で、この施設長さんの思いを理解できた人が、テレビを見ていた人たちの中でどれくらいいたのかなぁ?と思います。はっきり言って、「教えていただきたいのです。」とおっしゃるYさんも、よく分からないんじゃないかな?

 考えてみてください、Yさんのご家庭で、お父さまやお母さまや(いらっしゃるかどうか分からないけど)ご主人さまや子供さんが、Yさんに対して絶えずいつでも「敬語」で接してきたら、しかもそこが自分の家じゃなくて、一流ホテルだったら、どうですか?Yさん、1ヶ月もしないうちに「不穏」に陥るんじゃありませんか?(^_^;
 痴呆でやむを得ず病院・施設暮らしをしている方々にとって、私たちは「代理家族」です。例え、医者・看護婦・PT/OTであっても、痴呆という特性をお持ちの方にとっては、私たちが治療者である前に「代理家族」機能を満たしていなければ治療効果は得られない、と考えます。(じゃぁ、“家族の機能:家族メンバー同士の関係における機能”って何か?というのは、また別の話題・テーマです。)そして彼らにとって、当たり前の病院建物や施設建物は、私たちにとっての一流ホテル以上に、馴染めない違和感の強い建物であるに違いありません。建物はどうしようもありませんが、せめて私たちの態度はね…。

 「患者様に対し敬語を使いなさい」とおっしゃっているのは、貴院の中でどなたですか?院長先生?事務長さん?婦長さん?願わくば、一般社会は知っていても介護の現場を知らない事務長さんあたりが流行に乗っかっておっしゃっているのならばまだ良いのですが、院長先生や婦長さんあたりがそうおっしゃっているのならば、何だかちょっと心配だなぁ。(^_^;(くれぐれも医療レベルの話ではありませんよ)

 もちろん、中には敬語の必要な方もいらっしゃるでしょう。それがその方にとって、落ちついた暮らしを送っていくために必要ならば、ですね。同じことは、これもよく取り上げられる「“ちゃん”づけ問題」にも当てはまりますね。要は、敬語は是か非か?ちゃんづけは是か非か?という単純なことではなく、外見的な対外的なイメージの問題でもなく、ご家族がどう感じ思うか?これはまぁ無視はできないけど、それよりもまずはご本人さんたちにとってどうなのか?それが全てだと思うのです。必要があれば、ご家族にはそれなりの説明をきちんとすればよい。

 以上はあくまでも私自身の考えであって、教科書的模範解答ではないかもしれませんが…。少なくとも、これまできちんと“介護”してきた施設・職員さんにとっては、マクドナルドや航空会社の元スチュワーデスさんが自分たちの“模範”になるとは思っていないはずですよ。あれは、「お客さまには気持ちよく、結果として効率よくお金を出させるためのテクニック」なのであって、「落ちついて暮らしていってもらうための技術」ではありません。
 ただ、「正しい日本語としての敬語」とか「綺麗に見える挨拶の角度」とか「人を爽やかにさせる笑顔」とかは、社会人として、或いはもしかしたらプライベートでも彼氏とかに対して役立つことでしょうから、知識・技術として身に付けておいたらお得!!なことはもちろん、です。

 なんだったら、この手紙、施設会議とかケース検討の場ででも配ってみたらいかがですか?(^_^; で、何故、敬語でなければいけないのか?そのメリットは?デメリットは?皆で具体的に考えてみることをお勧めします。敬語で一貫させるのならばさせるで、そんな作業を通して皆で納得のうえで取り組まないと、患者さんたちがかわいそうです。


 さて、このページもアップして、もう2年半以上が経っています。このページ内容について、あるディサービスの施設長さんからメールをいただきました。その概要を皆さんにもお伝えします。

●私も画一的に「全ての方に敬語を使いなさい。」という指導は好きではありませんが、今は管理者の立場としてそのような指導をしています。

●本当は長い目で見て、職員には仕事の表面的なことを教えるより、指導や経験を通してセンスを磨き、介護頭を鍛えるやりかたの方がいいと思います。しかし、それには時間がかかるし、何よりダメな職員はダメというのが現実です。…理想を追っている間も現実は目の前にあるので、新人やある程度センスの無い職員でもきちんとした関わり(接客)が出来るようなシステムにする必要があります。というわけで、とりあえず(特に新人やセンスの無い職員には)敬語というマニュアルを守らせた上で、その後、経験や指導を通して気付きやセンスを養っていく方法が最も実践的なように思います。

(敬語の中でも、尊敬語・謙譲語・丁寧語の使い分けは?利用者に対して職員が“謙譲”するばかりでは、それも不自然ではないでしょうか?という私の質問に対して)放っておいたら職員は偉そうになり、利用者は肩身が狭くなるのですから、職員が謙って利用者を持ち上げるような表現のほうがバランスがとれてちょうど良いと思います。

 そして、このページ全体に対して、

●私が恐れているのは、いい加減な仕事をしていて敬語を使いたくない職員があれを読むと、自分の都合の良いように解釈して「やっぱり敬語なんて使わないほうがいいんだ。」と思ってしまうことです。

 と、ご心配されています。ええ、『敬語を“使いたくない”方々に、都合よく解釈されること』は、私自身も本意ではありません。一匹狼?な私とは違う、実際の組織の管理者というお立場で、より実践的な方法論でもって実に真摯な態度でこの問題に取り組んでいらっしゃる様子が分かりますね。そして、現実を目の前にした切実感が感じられてしまいます。皆さんはこのお手紙を読んでどう思いますか?「何よりダメな職員はダメというのが現実です。怖い話です。」ある意味、厳しいですね。はっきり言って私の2年前の↑の文章は、「何よりダメな職員はダメ」という方の存在は最初から想定していない、みたいなところがあります、みんな、それぞれに高まっていけるはず、みたいな。それでは現場は通用しない、解決しない、それでもどうにかしていかなければいけないんだ、ということを教えてくれたお手紙でした。

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