老人介護についての個人的HP-5 思索 - (25) 活動理論と後退理論〜3

活動理論と後退理論〜3 森先生の著作から

 思索のコーナーの(2)(3)で、森幹夫先生の文章をもとに自分なりの考察を行なって、3年が過ぎました。その当時には、拙HPをご覧になった方から後退理論と森先生についてのお問い合わせがメールで届いたりしましたが、その時は私自身もHPでご紹介している以上のことや文献は、存じ上げておりませんでした。

 その後、平成13年の春になって、森先生ご自身から私宛に電子メールをいただき、先生ご自身のHPの存在なども拙HPをご覧の方々にご紹介できるようになったことは、リンクのコーナーでご紹介している通りです。

 私自身も先生のHPで、これまでの先生の長年のお仕事を、初めて俯瞰させていただきました。すると、先生の長いお仕事の中で活動理論と後退理論に関する考察は、比較的最近、というか、後期のお仕事であることが分かります。残念ながら先生の著作は、既に手に入らないものも多いのですが、後退理論について触れている後期の著作については、幸いにもまだ手に入れることができます。

 私自身、先生の文章にはじめて触れて決定的な影響を受けてから16年、ようやく手にした著作から、後退理論に関するごく一部分を以下にご紹介いたします。「活動理論と後退理論」ということについて関心をお持ちの方々にとって、何らかの参考になればさいわいです。

老いとは何かー老い観の再発見 ミネルヴァ書房 1989年 序文から

 社会全体が「老い」を生命の最後の段階における自然の姿として受容し、これを自分自身の人生の延長線上に見ることができるなら(ということは、そういう「老い観」を持つようになったら)、最後の「とき」を人間らしく生きられるよう老人福祉の姿も確保されるであろう。
 一方、自助の「老い観」を持ち、自立できない「老い」を老残と見、失敗の人生の帰結と見るなら、「老い」は社会や人々の目からは隠され、その先にある「死」は否定されることになる。
 このことからも分かるように、老い観とか死観とかいうものは人生観及び社会観の反映されたものなのである。
(そして、介護という仕事にも大きな影響を与えるでしょう。そして、老いや死に対して否定的な見方・感じ方のままで、どうして彼らに平安と安堵を提供することができるのでしょうか?- 紹介者付記)
 老人問題や老人福祉の本の内容はその本を書いたときの書いた人の年齢に大きく左右されるものである。私も私の年齢を明らかにしておこう。私は今66歳である。

「老域論」の新展開ー現代老年学批判 キリスト教図書出版社 1995年 序文から

 1987年、「社会福祉士及び介護福祉士法」が制定された。これを受けて、厚生省は国家試験の受験科目を定め、社会福祉系の大学を社会福祉士養成施設に指定し、養成施設における授業科目の目標及び内容を定め、「これに基づいて、・・・・・指定養成施設等に対する指導を行なうこととした」(社会局長通知)。私は学生の受験準備と大学の講義とは別立てにすべきだと思ったが、大学当局も学生も受験に役立つ講義を欲した。私は社会福祉士の養成施設で厚生省の指導の下に御用学の講義をする気にはなれず、さりとて本書のような講義をして、学生に迷惑をかけるのも本意でなく、やがて、教職を去った。

(紹介者付記1:ここに紹介した2冊の中にはそれぞれに、森先生ご自身がお歳とともに活動理論から後退理論に傾いていく、その赤裸々なご心情と、活動理論への疑問もつづられています。貴重なご報告だと思います。なお本書の出版社(キリスト教図書出版社)は、インターネットのオンライン検索ではヒットしません。関心をお持ちの方は直接、出版社へお問い合わせください。電話:04297-2-7780)

(紹介者付記2:この序文では、国の定めた「社会福祉士及び介護福祉士法」の養成カリキュラム内容を、基本的に先生の思想とは相容れないものである、と表明されていると考えてよいでしょう。そして、その相容れない部分として、活動理論的背景と後退理論的な感じ方のギャップも含まれていると考えられます。介護福祉士なりの資格を持っている皆さんは、一度じっくり考えてみる価値のあることではないでしょうか?ちなみに、PT・OTという資格や、医療そのもののあり方も、基本的に活動理論的なものであることは言うまでもありません。もっとも教職を退かれたのは、単純にご自身が一定の年齢に達したから機械的に、と、先生ご自身は言い足していらっしゃいます。)

コーナートップへ ◆HPトップへ ▲総目次へ