老人介護についての個人的HP-5 思索 - (27) 最低限のお約束?!
このホームページでは、「こんなふうにできたらいいね!」みたいな内容ばかりをまとめてきています。もちろん、それはまったく実現不可能なことではなくて、実際に実現可能な事柄ばかりであると、作者は思っています。(ですから、施設構造はさておいても極めて高価だったり特殊な機器なんかは出てきません)
それでも、本当に実現できるかどうか?それを決めるのは、お金や知識や技術よりも、何よりも現場スタッフの方々の「意識次第」というのが本当のところだと思います。
特に施設介護では、とにかくチームなのですから個人個人の意識はもちろん、チーム全体としての“雰囲気”というか、そんなものが熟成?されていかないと、「車椅子上での姿勢直し」一つ、徹底などできないものです。難しいのはこのHPで説明しているような、例えば「姿勢を直す技術」ではなくて、「姿勢をよく過ごしてもらおうよ!」「気づいたら姿勢を直してあげるのが当たり前」という“雰囲気”を作っていくことなんですね。
それがいかに難しいことか?こういうHPを覗いてくれるような施設スタッフさんならば、よくよくご存知ですよね?私の個人的な知り合いさんの中にも、そういう方が少なからずいらっしゃいます。
そんな中のお一人が、苦しまぎれに作られて、私に「ちょっと読んでみてください!」と持ってこられたのが、以下の文書です。
短距離でも歩行可能な利用者さまには、その距離に応じて、食堂前から座席へ・居室から廊下の長椅子へ等、日常生活内に必ず歩行(介助)を取り入れる。
移動用バーのついている人は、移乗時等、必ずつかまってもらって介助する。
両足に拘縮・麻痺のない利用者さまは、移乗時等『抱き上げて』介助するのではなく、床に足を付けて立位をとり、少しでも両足に体重がかかるようにして介助する。
通常型車椅子を使用している利用者さまは、食事や水分補給時など、椅子やベッドなどで両足を床に付けて、端座位姿勢をとるようにする。この時に必要ならば介助につくが、できるだけサクなどに掴まってもらい、自力で保持できるようにする。
車椅子操作可能な利用者は、早めに移乗介助して短距離でも自力操作してもらう。
リクライニング車椅子利用者は、可能であればベッド上で端坐位をとれるように介助する。
C-2クラスの利用者は、おむつ交換で体位変換する時や通常の体位交換を行う時、上半身を、次に下半身を変換し体幹を捻るようにして行う。
食事摂取が「一部介助」の利用者は、座面とテーブルの位置関係やスプーン等食器の検討を行なった上で、過剰介助は行なわず、時間を決めるなどしての介助を行う。
下肢の拘縮のある利用者は、下肢保護を行ないながら車椅子のステップを外すなどの処置で、自重で伸びるようにする。
リクライニング車椅子利用者とベッドのギャッヂアップ対応者の見直しを行ない、できるだけ生活の中に「端坐位」を取り入れていく。
『○×だから×○で対応』等の固定観念を捨てて、現在有している機能・能力を活用できるように生活環境・介助方法、および職員の意識を改善していきたいと思う。
一読してお分かりの通り、実に細かい事柄の羅列のようですが、つまりは「施設介護の仕事を、“流れ作業”じゃなくて、一人一人をきちんとみていこうよ!」ということです。その想いは最後の一文によく現れていますね。スタッフさんのお一人お一人にこの文書を読んでもらうのだそうです。
実際には、例えば↑こういうことが徹底されていて、個人個人をきちんと看れている施設さんであっても、集合施設では「自分たちの仕事は“流れ作業”になってしまっているんじゃないか…?もっといい仕事がしたい!」というお気持ちは、いつまでも続いて感じられると思います。当然です、施設構造や人員配置が“そのようなもの”となっているのですから…。
ですから、中には我慢ならなくなって個人で事業所を立ち上げたりGHを運営していこう!という方もいらっしゃるでしょう。それはそれで素晴らしいことだと心から応援します。私自身は家族と自分の生活をかける、その勇気がとても持てません。
でも、全ての施設職員さんが、そうやって「集合施設ケアには限界がある!」とばかりに現場から離れてしまっては、それはそれで困った事態となりますね。ですから、もんもんとしながら?施設職員を続けながらも、↑こういうお気持ちがあるのならば、あるいはスタッフの中にそういう気持ちの方がいらっしゃるのならば、それだけでも私は救われるような気がします。(本当はその思いが実現できていなければ、入所者さんは“救われない”のですが…)
最低限、「何とかしていきたい!」その思いを忘れないで、あきらめないでいってほしいと心から思います。私のその応援の気持ちを表すために、HPで文書を紹介させていただく次第です。
このページをアップした頃、ちょうどtittiさんとメールでこの話題についてやり取りしてました。彼女のメールを一部下に保存紹介しておきます。
前に、後輩に聞いてみたことがあります。
「何で食事介助をしていると思う?」ということ。後輩は言いました。「早く食べてもらうため」って。「何で早く食べてもらいたいの?」って聞いたら、「次の業務が回らなくなるから」って。
うん、確かに、全面的に否定できることではありません、事実もあります。でも、もう少し視点を利用者側に持って、「冷めないうちにおいしく」だとか、そう言う風に答えて欲しかったと言う気持ちが強かった。「ダラダラ食べても、おいしくなくなるから」だとか、「食べることに疲れて食欲もなくなっちゃうでしょ?」だとか。(「早く食べてもらうため」って答えるんであればの話です)そのとき、すごく思ったのは、「やっぱり、業務中心で考えているんだなぁ…」って言うこと。
「業務の流れ」ってものも確かに考えなきゃならないことだけど…あからさまにそれを中心に持って来た答えを、堂々と言われてしまったら「ありゃりゃ…」って(^^;
「流れ作業ケア」が存在していると言うことは、抜け出せる案が見つかっていないからということであって、それはきっと、どこも似たようなものだろうな、って。当施設ではそれに悩むスタッフは極少数と思われます。ん〜っと、もしかしたら、態度にも言葉にも表さず、悩んでいるスタッフがいるかもしれませんが、私が見る限り、そうとばかりも思えない…。「何も感じなくなっている」と言うより、「こういうものだ」と始めから思っているみたい(^^;
私自身の力量と言うか、「あの手この手」の「手」はまだまだ少ないから…(^^; 何となく、八方塞になっちゃった。打てば響く太鼓を叩くのは楽しいかもしれない、でも、叩いても叩いても音が鳴らない、破れ太鼓って言うのかな…。
このお手紙を読んで、共感を覚える方は多いのではないでしょうか?わざわざ仕事絡みのことでインターネットつないでいるような皆さんならばね。施設によってはこういう感じ方をしている人が皆無にちかいところもあるでしょうし、tittiさんのように“少数派”という場合もあるでしょう。でも、それでも同じような思いの人が何人かいて、何とか施設全体の雰囲気を盛り上げていることもあるでしょうし、施設長というようなトップの方が、この辺りしっかりしている場合もあるでしょうね。何にしても、皆さんこの画面を見ている時は「お一人」でしょうから、せめて共感・連帯感を確かに感じていただきたくて、紹介する次第です。