老人介護についての個人的HP-5 思索- (3) 活動理論と後退理論-2
「活動理論と後退理論」という正反対の考え方・感じ方を知った上で、私自身に起こった変化について、もう少し具体的に書いてみます。
既に書いたとおり、医療福祉に従事する人は一般的に、とても道徳的であり論理的であると思います。具体的には、例えば私たちの中には以下のような考え方・感じ方・価値観が、あまりにも当然のこととして無意識のうちに、ほとんど意識もせずに存在しているのではないでしょうか?
※寝たきりは「良くない忌むべき」こと、だから「避けるべき」こと。
※「自立」は良いこと。過度な「依存や甘え」は良くないこと。
※「おむつ」はなるべく「避ける」こと、おむつ外しは「頑張る」べきこと。
※「自己決定」は尊重すべきこと。
思いつくままあげてみましたが、いかがでしょうか?ただし、ここで私が上記のような事柄をあげたからといって、「寝たきりでもいい」とか「自立なんてどうでもよい」とか「自己決定なんてどうでもよい」というつもりはくれぐれもありません。
つまり、必要以上に「寝たきり」を勧めることはありませんが、「寝たきり」の人には寝たきりなりの暮らし方を前向きに捉えてあげて良いとも思います。自己決定できる人・したい人には、できる限りそれを尊重し、応援したいと思いますが、同時に場合によっては自分の生死についてまで、「家族の良い様にしてもらいたい」あるいは「全て“先生”に任せます」という方がいても、それはそれで良いと思います。おむつを当て、その交換のお世話をする〜してもらう、という関係が、「老夫婦の太い絆の証し」となっているならば、例えおむつを外せる可能性があっても「そっとしておいてご夫婦ごと見守る」というのも、援助者の姿勢かもしれません。単純な「価値相対主義」ということではなくて、徹底した「その人を尊重する」ということから援助がスタートするということ。決して私達の価値観や論理からスタートするのではないということ、です。
こんな考え方をできるようになったのは、「後退理論」という考え方と、それに対する「老いの当事者」(森 幹郎先生)の感慨を知ってからだと思うのです。
付け焼刃な勉強で知ったことですが、ライカードという心理学者が「老いへの心理的適応」を分類しています。
a 円 熟 型 理想像。
b 安楽椅子型 依存的な心性で積極性も責任もなく老いに適応していく。
c 防 衛 型 いつまでも若々しくあろうとする姿勢。
d 外 罰 型 人生の失敗や老いのための不満足な現状を他人のせいにする。
e 内 罰 型 自分の人生に対して自責的態度が強い。
*a〜cを適応型、d,eを不適応型とされる。
私は、「防衛型」に欧米の老人と活動理論を、そして「安楽椅子型」に伝統的な日本の「おばあちゃん」の姿と「後退理論」をイメージします。ライさんは、「安楽椅子型」もちゃんと“適応”としてくれていますね。きっとライさんも柔軟な思考の持ち主なのではないでしょうか?(^_^;