老人介護についての個人的HP-5 思索 - (32) 中学2年総合学習時間
中学校の先生からの依頼で、2年生さん100人ばかりを相手に、福祉講話の時間を持たせていただきました。
中学2年生ではちょっと難しいかな?と思いつつ、文部科学省学習指導要領にまったくよらない現場からの叩き上げ思想?を、先生方に対してお示しさせていただきたいな〜なんてことを腹の中で考えたりもしながら、取り組ませていただきました。DMで、見知らぬ学校の先生から「福祉授業のための何かヒントを・・」なんてメールもいただきますし、以下にPCプレゼンテーション資料をもとに要旨を収録しておきます。なお、( )内はwebサイト収録にあたってのコメントです。
タイトルは、表題はおとなしく『思いやりって何だろう?』。隠し副題として思い切り刺激的に、『“思いやり”と“差別・侮蔑”は紙一重?!』です。(^_^;
○○中学校 第2学年 総合的な学習の時間『テーマ:思いやりの心を育む』
平成16年5月19日 担当:理学療法士 大渕
お約束通り、
『車椅子体験』『高齢者体験キット』『塗り箸で小豆つまみと箸蔵君使用体験』
などなど。
休憩後、いよいよ
a:“障害”って何だろう?
?クイズ!お年よりの皆さんは・・・?
・お年よりになると、足腰の力が弱くなる?!
・お年よりになると、記憶力が弱くなる?!
・お年よりになると、ぐちっぽくなる?!頑固になる?!
正解か?不正解か?
こんなふうに考えてくると、『年をとるって、嫌なことだね・・・』と、感じてしまうかもしれませんね。
(答えは原則的に、“人それぞれ”。ただし肝腎な点として、私たちからそう見える人が多い、ということです。そしてそこにマイナスイメージを伴わせてしまっていることこそが、“問題”なんですね。この2aの部分は、完全に三好春樹さんのパクリです。)
b:自分を仮想の国の住民にしてみる・・・
勉強もスポーツも「ほどほど」の今のあなたのままで、こんな国・こんなクラスの中で過ごしてみることを、想像してみてください・・・
・同級生も兄弟も、回りの人は全て成績抜群で、既に外国語もペラペラと話せます。
・同級生も兄弟も、周りの人は全てスポーツ万能で、オリンピックで金メダル確実です。
・回りの人は、勉強もスポーツもダメなあなたにとてもやさしいです。(でも、中には心の中で、あなたのことをバカにしている人もいるようです。(^_^;
)
暮らし心地はどうでしょう?つまり・・・
障害者・高齢者さんというのは
『私たちの目から見ると、あるいは私たちの立場からすると、自分とは違う?自分より劣っている?ように見える人たち』
のことです。
皆さん(中学2年生)からすると、例えば20歳の女子大学生さんは立派で素敵な大人に見えるでしょう。41歳の私からすると、まだまだ皆さんと同じ子供に見えてしまいます。さらにはっきり言うと、障害者・高齢者さんというのは私達からは『自分とは違う?自分より劣っている?ように見える』ということですね。(この辺りから、先生方がキョトンとしだす。(^_^;
)
そして、実は・・・よくデキた高齢者さんは、自分がそのように見なされていることをよく分かっていて、「お世話してもらう」役目を上手に演じてくれたりします。
(この2bの仮想のクニの例え話も、三好さんのパクリ(^_^; やっぱり分かりやすいから…)
c:“思いやり”ってなんだろう?
※シルバーシートのお話
バスにお年寄りが乗ってきたので、席を譲ろうとしたら「年寄り扱いするな!」と怒られました。(; ;)
こんな経験すると、もう席譲りなんてしない!と思ってしまうかもしれませんね。何が足りなかったのでしょう?
(答えはページ最下部にありますが、相手が座りたそうにしているか?難儀そうにしているか?頑張ろうとしているか?を、見切れなかったことです。単純に“高齢者だから席を譲る”というのは、一定の年齢の方を画一的に扱いその人個人を相手にしていない、という厳しい言い方もできます。)
※「思いやり」と「差別・侮蔑」とは、『紙一重』?!
・視覚障害をもつ友人と旅行した人の体験。
生まれつき視覚障害のある方(でも、完全に自立している方)が、視覚障害のない友人と旅行に出かけました。あるお店で、店のおばちゃんが友人のことを激しく怒っているようです。
『アナタは目の不自由な人の手助けを何もしようとしない!けしからん。この店にいる間は、アナタが全部してあげなさい!私が見張ってるよ!』
おばちゃんのあまりの勢いに、本人さんも友人もおばちゃんの言うとおりに、してあげ、してもらいました。全部自分でできるのに…。
(これは拙著1作目、現場生まれの実践介護テクニックと同時期同じ出版社から出た「芳賀優子:弱視OL奮戦記」という本に載っている体験談です。面白い本だけど、拙著と一緒で今は手に入らないのかな?ちょっと残念。)
・学校で足に障害のある子が運動会に参加したときの体験。
あるクラスに足に障害があって装具をつけている子がいました。運動会のとき、その子と一緒に徒競走で走る子たちに、先生から「あの子の前を走ってはいけない!」という密令が下りました。みんな、『何かおかしい?!』と思いながら、ノロノロ走りました。
(小林よしのり:ゴーマニズム宣言、その他。しばらく前に、新聞紙上なんかで話題、議論になりました。)
このおばちゃんや学校は、“悪意”をもっている訳ではありません。では、これらは「思いやり」でしょうか?(はたまた、“浅薄な善意に基づく差別”や“侮蔑”と取られても、仕方ないのではないでしょうか?
(この辺りから、先生方の落ち着きがなくなってきたような…(^_^; )
※「思いやり」って、どういう意味でしょう?
『広辞苑 第四版』によると・・
おもい‐やる【思い遣る】
(1)思いをはせる。はるかに思う。
(2)おしはかる。推量する。
(3)人の身をおしはかって、同情する。
(4)(「―・られる」の形で)
よくない状態になるのではないかと案じられる。
この(4)の説明には注目です。(中学生相手に、辞書を引くこと・調べることの大切さをナニゲに伝えている。(^_^; )「思いやる」という言葉と「思いやられる」という2つの言葉、似ているけど口に出してみるとイメージは随分違いますね?何にしても、『思いやられている対象』は、『よくない状態である』と見なされている、ということです。
この辺りが、『思いやりと差別侮蔑は紙一重』という部分に、強く関係していますね。
※優しければ良い、というわけではない。「同情」とは違うもの。私たちと彼らの姿の間には、確かに違いがある。しかし、それはあくまで「自分と相手を比べてみると」ということであって、若者と年寄り、健常者と障害者、という別々の種類の人がいるわけではない。境い目は、どこまで不明瞭なもの。
※だから、どちらが偉い、優れている、ということではない。そこが分かっていないと、一方的な「同情」が「見下す」という態度にもなりかねないし、『あんなふうにはなりたくない。』なんて気持ちが起きてくる。若者も年よりも健常者も障害者も、お互いに、「ちょっと余裕のある人がちょっと困っている人に思いをかける」ようであってほしい。元気な高齢者や障害者さんが、身体の調子の悪い中学生に席を譲ることも当たり前であってほしい。
※「思いやり」と「同情」は、どう違うのか?
「同情」は、一方的で相手を見下す態度であり、好奇心がもとにある。
※「思いやり」とは、↑のようなものとは反対の態度。
思いやりのあるところには、人同士の対等な交流があります。
※「思いやり」に必要なことは、
@「相手の立場や気持ちになってみる」という『想像力と感性』
A「今の私はとりあえず健全だけど、実は弱いところもダメなところもたくさんある。」という自覚。
が、必要だと思います。
(と、中学2年生さん相手では、ここで終わりにしましたが、障害者・高齢者を相手に仕事をする職業者は、「ここからがスタート」だと思います。そして特にAについては、単純な謙虚さや“道徳”や“職業倫理”だけでは不十分だと思っています。掲示板にも書きましたが、『宗教心』の問題です。(特定の宗教を信仰するということではなくて)その辺りについて、何とか独立したページにまとめられないか?と思っています。アヤシイページにはならないように…(^_^; まずは掲示板でXL223さんがお勧めの童話を読んでみて…
XL233さん、ウケた?(^_^; でも掲示板で書いた“新しいページの着想”はこのページじゃなくて、↑にも書いた「背景としての宗教心」みたいなテーマです。)