老人介護についての個人的HP-5 思索 - (34) 予防!自立!指向について:「後退理論」の森先生へのお返事
世の中、「予防」が大流行です。何を言っているかというと『介護予防』ですね。思索のコーナー(19)で、アメリカでの様子を紹介したのが1999年の夏です。5年経って日本の雰囲気もこれだけ変わりました。もう5年したら、思索(19)のように日本の施設内でも高齢者がマシーントレーニングしているのが当たり前になるのでしょうか?
私が最近の状況をかんがみて思い出すのは、1986年に出た三好春樹氏の著作1著目『老人の生活ケア』(医学書院)に収録されている『脚本:SF地域リハ』という一文です。何せ、本そのものはとっくに誰かに「貸しくれ」になっているので手元になく、うろ覚えなのですが、もう20年も前に広島の私的な勉強会で上演されたという寸劇の内容の一部にこんなやり取りがありました。
地元保健婦:おじいちゃん、あなたが町の「機能訓練教室」に来てくれないから、この地区の「機能訓練率」がいつまでも100%にならないじゃないですかっ!
おじいちゃん:わしゃ、そんなところにはいかん!ばあ様と家にいる!
これを理解して笑うには、市町村保健婦さんたちのお仕事についてちょっと理解が必要ですね。
市町村保健課の仕事として大きなものに、「健康診査業務」があります。毎年、専業主婦や高齢者さんに「基本健診」とか「○○癌健診」とかやるわけですね。(就業者は、各職場で行ないます。皆さんも毎年受けるでしょう?)で、住民リストから対象者一覧が出ているわけですから、そのうち実際にどれくらいの方が受診したか?それが「健診受診率」として、市町村から都道府県、さらには国にまで報告が上がり、そのうち都道府県別・市町村別の『保健事業実績』として広く公開されるわけです。それは20年前も今も変わりません。で、やっぱりそれぞれの立場で『受診率』という数値が気になるわけです。(^_^;そういう状況を「機能訓練率」という言葉で皮肉っているわけですね。
つまり、健診は受けるべきもの・機能訓練も受けるべきもの、受けない老人は『悪い・望ましくない・問題老人』という価値観や、個別の人を見つめる視点よりも全体としての施策や社会全体の雰囲気や数値といったものが優先されてしまう風潮、そういうものに警鐘を鳴らしていたわけです。20年前の「SF物語」が、ますます『確かな予言』になりつつあるなぁ、と感じます。(そういうところは、やっぱり三好さんて凄いなぁ・・と思いますね。他にも当時流行って?いたPOS[問題指向型システム]じゃなくて、“GOS”[グッドオリエンテッドシステム:できること、良いところを見つけてのばしましょうよ!]ということとか。)
社会全体の風潮といえば、数年程前からでしょうか?著名で高齢な医師である○○院長先生の著作がよく売れているようです。申し訳ないことに私は一冊も拝読していませんが『年をとってもいつまでも充実して・・』というものでしょう。
ただ、私はあえて言わせていただきますね。
『“自立支援”もまともにできていないのに、少し制度をいじれば“介護予防”なんて効果がまともにあがると、本気で思っているのですか?』
これは、自立支援業務に直接携わる介護職さん方を責めているのではありません。介護職員さんたちのスキルアップ、技術向上はますます目指していってもらいたいものですが、「自立支援」とか「介護予防」とかいうことについて私の本音を言えば、「パワーリハビリ」とか「水中運動・けんこつ体操」とか「自立に向けた福祉用具環境」とか「足りないところだけを補う部分介助法」とか、そういう『技術論』が問題のメインではなかろう!と、思っています。
つまり、「自立支援」とか「介護予防」とかいうことは、結局『人の老いの生き様そのもの』の問題だろうと思うわけです。拙HPでも取り上げてきた「活動理論と後退理論」(思索の(2)(3)(25))あるいは「宗教心の問題」(思索の(33))、まぁあえて言葉にすればこんなページのように難しく?なってしまいますが、結局私たち一人一人がこの辺りのテーマをどう抱えながら老いを生きていくか?というのが根本の問題だろうと思います。
「活動理論と後退理論」の森 幹夫先生から、お久しぶりにお手紙をいただきました。失礼ではありますが、大切な記録としてもここに紹介・保存しておきます。
ご無沙汰しています。久しぶりに貴ホームページを拝見しました。多彩な内容と記事の充実を時間をかけて拝見でき、ご活躍のほどを喜んでいます。多くの人の役に立つことでしょう。私見についてのご見解も深めて下さって、有難いことです。私も八十一歳を過ぎました。
相変わらず、老後生活への「社会規範」がマスコミを賑わせています。振り回される老人はいないでしょうか? 自己決定の習性を持たなかった世代ですから、それも仕方のないことなのでしょうか?
森 幹郎
『老後生活への「社会規範」』つまり「介護予防・自立支援」とか、その他にもあるかもしれませんが、そういうものに『振り回される老人はいないでしょうか?』とご心配されています。
いや、先生、お年よりは大丈夫ですよ、きっと。今さら若造の言うことにいちいち振り回されているようじゃ、そもそも長生きしてないと思います。(^_^; むしろ私は、「介護や人の老いの姿に付き添う若い職業者」が振り回されないか?危惧します。
『自己決定の習性を持たなかった世代ですから、それも仕方のないことなのでしょうか?』
う〜ん、思索(33)「宗教心について」のページでも触れましたが、「介護予防!パワーリハビリ!」と口から泡を飛ばす若者職業者に対して、『そうか、アンタがそんなに熱心に勧めてくれるのなら、ちょっとやってみようかの?』と、身の回りを荒立てずにむしろ高齢者さんの方が『合わせてくれる』かもしれないし、それくらいの柔軟性?があるからこそ、皆さん長生きできているのでは?(^_^;
それは、『振り回される』とか『西洋流の“自己決定”』とかいうことではなくて、『日本のお年寄りの“したたかさ”?』だと思うんです。先生のような(本当の意味での)頑固者?は、実は珍しいんじゃないかと・・・(^_^;
ですから、真に介護予防とか自立指向とか、そういうことが個人個人で当たり前になるには、もう少し時間がかかるのでは?と、私自身は思っています。端的に言って、『団塊の世代の方々』が、要介護年齢に差しかかる頃が一つの転機になるだろうと思っています。1940年代後半のお生まれ世代ですから、今ようやく「定年退職」を迎える世代さんですね、ですからあと10年か15年くらい先、いや、あっという間だと思いますけど。この世代の方々は、確実に色々な意味でこれまでの日本の高齢者さんとは違う部分を持っている方々だろうと思います。
まぁ、自立支援・介護予防と声高に言い出している今の国の施策は、そんな「もう少し先の時代・世代」を見越した上で言い出していることなのかもしれませんが。
だからといって、今、国が施策として進めようとしている「介護予防」「自立支援」は無駄!価値が無い!と言っている訳ではありません。私個人としても、できれば自分が年をとっても可能な限りは要介護状態にはなりたくないなぁ、と思いますし、そのための具体的なノウハウ(パワーリハなど)があるのならば、取り組んでもいいなぁと思います。今の段階で、そう感じて取り組んでくれる高齢者さんが一人でも多いことが、結局は個人としても社会全体としても好ましいことは間違いないとは思います。
ただそれは、あくまでも「個人の生き方の問題」であって強制できることではないし、取り組む・取り組まないに、良し悪しを絡めることは避けなくちゃいけないだろうと、そのことは忘れず踏まえていたいなぁ、と、それだけのことです。森先生のお手紙を拝読して、自分の中に浮かんだ感慨でした。