老人介護についての個人的HP-4 知識 - (23) 目的志向型思考について

テーラー主義(科学的管理法)からブレークスルー(目的志向型・現状打破)思考へ
問題抽出型思考パターンの限界と目的志向型思考の必要性について

 これはもう1年以上も、HPの内容として抱えたままになっていたものです。(^_^; とにもかくにも、以下には「ブレークスルー思考」「目的志向型思考」といわれる考え方について、何とか説明を試みています。随分改まった硬苦しい言葉ですが、内容自体は決して難しいものではありませんし、私は老人介護の分野においてはこの考え方が「必須」だと思っています。
 というか、この言葉を知らない人でも、現場で良い仕事ができている方は自然に身につけているものだとも思います。
 反対に、知識十分のはずの、免許取立ての若い人が現場でなかなか有効に動けなかったりするのは、標題の思考パターンができていないから(学校でも教えないし…)、というのも、一因だと思います。ではでは、従来の問題抽出型思考の説明から…。

従来の問題抽出型思考について

 例えば、介護保険制度における訪問調査では非常に多岐に渡る内容について大変多くのチェック項目がありますが、あの調査で明らかになる(とされている)のはご家族の現状における「介護負担度」であってご家族ご本人さまが抱えている「ニーズ」そのものではありません。それでも客観的・公平に介護負担度を判定するには、あれだけのチェック項目とPCによる分析作業が必要なわけです。また、幾つか使われているケアプラン策定のための「アセスメントツール」でも、ビックリするくらいに沢山の調査項目がありますね。『“問題”を見落とさないゾ!』という気になればなるだけ、調査項目は増えていきます。

 最近は、リハビリや看護の世界はもちろん、上記のとおり介護保険制度内や介護の世界でも、より「科学的・客観的」であろうとする志向が強いようです。それはそれで間違いだとは思いませんが、「科学的」ということの「利点」と同時に、「限界」や「欠点」をもしっかり認識しておく必要があるのではないでしょうか?

 伝統的な「科学的思考」の例として、「対策の立案」を行なう作業を考えてみます。それは、医療職の皆さんにはおなじみであり、最近は介護職の皆さんにも身近になってきたのでは?と思える思考パターンで、以下のようなものです。

  1. 現状把握:できるだけ「細かく」「要素的」に把握する。

  2. 1.から問題点の抽出

  3. 2.の中から改善できそうな項目について、短期目標の設定:長期目標の設定

  4. 3.達成のための対策の立案、施行

  5. 再評価 → 1.に戻る

 お医者さんの診察〜治療も、PT・OTの機能訓練も、最近は介護ケアでも「ケアプラン」の名のもとに同じ思考パターンをとります。それだけでなく、自然科学全般における研究や、経済ビジネスの仕事でもこのような「合理的・科学的・分析的」な思考をとることが普通です。まさか、「思いつき」で手術したりするわけにはいきませんもんね。

 このような「現状分析思考」あるいは「問題分析思考」は400年前にベーコン・デカルトさんに始まったそうで、現代では極めて「常識的な思考方法」として私たちの間で定着してしまっています。

 しかし老人介護の世界においては、このような近代的・科学的思考について既に15年も前から三好春樹氏が様々な著作の中で「批判」されています。「介護の対象者」である高齢者の場合は、

ということです。そこで氏は、『良いところを見つけだし、そこを伸ばそう!』ということを提唱されています。

 私は、同じような視点をも含みますが「目的志向型思考」をご紹介したいと思います。これこそ「問題分析思考」では救いようのない?老人介護の対象者さん方に対しても、私たちの積極的な行動を導き出してくれるものだと確信するからです。

 ただ、説明が難しい。(^_^; 納得できればこんな簡単なことはないのに改まって説明しようとすると、難しいです。そこで具体例について…

目的志向型思考の具体例

 目的志向型思考による介護援助について、竹内孝仁先生がご著書の中で「ケアマネージメント」の例としてあげられているケースをご紹介します。文章そのままではなくて、言葉は私なりの表現に変えてあります。ご著書の中では直接に「目的志向型思考」という言葉は出てきませんが、何よりも分かりやすい具体例だと思いますので…


『あるご家庭に訪問したところ、寝たきり者に褥瘡発生していたので、体位交換・処置などの技術指導を行ない、
あわせてエアマットの導入を図った。…』

 しかし、これでは真の問題の解決にはならない。真の問題は褥瘡発生してしまうような「生活のあり方」なのであり、援助の真の目的はそういう生活のあり方を変えることだと気づければ、援助内容は自ずと違ってくるはずである。

 それは例えば、日中の車椅子による離床の習慣付けや離床しやすいような環境整備かもしれないし、日中ディケア・サービスの利用で褥瘡発生してしまうような生活のありようが変わるかもしれない。目の前の問題に直接的に飛びつき対策を施すのではなくて、援助のより大きな目的や目標を考えてみることが必要である。


 以上の例では、「褥瘡」という点、あるいは「褥瘡が発生してしまうような、あるいは褥瘡を改善させる生活」という点に焦点を当てていますが、それは理解しやすくするためであって、本来は/究極には、拙HPの文頭の言葉、「介護者・被介護者それぞれにとっての、より幸せな暮し・人生」が「最終目標」であることは間違いありませんね。

 目的・目標という言葉がポイントです。上記の例でいえば、援助者が関わることで「エアーマットを導入する」ことが実現できれば、それで「問題解決」となるわけではありません。エアーマットの導入は、あくまで「手段の一つ」です。では褥瘡が治ったらそれで「問題解決」か?というと、そうではありません。褥瘡が治る・褥瘡が無いというのは、「より快適な暮し・より幸せな人生」の「手段」というか「(最低?)条件」でしかありません。私たちがあらゆる援助を行なっていく際、その援助の目的は何なのか?絶えずそれをより大きな視点から考え直してみることが必要です。そうすると、思いがけない対策や発想が生まれてきたりします。反対に、より大きな視点から「あるべき姿」をイメージし、それを実現するための手段を考えてみることができます。そこでは「褥瘡=エアーマットや車椅子離床」というような『常識』は不必要というか、かえって邪魔である、と言ってもよいかもしれません。

 このように目的志向型思考は、私たちに目の前の方の「あるべき姿」を強くイメージさせ、同時に援助内容も豊かに展開させてくれます。

 どうですか?現場でのご経験をそれなりに積んでいらっしゃる方ならば、抵抗なく“納得”できるお話ではないでしょうか?反対に、まだ介護学生さんや新人さんでは、理屈では分かっても“納得・実感”は難しいかもしれません。

目的志向型思考の問題点

 ただ、「援助のより大きな目的や目標」を絶えず意識する「目的志向型思考」においては、とりあえず二つばかりの見逃せない問題が生じるように思えます。

その一つ目…

 より大きな目標を絶えず意識し、その結果として援助内容も広がりを見せていくと、「自分は一体何者なのだろう…」という疑問・戸惑いが湧いてきます。「単なる便利屋でしかないんじゃないんだろうか…?」さらには「単なる自己満足かな?」というところまで、疑問は広がります。頭の中の思考過程として、チェックシートで表されるような具体的かつ表面的な項目だけを扱うだけではないので、当然の迷いとも言えます。そしてそれは、一般に「専門性が高い」と言われる職種者さんほど強いものかもしれません。PTなんかはその代表格かも?(^_^; そして、「このまま“専門家としてダメ”になっていくのかな…?」という迷いまで生じます。

その二つ目…

 『援助のより大きな目的や目標を考えてみる』ということ、あるいは『介護者・被介護者それぞれにとっての、より幸せな暮し・人生の実現が“最終目標”』というのは、それはそれで絶対間違いではありませんが、極めて抽象的な言い方・概念です。その抽象的な概念をいかに具体的な援助行為につなげていけるか?そこには医学・福祉分野だけではない、極めて広範な知識が要求されます。そしてどんなに広く深い知識を持っていても、最後には「イマジネーション」、つまりは想像力?が必要となります。知識は本で学ぶことができるかもしれませんが、“イメージする力”というのは学ぶことができるのでしょうか?現場で経験を積む、という以外にないのではないか?と思います。

 つまり、「目的志向型思考」というのは、極めて曖昧で再現性の低いもの、という言い方ができると思います。同じケースでも担当する方によって評価内容と援助方針・内容が違ってくるし、それで当然とも言えます。これは例えば「誰が行なっても同じような結果が出る」MSDなどとは正反対の性格です。「再現性が低い思考過程」それだけで、「介護保険のツール」には不向きと言われて当然です。(^_^;

どう考えるか?

 では、この二つの問題をどう克服するか?私自身迷いながらも、実はそんなに難しいことではないんじゃないか?とも思っています。

@専門性との兼ね合いについて、私自身はPTとして、関節の動きや麻痺の状態などの理解把握とその改善方法といった極めて専門的な知識技術を、目的志向型思考に必要とされる極めて広範な知識の一つとして位置付け、深めていきたいと思います。そして他の援助者さんが、例えば身体機能面に大きな問題を抱えている方について『この方には身体機能についての問題が“得意”な、でもそれ以外のことにも広く気が向く「流しのPT」にでも相談してみようかな?』みたいな気になってくれるような、そんな存在でありたいと思います。そして、柔軟な視点や感性はより養いつつも、救急病院・専門病院のPTさんの前でも恥ずかしくないような「PTとしての技術」も身につけていく努力もしていきたいと思います。

A再現性の低い、曖昧な世界であるということについて、例えば「MSD」もしっかり使いこなせ、両方を「両刀使い」できるようにしていきたいと思います。目的志向型思考で見えてきた援助方針を、例えばMSDみたいな決まりきった書式の中に組みこんでしまうことはそんなに難しいこととは思えません。というか、極めてマニュアル化システム化されたMSDを、真の意味で現場で有効に使っていくためには、背景に目的志向型思考のような、より広い見方ができていなけらばならない、と思います。そうでないと、「アセスメントツールに振り回され、“木を見て森を見ず”」ということになりかねないと思います。反対にMSDのようなツールは、大つかみで抽象的な目的志向型思考において、うっかり見落としてしまいがちな“極めて具体的な問題”を掬い上げてくれると思います。つまり、こちらも「両刀使い」。(^_^;

 最後まで読んでくださった方、ご苦労様です。(^_^; 我ながら長くなったなぁ…と思いますが、この一文には、例えば事務室・寮母室でコンピュータ入力に追われて「私、何してんだろう…?」という気分の方や、何らかの資格がないことに引っかかりを感じる方などにとって、何かのヒントや参考になる部分があるのではないか?あるいは資格をとる勉強中の方や資格を取ったばかりの方にとっても、参考にしていただける部分があるのではないか?と思います。

 それからもう一つ、介護保険が始まって、各職種にとっての共通言語が必要、と言われますが、例えばMSDなどのアセスメントツールだけがその共通言語だ、というのはあまりに寂しい、と思います。個人的にはご紹介した「目的志向型思考」、そんなものが「共通言語」とはならないかなぁ?と思います。

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